江戸前ラノベ支店

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斬竜剣4-第10回。

2014年10月19日 00時55分45秒 | 斬竜剣
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 ベルヒルデは軽く憤る。ベーオルフが万が一敗北した場合、その後にファーブニルがこの国を襲わないという保証は何処にも無い。だから彼女にとって『勝てない』では困るのだ。無論、この男に勝てるような竜を相手に、人間は成す術も無いであろう。
 まあ、ファーブニルはシグルーンを助けてくれたので、この国に害成す可能性は少ないように思えるが、それでも不安は消えなかった。
「でも、俺は負けたこと無いしな」
 ベーオルフは自信ありげに、ニッと唇の端を吊り上げる。そんな彼の様子にベルヒルデはイラついた。自身が今、物凄く大変な時だというのに、脳天気でいる彼がなんだか恨めしい。それでも、変に上辺だけの同情をされるよりはマシなのかもしれないが。
 それに、ベーオルフはこの国の実情をよく知らぬ部外者なのだから、如何にこの国難の中とはいえ、『お前も悲しめ』と強要するのは筋違いというものだ。
 また、ベルヒルデの悲しみを紛らわせようとして、彼がわざと明るく振る舞っている可能性も無い訳ではない。実際、この男の相手をしていると、ベルヒルデはなんだか調子が狂ってくる。怒るのも馬鹿らしい。
「……とにかく、本当に大丈夫なの? あの竜は簡単に勝てるような奴な訳?」
「う~ん、そうだな……。その身体に秘めた力はあの3匹の中でも1番小さかったと思うぞ。とは言っても、お前が戦った火蜥蜴の数十倍……下手したら百倍以上の力はあると思うが……」
「百倍!?」
 ベルヒルデは驚愕から大声を上げかけたが、今が深夜に差しかかった時刻だということを思い当たり、慌てて口を両手で塞いだ。辺りを見回して周囲の様子を窺ってみるが、幸いにも今の声に気がついた者はいないようだ。
 しかし、今のベーオルフの話が事実ならば、あのファーブニルとか言う竜は凄まじく強い。自身が命懸けで戦った火蜥蜴の百倍の力――もし、そんな竜とベルヒルデが戦ったとしたら、
(私なんか数秒もたないかもね……)
 その結末はまず揺らがないであろう。そんなことを想像して彼女はゾッした。それなのにベーオルフは余裕の表情を浮かべている。それが彼女には信じられなく、不安を煽った。確かに彼は強いが、技の面では彼女よりもはるかに劣ると自らが明言しているにも関わらず――だ。
「でも……あの竜の中で1番力が弱いからって、他にもなにかあるはずでしょ? そうでなきゃ、あの湖を作った竜に瀕死の傷を負わせたあなたに勝ち目なんか無いもの。……戦いを挑んでくるはずがないわ」
「そうだな。多分、あいつは技とスビードに関する能力がずば抜けて高いんだろう。お前と似たタイプの戦い方が得意なんじゃないかな。そっかあ……スピードかぁ……」
 ベーオルフはここに至って、初めて問題点に気づいたかのように眉根を寄せた。
「ほ……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「いや~、スピードが速いってのは、結構厄介だぜ? あの火蜥蜴――お前の戦っていた竜だってかなり速かっただろう?」
「そうね、私ほどじゃあなかったけど……」
「あいつらの本気の動きは俺だって捉えるのに苦労するんだ。それと同等以上のスピードをあのファーブニルって奴が持っていたら、結構苦戦するかもな。……それにあの再生能力……。他の竜であれだけの能力を持つ奴はたぶん存在しな……い……」
 心なしかベーオルフの顔が青ざめていた。ファーブニルの能力を分析していて、だんだんと不安になってきたのかもしれない。
(む……無茶苦茶心配だわ……!)
「だ、大丈夫、大丈夫だって!」
 ベーオルフはベルヒルデの『本当に勝てるのか?』と言うような疑わしげな視線を明るく笑い飛ばした。しかし、頬の辺りに冷汗が一筋伝っている。
「やっぱりこのままじゃ不安だわ。あなた、ちょっとついてきなさい。これから剣の稽古をつけてあげるから」
「おっ、いいのか?」
「仕方がないわよ。あなたが負けると私も困るんだから。でも、私の指導は厳しいわよ?」
「ああ、平気平気。厳しい実戦を生き抜いてきた俺だぜ? 剣の稽古くらいで泣き言なんか言わねーよ」
 ――それから数時間の間、「重心移動のバランスが悪い」、「斬り込みの角度が甘い」などとベルヒルデの怒声が何処からともなく鳴り響き続けていたという。それに混じって弱々しい男の泣き声が聞こえて来たとか、来なかったとか。
 ベーオルフは全然平気ではなかったようだ……。

