水月光庵[sui gakko an]

『高学歴ワーキングプア』著者 水月昭道 による書評・エッセイ等

書評『バッタを倒しにアフリカへ』 これは“ほとばしり”の書である

2017年06月16日 | 京都ぶらり [書 評]
本書を一言で表現せよ、と迫られたら、私なら“ほとばしりの書”と答えるだろう。
文章表現や紹介されるエピソードを見る限り、こう言ってはおこがましいとは思うが、この著者は決して器用なほうではないだろう。
にもかかわらず、次々と目の前の壁を越えていく。
全身で“ほとばしって”!

予定調和的な生き方が推奨されやすい世の中で、著者の前野氏はあえてそこから飛び出すことに意義を見いだしている。結果まで残しつつ。
内なる声(ほとばしり)に従った歩みの積み重ね。それが、結果的に突破口を開いているようでもある。
実に研究者に向いた性格と言えるのではないか。

かつて、師匠――早川和男先生から研究に臨む姿勢について、次のような言葉を繰り返し頂いたことを思い出す。
「あなたが何をしたいのかをまず突き詰めなさい。そのうえで、その研究をどうして遂行しようとしているのかを『研究の目的』のなかで明確に示しなさい。決して、『○○を明らかにすることを目的とする』といった文言で終わってはなりません。『○○を明らかにするのはなぜか』というところが最も大事ですよ」

前野氏は言う。
「バッタの研究をするのは、人類の食糧問題解決への一助とするため」
「そして自分の夢(専任教員ポストGet)のため」という台詞が続くのは、著者のサービス精神の表れだが、しかしそこには前野氏のユーモアを大切にする姿勢もまた見て取れる。

予定調和を意図的に避ける生き方は、思いもよらぬ困難の連続だろう。
彼は“ほとばしり”と“ユーモアの精神”とを発揮してそれらをものともせずに切り抜けている。自ずと放たれる光は強い。それは、闇夜を照らす一筋の光明にも似ていよう。

前野氏はフィールドワークの過程で、危うく命の危険にさらされたと回顧する。
ある日、暗闇の砂漠で自分の位置を見失ってしまったのだ。
仲間がどこに居るのかもわからず、かといって地面にしゃがんで落ち着いて対策を練ることもできない。どんな毒虫に襲われるかわからないからだ。
途方に暮れ、大声をあげた。
たまたま仲間が気づき、ライトが灯った。
その方向に歩き助かった。

いま研究者として彼は大声に代わるまぶしい光を放っている。
その輝きは、もう否応なく誰の目にも入ってしまう。道に迷う心配などもはや無用だ。むしろ迷っている人を助ける光となることだろう。それを手に入れたいと考える研究機関は少なくないのではないか。
(専任教員として)終身雇用の提示がなされる日は遠からずやってくるはずだ。


バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
前野 ウルド 浩太郎
光文社

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