スパニッシュ・オデッセイ

スペイン語のトリビア
コスタリカ、メキシコ、ペルーのエピソード
パプア・ニューギニア、シンガポールのエピソード等

ラッキー・ボーイ

2013-10-31 13:41:59 | トリビア
 青年海外協力隊からの派遣先が、エル・サルバドルから中南米の3Cの一つであるコスタリカに変更になった。中南米の3Cというと、美女の産地として有名である。Colombia, Chile と Costa Ricaである。Cuba も C で始まるが、4Cにはならない。キューバに美人がいないわけはないと思うのだが。青年海外協力隊員が派遣される国は発展途上国であるが、コスタリカはチュニジアと並んで、協力隊員が派遣される国の中では発展している方の国であった。それも3Cのうちの一つ。他の2つのCの国へは当時は協力隊は派遣されていなかった。本当にラッキーであった。
 ところで、ラッキーと言えば、当時は全然気が付かなかったのであるが、高校時代、筆者は3年間、体育祭の優勝クラスにいたのである。当時は1クラス50人以上、1学年は10クラスであった。生徒は500人以上いた。3年間ずっと優勝クラスに入っていられる確率は10の3乗分の1、つまり1,000人に1人。500人のうち、1人いるかいないかである。3年間ずっと同じクラスだった同級生はいないので、筆者ただ一人である。筆者は運動音痴なので、優勝には何の貢献もしていないのだが、筆者の力で優勝を引き寄せたとはいえる(?)。
 さて、コスタリカを振り出しに、パプア・ニューギニア等を渡り歩いたのだが、ラッキーはずっと続いていた。
 コスタリカにいた時には、コスタリカからミス・インターナショナルが出た。筆者と懇意のある日本人男性が、どういうわけか、彼女の家族に気に入られ、縁談があったようだが、残念ながら彼には決まった人がいたので、沙汰やみになった。まったく、もてて、もてて困っていたようだ。
 パプア・ニューギニアにいた時には筆者が勤めていた国立高校(人口300万人の国に、高校は4つしかない。すべて国立)からミス・パプア・ニューギニアが出た。ただ、同僚のオーストラリア人の担任の教師によると、性格は悪いとのことだったが。そういえば、1年で中退してしまった(パプア・ニューギニアの高校は2年制)。
 シンガポールにいた時は、シンガポールがミス・ユニバースの会場になり、シンガポール代表も初めて入賞した。
 ペルーにいた時は、ペルー代表がミセス・ワールドに選ばれた。彼女は親しくつきあっていた弁護士の親戚だったようだ。
 メキシコにいた時には、メキシコからミス・ユニバースが出た。
 とまあ、筆者の行くところ、美人コンテストの賞に縁があったのである。
 また、パプア・ニューギニアとメキシコで皆既日食を見ることもできた。メキシコの皆既日食当日は、朝からどんより曇っていて、日食が見られるかどうか心配だったのだが、皆既日食の時間が近くなってくると、太陽の周りから雲がなくなり、皆既日食を拝むことができた。そして、皆既日食が終わるとまた、太陽が雲に覆われたのである。普段の行いがいいというだけでは説明できない、奇跡のようなことであった。
 というわけで、筆者は本当にラッキーボーイだったのである。
 しかし、ラッキーはここまでで、ペルーの地震防災プロジェクトの調整員をやっていたせいか、新潟県中越地震、及び中越沖地震で震度5弱と震度6強を経験してしまった。東北の大震災に比べれば大したことはないが。それでも、心身の不調が続いた。地震の前には筆者が二重生活をしていた、新潟県と福井県で水害が発生した。筆者の行くところ、災害が起きる。全く、私が「来てから」洪水があったのではなく、私が「来たから」洪水があったといえるだろう。この「来てから」と「来たから」の違いは、日本語教育の初級レベルで扱う項目ではある。
 人生、山あり、谷ありである。

