マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『カモシカスポーツ店』へ

2010年07月31日 | お気に入りの店

 登山用品の専門店「カモシカスポーツ」はJR山手線高田馬場「戸山口」下車、徒歩4分の距離にあります。現在地に引越してきてから20数年は経過したはず。女性としてはじめてマッターホルンやアイガー・グランドジョラスを制覇したことで有名な今井通子氏の夫である、高橋和之氏が開業したお店です。初めてこのお店に出向いたのは、大泉高校に勤務していた頃、同僚に高橋さんの友人がいて、その縁で出掛けました。今から40年以上前の事です。
 このお店に良く出没したのは今から10年くらい前まで。多くの登山用品はこのお店で買いました。オリジナルザックや雨具・ズボン等々。最近は足が遠のいていましたが、昨年のトムラウシ遭難事故から我が身を省みて、下着対策がおろそかであった事に気付かされ、下着購入に出向きました。
 
 最近観たテレビで、昨年起きた「トムラウシ遭難事故」の原因分析が発表されていました。最大の原因はガイドの判断ミスとの断を下しています。あの強烈な雨中での出発がまず最初の判断ミス。滝の様に流れる沢状の道を超えるのに1時間以上掛け、”お客さん”を、雨中に長時間待たせてしまったミスが続きます。同感です。更には、背後にあるツアー登山の問題点と日本での登山ガイドの実態が報告されていました。フランスなどと比較して、日本での登山ガイド育成がいかにお粗末かも浮き彫りに。
 遭難者の生死を分けた原因の一つに下着の問題が取り上げられていました。大量の雨が沁み込んだ下着が急激に体温を奪うわけです。日常に着る下着はその対策が施されてはいません。そこで速乾性に富んだ下着が必要とされるわけですが、日本の登山者はこの対策が弱いのです。
 かく言う私もその一人です。下着を充実させる必要を感じていて、昨日久し振りに「カモシカスポーツ」に出掛けました。店内は昔と殆ど変っていません。登山用のオシャレなシャツやカラフルな登山ザックなどが豊富に陳列されていて、購買意欲をそそられますが、そこはぐっと押さえて、今回は目立たないが肝心なものと食糧だけを買って帰って来ました。8月2日から常念岳登山に出掛けます。

 

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『やねせん亭』、東京新聞に載る

2010年07月29日 | やねせん

 第10回「やねせん亭」が7月28日(水)に「不忍通ふれあい館」で行われました。私は所用があり、残念ながら参加出来ませんでしたが、この会への参加のお誘いを含めて、円左衛門さんから≪やねせん亭、新聞に載る≫と題するメール送信があり、早速東京新聞に載った記事を読むと、大筋次の様に書かれていました。
 ≪1年半前に始まったやねせん亭が今月第10回の節目を迎える。先代円楽さんが挫折した、寄席での若手を育てる夢を、直弟子の円左衛門さんが継承。落語中興の祖・三遊亭円朝の菩提寺もある下町で、”げた履きでふらっと入れる”ような寄席の会が続いている≫

 円楽の弟子が多くが「○楽」とか「楽○○」と楽の一字を入れての芸名を名乗るなか、円左衛門さんには何故か楽の字は無く、円の一字を入れての芸名にしています。谷中に20年住むその彼が「自分は寄席で若手を育てるという師匠の遺志を引き継ぎたい」との思いから始めたやねせん亭。最初は一人で会場の確保に奔走したり、地元商店を一軒一軒回ってポスター掲示を頼んだりしていましたが、今では多くのサポーターと共同してこのイベントを継続しています。その様子が東京新聞に紹介され、苦労の一端を知っていた私も、嬉しくなる記事でした。
 円左衛門さんがプロデューサーを兼ねて高座に上がる一方、そこに集う若手とは、主として三遊亭兼好(40歳)、三遊亭王楽(32歳)、三遊亭きつつき(31歳)の、活きの良い3名。第9回(5月24日のブログに登場)では、欠席のはずだった、きつつきさんが「今日は急に良い仕事がキャンセルされたので、急遽ここへ駆けつけました」と語り、下ネタで大受けしていましたが、この4人の遠慮のない語りの場を、私は末永く聴き続けたい思います。

