ライアー&ギターセラピー☆ 私の音に会いにきてください。音はあなたの記憶。あなたの魂。ほんとうのあなたの音に出会います

ライアーとギターの音色で、光の存在たちからの愛のメッセージをお届けします。自分の音を紡ぎだすよろこびをサポーとします

グランドキャニオン(3)

2017年02月22日 | 自分を愛する

グランドキャニオンをみてきてから、私に起こったことがふたつありました。

ひとつは私のギターがグランドキャニオンになったこと(ギターの音色が渓谷から共鳴する音になった)。

二つ目は、長年大切にしてきた我が家の神棚を処分したこと。
今日はこのことについて書きます。

 

神棚を処分するに至るまでのことを、ざっと紹介します。

私は子どものころから母の信仰する神さまを信じて、大人になってからますます信心深くなり、子どもの手を引いて、献金、奉仕、参拝を熱心にやってきました。

311の震災のあった年に、私の身に上にかなしい出来ごとが起こりました。信じていた宗教にすかれど、いやされるどころか、先祖とか献金とか前世の教えがもっと私を苦しめました。私はこの宗教に強く反発を抱き、他に救いを求めました。私がスビリチュアル系の本やブログを探しまくったのはこれがはじまりでした。

バシャール、セス、ヨガダンナ、ハトホルム

アセンション、ハイアーセルフ、こうしたことばをはじめて知りました。

ある日、まるで私のために用意されていたかのように、書店の本棚の隅に

「意識の宇宙のアリス」野口けんぞう(アーバンプロ出版)が。

手にとって目次をみると

この世はバーチャル、幻想、脳は自動操縦装置、

神はなぜ遊ぶのか・・・

この文字を目にした時に、私はまるで魔法をかけられたように固まりました。

 

これまでの宗教は、運命、宿命、先祖の罪穢れのことばが必ず出てきます。

それが、この世は幻想である、と。スピ系の本やブログでは幻想ということばが頻繁に出てきます。

私は「意識の宇宙のアリス」を辞書がわりにして、

幻想というキーワードでネットで調べ、調べ、毎日、瞑想をして、幻想とは?を探求をしました。

 

そして三年後についにこの世は幻想であることを突き止めました。

目の前でみている景色、人も車も建物もすべてが光です。
ここに至るまでに、ビジョンをみたり、神秘体験をしたり、体外離脱をしたり、いろいろと体験しました。

長年押入れにしまっておいたギターを、せめても慰めにと思い、ギターを押入れから出してボロンと弦を弾くと
不思議な音が、・・・それは528HZ 宇宙の愛の周波数を知ることになります。

 

今日、私がいちばんお話ししたい神棚の処分のことですが、

宗教を脱会したのは5年前です。献金も参拝も終終止符を打ちました。

美しいこどばで表現するなら、「宗教を卒業」しました。

ところが、神棚は処分しないで、朝はお茶を、夕食は膳に食事を盛り付けて手を合わせて、毎日の儀式は守り続けてきました。

神棚の大きさはというと、男性の靴箱をタテにしたくらい。かなりコンパクトです。

 

話しがちよっと横道にそれますが、昨年の暮れに畳を貼り替えをしました。このときに、家の中の不要なものをできるだけ処分しました。

畳のかおりが部屋に漂い、2017年のカレンダー。白い障子。

なんとなく、神棚が我が家に不似合に思えました。

 

1月末にグランドキャニオンから帰って家に入ると、

神棚の存在が、もう、卒業だね、と語りかけてくれているようです。

若い時からさんざん着た洋服がもう年をとって似合わなくなって、惜しみなく処分するあんな気持ち。

宗教の教えは私の血となり肉となって、私を成長させてくれた。もう、充分学んだね。

 

さて、どうやって処分するか

神棚をゴミ置き場に出すか、

これは迷いました。どこか、近くの神社でおカネを払って処分してもらおうと・・・・

でも、それは、いい。私が神聖な神のこころで処分すれば、どんな方法であっても何も悪いことはない。

例えば、キャベツの葉っぱを一枚捨てるときも、葉っぱに私は
「あんたはえらいね、中の葉たちをを守って、農薬をかけられたり、冷たい風に耐えていたんだね」と思いを込めます。

