”お二人様の老後”


 年寄り夫婦の”日常”や”戯言”そして”泣き言”を書き連ねてみます。

ベトナムの通貨、”ドン”の不思議

2013-03-18 14:27:07 | 生活

 

 ベトナムへ旅行するに当たってガイドブックなどを読み始めてまず最初に驚き同時に不思議に思ったのは通貨”ドン”のありようだった。
何しろ「桁が違う」のである。 ベトナム旅行者にとって値打ちで安いものとしてあげられるものにビールがあるが、これでもレストランやホテルでは一本30,000ドンである。 着いた初日はホテル着が20時を過ぎていたのでホテルで食事をしたが、二人で1、000,000ドンだった。(生春巻き、あげ春巻き、牛肉入りの米麺スープ、つまりフォー、それとビール2本)。
 ガイドブックで1000ドンが約4円などと書かれており、レストランの海鮮料理が7万ドン~13万ドンなどと書いてあっても、数字に弱くなっている”お二人さん”にはピンとこなかったので「とりあえず行ってみて、何かを買ってみよう」ということにして出かけてきたのだがやはり旅の最後までこの”0”の多さには馴染めなかった。 

 まず、最初についたハノイの空港で日本円2万円をドンに両替したのだが440万ドン程の紙幣が手渡されて戸惑った。 総額も総額だが紙幣に書かれている数字の大きさにまごついてしまった。 500,000ドン紙幣から100,000ドン紙幣、50,000ドン紙幣、10,000ドン紙幣などとぜロの数を数えて見分けるのに目が回る気がした。
 渡された紙幣の枚数も多い。 妻はあらかじめ両替した時の「希望するドン紙幣の枚数」を金種ごとに書いてきており、渡される紙幣の枚数は予想していたのだが、いざ手にしてみると困惑した。
 妻は「どこか腰を下ろせるところへ入ってお金を仕分けしよう」というので空港ロビーの喫茶コーナーのようなところへ入った。 そしてウェートレスがメニューを持ってきた。


 メニューにある品目はみなベトナム語で、どれも0が4つ以上のものばかりである。 私はガイドブックで読んできていた知識に基づいてタイガービールを注文し、妻はウエートレスの娘さんとすったもんだの末に”何かしら”を注文した。 
 注文を済ませ私が両替したお金を全部ウエストポーチから取り出してテーブルの上に置こうとすると、妻が「やっぱりここではまずいからホテルに着いてからにしよう。 人目があるところで大金を見せびらかすのは良くない」というのである。
 私たちには2万円相当のお金であっても、ベトナムの人たちにはそれは大金のはずだという。 それもそうだと思い”大金”の”札束”をウエストポーチに戻した。

 ビールは30,000ドンで妻の注文したのはアイスクリームで45,000ドンぐらいだったように思う。

 国内線に乗り換えてダナン空港に着き、JTBの現地係員の出迎えを受けてホテルへ着いたのは20時を過ぎていた。 7時過ぎに家を出てから13時間、時差の2時間をプラスすると15時間近くかかっている。 近いと思って選んで出かけてきたところなのだが、日本とベトナムの間の飛行時間が5時間ほどというのであって、乗り継ぎのための待ち時間その他の所要時間を足せばこういうことになるのだった。 妻はさぞ疲れているに違いないと思った。 それで上記したように軽く少なめの夕食にしたというわけである。

 ホテルで落ち着いてからテーブルに改めて両替してきたお金の”札束”を出し、紙幣の種類別に仕分けしてみた。 どの札にも印刷されている数字のゼロが多い。 そして紙幣の額にかかわらずその大きさはほとんど同じである。 紙幣の”柄”も似通っている。 2、000ドンから500、000ドンまで、つまりすべての紙幣の”柄”がホーチミン氏の肖像で統一されている。 だからなおさら判別しにくい。 支払いの度ごとに紙幣に書かれているゼロの数を数えなければならない。 万と10万の単位をわれわれ旅行者は一番多く使用することになるのだが、このあたりの単位が一番区別しにくいのである。

 「なぜベトナム政府はデノミをしないのだろうか」、これが一番初めに感じた”疑問”だった。 ベトナムの数の単位では100がチャムであり1000がグィン(ギン)である。 だからグィンを基軸単位とすればゼロを三つ省くことができる。 国民の生活の上でも簡便になるに違いないと思った。 日本では円の下に銭があり、アメリカではドルの下にセントがあるように、ベトナムではギンの下にドンがあることにすればよかろうと、、、。 そんなことを安易に感じたりしていた。

 7日間の滞在を終えて帰途に就き、ホーチミン空港(なぜか、帰りはホーチミン経由である)で手持ちの”残金のドン”を数えてみた。 額を数えてその使い方を思案していたのは妻だったが、私は「免税店でお土産でも買えば使えるよ」と安易に言っていた。
 しかし、結局いくらかのドン紙幣を日本へ持ち帰ることとなったのだった。 妻の手に残ったそれらの”ドン”を見直しながらそれらが500と1000と2000と5000、そして10,000と20,000の各紙幣であることに気付いた。 10,000と20,000の紙幣は旅行中よく使っていた紙幣である。
 10,000と100,000の紛らわしさに閉口したものだったが、旅の最後に手元に残った紙幣が500が1枚、1,000が4枚、2,000が2枚、5.000が2枚、そして10,000と20,000が1枚ずつであったことに気付きながら複雑な心境にならざるを得なかった。
 10.000ドンや20.000ドンの紙幣、そして旅行中に使っていた100.000ドン紙幣などは”皺”や”折れ目”がほとんどないといえるほど少なかったのに対して、旅の最後に妻の手元に残った500、1.000、そして2.000や5.000ドンの紙幣はどれも皺が多く、500ドン紙幣などはくしゃくしゃに近い状態だった。 それは即ちそれぞれの紙幣の使われ方の違いを表わしているに違いないと思った。

 われわれ旅行者やそれに準ずる生活をしている人々と、500ドンや1.000,2.000ドンを常用している人たちの2種類の人々の生活があるのだと想像させられた。 そして”後者”のほうがはるかに多く、「われわれ外国人旅行者とは隔絶した生活」があることを思わずにはいられなかった。 小額紙幣と高額紙幣の皺のありよう、そして小額紙幣は私たちでは使いきれず結局手元に残ってしまった事実が示している。
 別に記すことになるが、旅行の期間中に行ったホイアンやフエへの旅の道すがらに目にした街々や人々の暮らしぶりから推して、そうした「生活の実態」は十分に理解できるはずのことだった。 「ベトナムは”デノミ”を」という考えは“富める国、日本”からの旅行者の安易な“傲慢”だったと反省した次第である。 
 それにしても 「ドンは不可思議なお金」 だと思う。

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