春のドッペル・ゲンガー

多摩川の土手に雀を埋めてやった
そうしたら、俺の目から雀の涙ほどの涙が出たような気がした

スタンス

2006年07月09日 | 7つの習慣を読む
スタンスとは、 
 (1)姿勢。態度。構え。
 (2)野球やゴルフで,打つときの両足の開きぐあい。
~goo辞書より。

 つくづく自分にはスタンスがないと思う。
 だから、スライスやテンプラで今だにスコア90を切ったことがないんだろう。
 …と、ゴルフの話ではありませんでした。

 生き方のスタンスなんていうと仰々しいし、かといって「スタンス」を上手く日本語に置き換えることもできない。
 「人生の基本方針」「生きていくうえでの姿勢」…うーん、かなり堅苦しい。
 ここは、stanceといった英語のほうがしっくりくる。
 思えば、日本語にきちんとある言葉なのに、なぜか外来語が多用されている。
 このことに関して、先日新聞報道がなされていたけど、これが「日本語の乱れ」なのだろうか?
 私は、外来語がカタカナで表現されるようになったら、それはすでに外来語ではなくてりっぱな日本語になったと思うのだが…。(外来語論はボロがでるのでこのへんで)

 先のゴルフの話でも、きちんとしたスタンスを持てば、素直な球筋が得られる。
 変則的なスタンスで良い球筋を出す方を見たことがあるが、なにか窮屈そうなスイングをして結局あまり良いスコアを出すことができない。
 
 ブログにもスタンスってのがあると思う。
 中には、そのスタンスを明記している方もいる。
 ブログの場合は、そのスタンスに良い悪いってことはないだろう。
 なにせ自由なことを書けばいいのだし、読む方にとってはそのスタンスが気に入らなければ寄りつかなければいいだけだ。
 
 ただ私個人の好みを書かせてもらえば、批判中心のもの、わざと斜に構えたものなんかが苦手だ。
 
 ところで私のスタンスなのだが…
 
 見ていただいたとおりです;;

原則  principle

2006年07月04日 | 7つの習慣を読む
 原則とは
(1)多くの場合にあてはまる基本的な規則や法則。しばしば原理と区別せずに用いられるが、原理は主として存在や認識に、原則は主として人間の活動に関係する。
「―として五時に下校すること」
(2)〔論〕〔(ドイツ) Grundsatz〕他の諸命題がそこから導き出される基本命題。
 ~goo辞書より

 調べてみると、かえってこの言葉がわからなくなってきた。
 特に(1)の、「多くの場合にあてはまる規則や法則」ってことは、少しはあてはまらないことがあってもしょうがないなあ…といったことを前提としての規則や法則なのだろうか?
 
 この記事、すでに導入部から何を書いているのか分からなくなってしまいました;;

 原則って言葉は、なにか堅いイメージがあるが、社会生活、学校生活の中では比較的使用頻度が高いのではないだろうか?
 私だけかもしれないが、この言葉は曖昧なものに感じる。
 いや、「原則」という一言だけであればそんなことは感じないのだが、たとえば、
「あくまでも原則ですから」なんて場合は、「どうぞ、そんな原則は上手いことやって破ってください」と感じる。
 議論の最中に、「原則論なんて聞きたくないんだよ」なんて言葉も聞くことがある。

 まあ、否定的な文脈で使用されると、この言葉に限らずマイナスな意味を持つのは当然なんだろう。
 それにしても、この言葉は特に軽く扱われているような気がする。

 「7つの習慣」には、原則を中心とした生き方が述べられていた。
 端折って書くと、物事、考え方には必ず原則がある。そしてその原則にのみ従って生きるべきだ。原則とは、いつの時代も変わらない普遍的なものだ。

 本を参照しないで書いているので若干ニュアンスが違うかもしれません。
 
 子供としての原則、男としての原則、女としての原則、社会人としての原則、学生としての原則、もっといえば地球上での生物としての原則…
 こういった原則が軽く考えられているような出来事が多発しています。
 
