京都童心の会

ほっこりあそぼ 京都洛西の俳句の会
代表 金澤 ひろあき
俳句 冠句 自由律 詩 エッセイなど同好の人たちと交流

十月十日上本町

2016-10-15 13:30:17 | 日記
十月十日 上本町
      金澤 ひろあき
 十月十日は秋晴れで、空気もひんやり。大阪上本町まで足をのばした。
 連句を教えて下さっている羽田野玲様よりご案内いただき、小池正博氏司会の連句のお話を聞きにうかがったのである。
 午後の部の最初は「雑俳と連句」のお話。冠句と連句のお話などがあった。冠句もやっている私は、けっこう楽しく聞くことができた。
 メインは14時からの対談。「短詩型文学に通底するもの」。小池正博氏と俳人四ツ谷龍氏の対談であった。四ツ谷龍氏の新句集『夢想の大地の上におがたまの花が降る』の紹介も兼ねたものである。四ツ谷龍氏はこの句集で連作俳句を試みられている。
 一つの題「枯野人」で連作をしたり、中七を「なんばんぎせる」で固定して、連作を試みられている。
  なななんとなんばんぎせるなんせんす
  泣いちゃうぞなんばんぎせるなまけもの
という作品が並んでいる。
 四ツ谷龍氏は、一人で一時間ほど歩き回って吟行し、その後三時間ほど喫茶店に入り句作をされるという。一人で句作をするのが好きで、句会は好きでないとおっしゃる。この作り方は面白いと思った。
 小池正博氏は俳句連作と連句の関係を引きだそうとされていた。
 私がふと思ったのは、「連作」と「連句」はよく似ているようだが、決定的な違いがあるということだ、連作は一人で全部つなげて書く。それに対して連句は複数の人が前の句を受けて書く。一人の連作は「他者を仮想する」ことはあるだろうが、「実際の他者」は存在しない。それに対して連句は常に「他者」と対話し応える必要がある。講演の後、「他者」の有無について聞いてみようと思っていた。
 ところが、参加者との質疑応答の時間で、ある俳人が四ツ谷龍氏にかみついて、「あなたの作品は駄作だ。」風な発言をしたので、その俳人と四ツ谷龍氏の間に、とがった応酬が起こってしまった。
 司会の小池正博氏が大人の対応をされたので、場は一応おさまったものの、お話を聞く雰囲気ではなくなってしまった。
 なお、四ツ谷龍氏の代表句は、今回の句集の「遠くから人還り来るまむし草」だそうである。
 帰りの大阪の地下鉄は少し肌寒かった。
  地下鉄の先頭車両暮れ早し   ひろあき
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