輝けドラゴンズの戦士たち!

8年間の感動と興奮、落合監督に心から感謝。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

インタビュー記事

2013-01-14 | ドラゴンズ
そのゲーム前、ショッキングなニュースが飛び込んできた。「中日落合監督退任」落合監督といえば自分がプロ野球選手としての最後の監督。そして、思い出されるのが2004年の開幕投手。それを言われたのが開幕の3ヶ月前。「2004年の開幕投手はお前でいく」。投手としてこれ以上嬉しいことはなかった。が、「3年間全く何もしてないピッチャーに開幕を任せていいのか?他のピッチャーに申し訳ない」正直思ったが断る理由もなかった。結果は2回途中でKO。それが現実、実力だった。その後、もう一度投げさせてもらったが、結果はKO。その時も落合監督は「140Km出てるじゃないか!いい球いってるぞ、もう一度だけ投げさせてやる」と笑みを浮かべながらピッチャー交代を告げた。怒ることはしなかった。... そして、本当にもう一度だけ投げる機会を与えてもらった。それが自分にとっての最後の試合、引退試合だった。

10月2日、監督室に呼ばれ監督に直接「もうドラゴンズはお前とは契約しない」と言われた。「戦力外通告」。自分でも覚悟は出来てたので「来る時が来たな」ぐらいしか思わなかったが、やはりショックだった。その時も監督は「絶対に一人で決めるな!かあちゃんと一緒に決めてこい!」と。そのまま家に帰ってかあちゃんにそのことを告げ、引退を決めた。そのむねを監督に告げると「とにかく人を呼べるだけ呼べ!オレがチケットを全部手配してやるから」そう言ってくれた。

10月3日引退試合当日。なぜこの日だったのかというと、もうすでにドラゴンズが優勝を決めていたということ。名古屋ドーム最終戦。相手は古巣ヤクルト。条件が揃っていた。そんな舞台を用意してくれていた。その日のゲーム前のベンチ裏、自分は落合監督に写真を撮ってもらうようお願いをした。快く引き受けてくれた。目を疑った。その監督の目に涙が・・・一緒に涙を流してくれた。それを見て更に熱くなった。誰にも知られてない監督の一面だ。

それまでケガで試合に出れなかった古田さんまでも1番で出てくれた。2番宮本、3番岩村。三者三振。オレのプロ野球人生がそこで終わった。花束贈呈、ここまでは知っていた。が、ここからは全く知らなかった。ゲーム中に両軍がベンチから出てきてくれてマウンド付近で胴上げ。涙が止まらない。嬉しかった。本当に嬉しかった。その後、ベンチ前で整列してくれていた両軍の監督、コーチ、選手に挨拶に行った。そこでも落合監督は涙を流してくれていた。

この試合は一生忘れられない試合。「どの試合が一番印象に残ってますか?」といわれれば、この試合をあげる。今、思い出しても涙が出てくる。そんなゲームを作ってくれた落合監督には心から感謝しています。これから、残りの試合悔いのないよう頑張って頂きたい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小柄なファイター

2012-10-06 | ドラゴンズ
小笠原が投げているのを初めて球場で見たのは03年の5月の東京ドーム。
試合はアレな感じ(木佐貫のプロ初初完投、森野のホームラン、中野を最後に見た試合、くらいの記憶)だったんだけれど、当時から結構期待してたピッチャーだったので先発が見られてよかったなぁなんて思ってましたっけ。

山田政権下では同じく左腕の山北と久本、巨人から移籍してきた平松、そして小笠原を加えたサウスポー4名が谷間の先発やら中継ぎやらをやっていて。久本と小笠原にはかなり惹かれるところがありました。

そんな中、監督が代わり落合政権下になった04年にある事件が。
99年に同じ場所で同じ日に優勝を決めたこともあって、9月30日の神宮は優勝決定試合とも言われていた試合。先発はローテ通りなら山本昌で、球場のドラゴンズファンの雰囲気も山本昌で。ところが先発発表されるとまさかの小笠原で。結局試合は岡本がラミレスに被弾して負けたことで関東での優勝はお預けになり、なぜか小笠原のせいにされるという悲しい事態になったこともありました。