 「原則、原則ってうるさいこと言うなよ。原則ってのは破るためにあるんだよ」って考えが蔓延しないでほしい。
 私自身も、もっともっと原則を大切にして生きていければいいのですが。
 
 こうやってあらためて「原則」について記事を書いてみたところ私は今まで原則があることを知りながらも、自分勝手な言い訳をしては少しずつそれを破りながら生きてきたような気がする。

信頼残高

2006年06月06日 | 7つの習慣を読む
昨日の記事に対して、沙羅さんから以下のコメントをいただいた。

「反応してしまうのだけど、そこで立ち返ることを習慣にすればいいわけですよね。
そこでむずかしいのが「自分の感情は正しい」と思っている自分をどうするか…。
誤解だ~、君が思っていることは間違っている~。
そう思うジレンマをですね、どう諌めるか…。」

このコメントに対して考えてみたい。
考えるといっても、もちろん私の考えではなく、「7つの習慣」に記載されていることを引用しているだけです。
本書にどんな思考法が書かれているのか紹介させてもらう良い機会ですので、ちょっと無理して書いてみます。(まだマスターしていないのにもかかわらず!)

>立ち返る習慣
まさしく、そのとおりです。
「刺激→反応」の間に、【選択の自由】があると書きましたが、ちょっと分かりにくい言葉なので、「ビデオのリモコンの一時停止ボタンを押す」と考えてみると分かりやすいようです。
一時停止して、より良い「反応」をするように考える(選択する)
これができるのは人間だけに与えられた特権である。
人生では、もう起きてしまった出来事をビデオのように巻き戻すことはできないけど、一時停止することはできます。
そして新たな最善の「続きの映像」(反応)を創り出すことができる。

私は、このところ毎日、何回もこのリモコンの一時停止ボタンを押しているような状態が続いています。

>そこでむずかしいのが「自分の感情は正しい」と思っている自分をどうするか…。
誤解だ~、君が思っていることは間違っている~。
そう思うジレンマをですね、どう諌めるか…。

このことについても本書は答えてくれます。
「自分の感情が正しい」という確固とした原則に沿った正しい考え、感情があればそれは捨てるべきではありません。
そして相手の間違いを正すべきでしょう。
しかし、間違いを指摘して相手を打ちのめし、自分が勝者となったとしたら果たしてどう考えるでしょうか?
してやったり!と感じて満足できるでしょうか?
まず相手がどうして勘違いしたのか、どうして間違ったのか・・・この原因を考えなければなりません。
もしかしたら、あなたに対する相手の【信頼残高】が不足してたのかもしれません。

ここで【信頼残高】という本書独特のロジックがあります。
つまり、相手に普段から親切にし、誠実に接していれば預金通帳の残高のように、どんどんと信頼残高が増えるのです。
そういった時であれば、信頼という残高がたくさんある状態ですから、ちょっとやそっとのことで誤解は生まれないはずです。
その逆に、いつも辛い思いをさせたり、意地悪をしていたら、その残高は目減りする一方で、最悪の場合は残高がなくなり信頼はマイナスつまり借金状態になってしまう。
こういった状態だとしたら、相手があなたのことを勘違いしたり、間違ったとしても文句は言えません。
信頼残高が不足していたのですから当然です。
だからこそ、人間関係の中で普段から「信頼残高」をコツコツと増やすことが大事だと本書は説いています。

第4の習慣 「WIN-WINを考える」も、この問題を解決するヒントとなります。
つまり、私も勝者、相手も勝者となる方法(WIN-WIN)を模索するということです。
一方が勝者で、一方が敗者の場合はWIN-LOSE,あるいはLOSE-WINの関係になってしまう。(世の中、とくに勝負の世界では一方が勝者になり一方が敗者となる世界が現実的に存在していることを本書は否定をしていません)

