しんくうかん

この地とともに。

第150話 「抗(あらがう)」

2017-05-17 06:17:20 | 日記


今朝も4時に目が覚める。まずはションベンだ!
ゆっくりと体を起こし用を足し終えると、また温もりのこる蒲団にもぐり小一時間ほど「起きたいけどまだ寝ていたい」 と、ぐずぐずあらがう、これが退院してからの日課になった。

以前は寝つきと目覚めはすこぶる良く、深酒をしなければ、目が覚めるとガバッと布団を跳ねあげスクッと起きたのに、入院中、手術で体力が落ち“起きてはまた寝る”を繰り返すうちにしぜんと今の状態になってしまったのだ。
6時前には事務所で、トースターに食パンにチーズと野菜そしてハムをのせて入れ、ジィジィとスイッチを回し、焼き上がる前に豆を引きコーヒーを落す。と同時にミルクパンに同じ分量の牛乳を入れて弱火にかけ、部屋中に薫るコーヒーを注ぎいれ、スプーンでゆっくりとかき回すと好物のカフェオレができあがる。新聞を広げてカフェオレをすする至極の一時。
ブッブーブッブー、ぴろろんぴろろん突然携帯が鳴る。「もしもし…」
「good morning―」東京に住む友人からだ。
彼は10数年前に痔ろうが悪化、入退院を繰り返していたのが、しばらくして末期の胃癌になり全部摘出する。そして、2年存命率40%の宣告。しかし新薬の驚異的な効力で、8年経った今も電話口の声はきわめて元気、躁鬱になったのだ。だから現在も、入退院を繰り返す日々らしい。
そして止む無く、苦労の末に創業した会社の二代目を信頼する部下に任せて引退する。
自分の置かれた環境と、どんどん変化し続ける取巻く社会環境の狭間で “このままで終れない!なんとか自分の存在を誇示したい―でも・・・”と、あがらい、苦しんでいるのだ。
「自然に任せるしかない」と、分かっているからこそ、高ぶる気持ちを抑えきれずに朝昼夜構わずバンバン電話が来る。でもわたしは他人ごとと捨て置けない、落ち込んだときの自分と重なるのだ。どんなに強がっても、人間は一人になると弱いものである。それがふつうだと思う。
つらく苦しいことは、そうなってみて分かる。だから本人しか分からない。こころのなかでは永遠に、「ひとりぼっち」なのだ。
連休の初日は、前日とは打って変わって寒かったが、高校生と小学六年になったばかりの男兄弟の孫ふたりと「エビとネギをとってジンギスカンをするぞ」と、出かけた。
目的地の小さな林は、下草は緑がまばらに見えるも林は一様にうすい茶褐色。でも間もなく、萌える新緑に、この大地すべてが包まれる。

半年ものあいだ、すべてがカチカチに凍る厳しい冬との“あらがい”があってのことである。

まもなく出版事業がはじまる。第1刷を携え、彼のところへ行こうとおもっている。

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