マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『茨木のり子への恋文』を読む

2017年01月03日 | 読書

 大晦日に頂いた本は、結果として何十年ぶりかの、素晴らしいお年玉の様だった。プレゼントの主は荒川5中でご一緒した大島さん。彼女はランニングを終えて、ラジオ体操開始直前の富士神社境内に現れた。頂いたものは戸村雅子著『茨木のり子への恋文』。大島さんは著者の娘長谷川結さんとは鶴岡南高校での同級生で、茨木のり子の夫三浦家とは親戚関係にある。
 昨年1223日に発刊されたばかりの著作に大変興味を覚え、大晦日から読み始め、昨日に読み終えてしまった。著者は1941年に生まれ、県立山形西高校卒業後は京都の大学で文学を学び、郷里山形に戻って県立高校に着任。2002年退職するまで国語を教え続けて来た。教職のかたわら、教育、権利、男女差別、民主主義などの本を読み、組合活動にも参加した。
 私とおない年で、同じ仕事に着いていたことを知って親近感を覚え、読む速度は増していった。
 四十代の頃読んだエッセイ「東北弁」(『言の葉さやげ』)で、茨木の母親勝が「山形県の庄内地方の産」で「鶴岡市から二里ばかり離れた在」であることを知った著者には、教科書の中の茨木のり子が、急に身近な存在となった。その「母親の在」を突き止めたくなって色々と調べ始め、やがて想い昂じて「ひとめ、おめもじいたしたく・・・」とラブレターを何通か書くに至った。思いは叶えられ、のり子が一人住む保谷の里に4度ほど足を運ぶこととなる。
 
茨木のり子が此岸へと去った後にも、庄内在での、茨木のり子ゆかりの人々を訪ね歩き、ルポルタージュにまとめたのが本書である。茨木詩の、新たな鑑賞ノートにもなっている。
 
――茨木のり子の詩の佇まいは、庄内の風土に根ざしている――をヒントにして、庄内という地点から茨木の詩を眺めている。その視点から様々な発見をしている。
 
「山の女に」の女性は誰なのか、その謎を解き明かしている。
 有名な「六月」と「山の女に」とは姉妹編との推理が面白い。
 
「母の家」を読むと、大正時代の庄内地方の農家の暮らしが鮮やかに目に浮かんでくる。
 「答」は、娘を亡くし、祖母が“ひどくさび
しそうに見えた日に”、のり子が祖母大瀧光代に“ばばさまが一番幸せだったのはいつだった?”と問いかけときの会話を題材にした詩だ。この詩の持つぬくもりが
心地よかった。
 著者渾身の力作である。(続く)

 今日の一葉(1月2日、日の出直前)
 

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