マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『霧ヶ峰』(再びの百名山 その7)

2010年06月30日 | 再びの百名山

 現在はニッコウキスゲで名高い「霧ヶ峰」一帯は、山と言うよりは高原と呼ぶ方が相応しい。その高原状をなし、たおやかな稜線が続く山々の最高峰が「車山」である。
 
 茅野方面から望むと蓼科山の左側には緩やかな稜線が続き、何処が車山山頂かは見極めが難しいが、1999年に山頂に設置された「レーダー観測所」の球形ドームによってその位置を把握する事が出来ます。(写真:山頂のレーダ観測所)






 深田久弥氏がこの高原で遊んだ頃と比較して、この付近は大きな変遷を遂げています。その中心部を「ビーナスライン」が美ケ原まで伸び、スキー場が出来、多くの観光客が訪れるようになっています。

 

 私が初めてこの地を訪れたのは10代の頃。職場の友人と二人、起伏の乏しい稜線を歩いていると、そこが山頂と知らず、ふと気が付くとそこが車山山頂でした。独立峰ゆえ南アルプス・北アルプス・中央アルプスの三つのアルプス全て見渡せ、遠く後立山の名峰の数々も望めました。数年前、鷺宮高校の同僚4人とこの山頂を目指したときは、深い霧に覆われ展望は叶いませんでした。「再びの百名山」で再びここを散策するのは、レンゲツツジの群落が見られる時にと願っていました。(写真:クロボックル小屋方面より車山を望む)



 昨日の6月29日(火)、草津温泉からの帰り、霧ヶ峰にある「クロボックル小屋」で昼食を摂った後、一人車山を目指しました。梅雨のほんのひと時の晴れ間が覗き、レンゲツツジは満開でした。山頂への道は緩やかな勾配の巻き道を登ります。真っすぐに登る道もあるのですが、高山植物が踏み荒らされるのを防ぐ為かロープが張られ立入禁止になっています。(写真:満開のレンゲツツジ)



 深田久弥氏の「日本百名山」には次の様に書かれ、その頃の登山事情が現在とは大きく異なっていた事が伺えます。
≪車山の裾は、どこまでも果てしないと思われるほど、広い広い草地が伸びていて、その中に跡地らしいものが幾筋もついていた。そんな八幡の藪知らずのような細道を・・・。(中略)私など車山へ登る毎に道が違っていた≫とある様に何処を歩くのも自由であり、≪私はニッコウキスゲの群落の外へ出る毎にさまざまな花を摘んできて・・・≫。現在ではその様な事が許されるはずもなく、私はレンゲツツジを目で楽しみ、写真に収めました。(写真:中腹から見るビーナスライン)




 残念ながら展望は叶いません。暫しの時を山頂で過ごし、この日も運転されているロープウェーイを横目に見て、車山湿原のレンゲツツジを楽しみつつ、今日もまた霧に包まれて始めた車山を後に「クロボックル小屋」を目指しました。梅雨時の一日、高原散歩が楽しめた幸運を感じつつ。(
写真:山頂)


 

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ぎっくり腰か

2010年06月27日 | 身辺雑記
 昨日、ソファから立ち上がろうとした瞬間腰に激痛がはしりました。暫く経ってもその痛みは取れません。ぎっくり腰や腰痛を思い浮かべました。傍らで家人が「パソコンに長く向かい合う人ほどぎっくり腰になり易いようヨ」などとノタマッテいます。今日は、これから幾つかの用事をこなさなければならない身に、大異変発生です。我が身に、ぎっくり腰や腰痛など起こるはずがないと思い上がっていた事を思い知らされます。
 横になり1時間ほどで、少し痛みが取れたようなので、慌てて「魚具三昧彬」に向かいました。私の属していた組合の書記長だったSさんが定年退職し、長年のご苦労を労らいたいとの会です。13年前、Gさんが新卒で鷺宮高校に赴任してきた時の”指導教諭”がSさんで、色々と面倒を見てもらいました。又、私が人事委員会審理で東京都教育委員会と渡り合ったときの法務部長でもあり、私もお世話になっていました。かって同じ職場で働いた少人数での会にしようとの思いで、昼食を摂りながら彼女と二人日程を決めました。
 その後、1時過ぎ千駄木駅から地下鉄乗り継ぎで、渋谷での黒田塾に向かいます。今日が第11回目の研修です。実は7月1日に遺言についての相談をお引き受けする手筈になっていて、その時の注意点を黒田先生に電話で伺っていました。その途中経過をお伝えし、更に研修の途中で中座しなければならなくなってしまった事情もお話しました。5時半から支部の総務会に出席しなければならないことになっていました。
 7月4日~5日の「支部親睦旅行」の最終打ち合わせが、湯島にある支部長事務所で予定されていました。旅行への参加予定者は全部で11名。残念ながら予約数16名には及びませんでしたが、最初の試みでは仕方がないかと自己納得します。私が作成したレジュメを基に、打ち合わせは車と持ち込み物と部屋割り。
 打ち合わせを終えて帰路に着くと、又腰が少し痛みます。今日から蓼科へ出掛け車運転の身、不安を抱えての出発です。ブログ再開は6月30日以降になります。
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イタリアン料理店『Rsetto』

