マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『日中国交正常化』(著:服部龍二 中公新書)を読む

2011年12月31日 | 読書

 日中国交が正常化して来年で40年、その前年の今年5月に、服部龍二著になる「日中国交正常化」が発刊され、大仏次郎論壇賞を受賞し(大仏次郎賞は司修著「本の魔法」)、更に又アジア・太平洋賞特別賞をもダブル受賞しました。
 
 1972年9月25日、時の首相田中角栄・外相大平正芳は訪中し、周恩来国務院総理らと渡り合い、5日間の交渉を経て29日には日中共同声明に調印したのでした。訪中団一行を北京空港に出迎えた周恩来と何度も握手する田中の姿をはっきりと覚えています。国交が途絶えていた日中間には、国交回復への、高く厳しい幾つものハードルが控えていました。賠償問題・台湾問題・尖閣列島問題など、そう簡単には合意を見られないと思われる懸案事項が多々ありました。しかし、僅か5日間の交渉での声明発表。その結果に吃驚すると同時に、非常に嬉しい思いを抱いた事も覚えています。何故かくも短時間で合意に至ったのか、それが、本書を手にした時に一番知りたかったことでもありました。
 本書の序章「北京への道」で著者は3つの課題を掲げました。第一の課題は外交交渉の過程を明らかにする事。特に台湾問題の結末に至る経過を解明すること。第2の課題は短期間で講和に至った田中・大平のリーダシップに焦点を当てる事。第3の課題が日本外務省の内部過程の問題です。
 
 一読して、これらの課題に十分応え得る、読みやすい仕上りになっているなと思いました。情報公開法により、多くの外交文書が入手可能になったこともありますが、出来る限り多くの関係者に会い、インタビューを試み、それに基づいての実証的な展開の内容になっています。特に課題の3は地味な内容に思えますが、声明は最終的には条文の問題になり、条文化するのにいかなる葛藤や鬩ぎ合いがあったのか、それは外務官僚の領域内容です。そのことの解明がなされています。

 読み終えて特に感じた事を2つ記します。特に外交交渉は当事者能力が高く、志のあるものによって初めて切り開かれるだろうと思いました。保守本流派の田中・大平には問題が多々ある事を承知の上で敢えて書けば、この件に関しては、田中・大平は充分リーダシップを発揮し、立派だったと思いました。まるで進展を見せない「日ロ交渉」と好対照をなします。
 一方、その当時の中国側の状況は、中ソ対立が顕著となり、中国はアメリカとの接近を志向し、ニクソン大統領の訪中が実現していました。この様な状況が「日中正常化」を後押ししたことは事実でしょう。ただそれだけではなく、周恩来は、毛沢東の事前の了承を得た上で、中国の対日賠償権を放棄してまでも日中正常化に舵をとりました。中国の民衆に多くの不満・不服があったでしょうが、彼らを納得させる人望と志が周恩来にあったと書けば、贔屓が過ぎるでしょうか。中国政府(とりも直さず周恩来)が提起した「復交三原則」の立場を、日本側は十分理解し尊重すると言う立場にたって為された国交正常化。例えば私の周りの知人・友人たち何人もが中国の大学で日本語を教えに出向く事にも繫がっています。