ちなみに04年の日本シリーズの3番手の先発投手はドミンゴだったので、もし第3戦で崩れたら第7戦でも絶対崩れるから5番手で待機しているピッチャー(山井もしくは小笠原)に変えた方がいいと日本シリーズが始まる前に私は強く主張したことを思い出します。結局4番手の山井は第4戦で勝利し、第3戦で崩れたドミンゴは第7戦でも序盤に試合を壊して日本一の夢は叶いませんでした。

05年は春先に館山と投げ合ったことがあったような。それしか記憶にありませんが、おそらくこの数年後にあった館山との投げ合いのスタートはここだと思います。

06年はようやく交流戦でローテ入りしてそれなりの数字を出して抑えていたのに交流戦が終わると二軍に落とされてしまって。確かにあの年は先発は十分揃っていた(憲伸・マサ・健太・中田・○・佐藤充)のでなかなか難しい状況ではありましたが、不遇だなと強く感じた1年。小笠原を応援していた私としてはここに関しては悔しさも感じていて。だからこそ翌年の活躍は本当に嬉しかった。

07年は開幕ローテを亮太と長峰と争っていて負けてしまい、その2人が結果を残せなかったところで入れ替わって一軍へ。ここから凄い活躍を見せて月間MVPも獲得(この時に「ウッズ杉内山崎ら」と小笠原だけ「ら」で省略される悲しい事件が)。
なんといってもこの年の8月下旬の試合でのピッチングが小笠原がプロで残した最高のピッチングだったと思います。9回途中15奪三振。クソ打線のせいで援護を貰えず、9回にランナーを出して継いだ岩瀬が崩れたために負けてしまったけれども。8回に3者連続三振で魅せたピッチング(そしてそれに全く応えないクソ打線)は多くのドラゴンズファンの心に響きました。落合監督もこの試合後にいつも小笠原には援護がないねというコメントを…。監督にそう言わせるほどこの年の小笠原は月間MVPを取って以降援護がなかった…。

そして1番小笠原が有名になったというか騒がれたのがクライマックスシリーズ第2ステージ初戦。
Aクラスに入ることすら難しくなった巨人が日本シリーズに出られるようにということで巨人主導でセリーグにも新設されたプレーオフ制度のクライマックスシリーズがこの年が初年度(そういう年に限って巨人が5年ぶりに優勝)。
そのCS第2ステージ初戦に小笠原が先発。巨人サイドは山井と読んでいたため、左打者(清水や脇谷など)をズラリ。原監督は中日スポーツも山井予想をしていたのにと文句を言い、篠塚コーチはミルク飴をなめ、巨人ベンチを騙すことにドラゴンズは大成功。森繁も話していましたが、この1戦以降の4年間は何もしないのに勝手に巨人がかなり警戒するようになりました。やたらと偵察を入れたり、奇襲の先発を巨人側から仕掛けたり。
それもこれも小笠原が先発でしっかり勝利投手になったからこそ、でした。小笠原は家族にも自分が先発することを話すことなく、という話を後日談として目にして、プロはそういう仕事なんだなぁなんて思ったものでした。
ドラゴンズファンの予想は山井派が主流でしたが、小笠原派もそれなりにいました。私は山井もしくは健太と予想していたような。

しかしこんな感じで順調に見えた年でしたけど、日本シリーズではあと1アウトで勝ち投手というところでマウンドを降り、継いだ鈴木が押し出しで同点にされてしまうという、相変わらずの持って無さ…。

08年09年は安定してローテを守りました。特にヤクルトとの対戦では館山と対峙することが多く、ドラゴンズ打線は館山をかなり苦手としているためにまたまた援護が期待できず、館山から小笠原が一番ヒット打ってるんじゃないか、というレベルでした。関東のレフドラは神宮で何度も…。この頃から私も神宮で負けることを何とも思わなくなってきてしまった。
これまで振り返ってきたようなこれぞ小笠原!という試合がこの2年間はローテを守ったにもかかわらず無いところがまた小笠原らしいというか。
それでもオールスターには出場することが出来ました。

