ラムの大通り

愛猫フォーンを相手に映画のお話。
主に劇場公開前の新作映画についておしゃべりしています。

『ヒトラー~最期の12日間~』

2005-05-14 11:47:01 | 新作映画
------この映画って確かアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたのでは?
「そうなんだよね。なるほどそれだけのことはある力作だった。
ランニングタイムが2時間25分もあるし、『12日間』という期間限定から
アレクサンドル・ソクローフ監督の『モレク神』のことが
チラリ頭に浮かんで、これは渋い映画かな…なんて思ってたら、
ヒトラーの最期の日々を側近たちとの関係を描きつつ、
さらにベルリンが陥落していく課程をも克明に追うという、
スペクタクル性まで用意されたエンターテイメントにもなっている」

------ヒトラーって、意外と真っ向から取り組んだ映画が少ないよね。
「一種のタブー扱いがなされているんだね。
この件に関してはプレスに映画評論家の北小路隆志氏が詳説している。
それによると映画化が見送られる理由の一つが『ヒトラーがあまりに悪すぎるから』。
もう一つが『あまりにヒトラーの顔が知れ渡り、浸透しているから』ということらしい」

------で、今回はそのタブーを破って映画化したわけだ。
「監督は日本でも『es』がヒットしたオリヴァー・ヒルシュビーゲル。
奥さんの反対と、心おだやかに暮らせなくなるのではという
自らの内なる不安を乗り越えての監督受諾だったようだ」

------どんな映画になっていたの?
「最初は1942年11月、東プロイセンの指令本部‘狼の巣’から始まる。
そこで、トラウドゥル・ユンゲがヒトラーの秘書に採用される。
そして物語は45年4月20日の首相官邸の地下にある堅牢な要塞へ。
この映画は歴史家ヨアヒム・フェストの
『ダウンフォール:ヒトラーの地下要塞における第三帝国最期の日々』から
時間の枠組みを得て、
このユンゲの回想録『最後の時間まで:ヒトラー最後の秘書』から
キャラクターを与えてもらったと、
プロデューサーのベルント・アイヒンガーは語っている。
つまり各キャラクターは秘書ユンゲの目が基本となっているわけだ。
※もちろん彼女にとっては半世紀以上前の記憶の中の人だから
製作者たちはそれをそのまま鵜呑みにしたとは思えない。
(この部分、下の注釈を参照してください)
そこに肉付けがなされているわけだけど、
これが実にオモシロかったね。
ロシア軍がベルリンに迫っていると聞き、荒れ狂うヒトラー。
強者の理論を振りかざす彼は、
ついには『弱いドイツ国民も滅ぶがいい!』と言い出す。
指揮権の放棄を口にしたり、疲弊消耗している軍に反撃を命じたり。
そのたびに、右往左往する側近たちの姿を見ると、
これが現代にも通じる<組織論>になっていることがわかる」

------組織論?
「たとえば会社のトップがある判断を下した場合、
それが明らかに間違っていると思っても、だれも口に出せないよね。
それはみんな目をつけられたくないから。自分がかわいいからだ。
そう、この映画には側近たちの自己保身と恐怖が
この怪物ヒトラーに栄養を与えたという枠組みが
12日間の中に凝縮して語られるんだ。
ただ、全員がいつまでもそうだったわけでもなく、
ナチ政権もいよいよこれまでという最終段階において、
ゲーリングは後継者としての自分の立場を確かめようとして逮捕され、
すべての地位を剥奪されるし、
ヒムラーはヒトラーの後継者を名乗り、米英と講和の道を画策したりもする。
結局は、みんなポスト・ヒトラーのことを考えていたわけだ。
その中で、最後までヒトラーに尽くすゲッベルスが実に怖い。
ヒトラーに「帝国の母」とも言われた自分の妻ともども、
子供たちを毒殺して自殺。
狂信ほど恐ろしいものはないことを、まざまざと見せてくれる。
この夫婦を演じたウルリッヒ・マテス、コリンナ・ハルフォーフの演技は圧巻。
それこそ『Ray/レイ』のジェイミー・フォックス状態。
もちろん、地下要塞を再現した美術、撮影、照明の功績も大きいけど、
彼らふたりにかかわらず、
役者たちのほぼ全員が役との区別がつかないくらいなりきってた」

-----うわあ、そりゃ凄そうだ。市街戦の方はどうだったの?
「こちらもドラマの絞り方がうまい。
完全にナチ思想に染まってしまった少年志願兵が、
それを諫める大人を卑怯者、弱虫呼ばわりしながら最前線へ。
ところが飛び交う砲弾の中、周囲はあっという間に地獄に陥ってしまう。
この描写が凄絶。
戦争映画ってのは負ける側から写した方が、
その悲惨さがよりくっきり出ることを再確認したね」

------どういうこと?
「勝ち進む方の視線は前へ前へと進む。
だから、そこで撃たれて転がってる一人一人には目は行かない。
でも撃たれた方は、そこにとどまらざるを得ない。
だって動けないんだからね。
となると、彼の目に映るのは脳漿が飛び散った死体や、
そうでなくとも死の間際で呻いている人々ばかり。
『ロング・エンゲージメント』の戦争シーンが激烈と騒がれたけど、
これはあれどころじゃなかったね」

------エンディングが気になるなあ。
(※完全ネタバレ注)
「これがまたうまいんだ。
陥落したベルリンからユンゲが女性であることを利用し、
包囲するソ連軍の中から外へ抜け出そうとする。
しかし軍服を着ているため内心ハラハラだ。
そこにさっと、手を伸ばすのが....」

------わかった。市街戦で戦争の実態を知った少年。
「そう。女と子供じゃ、ソ連軍も見逃すよね。
で、ふたりは川であるモノを拾う?」

------なになに?
「それが自転車。
つまりふたりは自力で新たな道へと漕ぎ進む。
自転車自体が映画的な小道具だけど、
このラストシーンは忘れがたい。
でもこの映画にはさらにその先がある。
『アメリカン・グラフィティ』方式で
ヒトラー側近たちのその後を紹介した後に、
ある映像が出てくる。
う~ん、ここは内緒にしよう」

(byえいwithフォーン)

※この部分の記述に関しまして、ばってんさんからご指摘をいただきました。
要約しますと、この手記は戦後間もない1947-48年にユンゲが書いたものの、
2002年2月にミュンヘンの出版社から初めて発売されるまで、
全く陽の目を見る事が出来なかったもので、
非常に鮮明に当時の様子が書かれているのだそうです。
ブログの本文を書き直すと、コメント欄でのやり取りの意味が不鮮明になりますので、
あえてこのままにして、注釈を付ける形といたしました。
ばってんさん、ほんとうにありがとうございました。
    


※狂信が一番怖い度
人気blogランキングもよろしく}

☆「CINEMA INDEX」☆「ラムの大通り」タイトル索引
(他のタイトルはこちらをクリック→)index orange
猫ニュー