わしゃぁー さびしぃーんじゃぁー

 わしがなぁー 何で自分の家の旧姓のルゥーツゥーしらびょぉーるかゆぅーとなぁー。
 わしゃぁーこどまぁー 娘さんにんでなぁー 三人とも嫁にでぇーたんじゃぁー。せぇーじゃぁーから アメェーバの時からずぅーっとヒトになってもつじぃーてきた 我が家も わしで おわるんかと思うとなぁー 覚悟ぉーしたとはいえ さびしぃーんじゃぁー。せぇーでなぁーできるだけわかりことぉー 書き記して のこしてぇーんじゃぁー。
せぇーで がんばりょぉーんじゃぁー。「人事を尽くして天命を待つ」じゃぁー。もぉーちょっと がんばろぉー。

 せぇーじゃぁー またのぉー
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教えてぇー 「常國(つねくに)」とゆぅー姓のルゥーツぅー

 きょぉーはなぁー このブログゥー訪れてくれる人に おねげぇーがあるんじゃぁー。
 わしゃぁー 我が家にルゥーツしらびょぉーんじゃぁーけぇーど よぉーわからんのじゃぁー。じつあぁー 我が家の姓のことじゃぁー。わがやぁー田舎のちぃーせぇー村の神職でなぁー 江戸時代ぇーの末期に備前藩の池田の殿様からげんぜぇーの姓をもろぉーたらしぃーんじゃぁー。そのめぇーの姓は 常國(つねくに)ゆうーんじゃぁー。この姓も電話帳のもすくのぉーてなぁー全国で二十戸ねぇーんじゃぁー。姓名の辞典にものっとらんし インタァーネットでもでてこんのんじゃぁー。常陸國に関係があるんじゃぁーろぉーかとおもうんじゃぁーけぇーど なんも確証がねぇーんじゃぁー。何でもえぇーから教えてほしぃーんじゃぁー。
 おねげぇーします。

 せぇーじゃぁー またのぉー
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やっと「足尼」の読み方と意味がわかったんじゃぁー うれしぃーのぉー

 きょぉーは いちんち いえぇーおったのぉー。明日からちょっといそがしゅぅーなるんじゃぁー。明日、あさってやぁー実家の庭のせんてぇーをしてもらうんじゃぁー。一人でせんてぇーするから わしゃぁーてつでぇーじゃぁー。せぇーから どよぉーびやぁー伊勢講じゃぁー。一ぺぇー飲むから じっけぇーとまるんじゃぁー。せぇーでにちよぉーびゃぁーしょぉーがっこぉーのどぉーそぉーけぇーのうちあわしょーしてのぉー飛んでけぇーって おきゃぁーまこくてぇー柔道きょぉーぎのいろぉーけぇーに出席するんじゃぁー。あんまりブログがかけんかもしれんのぉー。
 久し振りに吉備の国のこでぇーしの本をみよぉーってのぉー 一つの言葉の読み方がわかってのぉー ちょっとうれしかったんじゃぁー。きょぉーは こりょぉーひとつかかぁー。
 ずぅーっとめぇーに けぇーたんじゃぁーけど わしがほぉーむしょぉーる春日神社の由緒で「天児屋根命七世孫大伯国造佐紀足尼が大和国奈良より勧請した。」とあるんじゃぁー。「佐紀足尼」をどぉーよむんじゃぁろぉーか わからなんだんじゃぁー。インタァーネットで色々だしてみょぉーたら 「日本語の起源」の 08ツァ行音について とゆぅーとこぉーみゅぅーったら
 ス 足 tsiuk=tsuk 足スク 尼ネ(敬称) tsukune とゆぅー一ぎょぉーにでおぉーたんじゃぁー。「足尼」は「スクネ」と読むことがわかったんじゃぁー。せぇーでぇーのぉー「宿禰」の古称じゃぁーそぉーな。
 せぇーたま県の稲荷山古墳から出土した鉄剣銘に「多加利足尼」とあるのが初見じゃぁーそぉーな。この鉄剣は辛亥年の年紀を有するんで471年ごろには、すでに「足尼(すくね)」とゆぅー呼称が用いらりょぉーったとゆぅーことらしぃーのぉー。せぇーが「宿禰」となったじゃぁーそぉーな。
 けぇーでよぉーわかって すっきりしたぞなぁー。もとの由緒に戻ると 「天児屋根命七世孫大伯国造佐紀足尼・・・」は「天児屋根命の七世の孫大伯(おく)のくにのみやつこ佐紀のすくね・・・」となるんがわかったんじゃぁー。けぇーで 意味がよぉーわかってすっきりしたんじゃぁー。氏子にうめぇーぐえぇーにせつめぇーできるぞなぁー。
 きょおぉーは つかれたのぉー
 せぇーじゃぁー またのぉー 
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皇室典範はこの案で ほんとぉーにえぇーんかのぉー