しかし、WIN-WIN、双方が勝者となる方法はないのかと考えていくことは必要であるし、視線を変えればそういったことも可能な場合が多い。
相手の話をよく聞き、その気持ちを尊重し、そして自分の気持ちを伝えていく(この辺のことは端折って書きましたが、本書の第5の習慣「理解してから理解される」に詳述されていますので参考にしてください)、そして、双方とも勝者つまりWINの状態~たとえば自分にも教訓となり、相手にも教訓となるような状態~を目指していく方法をとっていくことが望ましいと説かれています。
もちろんこのWIN-WINの状態を築くのは非常に難しいことで、まずそれ以前に確固たる自己を確立しなければいけませんし、先ほどの信頼残高の有無も影響を与えます。
つまり本書の、第一から第三までの「私的成功」を確立していなければならないのです。

このように本書は、7つの習慣それぞれが密接に関連し合っています。

先ほども書きましたが、まだ本書の内容を十分に理解できていない状態で、この記事を書いてみました。
ですから論理の間違いなどもあるかもしれません。
これから読み進める方に本書のエッセンスが少しでも伝わればと思い書かせてもらいました。

刺激→反応

2006年06月05日 | 7つの習慣を読む
 微妙に思考法が変わってきているような気がする。
 まだ「気がする」としか言えないし、まるっきり自信はない。

 そもそも、「7つの習慣」を読もうと思ったのは、自分自身を律することができないふがいなさを何とかしたいと思ったからだ。
 そのために何かのヒント、あるいは答が欲しかった。
 反面、人生論なんて本を読んで付焼刃的に自分が変われるのかという気持ちもあった。

 しかし1回通読しただけだが、この本にはヒント、答があることを確信できた。
 もちろん理解しただけでは駄目でそれを実践しなければいけないのだが…。

 こういった自己啓発に関するような記事を書くのは正直恥ずかしいし、自分にそのような資格があるのかという疑問もあるが、あえて書いてみようと思う。
 
 今日電話で上司からある注意を受けた。
 先月末に終わらせておかなければならない案件をうっかり忘れてしまっていたのだ。
 この案件というのは、本来自分が担当しているものではなく、同じ職場の部下が担当していたものだった。
 その上司の叱責に私は、表面上は「申し訳ありませんでした」と謝罪した。
 しかし、心の中では、担当の部下のことを思い、「なんだあいつが悪いんじゃないか。なんであいつのせいで俺が怒られるんだよ。まったく。あいつに厳しく注意しなければ。」などと、「反応的」に思ってしまった。
 そして、もう少しで、「それは私の担当じゃなくて、○○にやらせているんですよ」などと言うところだった。(本当に情けない;;)
 
 その時、この本の「第一の習慣」~(主体性を発揮する)の内容が浮かんだ。

 上司の注意という「刺激」に、私は、部下のせいにするという「反応」を選択してしまった。
 しかし人間にはこの、「刺激」→「反応」の間には、
 「刺激」→【選択の自由】→「反応」
というものが存在する。
 ある刺激にすぐ反応してしまうのは、有名なパブロフの犬の実験のように動物的なことで、人間には、【選択の自由】が存在する。
(分かりづらい説明かもしれません)

 結局、この考えを参考にして、私は、忘れてしまった案件(ごく簡単なものでしたが)を自分で仕上げることとした。
 そして、忘れたことは私にも責任があったし、同じように部下にも責任があったと考え、お互いに、「これからはどうすればいいのか、とにかく今月は忘れないように気をつけよう」などと話し合うことができた。

 このような、「刺激」→【選択の自由】→「反応」をする状況は、1日の中で何回も出てくる。
 言い換えれば、この状況の連続で1日が成り立っているとも言える。
 こんな状況が100回あるとしたら、私がまともな【選択】をできているのは、せいぜい4~5回だろう。
 残りは、まるでパブロフの犬のように、身勝手な直接的反応しかできていないと思う。(本書ではそういった態度を【反応的】としている。)
 しかしそういった反応は、ほとんどが誤りだったということだけは理解ができた。
 大事なことは、いかに主体性を発揮し、より良い(betterからbestへ)反応を選択する能力を身につけ、そして実践するかである。

