京都童心の会

ほっこりあそぼ 京都洛西の俳句の会
代表 金澤 ひろあき
俳句 冠句 自由律 詩 エッセイなど同好の人たちと交流

秋あそび

2017-04-21 08:18:07 | 日記
秋あそび 
          金澤 ひろあき
 長岡京市の幻想的な竹あそびの翌日、きのうのうつくしい風景のなごりか、ぼうっとしています。そのまま神戸句会に出かけます。句会の時、岡畑様より、神戸市立博物館でひらかれている「美しきアジアの玉手箱ーシアトル美術館蔵 日本東洋美術品展」の入場券をいただきました。どうもありがとうございます。
 並んでいるのは、たぶんどこかのお屋敷を飾っていただろう狩野派の屏風やらふすま絵。桃山の頃はやはり豪気でキンキラしています。地位なぞをよく「箔がつく」などと言いますが、まさにそんな感じです。
 それに対峙するかのように志野の地味な素朴な花入れや鉢。主役を引き立てそうです。対立は価値を生みます。織部作の片輪車星文四方鉢は、四角い鉢皿ですが、本当に☆印が描いてあって、そこが天空をあらわしているらしい。織部独特の着想はおもしろいです。それに比べ、有田焼などは均整で華やかな色をつけていますが、おとなしい。
 俳人であり画人の蕪村のものも一点。「寒林野行図」と題されています。深山の下の道を一人行く男が描かれています。寒々としています。孤独をあらわしているのでしょうか。それとも、独立独歩で、たとえ一人でも我が道を行くとでも言いたいのでしょうか。わびの世界です。
 かたや江戸時代は都市生活の華もあります。北斎の五美人図。Sの字形にそって、五人の美人が、上から下へ描かれています。
 作者は不明ですが、花見図・納涼図も都市の華やかな生活のひとこまです。そこには、人生を享受しようという心が満ちあふれています。
 金箔地に墨をたらしこむ尾形光琳の山水図。墨と金の組み合わせ。よく考え出したものです。光琳の光は「金」なのかもしれません。
 俵屋宗達が鹿の絵を描いた絵巻に、本阿弥光悦が『新古今和歌集』を書いた「鹿下絵和歌巻」下巻は圧巻です。こんな長い絵巻物を何のために作ったのでしょうか。他の誰のためでもない「自分の楽しみ」のためだとすると、こんなぜいたくはありません。私たちの句でもやってみたい気がします。
 朝鮮半島の美術では、高麗青磁の花入れの形・色が高貴です。息をのみます。李朝白磁も美しいですが、個人的には高麗青磁のほうが好きです。
 李朝時代の画家、李公愚という人の描いた梅の花の屏風。青い紙の上にリアルに梅を描いてあり、春先の寒気の中より香りが漂ってくる感じを受けます。
 仏像では、13世紀頃のネパールのインドラ像。インドラは帝釈天で、京都の東寺にあるものはりりしい男性的武将・帝王という感じですが、ネパールのは小ぶりで、体つきがほっそり、少しくつろいだ感じです。上半身裸体で官能的です。最初に見た時、女神像かと思ったほどです。
 外の世界とは違う時間、美しいものとの対話を楽しむことができました。
     人生を楽しんでいる絵と語る   ひろあき
ジャンル:
文化
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