 大災害に見舞われた今年が間もなく暮れます。来る年の状況が少しでも好転するよう願わずにはいられません。良いお年をお迎え下さい。
 

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『菜々穂』の香り届く

2011年12月29日 | 身辺雑記

 有機農業の生産者団体「菜々穂農場」はかっては片平潤一さんご夫妻が主宰していましたが、お二人ともで癌で亡くなられ、その後を引き継いだのが鈴木久二郎さん。御歳68歳にして頑張っておられます。私の属する消費者団体「文京鍬の会」は「菜々穂農場」との契約を結んでいて、そこへの注文をKさんが取りまとめて、春先、久二郎さんに連絡をします。
 この秋、注文しておいた数々の農産物が、山形県高畠町に暮らす久二郎さん作成の「菜々穂だより」と共に届きました。ラ・フランス・玄米・リンゴと続きました。例年と大きく違うのは玄米梱包の箱の中に農民連食品分析センターの「分析成績書」なるものが挿入されていました。そこには分析依頼者「鈴木久二郎」の分析依頼試料「玄米コシヒカリ23年有機米」は測定の結果、「放射性ヨウ素 Iー 131」・「放射性セシウムCs-137」・「放射性セシウムCs-134」のいずれもN.Dと書かれ、N.Dとは検出限界以上の検出が認められなかった事を示すとの注釈が付いていました。
 この玄米は”放射能汚染”を免れていたのです。「菜々穂だより」でもその事を一番心配し、気に掛けている様子が伝わって来ていました。久二郎さんのほっとした気持ちを思い、私もほっとしました。久二郎さんに限りませんが、生産者が苦労して作り上げた農産物が無事消費者の元に届く。その当たり前にも思える事が、今年は至るところで寸断されていましたから。この玄米20kg、少量ずつ精米し、鍋で炊きます。更なる玄米20Kgもいずれ届く事でしょう。
 12月に入りお餅・小豆・黄粉が届きました。お餅は、一昨日鍋料理に加えて2片ほど食しました。実に美味で、後は元旦の御雑煮に回します。
 その時同封のたよりには”松戸、有機の会34回の総会に出席”との一文が書かれていました。「放射能をくいとめる土の力」と題しての講演の様子が紹介されていていました。新たなる困難に正面から向き合おうとする姿勢にただ頭が下がります。
 「たより」はこのところ、末尾にお孫さんの文章が載ります。現在は高校生で、おじいちゃんの農作業を手伝う様子も書かれていて、久二郎さんの後継者だろうかと、消費者に過ぎない私は勝手な想像を巡らしています。来年になれば大豆と麹が届き、味噌作りです。毎年繰り返される年中行事ですが、同じ事が無事繰り返される尊さを今年は特に感じています。
 

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『平家物語』講読会に参加

2011年12月27日 | 読書

 来年度のNHK大河ドラマは「平清盛」で、来年1月8日(日)スタートとの事。一方、家人が主催する「源氏物語」講読は10月に終了し、11月からは装いも新たに「平家物語」が始まりました。NHKドラマ「平清盛」の影響が多分にあり、私はこの読書会に参加し始めました。読書会とは言え、家人が”先生”的役割を演じるこの会への”生徒”としての参加は若干の躊躇いはありましたが、原本で「平家物語」を読む羅針盤にと思い、参加を”決意”しました。
 会場はご近所にある駒込地域活動センターで、第1回目は11月26日(土)
に行われました。構成メンバーは10数名で、参加者は私以外既に4~5年はこの会の参加者。新参加の私に新入生挨拶が回ってきて、上記の様なことを語り最後に「新入生歓迎コンパ、暫くはご遠慮します」と笑いを取って、すんなりと会に溶け込みました。
 使用テキストは「平家物語」(岩波書店版)で、第1回は巻第一。その巻の時代背景などの解説が先生からあり、予め決められた担当者が、例えばこの日は、その中の「祇園精舎」と「祇王」を朗読し、簡単なレポートの後先生からの講釈があります。
 私も巻一全文を読みましたが、高校時代の「古典」を読むような苦戦はありませんでした。この物語は800年以上も前に作成された物語にしては読みやすく、しかも詳細な解説が付いていますから、読み進められるのでしょう。ただ配布された”皇室・貴族諸流関係系図”の様な人脈図は絶対に必要で、これが無いと多くの登場人物の整理がつきません。
 第2回は12月17日(土)に行われ、、この日は「殿下集合」「鹿谷」「御興振」が読まれました。かって日本史で学習したことなどが登場するとホットしますが、なにせ遠い昔のこと、多くは忘れています。時代背景を知ろうと「新・平家物語」(著:吉川英治)と「平家」(著:池宮彰一郎)を借りて来て両方を読み比べると「平家」の方が読み易すそうで、更に「新・平家物語」と比較すると短いので、こちらに決めて読み始めました。上中下の3冊、1月8日には間に合わせたいと考えています。
 会のメンバーには、実は私が担任をした生徒が2名いて、来年1月には新年会をやりましょうと、飲み会の日程は簡単に決まりました。

