レイニ−サイド ハ−パ−ズパブ

ケルティックハ−プ(アイリッシュハ−プ)奏者坂上真清に関する情報や日々感じた事などのコラム このサイトはリンクフリ−です

オールタイムフェイバリット  〜 素晴らしき愛しのビートルズ フェイカー達 〜

2012年05月02日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

 

タイトルの Faker とは偽物 まがい物 という事なので

そのまま ビートルズの偽物 みたいな意味と受け取ってもらって構わないけど

これらはいくつかのタイプに分けられる

 

1 ビートルズに影響を受けたバンドやミュージシャン


2 特定の曲のメロディーなどを拝借した 所謂パクリ


3 意図的にパロディーとしてビートルズを真似たバンド

 


1 はそれこそ挙げていったらきりが無いのでここでは無し


2 もまたしかり

 

と言う事で今回は 3 から自分が好きなのをいくつか紹介したいと思います

 

 

 

 

 

              Deface the Music    Utopia

 

             

 

 


ミスター ポップス職人トッド・ラングレンが

自分のソロ活動とは別に作ってたバンドがユートピア

 


ファンの間ではトッドがビートルズマニアなのは周知の事実だが

本人は意識的にか その部分を押さえていた感もあった

(ソロでビートルズの完全コピーをやっていたけど)


ところが ここではついにと言うか

今まで我慢してた分が爆発したみたいにマニアぶりを全開にして

楽しそうにやっている


個人的にはユートピアの中で1番好きな作品だ

 


まず有名な初期ビートルズショットを真似たジャケットに

ちょっとにやけてしまうが

内容もビートルズの色んな時期の曲を連想させつつも

それ自体が完成した1つの作品として成立している所はさすがである  


名曲多し、、 というか全部名曲だ!

 


そして笑うのが日本盤での曲の邦題
 

オイオイ トッドからクレーム大丈夫かいな? みたいな感じで 

例えば


Crystal Ball  → キャント・バイ・ミー・クリスタル・ボール

Alone  → ホワイル・マイ・ロンリネス・ジェントリー・ウィープ

Life Goes On  → エリナー・リグビーはどこへ

All Smiles  → ミッシェルの微笑み

 

 

ほとんど単語被ってないし・・・・

 


とまぁ やりたい放題で今ではまず無理だと思うけど

レコード会社にこんなタイトルをつけさせてしまうほどの

作品という事も言えるかも

 

 

 

 

 

 

       Rutles    四人もアイドル

 

     

 

 

多分1番有名なビートルズのパロディーがこのラトルズだろう

 

イギリスのブラックコメディ集団モンティーパイソンの

エリック・アイドルと

ビートルズとも交流のあったボンゾドッグバンドの

ニール・イネスが中心となり元々はテレビ番組から生まれた企画

 

 

     

 

 


それが受けたのでレコードを作り映画まで撮ってしまうのだが

映画はラトルズというバンドのドキュメントとして

ビートルズの歴史をほぼ忠実になぞっていく

(勿論あちこちにかなりのヒネッた笑いを入れつつ)

 

また途中 本物のジョージ・ハリスンがレポーター役で出てきたり

ミック・ジャガーやポール・サイモンが

ラトルズの想い出を語ったりと相当に手が込んでいる

 

 

 

レコードの方ではニール・イネスがすべてを担当していて

この人一般的には無名だが本当に素晴らしい才能の持ち主で

勿論本人自身も何枚かレコードは出してはいたが (どれも名作♪)

ここではジョン・レノン役になりきって

素晴らしくも楽しい曲を沢山聴かせてくれている


しかし声がジョンに似てるんだよな〜

 


彼の作る曲はビートルズのある特定の曲を元ネタにというよりも

これって あの曲のこの部分と こっちの曲のあのフレーズかな?


みたいにいくつかの曲の雰囲気を混ぜ合わせた様なものが多く

相当な才能が無いとこういう芸当はまず無理である

 

こちらの曲タイトルもかなり笑えて


Help! をもじった Ouch!  とか

Glass Onion → Cheese And Onions

Get Back  → Get Up And Go


なんて感じです ハイ  

 

 

90年代にビートルズの

「Anthology」 シリーズが出て話題になったが

この機を逃してなるものか! という感じで

ラトルズも20年近くぶりの2nd 「Achaeology」を発表し

ファンを狂喜させたのも記憶に新しい

 

 

 

よー やるわ、、、、

 

 

 

 

 

 


        Revolver    Northern Songs

 

      


 

今回こういう内容にしたのは実はコレを紹介したかったから 、、、笑

 


誰がやっているのかいまだに分からない謎の多い作品で 

60年代にレノン&マッカートニー名義で

他のアーティストに提供した曲をもしビートルズ自身が演奏したら?

というコンセプト

 

随分昔にレコード店で見て以来 2度ほどCDを買い直している

 

マージービート、リバプールサウンド という響きを聞くと

胸に甘酸っぱい想いが込み上げてくるというご同輩には

超 お勧め!

 

 


こんな名曲人にあげちゃっていいの? 

と言ってもいい ポールの

ピーター&ゴードン 「愛なき世界」や「逢いたくないさ」

 

60年代のジョンにしか絶対に作れない超名曲

フォーモスト 「アイム・イン・ラブ」

 

これぞリバプールサウンドの極め付けと言える 

ビリー・J・クレイマー・アンド・ダコタス の数々の曲

 


「悲しき天使」に続くメリー・ホプキンの2ndシングルとして

ポールが書き上げた 「グッバイ」

 


これらが初期ビートルズスタイルの演奏と歌で収録されている

 


その後アンソロジーなどでいくつかは

ビートルズ自身が演奏しているご本家テイクや

ポールの弾き語り「グッバイ」なんていうのも出てきたけど

それによってこのCDの価値が下がるという事は無いから不思議だ

 


調べたら発売が1981年1月


前年12月にジョンが射殺されてしまったので  

当時は便乗商品的な扱いをされたみたいだが

発売を決めた日本のレコード会社はともかく

制作サイドとしてはそんな短期間に作れる代物で無い事は

聴けばすぐに分かるはずだ

 


タイミングが悪かったとしか言いようがないが

結局は30年以上たった今でもずっと聴かれ続け

廃盤になってないという事実がすべてを物語っていると思う

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても  ああ 素晴らしき 愛しのビートルズ フェイカー達  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイムフェイバリット  〜 青い影をさがし求めて 〜

2012年02月20日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

 

       

 

 

 

10代のころ

どこかで聴いてずっと耳に残ってる曲なのに何だか分からない?

