----えっ?これって日本映画ニャの?
スウェーデンの小説家の作品に、似たのがなっかったっけ?
「「マルティン・ベック」シリーズだね。
実は、本作の監督でもある角川春樹に誘われた佐々木譲が
同作品へのオマージュともいうべきものを書いた小説『笑う警官』がこの映画の原作。
物語は、北海道警裏金事件を想起させる。
一言で言えば、こういうお話。
札幌のマンションで女性の変死体が発見。
管内の大通署から急行した町田(野村祐人)と岩井(伊藤明賢)は捜査の過程で、
被害者が道警本部の婦人警官であると気づく。
ところがそのことが判明したのは、ほんの今しがたのはずなのに、
本部から、おえら方が続々現れ、捜査は彼らに引き継がれてしまう。
しかもあっという間に容疑者は、被害者の元恋人・津久井(宮迫博之)と断定され、
なんと射殺許可が出てしまう。
津久井は覚醒剤の常習者で、拳銃を所持している可能性が濃いというわけだ。
しかしSATまでもが出動すRというから、これは射殺許可というより射殺命令に近い。
捜査権を奪われた町田、岩井の不満と不審が高まる中、
かつて津久井と共に潜入捜査に携わったことのある、
いわば戦友の佐伯(大森南朋)は、
小島(松雪泰子)、植村(蛍雪次朗)、町田、岩井、
そして新宮(忍成修吾)らと、極秘に捜査を進める。
その中で浮かび上がってきたのは、
翌朝、道警の不祥事について道議会の百条委員会に証人として出席する予定だった
津久井を消してしまおうという上層部の動きだった…」
----一言にしてはずいぶん長いニャあ(笑)?
話を聞いていると、一夜のお話みたいだけど…
「いやあ。ミステリーを読みなれていないぼくからすると、
これがなかなかオモシロい話でね。
内部にいると思われる裏切り者、いわゆる内通者はだれかということも含めて、
物語の行方が
自分が思ったのとは全く違う方向に行く。
よくぞこんな筋立てを考えたものだ。
ただ、ラスボスは余計だったな。
あそこで一気にマンガチックになった気がする」
----だけど、それはあくまで物語のことだよね。
映画は映画として観なくてはいけないんじゃなかったの?
「それはそう。
この映画の最大の特徴、
それは80年代映画の風雲児でもあった
角川春樹が1997年の『時をかける少女』以来、
実に12年ぶりの監督作であるということ。
彼の監督デビュー作は『汚れた英雄』。
あの頃は、仙元誠三 のスタイリッシュな映像ばかりが目に付いたけど、
今回は、彼のいいところが随所に出ていた気がする。
角川春樹の世界を特徴づけるジャズも、
一夜の物語という設定には効果的だし…。
ただ、最初は物語が、彼らが隠れ家として会合を行うバーでの会話を中止に進み、
その後も、佐伯、小島がそこでパソコンと携帯を駆使して捜査。
指令もそこから出すため、
ちょっと舞台劇のような感じもして、先行き不安だったんだけどね。
空気が、どこか『いつかA列車に乗って』に似てなくもなかったんだね。
しかし後半、クライマックスにかけてはまるで『マルタイの女』。
そして何よりも今回、再確認させられたのが
角川春樹は映画が虚構であるということをよく知っているということ」
----それってどういう意味?
「それは大森南朋と松雪泰子演じる主人公たちの会話に象徴的に表れている。
ふたりの静かな言葉のやりとりは、どう考えても日常ではありえないカッコよさ。
極論すればキザっぽい。
でも、それが映画だとぼくは思う。
現実での会話そのものを見せられても
オモシロくもなんともない。
ただ、エンディングはもったいつけすぎ。
さすがに、ここはどうかな」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「角川春樹、これが目標の興行収入に達しなかったら映画界を去る決意らしいのニャ?」
久しぶりに東映の色を感じた映画でもある度



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スウェーデンの小説家の作品に、似たのがなっかったっけ?