穴の空いた靴下も、まな板も、モノを処分するとき、モノに感謝と敬意を払います。

神棚もおなじ思いを込めてゴミ焼き場に出しました。(ゴミ焼き場に捨てたのではありません)

空を仰ぎながら、神棚は焼却されて、私の苦しみや哀しみが宇宙の愛に溶け込んでいったと想像すると胸がジンときました。

 

今、神棚の置いてあった棚には、かわいらしいヒスイの石のふくろうが2匹と、パラ一輪と母の写真が。

 

 

 グランドキャニオン(2)

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感情の調律

2016年10月13日 | 自分を愛する

寒くなってきましたね。

着る洋服をあれこれ引っ張り出して取り換えたりしています。

私は毎朝家のことを済ませて、自分の本業に取りかかる前に楽器の調弦をします。

ライアーとギターとミニギターの三つですから、結構面倒なのですが、これをやらないと楽器が弾けないので。弦楽器は気温に左右されるので、手間はかかります。でも、調弦をしていると自分の意識も調律しているので落ち着きます。

調弦をしながら思ったのですが、人間の感情も天気や周りに影響されますよね。

ですから、感情も調律する必要があるんですね。

楽器はチューナーという音合わせをする道具がありますが、

人間の感情のチューナーの代わりになるものは、自然を見ることがてっとり早いと思います。

草花を見て、空を見あげて、風にあたって、一分でもボーとします。

私は外出中のときは、人ごみで疲れると駅中の花屋さんの前で立ち止まって、花の香りとをかいで花の美しさに見とれます。これだけで感情の調律ができます。


季節が大急ぎて入れ変わるとき、自分の感情・意識の調律をして自分を愛してあげましょう。

 

感情の周波数を整える

銀河で遊ぶ天使

音と光のシャワー

 

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自分を愛する~視覚化

2016年09月30日 | 自分を愛する

昨日の続きです。

昨日、自分を愛することをについて、たとえば
モノ(ハンカチ)を処分するとき、手放すモノに愛をもって手放す場面を視覚化することをました。

視覚化を他のことで例えると

共同募金におカネを入れるときに、

100円玉か500円玉をサイフから出して、ポトンと入れると思うんです。

このときに、視覚化します。

サイフからおカネを出す時に、

おカネさん、ユニセフの子たちや災害の人たちの役に立ってあげてね、

と愛を込めておカネを握って、

ユニセフの子や被災地ひとの顔を思い描きます(顔を視覚化する。これがとても大切です)

その子たちがあなたの愛を受け取っている様子描きながら
募金箱におカネをい入れます。

後は募金箱のことは頭から離れて大丈夫。

 

こうした視覚化のちいさな実行が、

いつしか、自分自身が愛のひとに変わっていきます。

待ち合わせた相手が遅れたときに、
イライラして待ちながら、あのひととは二度と付き合いたくないわ、と思っているときは

相手のイメージを悪く描いている(波動が低い)状態です。

ふだんから、視覚化の練習をしておくと、感情の周波数をパッと切り替えることができるようになります。

自分の周波数が変わっていくと、人間関係も変わっていきます。

 

視覚化を修練していくと、見えない世界をみることができるようになります。

五次元意識、アセンション(次元上昇)もこのようなことです。
レベルはそれぞれに差がありますが。

純粋な意識、高い波動、無条件の愛が高まると

肉体のない存在たちとチャネリングもできまし、あの世の人とコミニュケーションをとることもできるようになります。

私は今、ダスカロスの講座に参加していますが、ダスカロスは視覚化はとても重要なことだといっています。 ダスカロスのことはいつか機会があるときに・・



視覚化は何も大げさに考えないで、
家族の夕食をつくるとき、キャベツの葉っぱを一枚捨てるにも
虫が食ってて気持ち悪いとか、農薬がかかっているからとかでなく
キャベツが育っていた畑を描き、雨のも風の日のシーンも描いてみます。