2010年06月26日 | お気に入りの店

 2日前のブログに書きましたが、ご近所に開店したイタリアン料理店「Resetto」に良く行きます。初めて出掛けたのが4月末。4月29日の開店数日前「コーヒを召し上がりませんか」の看板に惹かれ覗いてみました。やや苦みのある淹れたてのコーヒーが非常に美味しく、オーナーと少し話し込みました。山形県酒田にある酒蔵「初孫」の付属レストランを皮切りにイタリアン料理の修業を積んできたとの話。貰って来た名刺「室井克義」で検索すると、Wikipediaに登場してきて、その経歴を読んで驚きました。
 そこには概略次の様に記載されていました。
 ≪高校卒業後すぐに山形県酒田市『ル・ポット・フー』で働いたのを皮切りに修業を積み1977年と1979年とイタリアに渡ってホテル・クラリッジなどで腕を磨いた。帰国後、『ビザビ』のシェフホテル、西洋銀座『リストランテ・アトーレ』の料理長を17年間務め2003年、満を持して『エム・ディ・ピュー』を銀座にオープンした。2007年4月には自身2軒目となる『ラ・ロッジア』を汐留のイタリア街にオープンさせた。 2010年5月駒込に『リセット』をオープンさせた≫とあります。
 1996年にはイタリアで毎年行われている米を使った料理の世界大会で、日本人として初めてグランプリを獲得したとも、日本人でソムリエ試験を受験した最初のシェフであるともあります。開いた料理店もかなり繁盛していたようです。ふと疑問が湧きました。繁盛している料理店を去って、この駒込の地に何故新たなレストランを開いたのだろうかとの疑問です。
 次回出掛けた時、この疑問を聞きました。「静かな土地で営業したかったからです。大人にゆったりと料理を楽しんで頂きたかったし、講師を務める大学が近い事も影響しています」との事。隠された事情があるのかも知れませんが、私としてはそのようなお店が徒歩4分ほどの所に開店した事は大喜びです。

 ランチの中心がパスタ+サラダ、あとは食後のデザートで、1500円と少し高めの値段設定ですが、家人と私の感想は一致し、稀にみるほどの美味しいランチです。夜の部のフルコースが5000円弱。こちらは利用していません。アラカルト一品と初孫の吟醸酒を2杯程度にとどめています。10席ほどのカウンター席で話し込むと、アウトドアーが趣味で中禅寺湖での釣りを楽しんでいる様子。同じくアウトドアー大好きの私と話が合います。 
 更に地域に根ざそうとする姿勢も気に行っています。自分の属する町会長のところにもご挨拶に伺いましたとの事。私の属する町内会とは隣の町内会です。私は偉そうに富士神社の山開きやラジオ体操・宮元祭りなどについて語っています。自分の輝かしい経歴を自慢したりすることなく、この駒込に根を張って頑張って行こうとするお店が又一軒増えたことをとても喜んでいます。


 