なんていう経験が無かっただろうか

 

 

まだ洋楽に対する知識もなく

今みたいにネットで調べる事も出来ない時代

 

当時は洋楽をかけてくれるラジオというのはとても貴重な存在で

ある夜中ウトウトしながら聞いてた深夜放送でその探してた曲がかかった

 

 

忘れもしない 糸井吾郎さんのオールナイトニッポン

 

曲を流しながら喋っていたが 

その中でプロコルハルム という名前を言っていた

 

とにかく初めて聞くそのバンド名をメモして

次の日曜に近くのレコード店に行ってみたんだけど目的のものは無かった

 

 

数日後今度は池袋の大きな店に行ってみると

プロコルハルムのレコードが確か2〜3枚あったと思う

 

ただ肝心の曲のタイトルが分からないので

適当に1枚買って帰って聴いてみたがその曲は入ってなかった

 

しばらくしてまた別のレコードを買ったがそれにも入ってない

 

 

何かで新宿に ディスク〜? っていう

マニアックなレコード店があるのを見つけ

( 今でいう輸入レコードや海賊盤を取り扱っている店だと思う )

とりあえず行ってみると国内盤の店にはなかったジャケットが数枚あった

 

今度こそと思いとりあえず適当に選んではみたけどやはり収録されていない 

 

 

 

実は探してた曲は今回紹介する「青い影」という彼らのデビュー曲で

1stアルバムに入っているんだけど 

何故か廃盤状態で 自分がアレコレ買ってたのは

もっと後の時代のものばかりだったのだ

 

ただ当時はそんな事は分からずに結局あきらめてしまった (-_-♪ 

 

 

 

その後海外の音楽の知識が増えていくにつれ

その曲は「青い影」というプロコルハルムのデビュー曲というのが分かって

それが再発した時に聴く事が出来たわけだけど

ただ今思うと必死に探してた当時に聴いたらどれだけ感激したかなぁ? 

なんて時々考える

 

勿論後に聴いた時も素晴らしい曲だったのには変わりはないけどね・・・・

 

 

 

このプロコルハルムというバンドは幸か不幸か 

あまりにもこのデビュー曲が世界中で大ヒットしたため

それがその後の彼らの音楽業績の正しい評価を

妨げてしまっているような気がする

 

 

「青い影」を探し求めてた頃に色々間違って買っていた作品は

実はとっても素晴らしいものが多く

真摯な音楽ファンの間ではそちらの作品の方が評価が高かったりする

 

でも当時はそんな事など分からず

それらの買ったレコードは処分してしまったんだなぁ

 

勿論 後にきちんと買い直しけど 

 

 

 

でもやっぱりこれは特別な曲だと思う、、、、、

でも・・ やっぱり この「青い影」は特別な曲だと思う

 

 

 

冒頭のイントロを聴いただけで名曲だというのが

すぐ直感的に分かるはずだ 

 

 

確かポールマッカートニーがフェイバリットソングとして挙げていたし

山下達郎も今までで一番感動したシングル盤として紹介していた

 

 

 

 

少年の頃に聴いて感動し 今の耳で聴いてもなお感動できる、、、

 

そんな曲がこの世にはある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイムフェイバリット  〜 44年目のスマイル 〜

2011年12月29日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

                    

 

 

 

2011年 秋 世界一有名な未発表作品として知られている

ビーチボーイズのスマイルが正規な形で発売になった

 

ポップス、ロックが大きく変容していった60年代後半

その最先端にいたのがイギリスのビートルズと

アメリカのビーチボーイズ (以下BB) だった訳で

そのBBの音楽すべてを作っていたのが

中心人物ブライアン・ウィルソンだ

 

彼は当時アメリカに押し寄せていたビートルズ旋風に対し

敬愛とライバル心という2つの相反する思いを常に持っていたが

1965年に出たビートルズのラバーソウルの素晴らしさに感銘を受け

それまでのBBの路線とは違う 内向的でメランコリックな美しさを湛えた

ペットサウンズを1人で作り上げる

 

しかし海も車も出てこない余りにも違うその音楽は

レコード会社やバンドのメンバーの理解を得られず

セールスもあまり伸びなかった

 

(ちなみに今ではペットサウンズは大名盤として認知されていて

ポールは事あるごとにフェイバリットな作品として挙げている)

 


するとペットサウンズの斬新さと美しさが入り混じる素晴らしさに

影響されて今度はビートルズがリボルバーを発表


そしてブライアンがそのリボルバーに感銘を受け

それを超えるような作品を作り上げようとして

制作を開始したのがこの スマイル という訳だ

 

 

 

前置きが長くなったけどやはりここまでの

ビートルズとBBのお互いにリスペクトの気持ちを持ちつつの

ライバル関係を知らないとスマイルの事は語れない

 

ブライアンがスマイルの制作を開始したのが1966年秋頃と言われている


ビートルズがあのサージェントペパーズのレコーディングを開始したのも

同じ年の11〜12月なのでほぼ同時期と言っていい

 


1つ確認しておきたいのは

ビートルズにはジョンとポール(この時期はジョージも)という

2人の天才コンポーザーがいて それに加え 

よき理解者でアレンジ面での功績も大きい

プロデューサーのジョージマーティンがいたが

BBはそのすべてをブライアン1人が担っていたという事実だ

 

元々神経質で繊細な天才肌のブライアンには

物凄いプレッシャーがかかっていたのは安易に想像出来る

 

またこの時代は様々なドラッグが蔓延していて

例外にもれずビートルズもブライアンもその恩恵に携わっていた

 

 

ブライアンの意図など考えずスマイルの発売を1967年1月として

勝手にラジオCMを流し始めた無理解なレコード会社や

ますます過去のBBからかけ離れていくプログレッシブな音楽に

ついていけないメンバーからの大きな反発など

決して周囲がこの作品の重要性を理解してたとは言えない状況の中

彼は1人でビートルズに負けない、

それを超える音楽を作り上げようとレコーディングを続けた

 

 

しかし 周囲の無理解とプレッシャーに加え

次のビートルズの作品は凄いらしいという前評判や

その対抗馬として捉えられているBBに対する大きな期待、

また過度のドラッグ摂取などによって

自身パラノイア状態になっていたブライアンは

1967年1月になってもスマイルを完成出来ずにいた

 


自ら抱えこんだスマイルという怪物が

いつ完成するか見えなくなっていたそんな中 1967年4月に

サージェントのレコーディングをほぼ終えアメリカに来ていたポールが

スタジオに遊びに来たというのは有名なエピソードだ

 

同い年で誕生日も数日違い、また同じベース奏者という事もあって

ライバル関係にも拘らずブライアンとポールはお互い相手に対して

大きなリスペクトを抱いていた


ブライアンに会ったポールは

スマイルの完成を急ぐようにという趣旨の事を伝えたとされている

 


この発言は別に嫌がらせとかそういうものでは無く

ライバルというよりも一緒に時代をひっぱっていく

同志みたいな感情を持っていたのだと思う

 


早くしろよ! 流れに乗り遅れるなよ!