そして、キャベツの世話をしている農家のひとの姿をちょっとイメージすると、キャベツも農家さんもよろこぶでしょう。地球もよろこぶでしょう。

 

これを書いていて、今、思い出しました。

小学生の子が書いた詩です。

ーー

がっこうで田というかんじをならいました。

田んぼではたらいている、おとうさんとおかあさんをおもいながら

田のかんじをれんしゅうしました。

 ライアーと波の音で感情の周波数を整える

ライアーと銀河で遊ぶ天使

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自分を愛するってとてもカンタンなことだった!

2016年09月29日 | 自分を愛する

 

自分を愛するって、もしかして、いちばん難しいことかもしれません。

スピリチュアルもセラピーもたくさんの方法がありますが、

つまるところは

「あなたは宇宙に神に愛されています」
「何も不安も恐れもありません」

ということなのです。昨日、レムリアのメッセージに書きましたが

「あなたは何も恐れることはありません。あたなは愛されています」を

日常的にカンタンに「自分を愛する」方法を私のことばで書きます。

 

私は時間術と整理術の専門なので、プロの立場で生活の中で即実行する方法をおはなししますね。

たとえば、不要なモノが家の中やバックの中、引き出しの中にいろいろとあると思うんです。

なんでもいいんです。

色あせてきたハンカチでも、使いづらいシャープペンでも。
どれか捨てよう、と思っても、まだ、使えるかも、・・・
こんどこそ、捨てようと・・・迷っう自分に疲れますよね。

こんどこそ処分と「決意」します。

この決意は、感情を手放している、状態です。
まだ、使えるかも、汗ふきに便利だった・・・・と
捨てられない口実をつけてきた感情に区切りをつけた、自分になりました。

たかがハンカチ一枚を処分するって、すごいエネルギーなんです。

迷いの周波数が他の周波数にチェンジしたのです。

 

イメージ、視覚化する

せっかく、処分する決意をしたのですから、ここから、もう一歩踏み込んで。

イメージ、視覚化の練習です。
スピリチュアル探求をすると、この視覚化はとても重要な要素です。

ハンカチにはなしを戻します。

ハンカチを買ったときの自分を思い出せますか?
そのハンカチをはじめて使ったときのことを覚えていますか?

ハンカチはいくらしたのでしょう?
100円? 300円? 500円?

そのおカネはどこからきたの?
あなたが働いた大切なおカネ。一所懸命働いた報酬。
だんなさんの給料?

自分が働いている姿を想像できますか?
だんなさんが働いている姿を想像できますか?


このハンカチをこの手で握って、汗を拭いたな~、

ハンカチがあって助かったな~

ハンカチさん、ありがとう
ハンカチさんを作ったひとたもありがとう

私のためにボロボロになってくれてありがとう
もう古くなったから、クツを拭いて、処分するね。。。

ありがとう。

ハンカチにありがとうを言っているあなたは、実は、自分にありがとうをしているのです

ハンカチに感謝したあなたは、ハンカチを取り巻くものたちから愛されたのです。

ということは自分を愛したのです。

(鏡に向かってにっこりすれば、鏡に映る姿もにっこりします)

・・・・・

感情を手ばなすをハンカチに例えましだか、
この決意と感謝の感情の気は、いつまでも空中を漂っています。

あなたが発信した感謝のエネルギーは誰かをここちよくします。

その感謝のエネルギーは自分の元に返ってきてあなたをここちよくします。
ネガティブのエネルギーも同じてす。

自分を愛するって、そんなにむつかしいことじゃないでしょう?

あなたは宇宙いちに愛されていますよ!