10年はケガがちになってきたこともありほとんど出番は無く、11年の初登板の試合で07年8月を思い起こさせるような素晴らしい立ち上がりを見せたのにもかかわらず足をケガして降板。最後はケガとの戦いが目立ってきたように感じます。

マウンドでよくイライラしているという話はそれなりに有名で、そういった解説者の言葉を裏付けするようなシーツへ喧嘩売ったシーンがあったり。小さい体で目一杯強気に投げ込む、そんな姿が印象的です。

森繁の表現を借りるとすれば、5勝5敗の投手をどれだけ集められるかということ。小笠原は落合監督の8年間で最もそういう存在に近く、そしてそれ以上の活躍をいつもしてくれた、ドラゴンズの投手王国作りに欠かせなかった存在です。野手がもっと援護していれば貯金を作れる投手だったから。

今日行われた引退試合を見ました。若手といわれていた頃、中堅として出始めた頃、ベテランとなってローテを守り続けた頃、思い返しながら見ていました。常勝ドラゴンズを支えた名選手。小柄ながらも強気というらしさが全く消えることなく投げていた姿が嬉しかった。

はっきり言って英智も小笠原もまだ引退が信じられないのが私の正直な感想。引退試合を見てもその思いは強くなりました。それだけ最後まで輝き続けていた選手でした。

ありがとうございました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

永遠の伝説

2012-10-03 | ドラゴンズ
お久しぶりです。
今日はブログに書かなければならないと思い、久しぶりにほぼ1年ぶりにブログを更新します。

英智の引退が発表されました。
ドラゴンズファンに愛されたドラゴンズらしい名選手。
クラの思い出を簡単にではありますが、振り返りたいと思います。
思い返したことをつらつら書き連ねていくので、読みやすい文章ではありませんがクラの大ファンの仲間としてお許しください。


英智のプレーで最も印象深いシーンは、04年6月のナゴヤドームタイガース戦満塁で葛城の決して浅くないレフトフライながら三塁走者の桧山をホームでアウトにするスーパースローイング。
この試合も確か途中出場だったはずで、スーパーサブ英智、守備のスペシャリスト英智の名前を一気に全国区にしたシーンだったように思います。

03年の甲子園で久慈をアウトにしたプレーや、10年のハマスタで村田のサヨナラを阻止したプレーはyoutubeにも単体であるのでかなり有名だけれど、この桧山をアウトにしたプレーはあまり動画サイトにもないので、当時の記憶でしか語ることは出来ないけれど、本当に衝撃的でした。

あとは金城との対決。色々あるけど、英智のベストプレーかな。
あの05年の8月初めの3連戦はドラゴンズファンは忘れられない。
・1戦目がクルーンから代打ナベが四球(確か選択肢が光信と大西と森野の中で監督がナベにした)&代走英智で満塁から立浪がライトへ犠牲フライで英智の凄すぎる走塁。そしてタイロン敬遠で福留グラスラ。
・2戦目がタイロン大爆発で逆転勝ち
・3戦目がチェンの心臓バクバク初セーブ
強かったドラゴンズのスーパープレーとして、球界ナンバーワンを争っていた金城の肩との勝負をあの場面(本塁アウトなら1点差負けで試合終了)で見せ付けたことが凄かった。試合後の落合監督の「プロだよ、プロ。あいつでなきゃ出来ない」との試合後のコメント、本人の「あれでアウトになったら自分がいる意味がない」というコメント。本当に痺れました。

ナベさんの名前を出したけれど、ナベさんと04年にゴールデングラブを獲得できたことで、記録に名前も残せて本当によかった。ある下位チームの選手から「不動のレギュラーじゃない選手が獲るのはどうかなのか」みたいな談話が出たけれど、英智やナベさんの守備はチームを優勝に導ける守備なんだよと、ファン目線としては逆にさらに嬉しくなった。あまりきれいな言い方じゃないけどニュアンスは伝わるかな。

お立ち台に乗りまくった時期は打撃も頼りになった。06年のゴールデンウィーク。全く打てなかったように言われたりするけど、絶望的に打てなかったのは05年だけの印象。なんだけど06年は数字を見るとあまりよろしくないんだよね。良いところでは打ってたことと、山田監督時代と落合監督の初年度はそれなりに打っていたからかな。