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青年海外協力隊へ(2)-派遣先変更

2013-10-30 16:10:29 | トリビア
 訓練期間中、各語学講座の余興で劇をしたり、歌を歌ったりするが、筆者は楽器はだめなので、常にボーカルを担当させられた。それまで、歌には特に自信はなかったのだが、やってみると結構歌える。教師として、教室で大きい声、それも腹式呼吸の声を出せるようになっていたので、それがよかったのだろう。それでも、カラオケが普及するまでは、人前ではあまり歌うことはなかった。それが、パプア・ニューギニアへ行ってから花が開いたのである。
 そうこうするうちに4か月が過ぎ、訓練が終了した。訓練終了後、隊員候補生(まだ隊員ではない)全員でJICA名誉総裁であらせられる皇太子殿下(今上陛下)にご挨拶に伺う。場所は東宮御所である。元来、皇太子殿下のお住まいは皇居の東である。だから、東宮という名なのだが、東宮御所は赤坂にあり、皇居の西にあたる。当時はそんな簡単なことにも気づかず、今になって気付くという馬鹿さ加減である。京都に都があったころは御所の東にちゃんと東宮があったのだろうが。それとも、京都御所からだと、東京赤坂は東にあるからいいということだろうか。
 「東宮」が「皇太子」の別称であることは、このころ分かったのだが、最近、「親王」の別称にもいろいろあり、その中に「蓮池」というのがあることを発見した。これは「和漢三才図会(ずえ)」に載っている。あの拉致被害者の「蓮池」さんは、ご先祖様が親王殿下だったのかもしれない。

 話を訓練期間中に戻すが、エル・サルバドルでインシンカ社社長誘拐殺害事件が発生し、内戦に突入した。そこで、派遣延期、派遣先変更の措置が取られたのである。中南米の3Cのうちの一つ、コスタリカに派遣先が変更になり、出発日も8月15日になった。4か月の自宅待機ということで、その間の国内手当もいただき、さらに実家に帰って、予備校の英語講師のアルバイトもやっていたので、ずいぶん潤っていた。

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青年海外協力隊へ(1)

2013-10-29 18:00:39 | トリビア
  その後、大学を卒業してからは、しばらくスペイン語からも遠ざかっていたのだが、高校の英語教諭をやっているときに、青年海外協力隊の日本語教師隊員に応募したら、運よく合格した。子供のころは「兼高かおる世界の旅」を毎週見ていて、海外への憧れがはぐくまれていった。小学校のころの作文に「将来は大使になりたい」と無邪気なことも書いていた。海外での仕事とはいっても、特に、専門技術がないので、日本語教師でもと思って、高校教師を続けている間、日本語教授法を通信教育で受講していた。応募の時点では、まだ終了まで数か月を残しており、ダメもとで受験したのだが、現職の英語の高校教諭で、外国語教授法は一応やったことにはなっていたので、それもよかったのだろう。その頃の問題はあまり難しくなかった。今、受けたら危ない。英語の試験は中学レベルだったから、満点で当たり前である。ASEAN加盟5か国(当時)の名前を英語で書けという問題をよく覚えている。フィリピンが一番難しかったのだろう。ちゃんと勉強していないと書けない。高校英語教師なら、できて当たり前。
 無事、合格して、派遣先がエル・サルバドル(El Salvador、「救い主」の意)に決まった。スペイン語圏である。8年前にスペイン語を勉強した甲斐があったというものだ。大学時代は、大学紛争の余波もあり、他の勉強はあまりしなかったが、語学だけはちゃんとやった。
 基本文法は知っていたので、訓練期間中は、それを身につけ、会話練習をするだけでよかったような気がする。スペイン語を一から始めた候補生もいる中で、筆者はずいぶん楽をさせてもらった。
 スペイン語の先生は最初の2か月はパラグアイ出身の若くて、美しい女性で、NHKのテレビ・スペイン語講座の講師もしていた。次の2か月はメキシコ女性で、こちらは知的なタイプで、二人とも日本人の奥さんであった。