ネガティブになったり、ポジティブになったり、

それでいいのですよ。人間だもの。

バランスを調整しましょう。

次の映像を見ながら、何か不要なモノを流しているイメージすると視覚化しやすいでよ

 ライアーと波の音で感情の周波を整える

 

 


 

 

 

 

 

 

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自分が良かれと思ってやったことが裏目に出る

2014年12月01日 | 自分を愛する

数日前、あるブログにコメントした記事を、このブログでも紹介しました。(その記事を非表示にしました)

そのブログの管理者が、私のコメントに対してどのような返信をして下さるのか、たのしみにそのブログを訪問しました。

管理者はわたしコメントに対して、「読者を乗っ取るつもり・・・」と書いていました。

ショックでしたね。

私はそのそのブログに書いてあることに感動し、うれしさのあまり、自分もそのように思いますと長々と書いたわけです。

たしかにわたしのやったことは、よその家に上がって、言いたいことを勝手に話すような非常識であり、恥ずかしいことだったと反省しました。

 

言いたいことは、そのコメントがどうだとか、管理者のことではありません。

 自分が良かれと思ってやったことが、誤解されて、相手を傷つけることもあるということです。

ネット上の出来事なので、二度とそのブログに訪問しなければいいわけで、現実、職場や近所の付き合いで、良かれと思ったやったことが相手に誤解されて嫌われたら、どうすればいいのだろう・・・

・・・・

ああ、こういうこともあるのだ・・・・と思って、相手との間に距離を置く、
そして、よほど親しい人にだけ、グチをきいてもらう(同じ職場の人にはぜったいに言わないこと)、
そして、今後の教訓にする(自分が親切と思っていることが相手にとっては迷惑かも・・・と考えてみる)

 

今回のことで、残念だったのは、そのブログの管理者はスピリチュアルのメッセンジャーと称し、上からの(歴史を代表する女神)からのメッセージをチャネリングしている方です。宇宙の愛・神とつながっている人は、「読者を乗っ取る」ということばを使うでしょうか?

それともう一つ、スピリチュアル的には、自体一体。相手も自分も一つです。現象は自分の意識を映す鏡です。

 

斉藤ひとりさんが、職場の人間関係のことをよく書いていますが、トラブルも修業だと。

せっかくいいことを書いたのに、・・・、なぜ?とネガティブな感情を抱けば、抱くほど、相手も自分も追い込まれるので、相手のことは忘れて、自分にとって、心地のいい解釈をする、それが答えだと斉藤ひとりさんは言ってますが、わたしもそれが自分を愛することだと、あらためて体験したできごとでした。

 

 

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離層 りそう

2014年11月15日 | 自分を愛する
落ち葉の季節になりました。
野や山も都市も、もう、しばらくすると、すっかり枯れ木になります。
そして、本格的な冬です。

ところで、朝顔ですが、わたしの植えた道端の朝顔はマンションの清掃管理の手できれいに処分され、ベランダの朝顔は10月末ごろにタネを収穫して取り除きました。



以下の写真は、
2010年の初夏~11月の11日までの間、近くの団地(毎朝、朝顔の花を数えているおじいさんの庭)の朝顔を観察して、最後の日の(2010年11月11日撮影)

 
朝顔のつぼみが枯葉にくるまれて、小鳥が眠るように枯れ果てているのをみて、胸がつまりました。

雨の日も風の日も、朝顔を観察していると、朝顔に愛情が湧いてきて、枯葉の季節がきたときに、ツタの先にたくさんついているつぼみたちが咲けないまま枯れていくのか思うとかわいそうで、・・・。


たまたま、その日の夜、テレビでもみじが紅葉にするために、葉の茎に水分を通さない「離層」ができるということをやっていました。「離層」は、植物が自ら作るものらしいです。
そうか、朝顔たちは、「さあ、みんなで枯れようね」と、仲間たちが声をかけ合って枯れたのだと知ってほっとしました。

落ち葉たちは、木枯らしに吹き飛ばされているように見えますが、樹木たちは自分たち自ら古い葉を落して、冬にエネルギーをいっぱい蓄えて、そして春になるとみずみずしい葉っぱをつけるんですね。

植物たちは、エライなと思います。
それに比べて、人間たちは、なんとたくさんの物を所有しているのでしょう。あれも捨てられない、これも捨てられないで。これじゃ、春になっても新芽がでないわけです。