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地縁化とうい方法

2011年12月25日 | 行政書士奮戦記

 ある方から相続に関する相談があり、その方と久し振りにお会いしたのは今年の3月下旬のこと。話をお聞きすると「相続人がいませんので、このままだと財産は国に帰属してしまいます。国に財産が移る事は避けたい。出来ることなら自分の属する町会にお譲りしたい。その様な遺言状を作成したいのです」とのことでした。私は「公正遺言証書作成が良いと思います」とお答えし、その方法を考えたり、この方面のより詳しい方に相談したりして来ました。
 普通、町会は法人ではありません。法人などでは無い町会が不動産等の財産を所有する事は出来ないし、相続も不可能です。そこで町会長さん個人への相続とした例が多かった様ですが、この形は後にトラブルが頻発していました。
 そこでその辺の事情に詳しい司法書士さんに相談すると「町会を社団化し、そこへ不動産を相続するという方法があるが、社団化は結構大変ですよ」とのアドバイスでした。
 文京公証役場にも相談に出向きました。実務経験の乏しい私はまだ公証役場に出向いたことはありませんでした。そこでの感触は「公証役場の敷居は高くないな」でした。相談案件について色々な資料を用意していて下さり、懇切丁寧な説明をしてくれました。
 結論は「町会を地縁化するという方法がありますよ」との事。町会などが固有の財産を持つことを可能にする為に、平成3年に地方自治法が改正され、その260条の2で『・・・・地縁に基づいて形成された団体は、地域的な共同活動のための不動産又は動産に関する権利等を保有するため市町村長の認可を受けたときは、その規約に定める目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う
』と定めました。町会が地縁(=法人)となれば、不動産等の財産を相続出来ることにもなりました。この方面の師匠筋に相談したときのアドバイスもこの方法でした。
 相談された方とは何度もメールで連絡を取り合い、この12月15日(木)に、東京都のとある市まで出掛け、相談者のお宅で、その町会の元会長さんと現会長さんとお会いしました。お二人とも非常に気さくな方で、私も町会の活動に参加している事を話すと、親しみを感じたらしく会話が弾みました。既に市の担当者と予め相談をしていた為、私の話を簡単に理解し、地縁化の手続きを全て自分たちでやりますとの事。
 町会を地縁化する為の手続きに2つの大きなハードルがあります。今までの町会が世帯を構成単位としていたのに対し、地縁組織としての町会は個人を構成単位としますから、その様に規約を改正する必要があります。更には地域構成員の半数以上が町会に加入し、その構成メンバー票を作成する必要もあります。特に規約改正は私が素案を示さなければならないかと考えていましたが、全てご自分たちでやりますからとのことで、私がお手伝いしなくても済みそうで、行き詰まったとき又相談するとのこと。地縁化が終了するのを待って、相談者の遺言証書作成をしましょうとの打ち合わせで、お宅を後にしました。

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B-ぐる 新ルートを一周

2011年12月23日 | 身辺雑記

 いわゆるコミュニティバスが増え続けています。文京区に隣接する区は6つありますが、台東区が3路線、北区が2路線、荒川区が2路線を運行しており、現在のところ豊島区(運行検討中)と新宿区には運行がありません(千代田区は詳細不明)。そんな中、我が文京区は”B-ぐる”との愛称の下、1路線を運行していましたが、一昨日の12月21日、新路線の目白台・小日向ルートの運行を開始し、無料のこの日、家人とルート一周をして来ました。
 昭和22年、旧本郷區と旧小石川區が合併し文京区が出来ました。台地で分けるなら本郷台地は本郷區に属し、小石川台地・小日向台地・関口台地は小石川區に属しました。



 12月20日までの路線は千駄木・駒込ルートと呼ばれ、主として旧本郷區を巡っていました。旧小石川區の大部分にはB-ぐるは走っていませんでしたが、新たに登場したB-グルは目白台・小日向ルートと呼ばれ、旧小石川區を中心に廻ることになりました。(写真:B-ぐる専用バス)





 12時16分発の発のバスには20人ほどが乗車し、私たちは辛うじて座ることが出来、じっくりとコースの観察が可能でした。
 新ルートは文京シビックセンターを始発駅として、かっての神田上水沿いの巻石通りを進み、江戸川橋を過ぎてのち目白新坂を昇って関口台地に至り、以下小日向台地・小石川台地を巡ります。最後は播磨坂から千川通りに下り、シビックセンターへと戻って来ました。この間60分強の所要時間。谷と台地と坂を巡るコースで、前日に歩いた服部坂も下り、心弾む新コースでした。(写真:始発駅停留所にある看板)



 このルートの途中駅に椿山荘があり、バスは堂々椿山荘の玄関前に停まります。私たちが乗ったバスではこの椿山荘で下車した人が一番多く、椿山荘ルートと言っても過言ではないほど、ここがこのルートの花形の様です。このバス、前日に出掛た神田上水発掘現場をも通りました。バスから作業員の働く姿が垣間見え、私にとってはこれも嬉しいことでした。(写真:細かく、”ぐるぐる”と廻るルートです)






 JRの駅が一つもない文京区では地下鉄とバスが主たる公の乗り物です。そのバスのうち、細い道をも通行可能なコミュニティバスは、100円で乗車が出来、区内の移動に最適です。新たな交通手段の導入、大歓迎です。

 

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