06年はやっぱり札幌ドームの涙のヒーローインタビュー。延長戦同点の2塁ランナーで、確かピッチャー岡島で、ワイルドピッチでホームインして決勝点。次は変化球が低めにくるだろうからワイルドピッチの可能性があってファールゾーンが広いのでホームに行けるように準備したということを語っていました。当時のチーム状況が2年連続で交流戦で失速してかなり暗い雰囲気になっていたこともあり(前日かな?憲伸が「9回2失点の何がアカンのですか」事件)、野手が相当追い詰められていた中での走塁、そして涙のヒーローインタビューでした。

06年は岡本被弾事件もあって、本来優勝する試合となるはずであった10月9日の神宮での試合。英智は体調不良のアレックスに代わってセンターに入っていましたが、そこでスーパーキャッチを披露。残念ながら現地にいたのに座った席(バックスクリーン近く)が悪くて死角で見えずorz
ちなみに翌日の伝説の10・10では6タコだったり…。

07年は立浪とのお立ち台やら西武戦での逆転サヨナラスリーベースやら。この辺りはつい最近の気がするので、もう5年前なんだなぁと思います。07年痛かったのは9月末の巨人戦。初回に4点リードした後にまさかの英智肉離れでの離脱。結局この後健太が脇谷に勝ち越しホームランを打たれて負け。この年の優勝を逃したのは英智のあそこの離脱が痛かったと落合監督も話していたような記憶。

この時のケガを代表するように、英智は使い続けるとケガをするというところがあって、08年以降は特に落合監督が英智を大切に大切に使っていたように思います。背番号が24になってからの4年間はそんな感じがしていました。
ただ、落合監督最後の11年の日本シリーズで英智を使わなかったというのはいろいろファンながら考えさせられることがあって寂しかった。

肩は正直ここ数年全盛期ほどの輝きは試合前のノックを見ていても感じられませんでした。
脚は全盛期の頃から常時凄いというより、勝敗を分ける場面で凄まじい速さを見せ付けるタイプだったため、そういう痺れる場面で起用されることも減り、見る機会も少なくなっていたなと感じます。

02年のサヨナラ落球であったり、04年の日本シリーズでの落球であったり(翌日の試合でタイムリースリーベースを打って取り返しましたが)、そういう経験もありながら掴んだ絶対的な存在。

ドラゴンズファンはみんな英智が大好き。これは間違いないです。英智は生きる伝説でした。

先週ハマスタでサード強襲のヒット(筒香のエラーみたいな感じですけど)で凄い喜んでいた英智が今思うと引退を決めていたからこその喜びだったんだな、と。

英智は子どもの頃からドラゴンズのことが大好きで、ドラゴンズが大好きな人たちも英智が大好きで、幸せな関係とたくさんの思い出が作ることができたことを本当に感謝しています。

選手ではなくても、コーチとして、いつまでも全力で永遠の伝説として走り続けて欲しいと心から願っています。

ありがとうございました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

11月末

2011-11-27 | ドラゴンズ
日本シリーズが終わって1週間が経ちました。

日本一になれずに更新が滞っていたというわけではなく…。
とにかく落合監督に感謝という気持ちが消えることはありません。

監督に対する処遇に関しては、このブログでは一切触れずに来ました。
書きたいことはたくさんあります。
シーズン終わってから書こうと決めていましたが、まだ書くには至っていません。

落合監督時代の思い出などを振り返る記事を書きたいとは思っています。


今年でドラゴンズとは距離を置くことにします。
2011年にドラゴンズに所属した選手やスタッフをこれからは遠くから見守りたいな、と思います。
長い間(といっても本格的に応援し始めたのは山田政権時代から)楽しませてくれたことに感謝しています。

関東に住んでいる落合監督率いるドラゴンズを応援していた私のような人はファンではないという中日球団の立場を明らかにした以上、球団からファンを辞めろ消えてくれと示された以上、こうせざるをえない。

これからは名古屋に住む一部の爺婆に愛される中日ドラゴンズでいて下さいね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

夢散る

2011-11-20 | ドラゴンズ1軍(2011)
ドラゴンズの監督コーチスタッフ陣、そして投手陣に心の底から本当に感謝。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

吉見快投!

