しんくうかん

この地とともに。

第124話 「地図で旅する」

2016-09-15 14:26:12 | 日記


子どものころからの地図好きはいまも変わらない。なかでも古地図が好きで、描きこまれた
地形や記された記号から当時の様子を嗅ぎ取りあれこれ思いめぐらせると、丸一日見ていても飽きることはない。

わたしの宝物のひとつ、明治26年製作の1/25000の十勝川地形図を、合間見ては眺めている。芽室太から大津まで、原始のままの十勝川沿いの範囲を、東西南北碁盤の目に区画割し引かれた基線に東〇〇号、北〇〇線と記した数字が現在の地形図と同じなので、正規に測量して作製された十勝最初の地形図とおもっている。
たぶん製作は、浅田次郎原作の映画「劒岳点の記」に登場する「大日本帝国陸地測量部」か?と思うのだが印刷、発行は民間会社名のようで、委託を受け製作したものか!?10年ほど前、町村の博物館で見つけ複写させてもらったものだ。
唯一市街地が描かれた大津から、現在とほぼ同じ位置に引かれた十勝川沿いの太い道は、石狩道路と云われたいまの国道38号線で、この地図発行3年後の29年に開通している。
国道以外は、アイヌと動植物が自然のままにめんめんと生きてきた大地である。
その原野を流れる大河十勝川は、分かれてまた下流で合流、枝分かれた支流は段丘の渓から流れでた別の支流と合わさり本流へと、うねうねと繰り返している。毛細血管のような何本もの流れが、点在する大小の沼と本流を結び、ひときわ大きい沼はいまのキモントーであろう。きっと、この原野の下にはさらに無数の水脈が走っているのだ。
おどろいたことに、草木、湿地の記が拡がるなかに、耕地の記載が―数えるとひとつふたつ…何ヵ所も点在している。
大雨のたびに溢れる水で一帯は海のようになり、水が引くと植物を育む肥沃な野となる。また、樹木が少なく根が浅いドロヤナギなど抜根しやすい河畔は、最初の入植地にはうってつけの場所だったのだろう。ただ、たびたび洪水が来くるとすべてが水の泡と分かってのことだけに、“いのちをかけた賭けごとでもあったのだろう。
今回十勝を襲った未曾有の水害のあといつもの河畔は林は湿気に覆われ、草木の根元に隙間なく入り込んだヌルヌルの泥に足をとられそして、おびただしいハッカスプレーなんか目じゃない蚊の猛攻。手の甲、額、頬、首筋と肌の露出しているところは次々と刺された。

数日後また地図を眺め、忘れたころ痒くなる刺された痕にキンカンを塗り塗り、「生まれたままの野性での、計り知れない数の吸血虫猛攻まっ直なかで昼夜の生活、現代と比べようのない状況で、何からなにまでも自分の手仕事でこなさなければならない―。自分には絶対にできないナ」と、「でもタイムマシンがあるなら一度は…」と、思いにふけるのだ。

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