 
 

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ラジオ体操、花盛り

2010年07月28日 | 身辺雑記
 夏の風物詩ともいえる”夏休みラジオ体操”の真最中です。それに先立ち、文京区体操連盟主催の「ラジオ体操・みんなの体操」が7月19日(月・海の日)に教育の森で開かれ、福寿会々長のKさんと一緒に出掛けてきました。思えばほぼ1年前の7月20日、大塚公園で開かれた「NHK巡回ラジオ体操」の初日、Kさんと一緒に出掛け、7月23日に、数独以外のブログ記事第1号を書いたのでした。

 昨年ほどの参加はありませんが、既に30度を超える暑さにもめげず、500人ほどの老若男女が集っていました。”みんの体操”の後のラジオ体操で、普段よりやや多い運動量に心地よい汗をかきました。帰宅時間が7時10分、大急ぎで朝食を終え、蓼科へと旅立って行ったのでした。(写真:町内会の看板立)




 帰って来ての7月23日(金)、久し振りに富士神社に出掛けると、この数日間で富士神社の様相は一変しています。小学生・中学生を対象とした「夏休みラジオ体操」が開始されて、その日が3日目、200人を超す多くの人たちが集っています。昨年よりも遥かに多い参加者です。都心回帰が謡われ、我が街に小学生の集団を見る機会が多くなりましたが、その影響もあるのでしょうか、兎も角嬉しくなる現象です。



 体育指導員を円の中心のようにして扇状に”隊形”が出来上がり、ラジオ体操開始です。流石に指導員3名の方の動きはきびきびしていて美しいホームです。体操終了の後、3名のうちのお一人に、胸に付けられたマークについて聞きました。体育指導員を表すマークだそうですが、「興味がおありですか」と尋ねられ「はい」と答えると、「2日後に体操連盟のパンフレットお持ちします」との事。じっくり読みたいと思っています
。(写真:社殿への階段中腹より写す)
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黒田塾、修了式を迎えて

2010年07月26日 | 行政書士奮戦記

 4月3日(土)から15回に亘った黒田塾の研修が、7月24日(土)無事終了しました。開講の毎週土曜日、一度の雨も降らないという”奇跡”を伴いながら、最終講義の日を迎えたのでした。
 今日の講義内容は2つの事例研究。一つ目の事例は遺産分割協議の過程で、依頼人を含む相続人2名とそれ以外の相続人4名が二派に分かれてしまい、黒田先生は依頼人側の意向を文書にまとめ、依頼人名義での文書を郵送して、相手方代理人の税理士と分割協議を進めたという珍しい事例。ここで大事な点は行政書士はその職務上、依頼人側の代理人にはなれないが、依頼人の想いや願いを文書にまとめるなど、書類作成は可能だという点。業務境界ぎりぎりの仕事ゆえ、その道のプロのみが可能との判断からでしょうか、あまり皆さんにはお勧め出来ない業務ですがと付け加えられました。
 2番目の事例は「遺留分減殺請求」の書類作成に係わる話。これも珍しい業務だそうで、プロの仕事とはこうやるものかと、ただただ感心しながら伺う話でした。
 
 ここまでで全ての講義が終了し、修了式に移りました。一人ひとりに「相続実務・完成講座」修了証と「相続法務指導員認定証」が渡されました。壇こそ用意されませんでしたが、卒業式で卒業証書が渡されるように証書を頂くのは50年振りのこと、少し晴れがましい気分でした。その後記念撮影があり、証書を胸に、撮影者小島船先生を除く全員が1枚の写真に収まりました。

 最後に受講生から一言ずつの感想が語られます。多くの受講生から感謝の言葉が語られました。私は「この講義が、大変聞きやすく、分かりやすく、又楽しかったので、一言も聞き漏らさず、講義を聴き終えられました」と率直な感想を述べました。
 今回の研修前に提出した感想文にも同様のことを書きましたが、”黒田語録”と名付けて、特に印象に残った言葉を綴りました。その一つは「行政書士の仕事は、第一義的には依頼人の為に仕事をすることですが、それだけでは無く、社会的公平の視野に立ち、相続人全ての気持ちを斟酌し調停に当たる事です」との内容の、心構えに触れる言葉。もう一つは「実務こそが最大の学習である」との実践に関する言葉。これからの仕事の中で活かして行ければと念じています。