みたいなメッセージなんじゃないだろうか

 

 

しかし延々と終わらないスマイルのレコーディングセッションの中

先に発表されたビートルズのサージェントペパーズの

完成度の高さに打ちのめされたブライアンは

ついにスマイルの制作を中止する

 


サージェントが出た翌月 1967年5月の事

 

 

全精力をそそいだスマイルを完成出来なかった挫折感

ますます多用していたドラッグなどが原因で

ブライアンはその後音楽制作の第一線から遠ざかってしまう

 


ブライアンがいなくなったBBのレコードセールスもどんどん落ちていき

60年代後半というのはBBにとっては暗黒の時代だが

もっと深刻なのはブライアン本人で

何と1983年に復帰するまで彼は人生を放棄して

ベッドの中で1日中過ごす廃人みたいな状況になってしまった

 

 


もうブライアンの復帰は絶対にあり得ない、、、

と言うか いつ死んでもおかしくないと誰もが思っていた中

彼が奇跡的に復活した1983年 BBファンは狂喜したものだ

 

 

それ以後リハビリみたいな状況を含みつつも

時々リリースされる彼の新作を

熱心はファンは楽しみにしていたが

自分の人生の大半を無駄にしてしまった原因の

スマイルという存在はブライアンにとって大変なトラウマらしく

周囲の人間は話題にさえ出来なかったらしい

 

 

丁度この頃 ブート(いわゆる海賊版)でスマイルの音源が

少しずつリリースされはじめ

自分も随分と音質の悪いそれらの音の断片を聴きながら

永遠に聴く事の出来ないであろうスマイルの完成形を

勝手に想像したものである

 

 


2003年のある日とんでもないニュースが飛び込んできた

 

何とブライアンがスマイルを完成させて

その全曲をライブで演奏するという

 

本当に我が目を疑ったが

それは事実だった

 


彼をリスペクトする有能なミュージシャン達に支えられながら

未完だったスマイルを完成してライブを行い

2004年にはブライアンウィルソン名義でスマイルを発表したのだ

 

勿論自分もすぐに聴いたが

今までブートでしか知らなかった数々の短い曲の断片が繋がれ

全体が有機的な流れを持つ壮大な抒情組曲となっていた事に

大変な驚きを感じたのを覚えている

 

ついにブライアンは30年以上かけてスマイルを完成したという

事実は何事にも代えられない感動を呼び起こし

BBファンはこれで長かったスマイル伝説も終わったと誰もが信じた

 

勿論ブライアン本人も

 


しかし2011年の初頭

何と今度は66〜67年当時のオリジナル音源で

スマイルがリリースされるという

我が耳を疑うニュースが飛び込んできたのである!

 


いったいどういう事なのか初めは分からなかったが

とにかく残されている当時の音源をかき集めて

2004年にブライアンが出したスマイルの流れに沿って

作り上げるものらしいと判明

 


ただし勿論未完成の作品なので

演奏のみで歌はまだ録音していない部分などもあるのだが

そこはそのまま使用するとの事

 

 

そしてそれがこのスマイルである

 

聴いた感想としてまず感じるのは

60年代にビートルズと競っていたその時代の空気感が

リアルにそのまま真空パックされ伝わってくるという事

 

そして 復帰後には失われてしまったブライアンの美しい歌声や

全盛期のBBの素晴らしいコーラスは

2004年版のスマイルでは味わえない

 

 

勿論67年当時のブライアンが思い描いていたスマイルとこの作品は

まったく同じという事は無いんだろうけど

散々ブートの悪い音質で聴いてた聞き覚えのある演奏が

素晴らしい音質で聴けただけでも感動ものだった


未完の部分に変に後から歌を重ねたりという事もせず

そのまま収録したのも正しい選択だと思う

 

やっぱり当時ブライアンはスマイルを本当に

完成出来なかったんだなぁ、、

という確認作業が出来たし

スマイル伝説もようやくここに落ち着いたか・・・・

という思いが心底湧き上がってくるのだ

 

 

これを聴いて 先日ビートルズの

サージェントペパーズのリマスター版を買ってしまった

 

 

ロックの歴史を変えた サージェントペパーズ

 

ロックの歴史を変え損なった スマイル

 


2011年も終わろうという今

この2作品を聴き比べるという作業も中々楽しいものである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイム フェイバリット 〜バートヤンシュを偲んで〜

2011年10月07日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

         

 

 

 

 

ギタリストのバートヤンシュが亡くなった

 

60年代活躍したブリティッシュフォークグループ「ペンタングル」の主要メンバーで

あのジミーペイジにも多大な影響を与えたアコースティックギターの名手にて

シンガーソングライター

 

 


自分がそもそもイギリス〜アイルランドのトラッドを聴き始めるきっかけの1つが

このペンタングルだったので 彼の死は本当に残念だ

 

 


ペンタングルの1st〜4th までの作品は多少趣きは違うけど

どれも大変ユニークで素晴らしい作品だった

 

彼らの音楽は一言で言うと

フォーク、トラッド、ジャズ、ブルース、古楽を混ぜ合わせたという

(一言になってないけど・・・)

他には類の無い唯一無比のジャンルを形成していた

 


一応今回ここではもっとも研ぎ澄まされたサウンドが聞ける

3rd 「バスケットオブライト」を挙げたけど

自分が彼らを初めて聴いた2nd 、 全曲トラッドで占めている4th など

どれも忘れがたい

 


そんな中でもこの3rdはバンド内の緊張感が一番いい形で現れてて

きっと彼らとしても理想的なサウンドを創造出来た時期ではないだろうか

 

との曲もまるで水晶の如く1つ1つの音が研ぎ澄まされ 怪しく光り輝いている様だ

 

 

 

          

 

 

             

 

 

あとバートヤンシュのソロだとやはりこの1stだろう

 

アコースティックギターと歌だけのシンプルな内容だけど

当時とてもよく聴いた覚えがある

 

それまでロックばかり聴いてた自分が

今はこんな渋い音楽を聴いている事で

何か背伸びして大人びた気持ちになっていたのかも知れない

 


あとこれを聴くと 何故だか薄暗く寒い部屋のイメージが浮かんでくる

 

当時の自分の聴いてた環境だったのか?

今となっては定かでない 

 

 

でもそんな風景にあまりにもフィットしている音楽だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイム フェイバリット 15

2011年05月14日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

                   

 

 

 

 

80年代の初め 突如として表れ

エスニック風異国情緒あふれる楽曲に

哀愁のあるアルトボイスとその奇跡的な美貌で活躍した久保田早紀

 

 

デビューは今でも知ってる人も多いと思う「異邦人」という曲で

当時ブームになりつつあったシルクロードとの相乗効果で大ヒットをした

 

〜シルクロードのテーマ〜  なんていうコピーを使っていたけど

ほぼ同時期に始まったあのNHKの「シルクロード」とは何の関係も無く

あくまでもイメージソングといった所だろう

 

 

 

彼女が最初に歌番組に登場した翌日 学校の男子生徒の間で

「昨日見た?」

なんていう感じで話題になったのを覚えている

 

勿論自分も    

へぇー こんな綺麗な人いるんだ〜 

と思ったし

また歌の持っている異国的でエキゾチックな世界が彼女にピッタリと合っていて

憂いを帯びた目でピアノを弾きながら歌う佇まいがとても強烈だった

 

 

 

その「異邦人」に続いて出たのがこの「25時」


「異邦人」の持っていたエスニック風味をより推し進めたその楽曲と歌詞に

一発で大好きになりすぐにレコードを買いに行った

 


しかし結局「異邦人」ほどのヒットにはならず

久保田早紀のこのエスニック路線もその後 続くことは無くて

だんだんと当時流行ってた普通のニューミュージック風に音も変化していき

それに伴い自分も久保田早紀から興味が薄れていった

 

但し 3rdアルバムの「サウダーデ」は

ポルトガルの現地のミュージシャンをバックに従えた

「異邦人」のセルフカバーを含む異国情緒溢れる傑作!!

