マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

オンディマンドで”御柱”を観る(最終)

2016年12月28日 | 考古学

 (4)「弥生の神と縄文の神は融和し御柱祭が残った」
 
しかし、紀元前3世紀、縄文王国諏訪も遂に弥生の波に飲み込まれ、米作りが始まった。押し寄せた農耕文化はある外来の神に重ねて語り伝えられてきた。神の名は建御名方命(タケミナカタのみこと)。鹿や鷹などを殺して農地を拡げ、田畑を耕して国を拓いたという。そのタケミナカタが諏訪にくるまでの来歴が『古事記』に記されている。建御名方(タケミナカタ)の故郷は古代の日本の先進地出雲。父は大国主命。
 
出雲で豊かな国を築いていた大国主のもとへあるとき高天原からアマテラスの使いが下りてきて国を譲るよう迫った。その要求を拒んだのが大国主の息子タケミナカタ。高天原の使いに力比べを挑む。しかし相手の手は鋭い氷となり、更に鋭い刃となった。恐れをなしたタケミナカタは出雲から逃げ去った。長い逃避行の末辿り着いたのが諏訪。この地で農耕を広めたタケミナカタは諏訪大社の神・諏訪明神として君臨することになった。
 考古学者岡村氏曰く「縄文から弥生の権力者交代を語るのが神話だと思います。諏訪では、1万年間、豊かで安定した暮らしぶりと精神文化が発達していたわけですよ。その上に米作りが入ってきて、その米作りを持ってきた人たちが新しい権力者となり、弥生の流れを汲む神を頂点に頂くことになった」と。

 その中で何故巨木を祭る縄文の神が生き延びたのだろうか。諏訪に伝わる文書によればタケミナカタに抵抗する為立ち上がった神がいた。それはもともと諏訪を治めていたモレヤという神。狩猟に長け、大地の精霊の声を聴く。モレヤはタケミナカタの侵入を阻もうとした。長い戦いの末モレヤは敗れた。しかし意外なことにタケミナカタは戦いに敗れたモレヤを滅ぼそうとはしなかった。(写真:対立のイメージ)

  

 御柱を曳く氏子の一人に守矢早苗さんがいた。諏訪で最も古い家と言われる守矢家の78代目当主。守矢家は諏訪大社の神事を司る神長官という役職を千年以上前から明治の初めまで務めてきた。(写真:守矢早苗さん)


 (神長官:江戸時代後期の『御柱絵巻』より)

 
守矢家の屋敷に立つ小さな社。縄文人の信仰の流れを汲む祭神を祭っている。祭壇には地元の人たちが供えた鹿の骨や栗。縄文人が暮らしの糧としていた山の幸だ。この神の名は御左口神(ミシャグジ)という、巨木や石に下りて来る土地の精霊と信じられている。ミシャグジを祭る社は諏訪を中心に長野県に700個も残されている。暮らしの中に小さな神々がしっかと根を下ろしている。その総本社がこの社で、御頭(おんとう)御左口神総社。守矢家はミシャグジを人間の世界に下すことが出来る唯一の家と信じられてきた。

 

 縄文以来の諏訪の祈りを守り続ける守矢家。早苗さん曰く「タケミナカタ命が入って来られたときにモレヤの神を家来として、仕えるものとして選ばれたと考えられます。この時から守矢家は諏訪明神となったタケミナカタの下で諏訪大社の神事を司って来ました」。
 出雲から来た農耕の神の下で、縄文と弥生が争い合うのではなく融和していく。岡村氏は語る「征服する、征服されるそういう関係ではなくて、縄文的な祭、縄文的な生活文化をしっかり残しながらそこに米作りが部分的に入って来て、山の縄文と低い土地の水田の神、それが共存しながら上手くやって来た」。

 神話から日本の古代史を読み解いて来た、立正大学教授三浦佑之氏は「縄文から弥生への移り変わりはものすごい長い時間の中で行われた。新しい土地に入って来た人たちは、その土地に馴染み、融和していく必要があるわけですよね。諏訪大社がタケミミナカを奉り、土地の神モレヤがその神のタケミナカタを祀るという構造は“融和”の象徴と言うことが出来ると思います」と。






 5月3日、御柱祭は最後の熱狂を迎えた。上社本宮から船の形をした神輿が現れた。載っているのは諏訪明神となった出雲の神タケミナカタ。社を出て山の神が宿る御柱を迎える。この儀式は縄文と弥生が融和した諏訪の歴史を伝えているのかも知れない。人々は二つの神の出会いを祝福し暮らしの無事を願う。
御柱祭と言う儀式は、日本と言う国が生まれる以前の祈りの世界を今に伝えている、と”御柱”は締めくくった。(写真:到着した御柱を迎える、船の形の神輿)

 
   (諏訪地方には小規模の御柱祭が多数ある)

 数年前、私は守屋山に登ったことを思い出した。実はそこは諏訪大社のご神体だった。とはつゆ知らず八ヶ岳の展望を楽しもうと山頂を目指したのだった。

 今日の一葉(吉祥寺の寒桜)
 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« オンディマンドで”御柱”を観... | トップ | 伊勢ノ海部屋稽古総見・忘年会 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

考古学」カテゴリの最新記事