2011-11-19 | ドラゴンズ1軍(2011)
本当に素晴らしい試合でした。

感動を、興奮を、ありがとう。

試合結果
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

残念すぎる試合

2011-11-17 | ドラゴンズ1軍(2011)
今日は勝たなければならない試合だった。

今日の試合が、大きなポイントになってしまうかもしれない。

勝たなければ試合は勝たないと。

試合結果

落合監督最後のナゴヤドームの試合でした
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

06年の悪夢再び

2011-11-16 | ドラゴンズ1軍(2011)
井上でライト線のあたりがファールになり、アレックスが併殺連発。
懐かしいね、見たくなった方は日本シリーズ見ればまた見られる。

ということで今日も安心の無死満塁無得点。

ただあの時と違うのは投手陣。
川井も山井も三瀬も浅尾もみんな頑張った。
そこは嬉しく思う。

試合結果(日刊)

こうしてドツボにはまったときは勝てないのがドラゴンズ。
ちょっと厳しいな。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

敗戦

2011-11-15 | ドラゴンズ1軍(2011)
負けは負け。

監督が「楽しんで下さい」と言っていたので、普段ならイライラすることでも楽しむ。
今年の日本シリーズはとにかく【楽しみます。

試合の方はネルソンがよろしくないときのネルソン。
緊張して固くなっていたかな、という感じ。
風邪明けということもあってあまりネルソンの勝利には期待はしていませんでした。

試合結果(日刊)

明日は川井とホールトンでしょう。
川井は状態が終盤戦のままならそれなりに投げてくれると期待していますが。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

荒木、井端、そして森野

2011-11-13 | ドラゴンズ1軍(2011)
吉見は耐えて耐えて耐えて先に失点することなくマウンドを浅尾に譲りました。
変化球のコントロールがいつもに比べてかなり不安定に見えましたが…。
それでも、要所をうまく締めながら上手くまとめました。
状態が悪いときもそれなりにしっかりまとめ上げる力はいつも通りさすが。

浅尾も1安打はされたものの、それ以外は次の回も含めてしかり0封。
勝ち越し点さえ許さなければという状況でしっかりとそれをやり遂げました。
あと、イニング跨いだ8回に完璧に3者凡退で繋いだことは大きかったな。

というのも、9回投げたのはまさかの平井さん。
先攻で勝ち越すまで岩瀬は基本的に使えない、相手の打者が789という下位打線、という条件では、鈴木平井三瀬小林というなかでの平井という判断だったと思うけれど。
それにしても、しっかりと3人で抑えるとは。
これで日本シリーズ6回目にして初勝利になるのかな。
立場的に苦しんでいるここ数年だと思うから、そういう意味でも形に残る結果が付いてきて良かった。

最後は岩瀬、今日も全く不安を感じさせない投球。
微妙に連投が厳しくなってきているから、そういう意味でも昨日1イニングのみの登板ということが良い方向に作用しているかな。
昨日みたいな使い方を批判する人もいるけど、もう37歳なわけだし、大切に使わないといけない年齢ということをわかっていっているのか?と思うんだよ。
不安定とかいわれるけど、今年はセーブ失敗は9月始めの1回のみだし、1敗しかしてないし。


打線は相変わらずチーム打率1割台、そして昨日と同じく10イニングで2得点。
6回終わった時点でチーム打率が0割台に突入するほど。

7回の平田は何となく雰囲気があった。2回に凡退しているのが逆に上手くいきそうな感じに。
あと少しでホームランだっただけにね、惜しかった打球ではあった。
あれが入っていればかなり有利に試合が進めたんだけど、さすが福岡ドームという感じ。他の球場ならどこでも入っていたんじゃないかな。

何だかんだで和田はかなり警戒されているところに昨日のホームラン。
いるだけでそれなりにフォアボールは稼げるだろうな、と。
あとは6番以降が点に繋がる攻撃が出来るかどうか、シゲが完全にストップしている状況だと、ナゴドで指名打者じゃなくなるとかなり難しくなる。