 

 

 


日本では80年代中頃からエスニックブームというのが起こり

世界中の民族音楽のCDが大量にリリースされ

今では考えられない位CDがよく売れていた時代でもあった為

CD店にはその手のCDが溢れ返った


その後90年代に来るケルトブームなんていうのも

マスコミが煽ってた部分もあるが

そのエスニックブームの下地の上に起こりえたんじゃないかと思っている

 

 

 

やはり彼女の音楽は時代的に少し早すぎたのかも知れない


今では「異邦人」の一発屋的な捉え方をする向きもあるけど

もしあとデビューが5年遅かったらその音楽性もより評価されたのではないだろうか

 

そうすればこの「25時」の様な曲が

もっと聴けたかも知れないと思うと残念でならない

 

 


その後一時結婚引退していたが

今は本名の久米小百合の名前で

クリスチャンシンガーとして精力的な活動をしている様だ

 

前に賛美歌集のCDなんかも出していたが

やっぱり出来ればまた

「異邦人」や「25時」の様な曲を作って歌ってくれないかな 

 

 

 

 

 

 

 


さて 次回のオールタイムフェイバリットは

久保田早紀のほぼ10年後にデビューした

錦城薫をとりあげようと思ってますデス   

 


   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイムフェイバリット  14

2009年12月27日 | オールタイムフェイバリット

 

 

 

 

 

     

 

 

 

ハンドリオンのライブの時

じょんが60年代にヒットした「夢見るシャンソン人形」が好きで

作曲者のセルジュ・ゲンズブールの事を卒論のテーマにしたと知って

いったい何歳なんだ! と思わずツッコンだのはもう周知の事実 (笑)

 

この「夢見るシャンソン人形」を歌ったフランス・ギャルは

60年代には日本でも大人気で 

たしか同曲のたどたどしい日本語バージョンも出していたはず

 

(日本人ではいとしのミコちゃんこと弘田三枝子もカバーしていた)

 

また後に彼女に続く様に出てきたフランスの歌手達は

日本ではフレンチポップなどと呼ばれ

それらフランスの曲が持っている独特の憂いのある曲調には

日本人に受け入れられる要素が多分にあったと思う

 

で そう言えば自分も好きなフランスの曲があったな・・・・ 

なんていろいろ考えてみたら最初に浮かんだのが今回取り上げる

ミッシェル・ポルナレフの「愛の休日」だった

 

 

 

中学生の頃 下敷き代わりに透明なカードフォルダーに

好きなタレントなどの写真や切り抜きを挟むというのが流行って

自分の隣の席の女の子がこのポルナレフの「愛の休日」の

レコードジャケットをいつも挟んでいた


 

当時の自分はすでにロック少年となり

ホルダーにはいつもビートルズやディープパープルという

王道をつき進んでいた訳で

彼女のそれを見ながらそんなの軟弱ポップスだろう 

みたいな感じで斜に構えていたが

何のきっかけかは忘れたけどそのレコードを貸してもらい

聴いてみたらえらくいい曲だったのである


ロック少年の心の琴線にも完全に触れてしまったんですねぇ

 

哀愁のバラライカ (だと思う) のイントロに導かれ

アコースティックギターのストロークにのせて

ポルナレフの甘い歌声がもの悲しくも美しい旋律を歌いだすと

曲はどんどんドラマチックに盛り上がっていき

英語とは赴きの違うフランス語の響きが

また何とも言えない情緒を醸し出す、、、という具合

 

しかし確かに間違えなく女の子は好きになるだろうその曲を自分も好きとは

当時のロック仲間の友達には絶対に言えなかった


今思えばバカバカしい事だが中学生の自分にとっては

隠さなければならない秘密だったのである   

 


 

その後ミッシェル・ポルナレフの曲はいろいろ聴いて

この1曲だけのいわゆる一発屋歌手ではない

才能豊かなミュージシャンだというのはすぐに理解したけど

やはり感受性豊かなその時代に聴いたこの曲は今でも別格なのである

 

 

 

 

 

そう言えばレコードを貸してくれた彼女

庭で水まいてたら配達の人に 「奥さん、お荷物です!」

と話しかけられたと言ってショック受けてたっけ  

 

 

 

 

 

 

 

 

愛の休日/ミッシェル・ポルナレフ Holidays/Michel Polnareff

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイムフェイバリット 13

2009年07月12日 | オールタイムフェイバリット












今回は先日亡くなったマイケルジャクソン


ただし自分の場合は80年代に一世を風靡したスリラーの頃では無くて

ジャクソン5時代の彼である




それ程聞きまくったという記憶は無いけど

それでもヒット曲は知っていたし

中でもマイケルのボーイソプラノが映えた

「I'll Be There」 は今も大好きな曲



当時若干12才だったその歌はまさに神がかり的で

特に歌の出だしの所など今聞いても鳥肌が立つ思いだ





後に彼は独特のダンスも含めて世界的なスターになっていったけど

やはりマイケルの本当の天賦の才能はその歌声にあった様に思う


これは後の練習や経験ではどうにもならない部分だからだ





しかしその後に来る変声期によって

その天からの授かりものをマイケルは失ってしまう



これはきっと本人には相当のショックだったろうし

今後どうしたらいいかというのも含めて随分と悩んだのではないだろうか



また歌声という武器を失ってしまったマイケルと共に

ジャクソン5自体もだんだんと全盛期の様な活躍は見られなってしまう





だがその後80年代になり

MTVという音と映像が一緒となった新しいメディアで

スリラーに代表される強烈なダンスをひっさげて

彼が登場した時には本当に驚いた



この頃の彼の音楽自体はもう自分の好きなタイプの音楽では無かったけど

ビデオで見るその存在感は圧倒的だったし十分な説得力を持っていた




しかし少しずつ彼の奇妙な言動や行動自体がクローズアップされていき

どんどん変貌していく顔と共に世間からは変人的なイメージで見られていく



自分は大人にはならないピーターパンだ!

みたいな事を言って実際に本当にネバーランドを作ってしまったり

ちょっと異常ともいえる位に子供を溺愛し (自分の子供とは限らず)

それが高じて幼児虐待疑惑で訴えられたりもしたが

結局彼自身はジャクソン5の頃に持っていてその後失ってしまった

努力ではどうにもならない天からの授かりものの声が

忘れられなかったのではないか


失った声 

イコール 

自分が子供の時に持っていた無垢な心への憧れであり

ゆえに子供たちにそれを求め続けたのではないだろうか


特に彼の様に巨万の富を築いてしまうと

それを目当てに自分にすり寄ってくる大人達が

すごく汚らわしいものに感じたに違いない



そして自分自身がそんな大人にはなりたくないと本気で思い

それが一連の子供達への溺愛や

繰り返し行われた整形という形になったのではないだろうか



よく彼が白人みたいになろうとして整形し続けたと言われているが

晩年のその顔を見るともっと白黒を超越した

何かになろうとしていた様な気さえしてしまう



しわだらけになり年老いた自分なんて絶対認められなかったはずで

まさに現実のピーターパンを目指していたふしさえあるが

だけどそう考えれば醜老をさらす前に50才で死んだという事も

違った意味合いを帯びてくる様だ






繰り返す様だが

「I'll Be There」 での歌声は本当に素晴らしいの一言に尽きる!


