春のドッペル・ゲンガー

多摩川の土手に雀を埋めてやった
そうしたら、俺の目から雀の涙ほどの涙が出たような気がした

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ドッペル・ゲンガー

2006年02月02日 | Weblog
このブログのタイトルになっているドッペルゲンガーについて。(再掲です)

 このコトバは、ドイツ語で、二重の意味。
 英語ではDouble、分身の意味だ。
たとえば・・・

 ある時、あなたが通勤のため駅に向かっている。すると対向車線の舗道上でウインドウショッピングをしている自分自身(ドッペルゲンガー)を見てしまう。

 ある時、あなたが電車に乗っていると反対のホームに立っている自分自身を発見する。その分身(ドッペルゲンガー)は、自分の方を見てなぜかほほえんでいる。

 ある時、あなたが、街でふと目に付いたバーにふらっと入っていくと、カウンターの止まり木に座っている自分自身(ドッペルゲンガー)が振り返る。あなたは、気まずくなって店を後にする。

 ある時、あなたがひとりで部屋にいる。するとキッチンの方に人影が見える。さっきから、じっとあなたの方を見ているようだ。その視線を感じる。その姿は、ちらっとしか見えない。でも、あなたには分かっている。そう、自分自身(ドッペルゲンガー)である。

 ドッペルゲンガーを見たときは、決して、その後を追ったり、話しかけてはいけない。
 ドッペルゲンガーは、あなたに話しかけてくるかもしれない。
 そんな時は、難しいことだが、無視して姿を消してくれるのを待つしかないだろう。
 さもないと・・・・

 伝説では、ドッペルゲンガーを見た者は、死期が近いとされている。
 いや、死が近いからこそ、ドッペルゲンガーはその姿を現すのかも知れない。
  ↑
 こんな話を、職場研修の時に同僚に話したところ、その2ヶ月間、私は、「ドッペル」という渾名に耐え続けなければいけませんでした。

 (ドッペルゲンガーの意味はおおむね上記のようなものですが多少私自身の創作が入っています。)
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