ライアー&ギターセラピー☆ 私の音に会いにきてください。音はあなたの記憶。あなたの魂。ほんとうのあなたの音に出会います

ライアーとギターの音色で、光の存在たちからの愛のメッセージをお届けします。自分の音を紡ぎだすよろこびをサポーとします

できないと思っていたことができた!

2013年07月19日 | ブログ

昨日、子育てママの時間講座2回目に行ってきました。

宿題を何人が実行してくれたか、とてもたのしみでした。

宿題というのは、付箋紙に書いた、「やりたいこと」を実行するのですが、二名以外は全員、実行してきました。

冷蔵庫の整理、トイレ・お風呂場の掃除、粗大ごみの申し込み・・・。
掃除や片付け以外に、読書ができた。夫のズボンのすそ上げをした・・・・。などなど。

やったことは、当たり前のちいさなことのようですが、今までだと子どもがいてできないと思っていたことができた、そのことに気が付いた、これがすごい気づきなんです。

ベビーのリズムを観察して、どのタイミングでやればいいかということですから。
たとえば、自転車に乗れないと思っていた自分が乗れた。このコツをつかんだわけですので、すごいことなんですよね。

なかには、
・子どもが思ったより「ひとり遊び」が多かった。
・子どもが寝たときに何かかしようと思っても、すぐ行動できなかった。

こうしたことも、ベビーの行動を観察しているから気づいたことなんですね。

ひとつ実行すると、得することがひとつだけではありません。受講生がこのことを実感して次のように話してくれました。
「ズボンのすそ上げをしようと思って出したままにしていたので、部屋のスペースをふさいでいるし、ずっと気になっていたんですが、すそ上げをすることによって、ズボンが履ける状態になるし、部屋もスッキリするし、自分の気持ちもすっきりしました」

ちいさなことをひとつでもいいのです。
意識して行動するって、すごいことなんです

脳科学者の茂木健一郎さんの本で読んだことがありますが、わたしたちの行動は、もともと無意識に、たとえばコンビニに入って冷凍ケースの前に立つと、わずか3秒で商品を選んでいるというのです。しかも、選んだ理由はほとんどの人がただなんとなく商品を選んでいるらしいというのです。

ただ、なんとなくの行動は、主婦たちの家事にもみられます。ほとんどが家事をなんとなくいつも習慣とクセでやっています。なので、ママがベビーの行動(リズム)「ねる グズル、ひとり遊び・ごきげん」を意識して見るについて、いい勉強になったのではないでしょうか。



 

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人身事故に想う

2013年07月10日 | スピリチュアル

この一週間でわたしの沿線で人身事故が三件ありました。

夫が帰宅した息子に「会社、間に合ったか」と心配していうと、息子が「間に合った。何があったのか・・」といって自分の部屋に入っていきました。そして、昨日の夕方、知り合いが「人身事故で駅ひとつ歩いて、大変だったの。重い荷物があるから。このごろ多いわね」と。

この事故によって、駅のホームは携帯電話をかけている人たち、暑くてイライラする人たちで混雑したであろう・・・。「何があったか知らないが」そのひとりの起こした行動が、もしかして、何十万人のひとに迷惑をかけたことになります。

わたしは思うのです。
人身事故を起こしたひとはビジネスマンだと想像して、きっと、カバンには今日の仕事の資料が入っていて、手帳には会議やアポの時間が書き込んであるでしょう。もしかして、お弁当が入っていたかもしれない・・・。

そして、わたしは思うのです。
いつか、このブログでも書きましたが、マッチ売りの少女は幸福だったと。
そのときの記事を抜粋します。

マッチ売りの少女は幸福だった?

寒い夜、どこの家からも笑い声とおいしい匂いがあふれています。少女は寒さに震えながらマッチを売って歩きます。あまり寒いので、マッチを擦って手をあたためます。もう一本、もう一本とマッチを擦っていくうちに、もっと大きな炎にするためにたくさんのマッチを擦りました。
翌朝、街の人たちは雪の中で死んでいる少女を見つけ、「まあ、かわいそうに・・・」と、少女をあわれみます。

実はこの続きがありました。

少女はほんとうにかわいそうだったのか・・・。ということですが、「しあわせだった」というのです。なぜ、しあわせだったのか・・・。少女はマッチのあたたかな炎のなかに「神の光をみた」「天国のおばあちゃんに抱かれた」、一瞬でも幸福だったということです。

そのことよりも、少女の亡骸をみる社会の人たちが問題なのだと、作者は伝えたかったのではないかいうことです

人身事故にはなしを戻しますが、
人身事故によって、電車が遅れたイライラを、何十万人のひとが抱いたら、その周辺はマイナスのエネルギーで充満してしまいます。地球を汚染しているのは、公害だけでありません。人々の憎しみや競いなどの想念も影響しています。わかりやすく例えると、たとえば、会社や近所に、だれかひとり、不満ばかりいっている人がひとりいると、不満の空気が波及しますよね。

人身事故をおこしたひとは、何があったか知らないが、きっと、苦しみの闇が強かったぶん、明るい光のなかに包まれているとイメージしてあげませんか? わたしたちのその愛のエネルギーが、街や地球をやさしくすることでしょう。

これはわたしの独断の想像ですが。
いつかの時代に、それは、ずっとはるかむかし、わたしが獣たちや敵と戦って、崖から身を投げたことがあったかもしれない・・・。でも、わたしは、それを恐れない。なぜなら、たましいは果てしない冒険をして、宇宙(大いなる神)の愛のなかでのできごとだから。

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