マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『秋田蘭画の近代』に出会う(秋田にて)

2017年07月11日 | 読書

 “ねえねえ、聞いて聞いて、読んで読んで”という積りの話です。2017/6/28のブログに登場した小田野直武の諡「絶學源眞居士」に納得したというブログです。そこに至るまで些か長いのですが、暫くの間お付き合い下さい。

 弘前からの帰路は大筋3つのルートが考えられた。新潟経由上越新幹線を利用するか、青森経由東北新幹線を利用するか、秋田経由秋田新幹線を利用するかの3通りが。最終的には、弘前での滞在時間を増やし、秋田にも寄ろうと考え、秋田新幹線を利用することにした。後で考えればそれが幸いした。
 弘前発1321分発つがる4号は秋田着1528分。こまち92号の秋田発まで1時間30分ほどの、僅かな時間しか滞在出来ない秋田では洒落たコーヒー店に入りたかった。観光案内所で尋ねると、即座に2店ほど紹介され、その1つに駅西口中央通り沿いに、陶器店の経営する「ティールーム陶」があった。地図を見て、中央通りをそのまま進むと「秋田県立美術館」があることも知り、美術館の帰りにコーヒーをと、まずは美術館へ。
 



 右と下の写真に見る如く、県立美術館は建物の作り、特にアプローチの階段が立派で、ミュージアムショップからの千秋公園の眺めも絶景だった。「平野政吉の夢」展が開催されていたが、時間の余裕はなく、ミュージアムショップなどをつらつら眺めていると、図書コーナーに、今橋理子著『秋田蘭画の近代』という本が置かれていることに気が付いた。“小田野直武「不忍池図」を読む”と副題のついたこの本を立ち読みすると、あとがきに“絶學のひとーー「永遠の絵画」へ”とあり、そこには著者が初めて「不忍池図」と出会った一瞬が書かれていた。
    

 「スライドを見せながら、先生はいつものように穏やかな口調で解説を加えてゆく---この絵は、鎖国の十八世紀の江戸で描かれた「洋画」であること。この絵には、伝統的な日本画の画材だけが使われていること。さらに、この画を描いた画家は、れっきとした武士であったということ。そして画家は、かの『解体新書』の挿画をも手掛け、西洋画法を取り入れた新しい風景画を試みたことなど・・・しかしながらその画家は、不運にも、何とわずか32歳でこの世を去ったという史実ーー」
 著者が「不忍池図」と衝撃的に出会った様子が書かれていた。そこまで読んで、私は帰京後この本を借りるか買おうと決めて、美術館を後にした。(写真:不忍池図)

 この本をオンライン予約出来、幸運にも帰京翌日には続きを読むことが出来た。
角館松庵院で見た、「絶學源眞居士」と墓石に刻まれた諡に触れて次の様に書かれていた。
 「小田野直武の末裔の方から”多くの方がを《絶學》を《学問を絶たれた》ことと解釈しているが、そうではなく、この《絶》とは《絶景》や《絶賛》などと同じく《すぐれている》ことの意味の諡なのだ”と聞いたことがあった。『不忍池図』を論じた果てに、私が改めて感じることは、確かに小田野直武という画家は比類なき《絶學の人》であったのだ」と。
 更に続けて「《絶學》の二文字には《学問を極め尽したこと》が、意味として込められている。諡は「贈る」称号であるからネガティブな意味合い込めることなど普通考えにくい・・・」との結論を私は良く理解したのでありました。(写真:『解体新書』。小田野直武画)


   
      (帰路に立ち寄った「ティールーム陶」の器)

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