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第445回 配偶者の死の告知

2010-05-13 00:24:30 | 介護支援専門員
先日夫を亡くした利用者さん。
診断はうつ病と年相応より?とおもうような物忘れやつじつまがあわない会話をされるようです。
(とはいえ、うつ病の診断はかなり若い頃の話で、定かな話ではありません)
利用者さんの主介護者は、ずっと夫でした。今年初めから体調を崩され、4月半ばに入院され、亡くなりました
子らはその方に「夫が亡くなった」ことは告げていません。
御仏壇はご本人の寝室とは別室ながら「りん」はならさずに手を合わせるだけだそうです。
担当ケアマネは「うつがあるし、仕方がないよね」といっています。

果たして、「夫の死をしらせない」という家族の判断は妥当なのでしょうか?
そして、それをしったケアマネジャーの対応は、どうすればよいのでしょうか?

私は、個人的には、利用者さんは、夫が亡くなったことを知る権利があると思っています。
その権利を阻害することは、たとえ家族であっても、してはいけないことだと思っています。
そして、ケアマネジャーとしては、そのことを家族に伝え、対応を検討していく必要があると思っています。

そのため、私だったら、ご家族と「告知」について、次のようなことを話し合うと思います。
今までのご夫婦の関係。
夫の死を知らされたときの利用者さんの反応。
夫の死を知らされないことをどう思われるだろうか。
亡くなったご主人のほうは、自分が死んだことを、妻に伝えてほしいとおもっていらっしゃったのだろうか。
それとも、伝えないでほしいと、望んでいらっしゃったのでしょうか。
もし、利用者さんに夫が亡くなったことを知らされたら、どのような変化が生じると思われるでしょうか。
どうすれば、一番、利用者さんの心理的な動揺を最小限にとどめることができるでしょうか。
そのとき、どんなサポートが提供することができるか。
もちろん、必要に応じて、医師のサポートも受けられるよう、
事前に相談することもあるかと思います。

死は、誰にでも訪れるものです。
私は、死はタブー視するものではないと思っています。
それは、ご高齢のかたとお話するときも同じです。
むしろ、ご高齢だからこそ、死の話を隠すものではないのでは、と思います。
(もちろん、その方が「死」について語りたいと思われたら、です)
そして、場合によっては、今回のように、「死」というものと対峙しなければならないこともあります。
その時に、ケアマネジャーは、その対峙をしなくてはならない利用者さんの想いに、
寄り添うことができることがもとめられているように思います。
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8 コメント

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堂々とお話ししたいですね (Maa-chan)
2010-05-13 00:57:55
 行政時代,ある特養から「お年寄りは仲間が亡くなるとすごいショックを受けるから,亡骸はすぐにホームから引き上げてください」と強く言われました。逆にある特養では,「うちのホームではこんなお葬式ならばできる,ってお年寄りに見せると安心するんです」と言われました。

 私は,後者のホームの考え方が好きでした。有難いのは,「お迎え後はこうなる」を見ておられるので,自分自身どうしてほしいのかを,聴かせていただきやすかったですね。

 記事の方のように,うつ病がある等個別の事情には配慮しながら,やはり長年連れ添った配偶者の死については,きちんとお話ししていただくように調整することは大切なことだと思います。同時に,自身の死について臆することなく伺っておきたいと,私は思います。

 「死」の時期は選べません。しかし「死」への適切な対応と備えは,「その人らしい生き方」の最終章として可能な限りやっておきたいことだと思います。

 一人の人間が生きてきたということに感謝し,「死」にかかわっていく大切さを痛感します。
いろいろな取り組みも (どりーむ)
2010-05-13 01:22:07
Maa-chan様、早速にコメントをありがとうございます。

少し前、同じような取り組みをしているケアホームのことが紹介されていました。
ケアホーム開設当初は、入居者の死を隠していたが、
あることがきっかけで、それをやめ、
むしろ、前向きに、一緒に死までの時間を共有し、
死後も、共同の墓地に入ることもできる、
ということでした。

少しずつ、かわってきていますね。
事前の取り組み、されど・・・ (岩ちゃん)
2010-05-13 06:03:22
この年になると、親や活動をともにしてきた仲間の死に出会う機会が増えてきました。
私は、お別れの時にはいつも「死」について集まった人たちと話をします。
そして、その話はいつも亡くなった方の「生」と残されたものの「生」に向かっていきます。
そんな視点で思いつつ、2年ほど前に知的当事者のお父さんが亡くなった時、当事者自身にその事を伝えなければならない場面がありました。
彼自身が父親の死をどのように受け止められるのか?
入院期間が約半年間あり、母親はその事も息子に伝える事を躊躇していました。
いよいよ死期が近づき、言わない訳には行かなくなってきて、ようやく父親と息子の面会がかないました。
 その事で本人の同様や変化がどう現れるかまったく見えない中で、周囲の支援者に対しては、父親の事・親子の関係・こちらが感じている当事者の想い等を伝え、起こりうる様々な想定をしました。
 そして、本人にも変わり果てた父親の存在、そして、母親の存在、そして本人との関係を実際目にする中で語って来ました。
 結果、彼は父親が亡くなったことで自らが立たなければならないことを、親に甘えるのではない関係に気づいたようです。