とても12才の子供とは思えない



この曲自体はジャクソン5の一連のヒット曲の中ではちょっと異質で

黒人音楽っぽさはやや希薄だ


白人歌手が歌ってもきっと違和感は無かっただろう



だが12才のマイケルジャクソンに歌われた事によって

I'll Be There は永遠の生命を吹き込まれたのだ




マイケルは後のステージでもこの曲をずっと歌い続けていて

特にラストのコーラスの繰り返し部分では

会場中が一緒に手を上にかざして歌うという

ステージでの最も感動的なハイライトの1つになっていたのである





先日の追悼式でもマライヤキャリーが歌っていたけど

やっぱり50才のマイケルジャクソンが

この曲を歌うという光景が見てみたかった




絶対感動するのは確実だと思うから








補足だが当時日本のジャクソン5と言われたフィンガー5も

この I'll Be There を日本語でカバーしていて

やはり12才前後だったヴォーカルの晃が

本家に勝るとも劣らない

素晴らしい歌声を聞かせていたのも忘れられない













Jackson 5 - I'll Be There





















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オールタイムフェイバリット 12

2009年04月05日 | オールタイムフェイバリット










80年代になり本格的にアイリッシュ音楽に携わり始めた頃
関西方面で独自の活動をしていた吉田文夫氏と知り合った。

当時彼は2枚のレコードを作り
その存在を日本のトラッドファンに知らしめたのだが
この度その音源が20年の時を超えて1枚のCDとして蘇った。



現在シ・フォークと言えばアイリッシュ音楽の
元祖的ユニットとして知られているが
実は始めは吉田氏とその友人たちという類いの
緩やかな名称として使われ
ソロプロジェクト的色合いが濃かった。

その為この作品には赤澤氏、原口氏以外にも
関西アングラ音楽シーンのミュージシャンも参加しており
今のシ・フォークの原型の様な音も記録はされているが
実は聞き所はそれ以外の部分にある様に思う。



まずここではアイリッシュ音楽は
ヨーロッピアントラッドの中でのワン・オブ・ゼムという扱いで
その他イングリッシュやフランス、東欧の音楽も数多く
演奏している。

思えばこの頃のトラッドファンは今とは違い
アイリッシュが特別なものという意識は無く
フランスのマリコルヌやスコットランドのオシアン、
ハンガリーのコリンダ、イングランドのスティーライスパンなど
わけ隔てなく聞いてた時代だった。
アイリッシュ(ケルト)ブームが来るのはまだ何年か後の事である。



この作品にも当時の吉田氏の趣向が
正直に反映されている訳で
同じ時代の空気を吸っていた自分には違和感は無いが
今のシ・フォークを知っている人がこのCDを聞くと
随分と奇異な印象を受けるかもしれない。

吉田氏 (と言うより当時のトラッド系演奏家の多く) は
この後ピュアなアイリッシュミュージックを志向していくのだが
まだここにはそれ以前の混沌、
カオス的な音世界が記録されている。


例えば最初はギターの伴奏だったジグが
最終的にシンセサイザーの音にとって変えられてしまうし
別のジグではそのリズム自体が解体され5拍子にねじ曲げられる。

またブルガリアのDevoiko Devoiko Momeでは
エレキギターがドローン的魔術効果を出し
Tunnel Tigersではハーディーガーディーがリスナーをいにしえに誘い
ベストトラックであるイングランドの Grey Cock や
フランスのトラッドを日本語訳で歌う La Chasse(狩の季節)
では須山公美子嬢がシャーマン的ヴォーカルを披露する。

そして個人的にはフェイバリットトラックである
アイリッシュソング Maire Bruinneal においては
太古のリズムを思わせるドラムにハーディーガーディー、
エレキギター、不思議な音色のシンセサイザーが混ざり合い
深い混沌を描き出している。




とまぁ、ある意味今の本格的アイリッシュのリスナーには
到底受け入れられそうもない世界が展開している訳だが
そこが今の自分には新鮮であり刺激的で面白い。
勿論レコードが出た当時も聞いていたけど
むしろ時間がたつにつれますますその個性は
際立ってきている様に感じてしまう。

ただとにかく好き! というのが最優先で
まだ音楽が自分の中でもはっきり整理出来ず
無意識のうちにそれらが融合しあい
グツグツと煮え立っている感じだ。


誤解を恐れずに言うと
ピュアで本格的なアイリッシュの演奏を
長年経験した ( してしまった?)
今の吉田氏本人にも
もうこういう音を作る事は不可能ではないだろうか?
逆に知識や経験が邪魔をしてしまう様に思う。


ある意味音楽を作る作業では
その対象に対する知識や経験が無い分だけ
本人は意図しなくても
他にはない個性的でユニークな作品が
出来あがってしまうケースはままあって
だからこそ音楽は奥深くて面白いのだ。

それがいい事なのかどうかは自分にも分からないが
とにかくその時代その年齢の時の自分にしか
表現出来ない音楽をそのまま記録し
今また2009年という現代に向けて
発表出来るのは本当に幸せな事だと思う。





余談だが Si-Folkのレコードが好きだった自分が
2in1で何とかCDにして欲しいと進言した事がかつてあって
それが今回のCD化に向けての動機の1つになったと
吉田氏に言ってもらったのが少し嬉しかった(笑)

















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オールタイムフェイバリット 11

2009年01月09日 | オールタイムフェイバリット



今から20年
惑星探査機ボイジャー2号から次々と太陽系の惑星の
美しい映像が送られてきた


子供の頃から宇宙には興味があって
図鑑などで星の想像図はよく見ていたけど
実際に接近して撮影された
木星、土星、天王星、海王星の太陽外縁部
巨大惑星を見られた事は本当に素晴らしい体験だった


中でも特に最後に送られてきた海王星の美しさには
すっかり心を奪われてしまい
名付けられたネプチューンという海の神の名前の通りの青い惑星で
太陽から最も遠い極寒の世界そのものに思えた






海王星は昔学校で習った 水金地火木土天海冥 の冥王星が
現在は惑星ではないという事になり太陽系1番外側にある惑星

地球の58倍もあるその巨大惑星の自転周期は
何と16時間という猛スピードでそこではマイナス220℃のメタンの風が
秒速180mで吹いているという・・・






今回オールタイムフェイバリットとして紹介するのは
ドイツのシンセサイザー奏者クラウス・シュルツのミラージュという作品


70年代から現在にいたるまで活動を続けている彼の作品は膨大なもので
自分が聞いた事があるのはほんの一部だが
このミラージュはその中でも代表作の1つに数えられている







ここで展開するその音世界は普通一般に音楽と呼んでいる
メロディーがあってハーモニーがあって云々
というのとはまったく異質のものだ


彼は一応プログレ畑のミュージシャンとして認知されているが
そういったカテゴリーに押し込めるにはあまりにも無理がある
オリジナルな音世界だと思う


この音楽を言葉で説明しようとすればするほど
これ程自分が混沌としてしまう物もめずらしいが
浮遊感のある冷たい音のかたまりが延々と続き
ヘッドフォンで目を閉じて聴いていると自分が宇宙の中を
何かに向かって進んでいく様な不思議な感覚に捕らわれてしまう