植物の「離層」を真似てみたいものです。

そこで、年末にかけて家の中の掃除や片づけをするときに
自分が植物の木になったつもりで、引き出しのごちゃごちゃの割り箸やら、かすれたボールペン、押入れに眠ったままの衣類、賞味期限のとっくに過ぎた調味料など・・・、これらを枯葉だと思って、「離層」を作り、落ち葉のように手放しましよう。家の中がきれいになって、気持ちのいい波動がどんどん上がります。


それと、哀しみや恐れや痛みも、枯葉のように飛び散らすといいですよ。
わたしは林の中で、よく、やりました。

12月ごろになると、銀杏の葉がいっせいに金色に紅葉して、はらはら~~とめどもなく、雪のように舞い散りますが、幻想的ですね。

滝に打たれる瞑想法もありますが、銀杏の木の落ち葉の下に立って、感情や思考を飛ばす方法もいいものです。植物たちのように、春になると、身体の内側から新しいエネルギーがふつふつ湧いてきます。


それと、きれいな紅葉の葉を拾ってきてお風呂に浮かべます。
落ち葉にはマイナスイオンがいっぱいあって癒されます。落ち葉さんたち、わたしの哀しみや苦しみを吸収してね、とお願いして、翌日、風に飛ばします。枯葉デトックスですね。子どもっぽいようだけで、子どものような純粋な意識になることがアセンションです。

不要な物や想念・感情の離層を作って、枯葉のようにして手放して、春にエネルギーいっぱの新緑を芽吹きましょう。

 

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意識の衣替え

2014年10月07日 | 自分を愛する

台風が過ぎ去った後の空はきれいでしたね。
それほど、大きな被害が今のところなかったようで、ほっとしています。 

さて、暑かったり肌寒かったりのこの頃ですが、引きき出しやら、タンスを開けて、衣替えをしている方も多いのではないでしょうか。
朝顔も衣替えをして、茶色の殻(コート)が種を包み込んでいます。

実はこの時期ってすごく大切なんです。
というのは、わたしの専門は時間と空間をデザインする、・・・人々がシンプルに幸福に暮らすためのライフデザインをします。(書籍の他、大手企業さんからたくさん商品化されました)。少しでもお役にたてたらと思って書きます。ちょっと、独断的かもしれませんが。

 ・・・

 今、自然界は季節が入れ替わる、秋~晩秋~冬~「変化」を静かに進めています。
アセンションと似ていますので、今の季節の過ごし方を現実とスピリチュアルの両方で考えます(行動します) 

たとえば、衣替えをするときに、衣類がシミついていたり、汚れていたり、ボタンが取れかかっていたり、裾がほころびていたりしますので、クリーニングに出したり、アイロンをかけたりします。

 そのように、私たちの肉体は心身ともに傷ついて、汚れ(老廃物)がたまっています。
肉体の傷ついた手や足や指に、がんばったねとほめてさすってあげます。
肉体は大切な地球着ですので、衣類と同じように手入れします。

かなしい思い出や苦しい感情には、あたたかな洋服を着せて、あたたかなクツ下を履かせます。
洋服もクツ下も、宇宙の愛はほしいだけプレゼンしてくれます。

 意識のクリーニングの方法はいろいろありますが、スピ本に頼らないように・・・。

今の季節は、「衣替え」と同時に、「意識の衣替え」が大切だということをお伝えしておきたいと思います。

 

もうひとつ、大切なことを書きます。 

季節が入れ替わろうとするとき、時間が早くなります。どんな世界でも入れ替わるときは、バタバタしますよね。カレンダーでは、10月、11月、12月、1月へと、ハロウイン、バザー、クリスマス、大みそか、元旦・・・と一気に進みます。物質世界の商戦が世の中を支配します。

 

そこで、こんな考え方をします。

一日を23時間にする(あるいは22時間)

今年の終わりを12月10日にする。(15日でもいいんですが) 

これはどういうことか言いますと

たとえば、収入・給料を生活費や医療費、教育費、その他に割り当てていると思いますが、「万一のためのお金」をできるだけ手をつけないように確保していると思います。(それでも、計算どおりにいかないのが現実ですが)

