ギリシャ危機の日本に対する教訓は何か
2012-02-12 20:29:26
カテゴリー: 政治経済
消費税増税派は、猫も杓子も消費税増税を正当化するために欧州の債務危機を持ち出す。しかし、日本が欧州の債務危機から学ぶべき教訓は消費税増税などでない。欧州のソブリン危機は、ユーロ圏を一つの単位とする新自由主義的蓄積の帰結に他ならない。「グローバル化のなかの新自由主義=財界、アメリカの要求」の帰結(毒)を新自由主義的毒薬の税制で対処することは、いわば「毒をもって毒を制する」処方箋である。この禁じ手が現代日本で使用されると、新自由主義の悪循環に陥る。例えば、格差・貧困問題や財政危機の対応に新自由主義的構造改革が用いられると、国民生活の悪化や財政赤字の拡大はますます深刻化する。今、消費税を増税しても何の問題解決にならない。ますます事態を悪化させるだけである(大阪の橋下市長はいろんな仮面をかぶっているが、12月12日「朝日新聞」のインタビューで馬脚を現しているように、過激な自由主義的構造改革派の一チンピラにすぎない)。
ギリシャ・南欧のソブリン危機(国家債務危機)はグローバル化のなかの新自由主義の帰結にほかならない。ギリシャ等のソブリン危機は、直接には財政危機の産物である。財政危機がソブリン危機となってあらわれているのは、特にギリシャ等の国家債務が対外債務となっていることによる。したがって、まずギリシャ等の国家(=対外)債務がなぜ増大したのかをみておかなければならない。
もともと、欧州には強い輸出産業を持つドイツなどの工業国と、ギリシャのように相対的に輸出競争力が弱い国がある。ところが、ユーロの導入は圏域内における市場の統一、共通化を格段に高めた。ユーロ圏内の市場はあたかも一国内の市場であるかのように統一される。いわばユーロ圏内グローバル化が進んだのである。こうなると、地域間の競争力格差は、地域・産業、企業間の不均等発展としてあらわれる。独仏等のユーロ・コア国の地域・産業・企業は発展し、過剰資金がそこに集積される一方で、ギリシャ・南欧等のユーロ周辺国の地域・産業・企業は総じて斜陽化し、衰退に向かう。ドイツの経常収支黒字が、01年からリーマン・ショック前の07年にかけて426倍という驚異的な伸びを示す一方、南欧など5カ国の経常収支はほぼ一貫して赤字続きである。経常収支の赤字を01年と07年で比較するとスペインは4倍、ギリシャは3倍などに膨らんだ。通常なら、為替市場での弱小通貨の下落によって調整される不均衡は、通貨・為替主権のないユーロ圏では調整されることなく、国内の需要不足を公的債務の拡大で賄うこととなった。そして、ギリシャ・南欧政府の借金は国内金融機関に頼れず、コア諸国の金融機関の貸し込みに依存することになった。ここでは、公的債務は対外債務化し、公的債務危機はソブリン危機となり、またユーロ圏全体の信用危機へと波及せざるをえない。
ギリシャ危機から学ぶべき教訓は何か。
過度の投資・貿易の自由市場化が進むと、地域・産業・企業間で不均等発展が加速し、新自由主義的蓄積に固有な貧困・格差社会化が特定の国・地域を丸ごと襲うことになるということだ。TPP参加後の日本の一次産業、農漁村、地域経済の悲劇を暗示するものだ。公共部門の力を拡充して内需の維持・活性化を図ろうとしても、グローバル化のなかの新自由主義にとらわれた政府は、大企業や富裕層に溜め込まれた過剰資金を税制で吸い上げようとしない。上層(大企業・富裕層)の過剰資金を貧困化する階層や地域・産業(下層)にまわして内需を活性する福祉国家型の垂直的所得再分配が必要な時に、危機打開の負担を国民に押し付け、競争、自己責任を追及しても国内の経済不振が全体として税収力を弱め、財政危機は悪化するばかりである。新自由主義のスパイラル的悪循環だ。
PIIGS(ポルトガル・イタリア・アイルランド・ギリシャ・スペイン)諸国では、すべて政権交代が起った。付加価値税の引き上げ、財政緊縮、公務員の削減・賃金カット、年金等の社会保障給付の削減、公共部門の売却・民営化、労働規制緩和、自治体合併等の新自由主義的構造改革の道に走る各国政府の前に国民が立ちはだかったのである。日本国民もこの政権交代ドミノに加わることができるか―ギリシャ危機の日本に対する最大の教訓である。