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スペイン語との出会い(13) 天の守護神サンタナ

2013-10-28 13:05:33 | スペイン語
  スペイン語を勉強していたころ、サンタナ(Santana ← Santa Ana、聖アンナ、アンナは聖母マリアの母の名)のセカンド・アルバム「天の守護神サンタナ」が大ヒットした。ラテン・ロックの幕開けである。その中の一曲に「僕のリズムを聞いてくれ(Oye cómo va、オジェ・コモ・バ)」というのがある。スペイン語を勉強したおかげで、oye が「聞いてくれ」、cómo が英語の how、va が go にあたることはすぐわかった。「僕のリズム」は “mi ritmo”で、“oye cómo va”のフレーズに続いて出てくる。

 その後、プログレッシブ・ロックに疲れた筆者はジャズやオールディーズに癒しを求めるようになった。ジャズの方では「パーディド(Perdido)」という有名な曲があるが、これはスペイン語で本当は「ペルディード」と発音する。英語に置き換えるとlostで「道に迷った」とか「失われた」という意味である。

 パット・ブーンで昔ヒットした「スピーディー・ゴンザレス(Speedy Gonzalez)」もオールディーズのアルバムで知った一曲である。

 ビートルズ以前の日本のヒットパレードでもヒットしたかもしれないが、記憶にない。実は、スピーディー・ゴンザレスはアメリカのアニメの主人公のネズミの名前だということはコスタリカに行ってから、テレビを見て知った。強烈なスペイン語なまりの英語を話すということだが、子供向けアニメは当然スペイン語に吹き替えるので、その面白さは伝わってはいないだろう。
 この歌の中で「トルティーヤ(tortilla)」と「チリ・ペッパー」がどうこうという歌詞がある。そこで、トルティーヤという言葉も知った。これはコスタリカとメキシコでよく食べた。
 tortilla のつづりの中のllはスペインでは「リャ行」で発音されるが、ラテンアメリカではそのほかに「ヤ行」や「ジャ行」で発音されたりする。逆に言えば、「リャ」も「ヤ」も「ジャ」も区別がつかないのである。かつて、ミャーンという野球の選手がいたが、つづりはMillanだった。英語しか知らなければとても読めたものではない。
 ということで、スペイン語圏では「山田」さんは「ジャマダ」さんと呼ばれることがあるということである。
 かくして、少しずつラテンアメリカへの憧れが筆者の中で醸成されていったのである。

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スペイン語との出会い(12)

2013-10-27 17:18:40 | スペイン語
  La Bamba で、ずいぶん寄り道したが、ここで「スペイン語との出会い」にもどろう。

 ビートルズの「ミッシェル」の歌詞が一部フランス語だったり、“She loves you”と“I wanna hold your hand”の2曲にはドイツ語バージョンがあることは有名だが、アルバム「アビーロード」の中の1曲「サン・キング(Sun King)」の歌詞の一部にスペイン語の単語も入っている。ただし、イタリア語もポルトガル語も入っていて、意味不明である。インチキ・スペイン語もどきで、ジョンのお遊びだろう。発売当初は意味をまじめに考えていたものだが。

 ビーチボーイズはアルバム“Live in London”の中でマイク・ラブが曲名紹介の時、“Se llama” (セ・ジャマ、it’s called)とスペイン語でやっている。そういえば、“Se llama”はトリオ・ロス・パンチョスの曲「その名はフジヤマ」の中で“Se llama Fujiyama……”と歌っていたのを覚えている。当時は全く意味不明だったが。
 1968年ごろから、アート・ロック(今ではプログレッシブ・ロックというのが普通のようだが)が流行したが、数年して一段落すると、またやさしい音楽が流行ってくる。そんな時にはやったのが、「サンホセへの道(Do you know the way to San Jose?)」だ。この当時もサンホセがサンノゼのことだとはまだ思いが及ばなかったが、改めて歌詞を見ると明らかにSan Joseはカリフォルニア州のサンノゼを指していることは「スペイン語との出会い(4)」で述べた。
 さて、大学3年生の時、第3外国語としてスペイン語を取った。第2外国語は選択必修で、ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語の中から一つ取らなければならない。選択の比率は順に4:4:1:1ぐらいだったような気がする。今でもスペイン語を第2外国語として扱っている大学は外国語学部を除いて、あまり多くないと思う。
 フランス語は2年間、まあまじめに勉強していたし、スペイン語もフランス語もラテン語から派生したくらいの知識は持っていたので、簡単に単位が取れるだろうと思っていたら、予想にたがわず、やさしかった。発音はフランス語より格段にやさしく、数の数え方もまともだったので、好感が持てた。フランス語の数の数え方は特殊だ。70はsixty tenのような言い方だ。80は4-20’sのような言い方だ。これでは70以上の計算が難しい。
 単語も読み方やつづりがフランス語と少し違うだけのものが多かった。英語とフランス語を知っていれば、スペイン語は簡単である。もちろん、違いはあるし、動詞の活用も覚えなければならないことは言うまでもない。
 当時、語学嫌いの友人がいて、「なんでそんなもの取るの?」と言われた覚えがある。しかし、単位を取るためにとったスペイン語がその後の筆者の人生を左右することになろうとは、人生とは不思議なものである。