 1日23時間にするという考えは、万一のため1時間をとっておくというより、

時計の時間、物質の時間は、一日24時間=行動+行動+行動+行動+行動+行動+・・・・・(エゴ・自動操縦装置)だけに使わないで、1時間を非物質の時間にする。

 

思考・エゴ(自動操縦装置を外して)、「ハートの時間」のためにも使うことを計算にいれます。ハートの時間・非物質の時間は無限です。

 わたしは、ある時期、時計を部屋に置かないで、太陽と月の動きに合わせて行動をしたことがあります。今でも、わたしは夜11時は物資世界の一日が終わりですので、その後は、非物質世界の愛の光に浸ります。

もし、生活に支障がない方は、時計に支配されない行動をしてみるといいでしょう。

 

それで、大事なことはゴールを描くことです。現実世界では夢を叶えた人たちは、ゴールを描くといいますが、非現実世界も霊性回復のゴールを描くことは、とても大切なことなんです。

 「意識の衣替え」は衣替えと同時に、季節が入れ替わる今が準備のときです。かなしい思い出や苦しい感情には、あたたかな洋服を着せて、あたたかなクツ下を履かせてください。

洋服もクツ下も、宇宙の愛はほしいだけプレゼンしてくれます。「意識の衣替え」をていねいにしておくと、「変化」にあわてません。年末のバタバタに巻き込まれないで、愛の光の世界へ次元シフト(新年をゆうゆうと迎えることが)できます。

 何事にも準備があります。試合、受験、登山、個展、事業、旅行・・・、成功者は準備に時間をかけます。意識の衣替えを入念にするのでしょうね。 

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どうせ~

2014年09月28日 | 自分を愛する

4年前、

近くの団地の朝顔の花の写真を携帯電話で撮って、ブログでアップして、ツイッターで朝顔のことをつぶやいていました。

ツイッターは、誰かと誰かをつなげてフォローし合う仕組みになっていて、誰かが、

「ツイッターの中で朝顔が今頃咲いているというのが話題になっています」

「 今朝のツイットでは、○○さんちではまだ朝顔が咲いているとのことですよ」

「こっちでは、こんな朝顔が咲いていました」「うちのの近くで見つけたあざ顔です」

朝顔の画像が、秩父や広島、三重県から、九州、新潟、富山、東京~から送られてきました。

 

ある日の朝、台風でどしゃぶりの雨が降っていました。朝顔の場所まで徒歩5分。
どうせ、このどしゃぶりだと咲かないから、そう思って、朝顔を見に行くのをやめました、

 部屋の窓から、ドシャブリの雨風の様子を眺めていました。

 駅の入り口のところで、演説をしている男性の姿が。
その周りをバスに乗りもうと突っ走る人、人。
 演説の男性は、雨しぶきの中、もくもくと演説をしています。

どうせ、誰もきいてくれない・・・。
どうせ、投票したって、世の中変わるわけでないから、投票しない人がたくさんいますが、演説する姿は、そんな考えが少しもないようです。

 わたしはすぐ、朝顔を見にいくことにしました、

どうせこのドシャブリじゃ咲かないから・・・・。朝顔に対して失礼だ・・・

 ・・・・

ドシャブリの雨に打たれて、朝顔の花がテッシュペーパーがべとべとに濡れたような姿で咲いていました。 

写真を撮って家に戻り、ブログでアップして、ツイッターでツイート(つぶやき)しました。
すぐ、タイムラインでリツイート( あるつぶやきを皆に知らせる機能)がありました。

 「どうせ、客がこないと思って店のシャッターを閉めましたが、すぐ、シャッターを空けます」(自営業) 

「どうせ、生徒さんが休むと思って、教室を休んで花の仕入れをしませんでした。すぐ、花の仕入れをします」(フラワーアレンジメント講師) 

「どうせ、試験に出ないと思って飛ばしたところを、これから暗記します」(高校生) 