結局試合を決めたのはいつもの3人。
荒木が塁に出て、荒木の足を警戒しすぎて井端に四球、そして森野。
この3人が機能すれば簡単に点が入るわけで、いい加減シーズン最後くらいは機能して下さいな、ということですね。


試合結果(日刊)

ナゴドに戻っての試合。

3戦は相手はホールトン摂津でしょうが、ドラゴンズは川井?ネルソン?
4人で先発を回す場合、第3戦投げる投手が最終戦投げることになります。
ネルソンの最終戦は、7年前のドミンゴ最終戦大炎上の悪夢が思い起こされるような…。
私的には川井なんですよね。川井の終盤からの状態の良さには期待したいところ。

1戦1戦しっかりやっていくのみ。
まだ何も達成していないのでね、全て終わった後に笑顔で振り返ることが出来るように、そうなることを祈って選手を見守るだけです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

チェンの粘りに応えた和田&小池

2011-11-12 | ドラゴンズ
和田さんと小池のホームランで奪った2点を何とか守りきりました!

ドラゴンズ打線が凡打の山を築くのはシーズン通り。
投手陣が何とか踏ん張りながら試合を作るのもシーズン通り。

チェンも今シーズンの出来を考えたら投げている球も悪い方ではなかった。
というか今年はもっと悪いときがほとんどだったから良く見えました。

打線が打たないのもいつものことですから、特に気にすることなく。

ホークス和田は7回あたりにエアポケットに入ったかのような被本塁打を浴びるのは少なくはないことなので、相性のいい和田が打ちそうな気配はしていました。
そして10回はファルケン金澤森福に比べればまだ打てる可能性がある馬原から小池がホームラン!

こういう大舞台で小池が活躍できて本当に嬉しい。
去年ヒット打ってなかったと思うから、日本シリーズ初ヒット初本塁打初打点だと思うんだけど。
なんだかんだでドラゴンズ4年目。
ベイスターズ時代から応援していた選手なだけに感慨深いです。

和田さんは復調かな?
復調する気配がないサードは知らん。
そして打てない守れない走る機会を作れない荒木。
まぁこの辺が極めて微妙なのもシーズン通りなので特に不満に思うこともなく。

最後は浅尾と岩瀬が締めて勝利。
CSでは不安定だった浅尾も十分のピッチングでした。
後1人というプレッシャーにより強いのは岩瀬という判断での投入だったと思います。

試合結果(日刊)

明日は吉見でしょう。
ホークスは杉内。
吉見で落とすわけにはいきません。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

日本シリーズ決定

2011-11-06 | ドラゴンズ1軍(2011)
試合結果(日刊)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

勝利

2011-11-05 | ドラゴンズ
試合結果(日刊)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

かつての姿

2011-11-04 | ドラゴンズ1軍(2011)
ちょっとね、06年の日本シリーズの雰囲気を感じるわけよ。

けっこうやばい状態だと思う。

今日のポイントとしては4裏の1死満塁で山井をそのまま打席に立たせたこと。
代えろ代えろ、次の回のクリーンナップに打たれて失点するから動け、とテレビ見ながら話してたけど、結局点も入らず予想通り。
さすがに何年も見てるから、山井がどうなるかぐらいは見てりゃわかる。

誰もが予想できた無得点からの勝ち越されるという展開。

もっといえば、2死満塁で2回回ってきた荒木が打つと思った人なんかいないはず。
気持ちが入り込みすぎた荒木が短期決戦のチャンスで打つわけがない。

まぁ荒木はしょうがないにせよ、4裏のチャンスには代打を出して欲しかった。

試合結果(日刊)

ネルソンもいないし、明日は川井だとして、明後日はどうする?
吉見強行はないと思うから、そう考えると壮馬か久本しか選択肢がないような。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

8回チェン被弾

2011-11-03 | ドラゴンズ1軍(2011)
8回に被弾して負ける。

チェンらしい負け方。

試合結果(日刊)

寺内やら長野やら、そして飯原やら。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加