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『コシヅカハム店』

2010年06月25日 | お気に入りの店

 『食の文京ブランド100選』という小さなパンフレットがあります。裏面は文京区の地図で「おいしゅうございまっぷ」の副題が付き、商工会議所文京支部が主催し、特別に立ちあげた委員会が100店を選考し、その位置が記されています。その選考会の委員長が料理記者歴50年の岸朝子さんです。数ヶ月前の朝日新聞に紹介され、その日のうちに配布先の文京観光協会へ出掛けパンフレットを手に入れました。
 要するに文京区にある数多くの食のお店から、これはというお店を100店選び、発表しようというわけです。深田久弥の「百名山」は単独の選考ですが、これは何人かの共同作業。何を基準にするかは難しいところでしょうが、その辺の裏事情を知らない私が目にするのは、最終結果たるお店の名前と簡単な紹介記事のみ。早速、私が行ったことのあるお店は何軒か調べてみたところ丁度40軒ありました。このブログでカテゴリー”お気に入りの店”に登場したのは「ラーメン天神下大喜」だけですが、私の大好きなお店としては「オザワ洋菓子店」や「喫茶ルオー」「御菓子司一炉庵」などの名も見えます。
 逆にお気に入りのお店としてブログに登場させた「とうふ工房須田」や馴染みの「魚具三昧 彬」などの名前が見えないのが残念ですが、比較的妥当な選考かなと思えます。
 その百選の中に「特別賞」と言う部があります。洋食・麺類・洋菓子などの分類と並立して特別賞が並ぶのは少しへんな感じですが、特別賞の謂れは書かれていません。ただその5軒のうちの1軒に「株式会社コシヅカハム」の名前を見出した時は嬉しくなりました。我が家が3週間に一度くらいの割合で買出しに行くお店だからです。
 通常「コシヅカハム」と呼ばれるこのお店は「よみせ通り」にあります。我が家から徒歩で17・8分の距離です。前沢牛の専門店でしたが、以前ほど前沢牛の入荷が難しくなったようで、今では他の国産牛肉の専門店とし、加工・販売を行っている総従業員推定50人規模の会社です。厚切りのハムやコンビーフが人気商品で夕方には売り切れてしまいます。安くて美味しい数々の肉が販売され、多くの買い物客で賑わいます。
 6月21日(月)家人とふたり買い物に出掛け、しゅぶしゃぶ用牛肉、牛小間、豚小間などしめて4kgほど買って来ました。「そんなに多くの量を購買して、冷蔵庫保管にしてもそう長期間持たないのに、どうするの」と良く聞かれますが、我が家では家人が、全て100gに小分けしてラップで包み、購入年月日を記入した上で冷凍室で保管します。あとは料理に応じて100g解凍とするか、300g解凍とするかは自在に選択しています。
 これら面倒な作業は私は苦手で、調理という”美味しい”ところだけを実践しています。

 折しも「食の文京ブランド100選」に選ばれたお店を5店利用して、スタンプを貰うと抽選で宿泊券や食事券が当たる「食べ歩きラリー」が7月1日から始まります。そのエントリーシートを今日GETしてきました。

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『初孫』誕生

2010年06月24日 | 身辺雑記
 5月29日、妹夫妻に待望の初孫が誕生しました。難産であったらしいのですが、五体満足の無事出産。昨日は家人ともどもお祝いに行って来ました。生後1ヵ月に満たない赤ちゃんを何十年振りかで、おそるおそる抱きました。人に抱かれているとご機嫌なようで、布団の上に寝かせると、手足を伸ばし”不満”を表現します。早くも自己表現の術を身に付けているようです。自分の子供の様な気持でその成長を見守ってきた姪の、初めての子供の温もりに接し、感無量となりました。
 その姪に今後の事を聞くと、2年後には職場復帰したいとの事。スチャーデスとして7年~8年勤務した彼女、働きつつの子育ての道を選ぼうとしている様で、私は大賛成です。大変なこともあるかと思いますが、そこから得られものも数々あると思います。もう国際線搭乗は無理だけれど、日帰り勤務の国内線には搭乗したいとのこと。ただ心配は保育園、果たして受け入れ可能な保育所が身近にあるだろうかとの不安です。子供手当は有難いが、それよりも子育て環境を充実してほしいとの身近な声に接しました。

 ふと戸棚をみると『初孫』が。山形県は酒田湊の名酒です。聞けば知り合いが、初孫誕生を祝って『初孫』を持ってきて呉れたそうで、心憎い配慮です。このお酒の美味しさを知っているマーちゃんは早速所望しました。ご酒を頂き昔話に花を咲かせ帰路とあいなりました。

 ご近所に『Risetto』と言うイタリアンのお店が出来ました。4月29日の開店前に「コーヒーを召しあがりませんか」との看板が出て、寄り道をしました。その時にオーナーの経歴を伺うと「最初の勤務先は酒田で、”初孫”経営のレストランです」との事。以来『初孫』の吟醸酒を味わいに時々ここを訪れています。
 今年の1月に訪れた酒田、4月に知り合った『Resetto』のオーナーの勤務先の”初孫”、昨日頂いた名酒”初孫”、3度も登場した酒田の雪景色が懐かしく蘇ります。
 
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