真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「人妻 大胆な情事」(2002『人妻出会ひ系サイト 夫の知らない妻の性癖』の2006年旧作改題版/製作・配給:新東宝映画/監督:榎本敏郎/脚本:河本晃・榎本敏郎/企画:福俵満/撮影:前井一作/編集:酒井正次/音楽:鈴木治行/助監督:吉田修・松本唯史・白石静香/劇中聡子朗読文献:太宰治『ヴィヨンの妻』《新潮文庫刊》/出演:麻田真夕・秦来うさ・愛葉ゆうき・川瀬陽太・松原正隆・石川雄也・吉岡睦雄・SARU)。
 番号案内104オペレーター・吉沢聡子(麻田)の夫・孝一(松原)は外に女を作り勝手に家を出たが、不意に又戻つて来る。夫婦仲は当然の如く冷え切つてゐるどころの騒ぎでは済まず、聡子は出会ひ系サイトを使つた男漁りで、心身の渇きを紛らはせてゐた。一方、デザイナーの上野敦(川瀬)は同棲相手のOL・斎藤ひさみ(秦来)に、飲み歩き遅く帰つて来たところで相手を尋ねもしない無関心に業を煮やし、家を出て行かれる。敦は交通事故で、一時的にではあれど光を失ふ。ひさみも不在で、ままならぬ生活に敦は104に電話をかけてみる。応対した聡子に、金は払ふから家に来て呉れないか、といふのである。当然、聡子は断る。悪態をつき、敦は乱暴に電話を投げ捨てる。一言文句を言つてやらうと、聡子は敦の家を訪れる。
 目の見えない男と、主には声だけを通した女の関係。勿論敵はピンク映画であるから、最終的には当然ヤルことはヤルのだが。やがて男が視力を回復した時、今度は女が偶さか声を失ふ。女を求め街を彷徨ふ男、女はそんな男のすぐ側にまで近付いたとて、声が出せぬ。女は男に、自らの存在を伝へることが叶はない。再会出来ない男と女、本当は既に物理的には再会も果たしてゐるのに、再び巡り会へない男と女。
 無理を通り越して無茶の多いシークエンス、所々で粗雑な描写。脇を飾るベテラン芸達者の不在等、前作に於いては恵まれてゐたものの、今回は欠けてゐる部分。前作にして榎本敏郎の―多分―最高傑作、「痴漢電車 さはつてビックリ!」(2001/脚本:河本晃/主演:麻田真夕・川瀬陽太)と比べれば、確かに出来は遥かに遠く全く及びはしない。全体的な完成度は必ずしも然程ではないものの、その分プロット単体の突破力と、何よりも主演の麻田真夕の美しさとがエクストリームに胸を撃ち抜く、狂ほしいばかりの必殺の一作である。
 画面手前、敦が左を向いて座る。敦と90度の角度を取り、聡子は背中を向けて座る。敦が不意に下の名前を尋ねると、聡子は細い腰を回し、軽く驚いた表情を見せる。聡子は敦の掌に、指で「さ・と・こ」と名前を書く。「綺麗な名前だね」といふ敦に対し、「本当に判つたの?」と聡子は笑ふ。敦宅を訪れるに当たり、聡子は入念にメイクする。フと気付くと、「意味無いのにい」とニンマリ。光を取り戻し、敦は聡子の姿を探し求める。そんな敦のすぐ側にまで近付いてゐるのに、今度は声を失つてしまつた聡子は、自分の存在を敦に伝へることが出来ない。焦燥する敦と、どうすることも出来ずに、敦の周囲で挙動不審に狼狽するばかりの聡子。聡子が敦の手を引き、二人で渡つた歩道橋で擦れ違ひつつも、聡子が読んで呉れた本に、書店で同時に手を伸ばしながらも。聡子と敦とは、どうしても、再び巡り会ふことが能はない。
 ・・・・・マズい、何をいつてゐるのか最早よく判らないが、これはヤバい。息が苦しくなつて来てしまふくらゐに美しい、果たせぬ再会のもどかしさに、文字通り胸が締めつけられる。タップリと尺の割かれた聡子と敦の温かなふれあひが、まるで永遠の至福のやうにすら思はれる。映画トータルとしての出来栄えは決して宜しくはない、宜しくはないだけに、一点突破の美しさが更に一層際立つ。時に映画には、さういふこともあらう。何も映画に、限つたことではない。一寸出来が悪いくらゐが、一寸下手糞なくらゐが、一番エモーショナルであるといふツボが、時にあるのではなからうか。勿論それは、概ね狙つてモノに出来る筋合ひのものでもないのだが。
 聡子と敦が、終に再び結ばれるクライマックス。そこに至る段取りは例によつて不十分ではあれ、穏やかでありつつも、確実にエモーションを惹起する劇伴は最強。あれやこれやのミスや欠如は最早さて措き、着地は完璧ですらあるやうに錯覚してしまへる。それこそも、映画の魔力といへよう。

 石川雄也と吉岡睦雄は、聡子が出会ひ系で捕まへる、それぞれ三崎と笹本。石川雄也といふ人は不思議なほど全く齢をとらないが、吉岡睦雄は顔も体も若い、お芝居の方は変らないが。進歩してゐない、ともいへる。愛葉ゆうきは、今度は孝一が出会ひ系で捕獲した坂井由利。純然たる濡れ場要員で、絡み自体の尺すら短い。SARUは、敦を診察する医師・真鍋。因みに、名前からでは全く窺へないが女医である。
 冒頭、遅く帰宅したひさみが敦の無関心に業を煮やす件や、敦とひさみの二度目にして真の別れの場面の、榎本敏郎の不手際についても触れておきたいやうな気もするが、いつそのこと控へる。全体的には大して出来が良くもないことならば、観てみれば直ぐに判る。今はただ、その上でなほ輝く今作の美しさに心を浸してゐたい。


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