 きょぉはのぉー あさはよぉー じけぇーけぇーってのぉー おやじゆぅーしんりょぉーせぇー連れていったんじゃぁー。雨がふりょぉーたけぇーど 行くときにゃぁー おろになっとった。しんりょぉーしょじゃぁー古参の一人じゃぁーから 時々ふりぃーしりえぇーにあうんじゃぁ「せんせぇー 元気でながいきゅぅーしましょぉーぜ」ゆぅーてこよぉーかけてくれるんじゃぁー。ありがてぇーことじゃぁー。こぉーゆぅー励ましをもろぉーたら意欲がでるんじゃろぉーのぉー。家にけぇーって こんだぁー 母親を連れてスゥーパァーへおよそ二週間分のけぇーものじゃぁー。昼めぇーにけぇーって 新聞をみゅぅーたら 一面に「女けぇー天のぉー七十一パーセントよぉーにん」ゆぅー見出しがあったんじゃぁー。わしらぁーしんしょかぁーいままでの男けぇーけぇーぞくのたちばじゃぁーけぇーどのぉー 今そりょぉー論議するつまりゃぁー ねぇーんじゃぁー。このきじゅぅー読みながらフッとあたまぁーよぎったことがあるんじゃーこぉーしつと世ぞくぅー同等にかんげぇーるなぁー恐れ多いことじゃぁーけどしつれぇーしてかきますらぁー。
 わしがフッとおもたなー。自分の身近なことじゃぁー。わしゃぁーきょぉーでぇー四人で男ふたぁーり 女ふたぁーりじゃぁー。せぇーでえわしゃぁーちょぉーなんじゃぁー。にょぉーぼのいやぁー 女ふたぁーりであに(姉)ゃぁーひょごけんへでとる。わしゃぁーよぉーしじゃぁーねぇーんで にょぉーぼのいやぁー絶えてしもぉーた。わしらぁーのこどまぁー女三人じゃぁー。せぇーうぇぇー三人とも結婚してホッとしとるけぇーど どれも長男と結婚しとるんじゃぁー。わしの家もわしのでぇーで十中八、九絶えるんじゃぁー。けぇーが動物ならどねぇーんしても子孫をつくってせでぇーをつねぇーでゆくんじゃぁろぉーけど いまじゃぁーそんなこたぁーできりゃぁーせんがなぁー。養子もなかなかむずかしぃーしのぉー。つれぇーことじゃぁー。まぁーDNAは娘からつながっとるからえぇーとせにゃぁーいけんのかのぉー。まぁー こんなこととといっしょにしたらいけんけぇーど おそれおおくもこぉしつをかんげぇーたらえぇーげにゆくんじゃぁろぉーかとゆぅー気になるんじゃぁー。じょてぇーの婿殿(どぉーおよびすりゃぁーえぇーんかわからんのでこぉーけぇーた)がうまくみつかるんかのぉー なんでぇーもしょぉーるうちに 直系からほどとぉーいてんのぉー、じょてぇーになってしまうんじゃぁーねぇーかしんぺぇーじゃぁー。いちばんごぉーほぉーてきなんは お若いうちに結婚されて お子さまをたくさんお産みいただくのがさいりょぉーのしゅだんかのぉー。わしゃぁー三人がんばったけぇーどおえなんだのぉー。
 このブログぁーこぉーしつを ひぼぉーするきもちゃぁーまったくねぇーんじゃぁー。
 おこらんよぉーにしてぇーよぉー
 