彼曰く「岩ちゃんがいつも言ってたじゃん。誰でもいつか死ぬんだから」と。
彼が自立生活を始めて大変な時期、親の代わりを私に求めていた時期に、「岩ちゃんもいつか死ぬんだよ。年の順番から行けば先に死ぬ確率が大きいよ」と。
その話を始めてした時、彼は「岩ちゃんが死ぬんだって」と地域の知り合いみんなに電話をかけ、それを聞いた人たちから「何かあったの?」と心配の電話をもらったことを思い出しました。

「死の告知」単に自分自身がどれだけ考え引き受けていたとしても、相手がどう考えどう引き受けているのかはまったく人によって違いますよね。
 それは、知的当事者の同じで決してわからに人ではなく、お互いの想いや引き受け方の違いがることを前提に、どのように伝えていくかも含め日々の中で伝える取り組みが必要だと想っています。

でも、どりーむさんの場合にはその事前のやり取りがないままの状態での話。
とても大変な事だと思います。
私にはその対応の答えはありませんが、「死の告知」を先送りする事で巻き起こる事柄を知り、やはり日々の「生」から「死」を見て準備する事の大切さを改めて感じさせられました。

(勝手においしいとこ取りだけしてすみません)


 
亡くなるということ (又佐)
2010-05-13 06:24:41
介護度5で重度の認知症の方、娘さんは家で介護度4のお父さんを介護していまいsた。亡くなったお父さんの葬儀に入所しているお母さんを連れていきました。
「わからなくてもいいのです。言葉でなくても、その光景をみれば」と。
意思疎通の難しいその方の、ほんの一言や視線や態度で私たちも様々な対応を用意しなくてはならない方です。かえってきたときの表情は確かに、違いました。それは私にとっては「感じ」でしたが、その方にとっても「何かが」ではなかったのではないかと思います。数日後「しんじゃった」と前後は繋がらない話でしたが、この言葉がありました。その「何か」や「感じ」を大切しなければと思いました。
生をつなぐ (どりーむ)
2010-05-14 01:00:54
岩ちゃん様、コメントをありがとうございます。

私個人としては、
年齢や障害、病等に左右されることなく、
誰もが自分や自分に関わる人達の、
障害や病名、そして死についてを知ったり、
語りあったりする権利があると思っています。

ましてや、私たちが関わる多くの方の場合、
支援の終結は「死」という形をとる場合が多くあります。
ご高齢の方々がどのような思いで、
それぞれの人生を歩んでこられたのか。
それを語っていただき、
次の世代に命を繋いでいく。

そんな役割も、
介護支援専門員にはあるのではないかと
思っています。
感じる心 (どりーむ)
2010-05-14 01:04:04
又佐様、コメントをありがとうございます。

人生の長い間を共にされてきたご夫婦。
そこには、そのお二人にしか、いや
そのお二人だからこその空気があるのでしょうね。

それは、たとえ認知機能が低下しても、
言葉をうしなったとしても、
感じられる、何かがあるのだろうと思います。
生と死 (どりーむ・ますみ)
2010-05-15 18:37:04
私は、お知らせするに賛成です。 長く連れ添ったご夫婦だからこそ、空気のように感じるものは沢山あると思います。   ご高齢でなくても・・です。  もし主人が先に逝って仮に私が認知症であったとしても伝えてほしいです。マッ!我が家の娘から聞かされるでしょうけど・・私は数日前から「生」(生まれる)の瞬間を待っているのですが、お腹の中の居心地が良いのか? これから、娘の顔見に行って来ます。 (今日二度目です(笑)) 
命をつないでいく (どりーむ)
2010-05-16 01:26:10
どりーむ・ますみ様、コメントをありがとうございます。

過去、癌を告知することをためらわれた時代がありました。
今は、告知することが当たり前の傾向があり、
むしろ、その人のことを考えずに告知をされ、
そのことにより、日常の生活を営むことが困難になられたかたもいます。

病名や死を伝えるにしろ、伝えないにしろ、
その人のことを考え、その人の思いを大事にしたいと思います。

ところで、赤ちゃんはお生まれになりましたか?
お母さんのお腹の中も居心地がよいのかな?
それとも、恥ずかしいのかな?
お腹の外にはいろいろな出会い、つながりがまってます。
早く、お顔を見せて欲しいですね。

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