7つの習慣【読了】

2006年06月03日 | 7つの習慣を読む
 全481ページ。
 持っているだけで重たい、この大部の本をひととおり読み終えた。
 とりあえず読み終えた満足感とともに、内容の素晴らしさに感動(ベタな表現しかできませんが)し、そして正直放心しているような状態です。
 
 1語として無駄のない文章なので、読んでいてかなり疲れてしまう。
 正直なところ、内容の素晴らしさは充分過ぎるほど理解できたが、まだ、頭の中で整理できていないし、もちろんこのブログで自分の考え、感想なんて書くことができない。

 そこで、また最初から読み返しているところだ。

 どうやら私は、天の邪鬼な読み手らしく、「こんなことはできないよ。そんなに世間は甘くないからなあ」などと考えてしまうことが多い。
 だからこの「7つの習慣」も、前半部分はそんな気持ちで読み進めていった。
 しかし、「第3の習慣」の章あたりから、そんな気持ちは消え、私としては珍しく素直な気持ちで読むことができた。

 理解度は相変わらず3割程度だろう。
 でもこの本で説かれている方法は有効なものであることがはっきりと分かった。
 理解が不十分なので、当然実践できてはいないが、何が正しく、何が正しくないのか…といったことは明確に分かった。(…ような気がする;;)

 自己啓発本、ビジネス本、人生論…なんて無縁な方、そして必要とされていない方もいると思うが、そういった方を含めてすべての人に勧められる良書です。

 難しい言葉を使っているわけでもなく、訳文も悪いわけではありません。(この手の翻訳本特有の直訳ぽいところはあるが)
 ただ精読を要求されますし、内容が豊富すぎて理解できるまで時間がかかってしまうかもしれません。
 ネットを調べたところ、学生向けのものが出ているようです。
 amazon評を読んだところ、「こちらの方が分かりやすい。イラストが豊富。原本と同内容」などの評価だったので、こちらを選択するのも良いかと思います。(私もamazonに注文しました^^)
7つの習慣 ティーンズ

キングベアー出版

このアイテムの詳細を見る
 

7つの習慣

2006年06月01日 | 7つの習慣を読む
7つの習慣―成功には原則があった!

キングベアー出版

このアイテムの詳細を見る


 今、手元にある「7つの習慣」は1997年3月3日初版第17刷のもの。
 いつ、どこで、どういう気持ちで買ったのか覚えていない。
 実に9年間、本棚の中で眠っていたことになる。
 
 amazonでの評価を読んでみると、「人生が変わった。」等々、この本の内容を激賞している。
 自己啓発本、あるいはビジネス本の範疇だろうか。

 この本を読んでみることにした。
 今は、やっと186ページ、大部のこの本の半分も読んでいない。

 はっきり言って難しい。
 油断して読んでいるとすぐに内容を理解できなくなる。
 しかし、ドキッとするような文章、思わずなるほどとうなってしまうような文章にぶつかる。
 これだけ、人間心理、真実に踏み込んだものは読んだことがない。
 著者は、人間の良いところ、悪いところすべてを知っているように感じる。
 そして、愛情を持ってアドバイスを与えてくれる。

 怖い本でもある。
 自分自身のふがいなさ、勘違い、ごく普通だと思っていたこと、甘い考えをことごとく指摘され是正される。
 今の私の状態では、読み進めるのが辛く感じるほどだ。

 読了した部分でも、3割程度しか理解できていないように感じる。
 とりあえず通読してから、自分で感じた想いや実践策、その他、この本からインスピレーションをもらって感じたことを書いていくことにした。

 将来的には、amazon評にもあったように原書にチャレンジするつもりだ。
 それだけの意欲を湧かせる内容だからだ。

 この本を読んだ方からアドバイスをぜひ頂きたいと思っています。