「どうせ、私なんか・・。ずっと、自分を卑下してきました。誰かにわかってもらえなくていい。そう、思える人間になりたいと思いました」(OL)

 「どうせ、こんな世の中だから、夢ということばに:嫌悪さえ抱いていました。どうせは、自分を放棄したと同様」(大学生) 

「子どもたちがいうことを聞かなくて、どうせ、言ったってわからないとあきらめていましたが、子どもたちを信じます」(主婦)

・・・

このことがあってから、わたしは「どうせ」という考えをしなくなりました。

 

さて、9月もそろそろ終わりです。

わたしのブログをふり返ると、朝顔の花の観察を、11月7日が最後になっています。

朝顔の観察をはじめた時は、まだ、ブログをやっていなかったので(ブログを始めたのは2010年7月30日)、朝顔の観察を始めたのはたぶん7月上旬だったので、それから11月7日まで約三か月半、一日も休まず霜が降りるまで朝顔を観察しました。

 

 

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一秒でできることに4時間泣いた

2014年09月27日 | 自分を愛する

パソコンを使いはじめて間もない頃、

わたしの仕事を手伝ってくれていた女性Aさんと二人で、大手企業に出向いて行って校正をすることになりました。

彼女はバリバリ仕事のできる人で、

「ほとんどやっておいたから、後はこことここだけね」と言って、夜、7時に次のアポのところに行ってしまいました。今でも忘れません。

ひとり取り残されて、個室でコツコツと作業をしていたところ、ひょいとパソコンのどこかをいじったらしく、操作が変わってしまったのです。時間はどんどん過ぎていくわ、残業をしている人たちはどんどん帰ってデスクの照明が消えて、とうとう、わたしは終電になってしまったのです。

会社(ビルの8階だったかな・・・)裏口のエレベーターから、重たいパソコンを持って(昔のパソコンは重かった)、外に出ると真っ暗です。会社のエライ人たちは、みんなタクシーかハイヤーでした。

12月の冷たい風が抜けるビルの谷間を、トボトボと歩くわたしの姿を想像してみてください。

都会で生きる孤独、能力のないみじめさというものを初めて味わい、涙がはらはらと流れてきました。

わたしを置いて先に帰ってしまったAさんが憎たらしくて、なんて冷たいヤツだろうと思いました。

 

それで、わたしを泣かせたパソコン操作というのは、一秒でできることだったのです(笑)。

文字を打つと消えてしまう、あのボタンを押してしまったらしく、元に戻せなくなったのです。

一秒でできることを4時間苦しみました。

あれから10年。

このことがあってから、「わからなことは人に聞く」をモットーにしています。

あのとき、ひとりで悶々とパソコンをいじってないで、残業をしている誰かに聞けば、きっと、すぐに解消したはず。

わからないことは恥ずかしいこと、と思ってましたが、ひとに聞くことは恥ずかしいことではありません。

たしかに勇気のいることですが、聞いた方が得。早いです。

みんな教えたがっていますよ。

自分を愛するって、わからないことを人にたずねることでもあるんです。

 

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性格を変えるって

2014年09月22日 | 自分を愛する

性格を変えたい、変えたいって、人はいうけど

性格って、そんなにかんたに変えられるものではないのです。

それに性格もそれぞれ個性だから、変える必要もないんです。

 

どうしても性格変えたかったら

朝5分だけ、早く起きればいいんです。

夜、5分だけ早く寝たらいいんです。

それだけで、もう、あなたは性格が変わったのです。

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自分を愛するために

2014年09月21日 | 自分を愛する

自分を愛する、いちばんかんたな方法ーー

自分の肉体に傷ついている、ケガやヤケドのあとは、誰にも二つや三つはあると思います。

わたしも左の手にかすかなヤケドの痕、

右足の親指に草を刈っているときにカマで切った傷

腰におできの痕、

おでこにもキズがあります。これは母が私を叱ったときにできたらしいです。

その時は、痛くて、痛くて、泣きました。

 

キズのついた手や足にに、

がんばったね、

この手でいろんなことをしてきたね

この足で、いろんなところへ行ったね

ありがとう

やさしく、キズのあとをさすって、あげるとキズが喜びます。

 

みんな、誰にもかなしい、悔しい過去があります。

よくよく、考えてみると、過去は記憶であって、どこにも存在していません。

キズをやさしく、いたわってあげると、

かなしい記憶も薄れていきます。

 

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やまびこの正体は?