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La Bamba のおまけ-Arriba 乾杯

2013-10-26 14:20:12 | スペイン語
  La Bamba のおまけである。
 スペイン語では「乾杯」は“¡Salud!”(サルー、「健康」)という。人生には「健康」に加えて、「お金」と「愛」も大事なので、“¡Salud!”のあとに、これらを付け加えて、“¡Salud, dinero y amor!”と言って乾杯することもある。
 乾杯の儀式だが、グラスを上に持ちあげることは世界的に普通のようだ。「上」は“La Bamba”でも紹介した“Arriba”である。持ち上げただけでは飲めないので、次のステップも必要である。スペイン語ではこういう。
 “¡Arriba, abajo, al centro, adentro!” (アリバ、アバホ、アルセントロ、アデントロ)「上へ、下へ、真ん中へ、中へ」   
 まず、グラスを持ち上げ、それから、下ろし、真ん中の高さ(胸の高さ)へ持って行き、それから、最後に体の中へ(口の中へ)流し込むわけである。
 これを覚えると楽しく飲めて、アミーゴがすぐできるはずである。
 また、“Arriba”を使った慣用句には次のようなものがある。“Canas arriba, ganas abajo”(カナス・アリバ・ガナス・アバホ)“canas”は「白髪」、“ganas”は「欲求」。「白髪は上、欲求は下」だが、「髪は白くなっても、下の欲求はまだまだ」で、「老いてますます盛ん」ということである。コスタリカでお世話になったアミーゴが連発するフレーズである。


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La Bamba (5) 何とでも解釈できる歌詞

2013-10-25 12:50:21 | スペイン語
 “La Bamba”の歌詞の解説の続きである。arriba に続く歌詞が、marinero(水夫、英語の mariner と同根)や capitán(captain)などの海の男関係のことが続くので、arriba は「入港しろ」の意味にかけているようにも取れる。
 さらに、“por ti seré”だが、英語の直訳では“I will be for you”となり。be 動詞の補語がほしい。つまり「何に」なるつもりなのか明示されていない。「上へ」arriba があるから、「上へ」行くつもりなのか。「上の方へ」移動するだけなら、動詞は ser ではなく、estar (英語の stay と同根)にしなければならない。地位が上の方へ行くのなら ser でもよさそうだが。
ペーペーの一水夫(marinero)から船長(capitán)へ、さらには提督(almirante、英語の“admiral”に相当)へとでも出世したいのだろうか。
 とまあ、簡単な歌詞でも、これだけ考えさせられる「深~い」歌なのであった。  


