どぅかさんちのあまの尺

たとえばぼくがまちがっていても。。しゃ~ないじゃん。。
心に勝手な物差しがあるんだから・・・・

いろいろなこと。

2017-04-06 11:56:43 | Weblog


昨日はwebでよくおつあいしていただいている方と
メールのやりとりでお話をしていた。

この数年知り合いになった方々のなかには圧倒的にそのシンガーソングライターのファンという方が多かった。

そのメールの相手もFBの履歴からそのうちのひとりだと想像できたので
昨日はそのことにも触れつつのやりとりだった。

日帰りで東京に出てくるという彼女に、
おいらが知る限りこんなファンがいるの?と思うこちらにいる熱狂的な知人を
会わせてみたいと思った。もちろん、そんなふたりはとっくに知り合いなのかもしれないが。。

おいらはそれほどシンパシーがあったわけでも、
深いおつきあいがあったわけでもなく
ライヴを数回聴きにいって、ちょこっとお話をさせていただいた程度なのだが
ただこのところのおバカな流れを眺めていると
唯一、宙で歌えるこのシンガーソングライターの一曲が口をついて出る。

「教訓 Ⅰ」

中学生の頃、初めて聴いたときはコミカルな風にも聴こえていたんだと思うが
それだけでないものも当然感じていた。
ただ現在感じるのは背中に冷たいものをを突きつけられるようなリアルさだ。



「加川良の手紙」

拓郎ファンにその名を知らしめるのはこの曲があるのも一因だろう。

つい先日ムッシュが亡くなった時、
「もう黒いネクタイも服もつけたくない」と語っていた拓郎さん。
そんな拓郎さんの71歳の誕生日に着いたのが加川良さんの訃報とは。

たとえばそれが年長者であったりすれば、
それはどんなに残念であっても、ある意味自然な時の流れといってしまえばいい。
ただそれが同期だったり年下であったりした場合は....
そして誰より長く生きるということはそれをすべて背負い込んでいく見送る人生か。
なかなかしんどい話だ。



この数年よく歌詞のなかで泣いていた拓郎さん。
それは作り物でなく彼にとっての現実でそれはそれで正直なんだろうけれど、
それが由というかそんな歌たちに個人的には全然シンクロしなくて。。
世代間というものをリアルに感じたりして....


「ぼくのあたらしい歌」

吉田拓郎の新曲だ。

この歌言葉を70歳で歌うことに退く人もいるかもしれない。
でも、おいらはこの馬鹿馬鹿しいほどの稚拙にも聴こえる若さを圧倒的に支持してしまうのだ。
喜びも悲しみも怒りも....
そのすべてをスピード感で包み込んで跳ばしていく感じ。
それを圧倒的に支持してしまうのだ。

だからまだいけるかもしれない。聴いていられるかもしれない。

そんなことを思ってる。









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