 最後に、東急プラザ地下2階「家族亭」で交流会。この黒田塾で出会った方々との今後の交流を願いながら、打ち上げの御酒は、一つの事柄をなし終えたような気分で、心地よく喉を潤してくれました。

(追記)今日の小島先生のブログに次の文章が書かれていました。
 《黒田塾で学んでいただいたことは、法務分野を扱う行政書士として、一番大切な考え方・姿勢(調整役・紛争防止)の部分です(細かな知識、手続きは忘れてかまいません。実務を経験すれば思い出しますので)》
 《☆行政書士になって良かったと思える人生を歩んでください。
 心より応援しております。》           有難う御座います。
 

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小石川植物園へ、再び

2010年07月25日 | 身辺雑記

 一昨日は断念したはずの小石川植物園へ、心変わりして、昨日(7月24日)再び出掛けて来ました。小石川植物園のホームページに「お詫びとお知らせ」が載り、24日(土)の入園券の発売は7時からと知りました。この時点では再度植物園へ出掛ける積りはありませんでしたが、夜、町内会のKさんから、「明日の開園は7時から。行ってみる価値はあるかも」とのメールが入り、さてどうするか悩みながら床に入りました。
 朝5時に起床、心は行く方向に傾いていました。自宅を5時45分出発、6時には正門前に到着。予想した通り既に列が出来ていますが、100名程度の列なので、私もその列に加わりました。

 故あって文京区の花を撮影しています。間もなくそのスライドショーが、あるホームページ上で開始される予定で、開始された暁にはこのブログでも紹介したいと思いますが、出掛けられる範囲内で文京区の花の撮影の機会を狙っています。その為もあり新たなカメラも購入しました。このカメラを使用していま話題のショクダイオオコンニャクを撮影しておきたかったのです。更には夏の花も撮り貯めておきたい狙いもありました。

 昨日の”当局側”態度には販売方法等で改善が見られます。多分、前日の騒ぎで多くの苦情・不満が”当局側”に向けられて発せられたことでしょう。朝6時に並ぶと、パン屋さんの主人と思しき人が、列に並んだ人に入園券を売り歩いています。”動く販売所”の出現です。東大の職員が「お暑いところを御苦労さまです。最後尾はこの先です」と汗だくになりながら説明しています。
 昨日は半ば無秩序だった列が、一応は東大職員の誘導で植物園を囲むようにして出来あがっていきます。”最後尾”の看板も登場しまた。大事な点はここです。最後尾を確認し、それでも並ぼうかという判断の材料が漸く登場していました。
 待つときの鉄則”本持参”で立ち読みに集中していると丁度1時間で入園が始まりました。正門から緩い坂を登り、左側に回りこんでメインストリートに出ます。ここにも列が出来ています。噂の大花にご対面は1回の人数を15人位に限りながらの鑑賞です。昨日4時間待ちで”漸くご対面”の訳を知りました。

 配布された資料によると
《世界最大の”花”といわれるショクダイオオコンニャクが小石川植物園で開花の見込みになりました。スマトラ島の絶滅危惧種であり、開花はきわめて稀です・・・・、鉢を温室から屋外に出して展示公開》とあります。”花”とあるのは正確には”花序”であることも初めて知りました。(写真:漸くご対面)







 又《日本ではまだ開花例が少なく、小石川植物園で1991年に咲いたのが最初で》とその時の写真も展示されていました。
 私もじっくりと鑑賞しました。匂いは感じられません。台の上の部分が花なのかなと、アヤフヤな知識のままで1分足らずの鑑賞を終えました。その後朝日を浴びて咲く夏の花々の多くを撮影し帰路に着きました
。(写真:1991年の開花時のパネル)








  (違うカメラで撮影)

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