※映画の核に触れる部分もあります。
鑑賞ご予定の方は、その後で読んでいただいた方がより楽しめるかも。

(原題:Monsieur Lazhar)
----背広の背中に、お魚貼り付けられている。
こういういたずらって懐かしいニャあ。
これって学校が舞台ニャんでしょ?
どこの先生?
「舞台はモントリオールの小学校。
でも、この先生はカナダ人というワケじゃない。
アルジェリアの移民で代用教員なんだ」
----それって、担任の先生のお産かなにかで?
「普通そう考えるよね。
ところがこの映画では、
いきなりショッキングな出来事が起こる。
なんと、シモンという少年が
担任の女教師マルティースが教室で首を吊って死んでいるのを
目撃してしまうんだ」
----それは…。
「そこに現れたのが、
新聞記事を読んだという、このラザール先生。
聞けば19年間の教師経験があるという。
「子供たちの助けになりたい」という彼は、見るからに誠実そう。
校長先生はラザールを新しい担任として受け入れる。
ところが、彼の授業方式は洗練されていなく
授業内容も言い回しの古い文法用語。
生徒からはそのことを指摘されてしまう。
それでも、ラザール先生は
一生懸命に生徒たちを指導していこうとする。
そんな中、やはり先生の死を目撃したアリスは、
そのことが頭から離れようとはしない。
現実を遠ざけようとする学校のやり方に疑問を持つ彼女は、
先生の死を気にしていないフリをして、
わざと悪ふざけするシモンに苛立ちを覚えていた。
そんな中、アリスは
マルティース先生の死をどう感じているかを書いた作文を
みんなの前で発表。
ラザールは、校長にこの作文を
全校児童に配布することを進言するが…」
----ふうむ。子どもたちの心にまだ傷が残っているということだね。
で、先生は、それをどうにかしようと…。
「そう。
でも、周りからは
『しつけではなく、勉強を教えて』の声が出てくる…。
と、ここまで書けば、
これは日本の得意の『金八先生』のようにも見える。
最近でもテレビで
『ブラックボード〜時代と戦った教師たち〜』が放映された。
実は、この死の裏に隠されたエピソードというのが
その第三夜『夢』とかぶさるところがあるんだ。
ちょっとネタバレになるけどね。
この中の松下奈緒と神木隆之介の関係…。
ただ、こちらの方が小学生でもっと幼い分、
同じ行為でも生徒に違う反応が生まれる」
----う〜ん。何言ってんのか…?
「やはり、分からないか…。
でも、ここの部分は
本作の核になるし、あまり言わない方がいいかも。
というのも、この映画にはいくつもの<秘密>が忍ばされていて、
それらが感動のクライマックスへと
同じベクトルで向かっていくんだ。
なかでも現実を直視しようとするアリスの名指しにより、
シモンの逃げ場がなくなり、
ついに自責の念が堰を切って溢れだすシーンは圧巻。
子役という言葉が似つかわしくない、ふたりの熱演。
ある<事実>が明らかになるこのクライマックスをステップにして、
次は、ラザール先生の<秘密>が明らかになる。
それによって先生は教室を去らなければならなくなるワケだけど、
ここで行なう最後の授業が憎い。
自分が書いた詩の間違いを生徒たちに答えさせる形で、
彼が伝えたいことをみんなの心に沁み込ませていく。
それを受けての
ラストカットの奇跡的なほどの美しさ。
シモンと先生のそれをも伏線に持つこのシーンは
それこそ涙なくしては観られない。
全体的に地味な映画ではあるけど、
このラストカットだけでも
この映画は十分に意味を持つと思うよ」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「エンドクレジットの音楽もいいらしいのニャ」
※オフィシャルのトレーラーがおススメだ度。

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※画像はオフィシャル・ギャラリーより。
鑑賞ご予定の方は、その後で読んでいただいた方がより楽しめるかも。

(原題:Monsieur Lazhar)
----背広の背中に、お魚貼り付けられている。
こういういたずらって懐かしいニャあ。
これって学校が舞台ニャんでしょ?
どこの先生?
「舞台はモントリオールの小学校。
でも、この先生はカナダ人というワケじゃない。
アルジェリアの移民で代用教員なんだ」
----それって、担任の先生のお産かなにかで?
「普通そう考えるよね。
ところがこの映画では、
いきなりショッキングな出来事が起こる。
なんと、シモンという少年が
担任の女教師マルティースが教室で首を吊って死んでいるのを
目撃してしまうんだ」
----それは…。
「そこに現れたのが、
新聞記事を読んだという、このラザール先生。
聞けば19年間の教師経験があるという。
「子供たちの助けになりたい」という彼は、見るからに誠実そう。
校長先生はラザールを新しい担任として受け入れる。
ところが、彼の授業方式は洗練されていなく
授業内容も言い回しの古い文法用語。
生徒からはそのことを指摘されてしまう。
それでも、ラザール先生は
一生懸命に生徒たちを指導していこうとする。
そんな中、やはり先生の死を目撃したアリスは、
そのことが頭から離れようとはしない。
現実を遠ざけようとする学校のやり方に疑問を持つ彼女は、
先生の死を気にしていないフリをして、
わざと悪ふざけするシモンに苛立ちを覚えていた。
そんな中、アリスは
マルティース先生の死をどう感じているかを書いた作文を
みんなの前で発表。
ラザールは、校長にこの作文を
全校児童に配布することを進言するが…」
----ふうむ。子どもたちの心にまだ傷が残っているということだね。
で、先生は、それをどうにかしようと…。
「そう。
でも、周りからは
『しつけではなく、勉強を教えて』の声が出てくる…。
と、ここまで書けば、
これは日本の得意の『金八先生』のようにも見える。
最近でもテレビで
『ブラックボード〜時代と戦った教師たち〜』が放映された。
実は、この死の裏に隠されたエピソードというのが
その第三夜『夢』とかぶさるところがあるんだ。
ちょっとネタバレになるけどね。
この中の松下奈緒と神木隆之介の関係…。
ただ、こちらの方が小学生でもっと幼い分、
同じ行為でも生徒に違う反応が生まれる」
----う〜ん。何言ってんのか…?
「やはり、分からないか…。
でも、ここの部分は
本作の核になるし、あまり言わない方がいいかも。
というのも、この映画にはいくつもの<秘密>が忍ばされていて、
それらが感動のクライマックスへと
同じベクトルで向かっていくんだ。
なかでも現実を直視しようとするアリスの名指しにより、
シモンの逃げ場がなくなり、
ついに自責の念が堰を切って溢れだすシーンは圧巻。
子役という言葉が似つかわしくない、ふたりの熱演。
ある<事実>が明らかになるこのクライマックスをステップにして、
次は、ラザール先生の<秘密>が明らかになる。
それによって先生は教室を去らなければならなくなるワケだけど、
ここで行なう最後の授業が憎い。
自分が書いた詩の間違いを生徒たちに答えさせる形で、
彼が伝えたいことをみんなの心に沁み込ませていく。
それを受けての
ラストカットの奇跡的なほどの美しさ。
シモンと先生のそれをも伏線に持つこのシーンは
それこそ涙なくしては観られない。
全体的に地味な映画ではあるけど、
このラストカットだけでも
この映画は十分に意味を持つと思うよ」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「エンドクレジットの音楽もいいらしいのニャ」

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