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La Bamba (4) Arriba

2013-10-24 14:50:07 | スペイン語

“La Bamba”の歌詞の中で“arriba”が数回繰り返される。これは「上へ」という意味でよく使われる基本語彙である。しかしながら、“arriba”にはいくつか意味があるのである。
 1.上へ(副詞)
 2.起きろ   ¡Arriba!  “Get up”の“up”。
 3.元気を出せ ¡Arriba los corazones! 「心を上へ」が直訳。 
  4.万歳     ¡Arriba España!  スペイン、万歳!
  「万歳」と言う時にはふつう手を上にあげる(manos arriba)。
  5.動詞“arribar”(船が入港する)の直説法現在3人称現在形、または命令法2人称形
 英語の“arrive”と同根。過去分詞を女性形にすると“arribada”だが、これは「ウミガメが産卵のために大挙して、海岸にやってくること」の意味である。筆者もウミガメの生卵をいただいたことがある。鶏の卵に比べると黄身がパサパサしていたようだった。
  6.姓
 “Diccionario de apellidos españoles”(スペイン人名事典)には“Arriba”という姓も掲載されている。

掲載されているぐらいだから、珍名というわけではない。ただし、そう多くもないそうである。日本語では「上様」といったところだろう。地形や方位に由来する姓のようだが、バスク語の「石」とも関係があるとの説も紹介されている。
 ただ、個人名を呼び捨てにすることはあっても、政治家などを除き、姓を呼び捨てにすることはあまりなかったような気がする。ただし、スペイン語圏の人間にとっては、日本人の名前は姓か個人名か区別がつきにくいようで、筆者は個人名より姓の方が発音しやすかったせいか、姓で呼ばれることの方が多かったが。
 それはともかく、“La Bamba”の歌詞の中で“Arriba”さんを呼んでいるわけでもなさそうである。


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La Bamba (3) gracia と細川ガラシャ

2013-10-23 15:30:15 | トリビア

  今回は“La Bamba”の歌詞の中の“gracia”である。この語は意味がたくさんある。「行為、恩恵」、「上品さ、優雅さ、気品」、「面白さ、おかしさ」、「冗談、しゃれ、おどけ」、「素質、手腕」などだが、「迷惑なこと、ひどいこと」、「へま、失態」という意味もある。「尊名、芳名」、「神の恩寵」というのもある。文が短いので特定できないが、とりあえず「気品」を選んだ。
 “gracia”を複数形にすると、“gracias”で「ありがとう」の意味になる。この場合の“gracia”の意味は「(あなたの)恩恵」ということだろう。イタリア語の“grazie”も全く同様である。発音は「グラッチェ」ではなく「グラツィエ」となる。フランス語では「ありがとう」は“merci”だが、スペイン語で対応するのは“merced”である。英語では“mercy”である。これも「恩恵」という意味がある。“merced”を複数形にすると“mercedes”で、あのベンツの高級車「メルセデス」である。これは女性の名前にも使われる。単数形の“merced”を姓に持つメジャーリーグの選手もいた。NHKのアナウンサーは「マーセッド」などと馬鹿な読み方をしているが。馬鹿ついでに、岩村選手をアメリカのアナウンサーのまねでもして、「イワミューラ」と言えばよかったのに。
 “gracia”に対応する英語“grace”は女性名としても用いられる。有名なのはグレース・ケリーだろう。また、“Amazing Grace”という歌もあるが、こちらは「(神の)驚くべき恩寵」ということだろう。
 “gracia”は日本にも伝わってきて、やはり女性の洗礼名に使われている。ポルトガル語では“graça”(グラサ)である。一番の有名人は「細川ガラシャ」だろう。ただ、本当は「細川」と呼ばれるのはおかしいらしい。昔は夫婦別姓だったので、「明智ガラシャ」が正しい。それはともかく、なんで“gracia”が「グラシア」ではなく、「ガラシャ」になったかというと、後ろに「ア」の音が続くので、“g”のあとにも「ア」の音が入ったのだろう。


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La Bamba(2) Una poca de gracia

2013-10-22 11:10:46 | スペイン語

  “La Bamba”の歌詞は文法的には全然難しくないので、誤訳しようもないが、気になる点はいくつかある。
 まず、“una poca de gracia”。「少しの気品」ということだが、“gracia”が女性名詞なので、“un poco”を女性形にしている。正式なスペイン語では「少しの」というときにはいつも“un poco de”でよい。“un poco de gracia”が正しいスペイン語である。後ろに来る名詞が男性名詞であろうと、女性名詞であろうと、いつでも“un poco de” でいいのである。ただ、“un poco de”と歌うと一音節短くなり、歌いにくいので、あえて誤用をそのままにして、“una poca de gracia”にしたとも考えられる。また、[a]の音で脚韻を踏んでいるので、歌詞としては“un poco de gracia”よりずっといい。
 メキシコでは後ろに女性名詞が来ると、“un poco” を女性形の“una poca”にするのだろうか、それとも、脚韻を踏むために文法的正確さを犠牲にしたのだろうか。