ちなみに各曲にはタイトルがついていて

1. ビロードの航海:
  ・1984
  ・飛翔体
  ・日蝕
  ・放射
  ・清らかな星の空間
  ・旅路の果て
2. 水晶の湖
  ・樹林の囁き
  ・蒼い水藻
  ・暗柳の夢
  ・湖面の影
  ・春の舞踊
  ・訣別






昔映画で「惑星ソラリス」というのがあった

宇宙飛行士が辿り着いたその星の海には
人間の思いを具現化してしまう力があるという幻想的な内容だったが
何かミラージュを聞いていると自分がそのソラリスの海の中を
漂っている様な感じを受けてしまうのだ


または初めに述べた海王星の秒速180mの青いメタンの雲の中を
ゆらゆらと飛行しているみたいな感覚というか


現在太陽系以外にも惑星が次々と発見されている

自らが光を出さない惑星を見つけるのはとても困難な事らしいが
それらのほとんどは地球とは似ても似つかない過酷な環境らしい


あまりに恒星に近い為灼熱の世界だったり
2つの太陽をもつ星だったりと・・・


またその中にはすべてが水で覆われている惑星も
あるのではないかと推測されていて
その海底では膨大な水の重力によって
常温なのに水が氷になってしまっているという

そしておそらくはその水の中を
得体の知れない不思議な生き物が浮遊していて・・・
なんていう事にまで想いは広がっていく




ともかく何度も言う様に
このミラージュの音を文章で表現する事はとても困難を伴うが
ただ1つ言える事は体調が万全じゃない時は
聴くのは避けた方がいいという事だ


体験から言わせてもらうと
頭がフラフラしている状態では
自分の感性がその圧倒的な音像に耐えられないのである(笑)












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オールタイムフェイバリット 10

2008年11月18日 | オールタイムフェイバリット





つれづれと気ままに書いてきたこのオールタイムフェイバリットも
いつの間にか10回目を迎えたので 
それを記念してという訳でも無いけれど今回は満を持してという感じで
ビートルズをとりあげようと思う


正直現在彼らの音楽を常時聴いているかと言うと
勿論CDは全部持ってはいるがそれらは実家に置きっぱなしという・・・
ただ自分の音楽観の中心にビートルズはドカッと
腰を下ろしてしまっていてそれは今後も変わらない気がする




中2の時バンド仲間のKの家に言った時に
部屋にあったのが通称赤盤と呼ばれているレコードで
一緒にいたYが「アンド・アイ・ラブ・ハー」がいい曲なんだよなー
と言ってレコードをかけたのを今でもはっきり覚えている


それまで一緒にダウンタウンブギウギバンドやキャロルの曲を
演っていたのに急に彼らが自分より大人に感じられ
乗り遅れてはなるものか! という感じで
自分もこの赤盤を手に入れたのだが
これが自分で初めて買ったビートルズのレコードだった

でも確かに「アンド・アイ・ラブ・ハー」はいい曲だったな



この赤盤というのは彼らの活動前半部分のベスト盤で
(後期の曲は青盤)
正式な名称ではなく
正しくは「The Beatles / 1962-1966」 である


リバプールにはライバル関係にあるサッカーチームがあり
リバプールのユニホームは赤、
もう一方のエバートンが青なので
それからとったのではとも言われているが
真相ははっきりしていない





余談だが何故か我が家には「ヘイジュード」のシングル盤があって
このジャケット写真のビートルズは4人並んで踊っているものだった為
子供の時はずっとビートルズは踊りながら歌う人達だと思っていた(笑)









この頃の彼らはまだバリバリのアイドルで
マッシュルームカット姿で世界中を回っていた時代

曲もギター、ベース、ドラムという
ライブで再現可能なアレンジが多く
詩の内容も基本的にはラブソングが多い


でもそれが中期になってくるとだんだんツアーにもヘキヘキしてきて
レコーディングそのものに興味の対象が移っていき
作る曲も初期の頃にあった無邪気さは影をひそめ
自分達の内面にむかっていく様な作風に変化していった

結局は1966年に今後ツアーは行わないという声明と共に
彼らの仕事場はレコーディングスタジオに移っていく




この赤盤はデビュー時期からコンサートを止める時期までの
曲が収められていて
当時中学生だった自分にもレコードのA面やB面 (懐かしい・・)
に収録されている曲が
C面あたりから (2枚組だったのね)
だんだんと雰囲気が変わっていくのが分かった


使用されている楽器もピアノやシタールやストリングスなど
ライブでは再現不可能なものが増えてきて
明らかにライブを念頭におかずに曲を作りだしたんだな
というのが伝わってくる



1966年になると「リボルバー」という革新的なアルバムを出すが
方やステージでは大騒ぎしてまったく曲を聴こうともしない観客の前で
今までのヒット曲を演奏しているのである

これはつらいだろうな・・ というのは安易に想像出来るけど
丁度この頃に実は来日コンサートを武道館で行っていて
今その時の映像を見るとまったく熱気の無い醒めた演奏に
感じてしまうのは仕方の無い事か


多くの日本人にとって最初に見た彼らの演奏がこれだったので
ビートルズは演奏がヘタ というのが一時通説になってしまったけれど
その後もっと初期のはつらつとした演奏を見る機会が増えるにつれ
実はとんでもなく演奏が上手かったというのが理解出来たのだ

ろくなPAモニターも無い時代、お互いの音がほとんど聞こえない状態で
あんなグルーヴが出せるバンドなんて当時ほとんどいなかったと思う

日本に来た時はもうコンサートというものに対する
情熱が無かっただけなのである



それからはすべてのビートルズのレコードを夢中で聴いて
その後もある期間のインターバルを挟んでは
また聴き始めるというのを繰り返す状態が何年も続いた

好きな時期も中期の実験的でサイケな時代だったり
後期の円熟した時代だったりといろいろ変わっていったけれど
今はやっぱり初めて聞いたこの赤盤の時代が一番好きかも知れない

まだ無垢でとにかく音楽を演奏するのが
楽しくてしょうがないというのが伝わってくるようで
その後のメンバーの仲違いや死亡などのつらい事実が
この時の彼らを聴いている間だけは忘れられる気がするからだ



今でも毎日レコードを擦り切れる位聴いていた
中学時代にタイムスリップが出来る
自分にとっては本当に魔法の音楽なのである











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オールタイムフェイバリット 9

2008年07月23日 | オールタイムフェイバリット

 

半年位前になるだろうか
深夜にテレビで「墓場の鬼太郎」をやっていた。

これは「ゲゲゲの鬼太郎」の元になった水木しげるのマンガで
ここに出てくる鬼太郎は決して人間の味方でもないし
いろんな妖術を使って妖怪を倒す事もない。

内容はゲゲゲよりもかなり大人向きで
その表現からテレビの放送は無理と言われてた作品だ。

 


その中に多分後の猫娘の元になったキャラだと思う
ねこちゃん という女の子が出てきて
歌手になって歌う場面があるんだけど
とてもいい感じの歌が流れてきた。
(勿論ねこちゃんが歌っている設定で)

 

何かに似ていると思って聴いているうちにはたと
松田聖子に酷似している事に気がついた。
歌声といいその曲調といいデビュー時アイドル時代の
彼女そのものだったのだ。

でエンディングロールを見たら何とねこちゃんの声は
アキバ系アイドルの中川翔子がやっていて
流れてたその曲も彼女の歌だったと知った時は
かなり驚いてしまった。

 

時々テレビで見かけたりする彼女のしゃべり声は
結構こもった感じという印象で
どちらかと言うと苦手なタイプなのだが
その時聴いた歌声はとても伸びのあるまったく違う感じだった。

後で知ったら中川翔子は子供時代から熱狂的松田聖子ファンで
自分のコンサートでも聖子コーナーみたいな感じで何曲も
彼女の歌を歌っているらしい。

 

その流れてた歌というのは
「君にメロロン」という切ないメロディーを持った曲で
中川翔子の歌うその節回しにすっかり感心してしまった。

 

一応言っておくと自分は当時も今も松田聖子ファンではなく
ヒット曲は沢山あったので勿論知っていたし
それらの曲がよく作られている作品とも思っていたが
自分でレコードを買って聴いたという事は皆無だった。

 

 

1枚を除いては!