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わしの実家の祖先とちぃーきのことぉー もっとしりてぇーんじゃぁー

 さぶぅーなったのぉー きにょぉーのブログに実家の隣がしょぉーがっこぉーじゃぁーとけぇーたがのぉー きょぉーは 実家やちぃーき(旧の村)にちぃーてちょっとけぇーてみゅぅーかのぉー。わしの実家はのぉー わしで二十五でぇーめじゃぁーといわれとんじゃぁーけど 残念なことに なんでぇーかめぇーに火事でぇーてのー ふりぃーかけぇーずや書物がねぇーんじゃぁー。せぇーじゃから二十五でぇーゆぅーのも口伝じゃぁー。なんでぇーめぇーから神主しょぉーんやらいつごろからこけぇーすみちぃーたんやらわからん。
 江戸じでぇーの終わり頃 神主をしながらてなれぇーしょ(はえぇー話が寺子屋じゃぁー)しょぉーたんじゃぁー。せぇーが明治の学制でしょぉーがっこぉーになったんじゃぁー。せぇー以後 教員をしながら神主ぅーつづけとんじゃぁー。そのじでぇーにのぉーこれも口伝じゃぁーけど 池田の殿様からあたらしぃー姓(現在の姓)をもろぉーとんじゃぁー。全国の電話ちょぉーのCDで調べてみたけぇーど実家とわしとおとぉーとの三軒しかねぇーんじゃぁー。ちかくにゃぁー おぉーきぃーお宮(旧国幣中社)やむかしゃぁー院がよぉーけぇーあったいわれとる寺もあるんじゃぁー。大字はのぉー「阿知」ゆぅーじゃぁー。せぇーで わsが奉仕しょぉーる神社のけぇーでぇー「阿知神社」ゆぅー末社があるんじゃぁー。そんなとこから百済から渡来した百済王の阿知使主(あちのおみ)にかんけぇーしとんじゃろぉーいわれとんじゃぁー。そんなことがあるからのぉー わしゃぁー 吉備の国のこでぇーしをぼちぼちしらべてみゅぅーんじゃぁー。
 きょぉーは わしんちのじまんばなしがへぇーってしもぉーたがこれぇーてちょぉーでぇー。
 せぇじゃぁー またのぉー
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あちぃーのぉー!!!  すずしぃー図書館へいったんじゃぁー

 めぇーにちあちいーのぉー。おきゃぁーまはめぇーにち33度でぇーじゃぁー。
 都道府県対抗第21回全日本女子柔道大会がおわって、ブログをけぇーたらいっぺぇー飲んできゅぅーよぉーじゃぁー。
 きょぉーはのぉー、うちぃーおってもあちぃーばぁーじゃから、ひさしぶりに図書館へいったんじゃぁー。まだ2けぇーめじゃから、どけぇーわしのさがしょぉーるぶんりぃーがあるんかよぉわからんのじゃぁー。かんねぇーを歩き回ってやっとしゅうーきょぉーのとこぉーみつけて「柴刺(シバサシ)」とゆぅー本をちょっと読んだ。神職はぶんけぇーの人がおいんじゃぁーけど、わしゃぁーりけぇーじゃぁー。どぉーしても、「なぜ」「どぉーして」がでてきてのぉー、はっきりわかるまですっきりせんのんじゃぁー。このほんの著者もわしににとる神職さんじゃぁー。なかなかこだわりがあって、むずかしぃーんじゃぁー。また図書館へきてつずきぅーよまぁー。けぇーりに本屋へ寄ってたちよみゅぅーしてけぇーった。
 ぼちぼちこでぇーしをべんきょぉーしょぉーかのぉー。
 せぇーじゃぁー またのぉー。  あちぃー あちぃー。
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わしのルーツはどーなっとんじゃぁー (二)???