「「マルティン・ベック」シリーズだね。
実は、本作の監督でもある角川春樹に誘われた佐々木譲が
同作品へのオマージュともいうべきものを書いた小説『笑う警官』がこの映画の原作。
物語は、北海道警裏金事件を想起させる。
一言で言えば、こういうお話。
札幌のマンションで女性の変死体が発見。
管内の大通署から急行した町田(野村祐人)と岩井(伊藤明賢)は捜査の過程で、
被害者が道警本部の婦人警官であると気づく。
ところがそのことが判明したのは、ほんの今しがたのはずなのに、
本部から、おえら方が続々現れ、捜査は彼らに引き継がれてしまう。
しかもあっという間に容疑者は、被害者の元恋人・津久井(宮迫博之)と断定され、
なんと射殺許可が出てしまう。
津久井は覚醒剤の常習者で、拳銃を所持している可能性が濃いというわけだ。
しかしSATまでもが出動すRというから、これは射殺許可というより射殺命令に近い。
捜査権を奪われた町田、岩井の不満と不審が高まる中、
かつて津久井と共に潜入捜査に携わったことのある、
いわば戦友の佐伯(大森南朋)は、
小島(松雪泰子)、植村(蛍雪次朗)、町田、岩井、
そして新宮(忍成修吾)らと、極秘に捜査を進める。
その中で浮かび上がってきたのは、
翌朝、道警の不祥事について道議会の百条委員会に証人として出席する予定だった
津久井を消してしまおうという上層部の動きだった…」
----一言にしてはずいぶん長いニャあ(笑)?
話を聞いていると、一夜のお話みたいだけど…
「いやあ。ミステリーを読みなれていないぼくからすると、
これがなかなかオモシロい話でね。
内部にいると思われる裏切り者、いわゆる内通者はだれかということも含めて、
物語の行方が
自分が思ったのとは全く違う方向に行く。
よくぞこんな筋立てを考えたものだ。
ただ、ラスボスは余計だったな。
あそこで一気にマンガチックになった気がする」
----だけど、それはあくまで物語のことだよね。
映画は映画として観なくてはいけないんじゃなかったの?
「それはそう。
この映画の最大の特徴、
それは80年代映画の風雲児でもあった
角川春樹が1997年の『時をかける少女』以来、
実に12年ぶりの監督作であるということ。
彼の監督デビュー作は『汚れた英雄』。
あの頃は、仙元誠三 のスタイリッシュな映像ばかりが目に付いたけど、
今回は、彼のいいところが随所に出ていた気がする。
角川春樹の世界を特徴づけるジャズも、
一夜の物語という設定には効果的だし…。
ただ、最初は物語が、彼らが隠れ家として会合を行うバーでの会話を中止に進み、
その後も、佐伯、小島がそこでパソコンと携帯を駆使して捜査。
指令もそこから出すため、
ちょっと舞台劇のような感じもして、先行き不安だったんだけどね。
空気が、どこか『いつかA列車に乗って』に似てなくもなかったんだね。
しかし後半、クライマックスにかけてはまるで『マルタイの女』。
そして何よりも今回、再確認させられたのが
角川春樹は映画が虚構であるということをよく知っているということ」
----それってどういう意味?
「それは大森南朋と松雪泰子演じる主人公たちの会話に象徴的に表れている。
ふたりの静かな言葉のやりとりは、どう考えても日常ではありえないカッコよさ。
極論すればキザっぽい。
でも、それが映画だとぼくは思う。
現実での会話そのものを見せられても
オモシロくもなんともない。
ただ、エンディングはもったいつけすぎ。
さすがに、ここはどうかな」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「角川春樹、これが目標の興行収入に達しなかったら映画界を去る決意らしいのニャ?」

久しぶりに東映の色を感じた映画でもある度



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大森さんと松雪さんの絡みはキザでしたねー。ストイックなのに色気があってなんだか格好良いのね。
原作からしてそうなのか、今から読むのが楽しみです。
裏切り者とか内通者とか、たぶん現実でも誰でも可能性があるって思え、リアルでコワイ作品だとつくづく思いました。
あまりにありえない会話で、どうもそんなキザな世界が
今の時代、そして同じ国に住むモノとしては
クサ〜い!って思っちゃうのですが、まぁ映画だもんね。
多少キザなぐらいがカッコいいのかもしれませんね。
展開は二転三転してなかなか面白かったのですが、
途中ちょっと分かりづらいというか置いてきぼりを
くっちゃったところもあったりしたのは残念でした。
せっかくホイットニーが主題歌を歌いながらも
本編には流れないし、、、
全体的に音楽が流れないから、
なんかもったいなかったです。
ジャズはながれても〜
あまり一喜一憂しなかったし。
そのへんの作りがもったいなかったです。
内通者が、あっちの方か…なんて、
けっこう、ノッて観ていました。
しかし、この映画もある意味、
古臭い、昭和の香り。
昭和って、ほんとうに長かったんだなと
しみじみ思いました。
その混乱が、ある意味、
楽しくもあったのですが、
おそらく、映画としてはそれじゃいけないんでしょうね。
もう一回観たら、もう少しはわかるのかなあ?
