マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

”海老床地図”に出会う

2017年05月26日 | 読書

 本当は、今朝5時には第2回中山道行に出発するはずだった。それがこの数日間、激しい咳に苦しめられ、断念した。昨日その旨を同行の熊倉さんに電話すると「ぎっくり腰で、車運転が辛い」とのこと。その話を聞いて中止にすることが気楽になった。秋に再スタートの予定だが、果たして???。妻曰く「軟弱鬼の霍乱ね」と。
 ブログも「中山道に出掛けるので暫く休みます」と短く綴る予定だったが、急遽変更。数回連続で書きたいテーマーがあった。それは”海老床地図”。

 我が家は昔名で言えば岩槻街道(現在名本郷通り)に面している。江戸から日光方面に進むとして街道の左側に位置し、通りを挟んで向かい側に、江戸時代から続いていた「海老床」があった。その10代目の嶋村八十八さんが作成した安政時代の地図がある。その様な地図があるらしいとは、風の便りに聞いてはいたが、最近その地図に2度もお目にかかった。
 「お殿様の散歩道」を「こまじいのうち」で語る前日「地域活動センター」のサロンで『安政年代駒込冨士神社周辺之図及び図説
』(文京区教育委員会発行)を見た。それは”海老床地図”についての区の文化財調査報告書。正式名称の代わりにここでは”海老床地図”と略す。
 更に「お殿様の散歩道」の翌日、「こまじのうち」に預けておいた資料を取りに行くと、主の秋元さんから「こんな面白いものが手に入りました。一緒に研究を始め始めましょう」と手渡されたのが”海老床地図”。それはコピーし、報告書はシビックで購入してきて、ことあるごとに眺めて飽きない。地図が好きなのだ。
 
その地図には、大まかに言えば本郷通りの、吉祥寺付近から染井辺りまでの、安政年代の岩槻街道とその道沿いの様子とが描かれている。その地図の謂れや、私自身が発見した面白い事柄は今後数回に分けて綴りたい。(写真:下は海老床地図のほんの一部)

 

            
 今日の四葉(富士前公園付近のお宅のバラ)
  

  

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