 吹き飛んだ王座の間の跡地で、ベーオルフはぐったりと大の字になって床に転がっていた。
「おはよう、お兄さん」
 ふと、気がつくとすぐ近くにシグルーンの姿がある。いつの間に近寄ってきたのか、ベーオルフでさえ気がつかなかった。彼は少々ビヒりつつ、(結構疲れているのかな、俺?)と渋面となる。
「……なんだ、もう身体はいいのか?」
「うん、全然平気。それよりお兄さん、こんなところで寝ていたら風邪をひくよ?」
「寝ている訳じゃねーよ。さっき、ようやく剣の稽古が終わったから、ちょっと休んでいるだけだ」
 ベーオルフの言う通り、先ほどまでベルヒルデの指導による剣の稽古が続いていた。この何もかもが吹き飛んだ王座の間は剣の稽古をするには丁度良い広さの空間であった。
 しかも、元々は王の御座(おわ)す場所だったので、本来ここに一般の人間が寄りつくことは許されておらず、その為に人目にも付き難い。おかげでベーオルフは何者にも邪魔されることなく、今の今までベルヒルデにこってりと絞られていたのだ。稽古は深夜から始めたのだが、夜はとっくに明けている。
「姉様の稽古ってキツイでしょ? あたしも前にちょっとだけつき合って、次の日は丸1日筋肉痛で動けなくなったことがあるもの」
 シグルーンはクスリとからかうように笑う。
「……元気だな。お前」
「元気じゃないよ。独りの時は泣くもの。人前でまで泣いていたらきりがないから泣かないだけ」
 シグルーンはちょっとだけ心外そうに言った。
「……そうか……悪い。それにしても、やっぱり姉妹だな、お前ら」
 この姉妹は強い、とベーオルフは思う。2人とも悲しみを秘めて耐えることができる。
「でも、この場所……お前にとって辛つらいんじゃないのか……?」
「うん……。でも、あたしを助けてくれようとした兄様の姿は忘れてはいけないと思うから……。辛いけどずっと憶えておかなくちゃいけないから……」
「だから、今ここにいるって訳か……」
 シグルーンは兄の姿を記憶に焼きつける為に――過去の兄との思い出に浸る為にこの場所に来たようだ。彼女は既に兄の死を受入れ、それを乗り越えようと必死で足掻いている。それは難しいことではあるが、早ければ早いほど良いことなのも確かだ。いつまでも過去に囚われて未来を無駄にしてはいけないのである。
「俺、邪魔かな?」
「いいよ、独りじゃ辛すぎるかもしれないから。姉様もそう思って、お兄さんをここに連れてきたんじゃないかな……?」
「あいつが……? そうか……」
 ベルヒルデもまた、剣の稽古の為だけではなく、兄の死を悼む為にここを稽古の場所に選んだのだろう。ベーオルフに厳しい指導を与えていたが故に悲しみが表面に顕れることは抑えられていたが、その内面では様々な想いが渦巻いていたに違いない。
「お兄さん、あの白い竜と戦うんだって?」
「ああ」
「……絶対に負けないでね。たぶん、姉様もお兄さんに死んでほしくないから、勝つ為の技を真剣に教えていたと思うよ」
「…………そうだな。自分が関わった人間がこれ以上死ぬのは嫌だよな」
 ベーオルフはシグルーンへと微笑みかけた。
「俺は負けないよ」
「うん、絶対だよ。それに後でお願いもあるしさ……」
「お願い?」
「あ、全部終わってからでいいの。それにあたしのお願いっていうよりは姉様のお願いだから」
「?」
 ベーオルフは怪訝そうな視線をシグルーンへ向ける。しかし、シグルーンはなにもかも見通しているかのような、悟りきった笑みを返すだけだ。
「なんか……よく分からんが……。末恐ろしい子供だって気がするな、お前は」
「えへへ……」
 シグルーンは小さく照れ笑いをしつつ頭を掻(か)いた。
「全く……大した姉妹だよ……」
 ベーオルフはそう小さく呟くとゆっくりと瞼を閉じ、そのまま深い眠りへと入ってしまった。やはり、ベルヒルデの指導が相当に堪えたらしい。
 シグルーンはそんな彼の脇に座り込み、その寝顔を見つめながら物思いに耽っていた。そして何気なく空を見上げると、ちょっとだけ元気づけられたような気がした。
 どこまでも続く青い空は、雲一つ無く澄み渡っており、まるでこれからの自分達の未来を象徴しているかのようだった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。


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