2014年09月20日 | 自分を愛する

やまびこって知ってますか?

山に向かって、ヤッホーと呼ぶと、ヤッホーと返ってきます。

子どものときに、みんなで大声をあげて、やまびこ遊びをしたものです。

大人になって、ふるさとに帰って、やまびこをやってみました。

ヤッホー、ヤッホー、

バカヤローと呼ぶと、バカヤローと返ってきました。

 

考えてみたら、やまびこは、山にだけこだまするのではないのですね。

最近、気がついたのですが、

空に向かって、ありかとうと呼ぶと、かすかに、ありがとうの声がこだましています。

周りの音にかき消されて、聞こえないだけです。

ということは、やまびこのように声が反射するのは、

人や物にもこだますということなんですね。

誰かに、ありがとう、と言うと、相手も、ありがと、と言います。

あれは、自分の言ったことばが、こだまして自分に返ったきたのです。

「自分が世界一好き」と呼ぶと

「自分が世界一好き」とかえってきますよ。

 

 

 

 

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自分愛するってことは、とてもシンプルで簡単なこと

2014年09月19日 | 自分を愛する

スピりチュアルの世界では、必ず、「自分を愛する」ということばが出てきます。

自分を愛するって、実はいちばんむつかしいことなんですね。

たしかに、自分を愛するって、むつかしいです。

でも、かんたんなことでもあるんです。

たとえば、帰宅して家に入るときに、

自分のクツを揃えて、「ありがとう」といえば、クツがよろこびます。

家族が後から帰宅したときに、

玄関のクツがきれいに並べてあると、気持ちがいいものです。

たった、これだけのことです。

自分を愛するって。

ごはんを食べた「箸」そろえて、ごちそうそま、と言えば、箸が喜びます。

たったこれだけのことをするだけです。

自分を愛するって。

 

 

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今日はまだ終わってない・・・

2014年08月18日 | 自分を愛する

毎日が思う通りにいかないこともあります。

体調の具合やら、相手や家族の都合やらで・・・。

そうすると一日の終わりがなんとなく、すっきりしないものです。

中には、まあ、いいっかー・・。一日を放棄する人がいます。

こういう人は、自分を愛していなのです。

まあ、いいっかー・・。と思う人は、

どうせ~何何してもと、どうせが口グセになって、結局は社会のせいにしたりする傾向にあります。

そこで、

時計の針が夜の12時をさしかかる10分前でも

「今日は終わってない、まだ間に合う」

そして、急いでやるんです。

以下のどれかひとつ。

・ストレッチをする
・デスクの片づけ、
・気になっていた洋服の取れたボタンを取り付ける
・処分しようと思っていたCDをゴミ置き場に出す
・パソコンをきれいにふく

ほかにもいろいろ。

そうすると、ああ、今日は無駄にしなかった
そんな充実感がふつふつとわいてきて、明日のエネルギーにつながるんです。

1分~5分のちいさな実行が。
いい一日に変わります。

ああ、自分もできた! が自信につながるのです。

 

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鏡に向かってありがとう

2014年08月14日 | 自分を愛する

だいぶ前に知人から借りた本「生命の世紀への探求」(L・ポーリング/池田大作)の中に

「鏡に向かって礼拝すれば、

映る姿もまた私自身に礼拝する」と書いてありました。

「鏡は笑う」は私自身もよくやりますが、

鏡に礼拝すると、鏡の自分が礼拝する・・・当たり前のことですが

自分が尊い存在であることを、鏡が自分に教えてれくる・・・。

なるほど・・・

わたし流に書き直すと

毎朝、毎晩、鏡に向かって

ありがとう をすれば

鏡も自分に向かって

ありがとう をする

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