彼の考えるダンディズムというか、
スタイリッシュさで全編を通した映画という感じでした。
あの内通者も、あのワンカットで、怪しいと、おもっていたので、やはりと・・・。
でも、やはりこの作品のキモは、皆さんの言っている、やりとりで、これはたのしめます。そこが古臭いのかも、ですが、ホラー作品でも、あえて古臭い感じに撮ってるのも、流行みたいなので、映画の流れも回顧主義ぽいなのかもしれません、あのハードボイルドな感じなやりとり
ってこんなかんじかな?
哀愁の漂う えい「君のその艶やかな黒髪(毛)美しすぎて・・・・・」{間}
陰のある佇まいのフォーン「・・・・」
見詰め合うえいとフォーン{間}
トレンチコートの似合う えい「それになんて深い悲しみを宿した眼をしているんだ!いままでであった人とにはなかった瞳だ!」すこし憤慨した感じのフォーンまるで、あたりまえじゃないニャ。とでも言いたげである・・・{間}
折れたタバコから、いまにも落ちそうになる灰 銜えタバコの えい「そのまっすぐに張り切った君のひげ{間}なにもかもがうつくしい、
{間}{もうひとつ間}他の人にはない瞳のひかりからえいは目を放さない{間}
えい「抱きたい!{間}いますぐ抱きたい 君を・・・・{間}」しっぽがピクピクふるえだしたフォーン「そんなに簡単じゃないニャを{間}私を・・・すぐに抱けるなんて{間}おもうのは・・・・」
そんなやり取りをみていた亜蘭真は
笑えぬ景観だなぁ!!
{間}がおおかったのは、間違いない!!
もう、スゴイですね。
言葉を失って、なにを書いたらいいのやら。(汗)
ところで
>映画の流れも回顧主義
これ、いいところ突いているのかも。
『スペル』なんて、もろそんな感じだし。
あっ、ということは『カムイ外伝』あたりも
それを狙ってやっているとも考えられなくも…。
お主やるなあ…って感じでしょうか。
ツッこみ所はあまり気にせず、大らかに楽しめました(ポイントで無料だったせいかな・・)。
四半世紀前頃の角川映画、「化石の荒野」とか「白昼の死角」を思い出しましたよ(^^♪!
ラスト、ブラック・バードで何故かみんな仲良く演奏しているシーンだけは、理解不可能でしたが・・・。
私は鑑賞する気あったのですが、巷の評判が良くなくて(^^;ちょっとテンション下げて行ったのが良かったのか、おっ!意外と面白いかも〜って観始めました^^
ただ、ラストのバーでみんなでとかEDロールのローマ字表記とか意味わからないところも
ありましたが(^^;
面白かったのですが、微妙と思ったこの作品
えいさんの記事読んでいたら、そっか〜〜
なるほど、ある意味これが映画なのか〜なんて
この作品の評価上がってしまった私でした
(笑)
この映画、センスの古さをよく指摘されているようですが、
もし、これが80年代に生まれていたら、
どうだったんだろうなんて考えてしまいました。
ぼくは意図的に、それをやっているように思ったんだけどなあ。
角川映画、好きではない方でしたが、
なかには『白昼の死角』のようなお気に入りもありました。
この映画、ラスト、笑えると言えば笑えますが、
愛敬ということで…(汗)。
そう。「ある意味」です(汗)。
間違っても、「これぞ映画だ」じゃないです(笑)。
でも、そう間違われても仕方がない書き方してしまったかも…(大汗)。