江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
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斬竜剣4-第8回。

2014年10月16日 01時12分11秒 | 斬竜剣
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『この度は突然の竜の襲撃によって、我が愛すべき国民に少なからぬ不安と恐怖を与え、不自由な避難生活を強いる事態となってしまったことを衷心(ちゅうしん)よりお詫びしたい。
 そして命懸けで竜と戦い、多くの国民を護った騎士団の勇者達を私は誇りに思います。彼らへの讃辞は最早言葉では言い表す事ができないものです。
 ……我々は、この国を襲った未曾有の危機を乗り越えることができました。多くの竜達は倒れ、生き残った竜も逃げ去りました。しかし、再び竜達がこの国を襲わないとも限りません。城に避難した国民の皆様にはまだ暫しの間、そのまま避難生活の継続をお願いしたいのです。
 もう数日を待てば各地に派遣されていた多くの騎士達が帰還し、更に城の防衛は強化されることでしょう。竜に対しての厳重な監視体制を構築し、再び竜がこの国へと侵入しようとした際には迅速に迎え撃ち、竜によってもたらされるであろう危機を未然に防ぎます。もう二度と我が国民の生活が脅かされることが無いとお約束致しましょう』
 ベルヒルデのその言葉は偽りだった。いや、彼女自身は竜によっての被害をこれ以上出したくはない――それは心のそこからの本心だ。しかし、再び竜達がこの国に大挙して押し寄せれば、いかに軍備を強化したところで対抗することはできないだろう。いや、既に結界装置を失ったこの国は、たった1匹の竜の襲撃を受けただけでも壊滅的な被害を受けかねない。それが複数匹ともなれば、今度こそこの国は確実に滅びる。そんなことを民に言える訳がない。例え偽りでも今は安心させてやりたかったのだ。
 だが、民に伝えなければならない真実もあった。それが人々の不安に拍車をかけるとしても、おそらく皆も気づき始めているはずだ。ならば、ハッキリとさせておいたほうがいい。
『……とは言え、多くの国民の力添え無くしてはこの度の危機を脱することはできませんでした。国民への感謝の言葉はいくら言葉を尽くしても足りませんが、再び竜達の驚異にこの国が晒されないようにする為にも、更なる皆様の力添えをお願いしたい。これからしばしば皆さんへ何らかの指示を伝えることがあるでしょう。これにご協力いただければ幸いに思います。……そして、本来このような呼びかけは国王である兄が成さなければならないところでありますが、それが叶わないことを深くお詫び致します』
 その意味を察した人々の間にざわめきが広がった。
『既にお気付きの御方もおられるかもしれませんが……。兄王は竜が襲撃してきた際に…………』
 ベルヒルデはそこで言葉に詰まってしまった。やはり兄を失った悲しみは耐え難い。
(駄目だ……! ここは気丈に振る舞わなければ駄目だ……!)
 ここで泣き叫んでいては王族としての責務が果たせない。確かに泣けば多くの者から同情は得られるかもしれないが、それだけでは駄目なのだ。人々の間に悲しみがより蔓延するばかりだ。
 ここは気丈に振る舞い、悲しみに耐えながらも懸命に責務を果たそうとしているベルヒルデの姿を国民に印象付けなければならないのだ。そうすることによって、『悲しみに耐えて頑張っている人間もいる。自分達も泣いてばかりはいられない』と勇気付けられる者もいるはずだ。そして今回の惨劇で隣人を失った人々が、立ち直る切っ掛けになればいいと彼女は考えている。
 勿論、今は皆に気が済むまで泣いてもらっても構わない。大切な者を失ってもなお、涙を堪えることができる――それは1つの不信感を自らの内に抱えることになりかねないのだから。
(私……本当に悲しんでいるのかしら……)