 

 

 

 

 

多分デビューして1年位した頃の3〜4枚目位のアルバム
(懐かしい呼び方!)
がこの「風たちぬ」だったと思う。

何でファンでもない自分がこれを買ったかと言うと
実はこの1〜5曲目
(レコードのA面という事ですな)
をすべて大滝詠一が作曲とプロデュースをしていたから。

 

古くははっぴいえんどというバンドにいた人で
解散後は独自の活動をしていた彼が
1980年に「ロングバケーション」というポップスアルバムを
発表して大ブレーク後
いろんな人に作品を提供したりしていた時期があった。

そのロングバケーションの完成度の素晴らしさに感服していて
大滝プロデュース作品をいろいろ聴いていた頃に
丁度この「風立ちぬ」は発表された。

 

大滝のサウンドの特徴に
ウォールオブサウンド
というのがある。

これは彼が敬愛する60年代のプロデューサー
フィル・スペクターの音作りの手法を
80年代的な音響技術で再構築していくやり方で
簡単に言うと分厚い音の壁を作っていく方法だ。

 

 

この1〜5曲目はその手法を中心に据えて
まさに大滝マジックとしか言えない
メロディーとアレンジが冴えに冴え渡っていて
それらの楽曲に松田聖子が素晴らしいパフォーマンスで
答えているという稀に見る作品に仕上がっていた。

 

大滝自身のソロ作品も含めて彼のベストワークだと
今でも思っているんだけど
実はこの風立ちぬの中心を成している作品に
「一千一秒物語」という曲があり
先ほど紹介した中川翔子の
「君にメロロン」はこれを意識しているとしか
思えない旋律と歌詞だったのだ。

この頃の松田聖子が歌ってもまったく違和感なく聞けそうで
恐らく作者も 一千一秒物語 が好きで
中川翔子が松田聖子マニアと聞いて
意識して作ったのではと勘ぐってしまう。

 

でも風立ちぬから30年近くたった今
こうした曲に出会えた事はとても嬉しい出来事だった。

 

実は初めてダウンロードして購入した第一号の
記念の曲でもあるんですね、これが (笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オールタイムフェイバリット 8

2008年04月12日 | オールタイムフェイバリット


よく自分にとっての音楽のルーツって
何だろう?
って考える事がある

勿論アイリッシュである訳ではないし
10代の頃聞いていたブリティツシュロック
というのでも無さそうだ

じゃあ小学生の頃テレビから流れてきた歌謡曲か?
いやそれ以前に好きだったものがあるはず・・・

と考えていくと
子供の時見ていたテレビのアニメや特撮物の主題歌が
はじめて好きになった音楽という事になる


よく親にもソノシートという歌と簡単な話が入ってた
ペラペラのレコードを買ってもらったし
初めて手に入れたカジカセで録音したのも
これらの主題歌だった

ただしテレビの前に置いて録ったんだけど
コード使って録音なんていう知識は無いので
当然家の者には主題歌が終わるまで
黙っててもらっていた

さぞかしいい迷惑だったろうな ^_^;



当時子供心に好きだった歌を今改めて検証してみると
実はあの人の作曲だったんだ!
という事が多々あったりする

特に好きだった「宇宙少年ソラン」や「宇宙エース」
の作曲者がどちらものちに有名になる
いずみたく だったとか
子供心に何てカッコェェ音楽だと思った
「戦えオスパー」や「キャプテンウルトラ」
「マイティージャック」「ジャングル大帝」などはすべて
あの富田勲なんだよね!

やはり天才ははじめから天才だったという事か?





でそれらの中で何か1曲選ぶとなるとやはりこれかなと






このオープニング主題歌好きだったな〜

少しマカロニウエスタン調の匂いのする
アコースティックギターのストロークが映える
それこそ絵に書いた様なカッコイイ主題歌だった

一緒に流れるカット割りの絵とも見事にシンクロしていたし



この頃は他にも似た傾向の
「マジンガーZ」や「バビル2世」など
かっこいい主題歌が沢山あった

そのどれもが思い出深く
明らかにその後の自分の音楽観の
ファンダメンタルな部分を
形成しているのは間違えなさそうだ



「海のトリトン」は話の内容も面白かったんだけど
のちに知った話では
原作者の手塚治虫が
テレビでやっているのは自分が書いたトリトンとは
違うものだという様な趣旨の発言をしていて
へぇ そうなんだ〜 
と驚いた覚えがある


あと当時のアニメの少年キャラの場合
大抵は女性の声優がやっていたんだけど
トリトンは本当の男の子が担当していて
逆にそれがとても新鮮だったなぁ








GO! GO!  トリ〜ト〜ン
GO! GO!  トリ〜ト〜ン
GO GO GO GO GO !   トリ〜ト〜〜ン (^^♪












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オールタイムフェイバリット 7

2008年02月03日 | オールタイムフェイバリット








東京では今日雪が降った 

もう15年ほどになるだろうか
雪の日になると聴きたくなる作品がある

それがこの 
トレイダー・ホーン の モーニングウェイという
男女2人組のデュオで1970年に発表された
ブリティッシュフォークの作品

男性メンバーのジャッキー・マッコーレイは
北アイルランド生まれでヴァンモリソンの
ゼムの初期メンバーだった人だ

また女性のジュディ・ダイブルもあの伝説の
フェアポートコンヴェンションに在籍し、
その後はキングクリムゾンの全身バンドGG&F
にもいた人
(しかしどちらもこれからという時に脱退)

それぞれの経歴からも分かる様に一筋縄ではいかない
2人が組んだのだからさぞかし・・・
と思いそうだけどそのサウンドは何とも夢心地
なファンタジックフォーク!