何かぎょじがねーときは、家にずうーといることがおいぃなぁ。午前中は提出するしょりーをけーて、FAXしたりゆうそーした。ごごにゃぁ、神社の由緒のふりーいものを探して読んだり、吉備の古代史に関する本を読んで、かんけーのあるところに付箋をつけたんじゃぁ。また、まとめてコピーするんじゃぁ。
神社の由緒もでーてー史実とつながっているんがわかってきたぞな。わしの家についてきになっとんが、せんぞは、もともと吉備の国のもんか、百済からの渡来人なのか、大和ちょうてーのもんとして、吉備の国を支配しにきたもんかよーわからんのじゃぁ。けーがわかりゃぁすっきりするんじゃがなぁ。
 もー手持ちの本もねーのでけーからは図書館通いじゃぁ。
 せじゃぁ、また   

     のち
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にょーぼの先祖のはなしじゃぁ !!!

おきゃぁまは今日も雨じゃった。天気がよかったら、ラビットではしりたっかったじゃーけぇど、残念じゃった。ゆんべ、おそーまで邑久郡史にみょーとしょったんじゃぁ。そしたら、古文書ににょーぼの先祖らしー記述があったんじゃぁ。せーでそのことーはなしたんじゃぁ。そしたら、今朝過去帳を見せてくれた。そぉーしたら、過去帳の最初に邑久郡史にあった名前とおんなじじゃった。先祖は源氏方の武士で、「平氏の残党が海賊となり港にはいってくる報告をうけて搦捕して堀河御所へ引き出した。」とあるんじゃぁ。
 少しずつしらべてゆくと。かなり関係があることがでてきておもしれぇーぞな。一度によーけぇかけんがこれぇーてちょーでぇ。
 それじゃぁまたあした

   
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こでーぇしの、しりょー集めじゃぁー

お彼岸のぎょーじも終わり、今日は一日きゅうよーじゃぁ。
 めぇーに読んでわしのしらべてーことがけーてあるぺーじに付箋をつけとったとこぉコピーしてまとめたんじゃぁ。「邑久郡史」(上、下巻)じゃぁ。わしの実家の地域の資料がぎょーさんのっとんじゃぁ。地名、それにかんけぇーする渡来人、神社の由緒、古文献の所載、郡名、村名、由緒の地名町村別の地名などが詳しくけーてある。めぇーにけぇーた別の本にあった春日神社の由緒と大伯(邑久:オク)の国造とのつながりもかなりけぇーてある。このほか吉備の国とその一地域である大伯郡との関係などのことがかなりくぁしゅーのっとるんじゃぁ。
 これから、いろんな本読んでがんばってまとめてみゅうとおもとんじゃぁ。
 明日も時間があるから、しりょーあつめをしょぉかのぉー。
 天気がよけりゃぁラビットにものりてぇなぁ

      
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ええ図書館ができたんじゃぁー

こねーだから 古代史のことをしらべよーと けーとるが、ひつよーな本が全てかいそろえるわけにゃぁーいかん。じゃぁーから 図書館をかつよーせにゃぁーどねーにもならん。あたらしー岡山県立図書館が昨秋できてなー便利になったんじゃぁー。まだ二けーしかいってねぇーんじゃが、なかなかええ図書館じぁ。
自分で好きな本を書架から探して自由に読めるし、かりることもできる。わしゃぁー とーろくしてカードをもっとるから簡単にかりれるんじゃぁ。家からインターネットで県下の公立の図書館の本が検索できたり、コンピューターを借りてインターネットすることもできるんじゃぁー。ここで調べたり、借りてしらべよーとおもーとんじゃぁ。
 きにょーに続いてきょーもほーじがあってあんまりええことがかけんですまんのー。
 明日りゃぁー何がかけるかのー せじゃぁ またのっぉー

    
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