 そんな疑問がベルヒルデの脳裏から離れない。いくら王族としての責務の為とはいえ、泣くことを耐えられるほど浅い悲しみなのだろうか……と。しかし、それは彼女の持つ精神力の強さ故なのだろう。そして国民を想うが故なのだろう。だが、それでも自身が酷く冷血な人間のような気がしてならなかった。自身の精神力の強さをこれほど疎ましいと思ったことはなかった。
 しかし、果たさなければならない責務がある以上、今は泣くべき時ではない。
『兄は……竜に捕らわれた我が妹を救う為に竜に挑み、その末に命を落としたようです。兄もやはり……幼い私を命懸けで護ってくれた母の子です。王としての正当な評価はついぞ得られなかったようですが、私にとっては誇るべき兄であり、偉大な国王でした。
 ……今、この城には多くの国民が集まっています。これを機に、簡易的ではありますが国葬を執り行いたいと思います。
 しかし、この国葬は我が兄の為だけのものではありません。この度の国難によって犠牲となった多くの人々の為のものです。遺族の方々には私が兄を失ったのと同様の、いえ、それ以上の悲しみを抱えていることでしょう。
 また、友や仲間の死を悼(いた)む気持ちも同じはずです。失われた命に対する嘆きはそれぞれの隣人達にとって誰もが等しいものだと私は信じます。だから、これは犠牲者全ての者の為の………国葬です。
 儀式的なことは一切省きます。ただ、黙祷するだけでいいのです。黙祷の間、深く想って下さい。悼み、懐かしみ、未来を嘆き、突然の死を恨むことでも構いません。どんなことでもいい。亡き人のことを強く想ってください。それが亡き人々に対して、そして私達自身に対しても最大の慰めとなるでしょう。
 その上で私の声を聞く全ての者には誓ってもらいたい。我々を護るために戦った勇者達の死を決して無駄にしないことを。勇者達の分まで誇り高く生き続け、そして幸せになること……。それは今の私達には難しいことかもしれない……。しかし、この悲しみを乗り越え、いつか誓いを果たさなければ我々は何の為に生き残ったのか分からない……。
 ……これは義務でも強制でもない……。ただ、今の私の言葉を少しでも心の奥に焼きつけておいて下さい……。
それでは………全員黙祷をお願いします』
 ベルヒルデの演説が終わると、辺りは静寂に包まれていた。皆、ベルヒルデの言葉に真剣に耳を傾けたのだろうか。そして今はただひたすらに黙祷を捧げているのだろうか。
 ベルヒルデは『黙祷、止め』の言葉をいつまでも発しなかった。そんなものは個人個人が気の済むまで続ければいいのだ。そして、実際に必要なかった。黙祷を続けていた多くの人々は、いつしかすすり泣きの声を上げていた。黙祷中に募った故人への想いが、悲しみの感情を極限まで高ぶらせたのだろう。
 人々のすすり泣きはいつしか激しい慟哭となり、それらが重なって、まるで城全体が泣き叫んでいるかのように震えた。
 そんな震えに紛れながら、ベルヒルデもようやく泣くことができた。身を小さくかがめ、人目に触れぬように密やかに……。
「ローラ………マリア………サティア……フロウ……」
 と、ベルヒルデは戦死した戦乙女騎士団(ワルキューレナイツ)の戦友の名前を嗚咽交じりに延々と呟いていた……。

     


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。


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1 コメント

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裏話。 (江戸まさひろ)
2014-10-16 01:23:35
戦死した戦乙女騎士団員の名前の元ネタはなんとなく、
・ローラ-『ドラゴンクエストI』のローラ姫。
・マリア-『ファイナルファンタジーII』のマリア。
・サティア-『ソード・ワールドRPGアドベンチャー』のサティア。
・フロウ-エンヤの歌「オリノコ・フロウ」。
……辺りからじゃないかと。サティア以外はちょっと記憶があやふや。
なお、名前のチョイスに関しては深い意味は無いけれど、今にして思うと縁起が悪いと、少し反省。
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