アコースティックギターに絡んでピアノ、フルート、
ストリングス、ハープシコード、オートハープ、
グロッケンシュピールなどとてもカラフルな音世界だ

そして何よりジュディ・ダイブルの憂いを帯びた
もの悲しげな歌声!
こんな歌中々聴けないよ

また1970年という割に妙に録音が悪いんだけど
それが逆に音楽全体に何か靄がかかっている様で
よけいドリーミーさを増しているという不思議な作品


聴いてていつも感じるのは例えば
明るい曲調のものでもどこか影があると言うか
太陽の下の情景というものではなくて
真冬の雪の日にロウソクの明かりに照らされた部屋の中
暖炉の前で思い浮かべる
春の日の幻想・・・・
みたいなものかな

もっと言うならトーベヤンソンのムーミントロール
の世界に相通じるものさえ感じてしまう様な
ブリティッシュフォークのマジカルな部分を
代表する名盤だと思う



〜それは100年の夢 1000年の幻〜 






















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オールタイムフェイバリット 6

2007年12月31日 | オールタイムフェイバリット


20代の頃一時期古楽にのめり込んでいた時期があった

古楽というのは中世〜ルネツサンス〜バロック時代
すなわちバッハ以前の西洋音楽の事である

よく音楽室などに音楽の父という名称と共にかつらを
つけたバッハの絵が飾ってあったがその他の人はすべて
バッハ以後の作曲家だった

じゃあバッハがすべてを作った人なの???
みたいな感じでそれ以前の音楽は無視扱いだったけれど
ある時期にバッハ以前にも沢山の実り豊かな音楽が
ある事を知った
(よく考えれば当然の事!)



そもそものきっかけは何年も前の大晦日に紅白の裏番組
のNHK教育でパイプオルガンのコンサートをやっていて、
紅白にヘキヘキしていた自分にとって凄い音楽として
耳に入ってきたのである

早速バッハのオルガンのLPを買い、
以後は古楽関連の本を読んだりNHK-FMで朝やっていた
「バロック音楽の楽しみ」を録音したり、
レコードをいろいろと集めたり、
と1年位古楽漬けという年になってしまった


その後しばらくして古楽熱も冷めていき他の音楽に
また戻っていったけれど
今でも何故か年末になると聴きたくなるのだ

古楽というのは宗教音楽がとても大きな要素なので
多分クリスマスの雰囲気が何かそういう気分に
させるのかもしれないし、
寒い冬にとても合う音楽の様な気がする・・・・



で、今回バッハにしようか、大好きなリュートの音楽にしようか、
などいろいろと考えた末
グレゴリオパニアグワとアトリウムムジケー合奏団の
「タランチュール=タランテラ」
にした






彼らはスペインの古楽演奏グループで主に70年代に活躍し
沢山のレコードを出している

また古楽をアカデミックに扱う人達が眉をひそめる様な
遊び心にも溢れたグループなので
逆にまったく古楽を知らない人にとっては聴いていて楽しいと思う

楽器なんかも当時の残された絵を元に自分達で作ってしまい
そのきらびやかな音色も楽しくて
大好きなグループだった


ジャケットが楽しいこのタランテラというのは
15〜16世紀イタリアのルネッサンス舞曲なんだけれど、
タランチュラ(毒グモ)に噛まれた者はこのタランテラを
踊る事で治るという民間伝承が当時あったらしい

ゆえにタランテラは唯一無二の解毒剤、今で言う音楽療法的
な役割を持っていたという事である




こんな曲を集めてレコードを作ってしまうのもいかにも
パニアグワらしいし、
音楽自体は当時のルネッサンス音楽そのそものなので
何ら奇異的なものではなくとても美しくて楽しい

パニアグワのレコードは今はあまりCDとして出ていない
様だけどこのタランテラはめでたく昨年CD化されたので
今回お目見えした次第である

他にも当時楽しいのが沢山あったので今後他の作品
のCD化も希望している
レコード会社さん是非その辺よろしく <(_ _)>











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オールタイムフェイバリット 5

2007年11月27日 | オールタイムフェイバリット






今回は初めての日本のアーティストで「四人囃子」というグループ。

おおよそ1973年〜79年あたりまでの活動期間だったと思うがここで
は彼らの実質的なデビュー作の「一触即発」を紹介したいと思う。

初めて彼らの演奏を聞いたのは中3の時に沖縄から出てきて当時
話題をさらっていた紫というバンドを目当てに行った後楽園球場
で開催されたロックフェスだった。

実はもうその時はこの一触即発の中心メンバーであるギタリストで
ヴォーカルの森園勝敏は脱退していたので勿論この作品を聴いたのは
後追いだった。

レコードを初めて聴いた時その幻想的なサウンドや摩訶不思議な
ジャケット、レコードを入れてあった青い袋に載っていた独特の歌詞
など、それまで聴いていたどんなアーティストとも違うというのは中3
の自分にもすぐに理解出来た。

バンドやサウンドについて何の解説も載ってない不親切なレコード
を音のみ頼りに聴きながら何かちょっとアングラでやばい世界に足
を踏み入れてしまった様な感覚を覚えたのを記憶している。

その後ピンクフロイドなどのイギリスのプログレッシブロックを
聴くようになり、
あ〜 彼らはプログレ系の影響を受けていたんだなと理解出来た。

でもそれ以来今に至るまで日本のバンドのNo1フェイバリットは四人
囃子だし森園勝敏は自分にとっての永遠のギタリストである。




なにもすることがなくて
なにもすることがなくて
おろしたてのバラ色のシャツきて
おまつりのある街へ
その街にはいつも 
おまつりがあるのさ

みんな輪になっておどる
みんな輪になっておどる
おれもおどろうとしたけど
誰かの足をふんづけて
しようがなしにみんなの匂いを
かいでまわっていたのさ

         by 末松康生

一触即発「おまつり」より抜粋













実は彼らはこの作品の前に1枚レコードを作っている。

1973年に作られた「二十歳の原点」という映画のサントラで、後に
知った話では一触即発をすべて自分達のやりたい様に作らせてもらう
代わりにこのサントラを手がけるというレコード会社との約束だった
らしい。






一触即発の音とは違い小品集という趣きでフォークっぽい曲
もあるのだがやはりそこは彼らの事、どの曲もちょっと変わった感じ
でこれはこれで好作品に仕上がっていると思う。

ただ映画の方はずっと見た事が無くて3〜4年前にようやくCS放送で
初めて見たんだけれど驚いたのはこのレコードの曲はまったくといって
いいほど映画の中で使われていなかったのだ!

長年このレコードを聴きながらレコードのジャケットなどを眺めて映画を
想像していた身としては えっ! という所もあったのは事実である・・・

いったいこのレコードって何だったのだろうか?


でもジャケに写っている主演の高野悦子役の角ゆり子は想像通りの
美しい方でした (笑)

実は数年前に角ゆり子が自宅で殺されたという噂があったのだが実
はまったくのデマだったというのもちょうど同じ頃知って、映画を見な
がらすごくほっとしたのを覚えている。




話の横道ついでに原作の二十歳の原点について多少解説するとこれは
今の団塊世代の人達の間ではとても有名なベストセラーになった本で、
1969年京都の立命館大学の学生だった高野悦子という人の日記なん
ですね。

結局彼女は二十歳で自殺してしまうんだけれどその死の半年前
(1969年1月1日から)の日記がそのまま本として出版されたものなのだ。

 
それまでは普通のお嬢さんだった彼女が当時の学生運動に刺激を受け
元々感受性の強かったのもあってその中に身を投じていき、家族との
決別や失恋、学生運動への失望、また自分に対する激しいコンプレックス
などの末自らの命を絶ってしまうある意味救いようのない内容である。

ただとても二十歳の女の子が書いたとは思えない様な大人びた部分を
含むその日記は彼女自身の綺麗な容姿も相まって沢山の人に影響を与え
(何たって映画が作られる位だし)同世代の人達にとって特別な存在にな
りえたのだろうと思う。


















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