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La Bamba

2013-10-21 13:40:42 | スペイン語

  “La Bamba”の続編である。
“bamba”という言葉にはいろいろな意味がある。「ビリヤードのまぐれあたり」、「銀貨」、「木のこぶ」、「でぶ」、「小細工、事故」、「黒人」などがあるが、メキシコでは「ベラクルス地方の起源の民族舞踊」の名前である。リッチー・バレンスはメキシコ系アメリカ人でもあるし、歌詞を見ても、「民族舞踊の名前」が妥当なところだろう。
 はじめて聞いたときは、「パラパラパラパラ」としか聞こえなかった。最近は、インターネットで歌詞を簡単に調べることができるし、翻訳も出ている。代表的な歌詞は次のとおり。
Para bailar la Bamba
Para bailar la Bamba
Se necesita una poca de gracia
Una poca de gracia y otra cosita
Y arriba y arriba, Y arriba y arriba
Por ti seré, por ti seré, por ti seré
Yo no soy marinero. Yo no soy marinero.
Soy capitán. Soy capitán. Soy capitán.
Bamba, bamba...
 直訳するとこうなる。
「バンバを踊るために
バンバを踊るために
少しの気品が必要だ
少しの気品とほかのことが必要だ
そして上へ、上へ
君のためになろう、君のためになろう
僕は水夫じゃない、僕は水夫じゃない
僕は船長、僕は船長」
 ウィキペディアの翻訳は次のとおり。
「ラ・バンバを踊るなら、
ラ・バンバを踊るなら、
上品さはちょっとでいいんだ
ちょっとだけ品がよくって、あとはそうだな、
上へ、上へ、上へ、上へ
君のためなのさ、君のためなのさ、君のためなのさ
僕は水夫じゃないよ、僕は水夫じゃないよ
船長さ、船長さ、船長さ
バンバ、バンバ...」
 歌詞はわかったようで、よくわからない。次回、歌詞について考察する。


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スペイン語との出会い(11)-La Bamba

2013-10-20 11:50:13 | スペイン語

  高校2年生のころ、ゴーゴーブームが起こる。その代表格がジョニー・リバースだ。アルバム「ウイスキー・ア・ゴーゴー」の中で「ツイスト・アンド・シャウト」と「ラ・バンバ(La Bamba)」をメドレーにして歌っている。

ここでもスペイン語を耳にするのだが、当時はバンバン、バラバラというようにしか聞こえず、スペイン語とは思ってもみなかった。そもそもバンバとは何かも分からなかった。「バンバ」というと「忠太郎」と続けるのが、当時の大人の常識だったようだが。 「バンバ」とはメキシコのベラクルス(Veracruz、古スペイン語 Vera Cruz、verdadera cruz「真の十字、聖十字」、十字軍が遠征先でキリストが磔刑になった十字架を見つけたんだとか)の民族舞踊のことだそうだ。「ベラクルス」という映画もあったかと思うし、同名の曲もある。のちに、縁あって何度もベラクルスに行くことになるとは思いもよらぬことであった。ベラクルスには美人はいないと、ある日系一世の方が言っていた。美人はグアダラハラに多いそうだが、残念ながら行く機会がなかった。ベラクルスは港町で、シーフードがおいしい。自ら味わったので、「おいしい」と断言できる。また、この町はメキシコのガーシュインと呼ばれるAgustín Lara(アグスティン・ララ)が生まれたところで、あまり大きくはないが、街中に銅像が建っている。ガーシュインが多くの名曲を作ったように、ララにも名曲が数多くある。中でも有名なのは“Solamente Una Vez”(ソラメンテ・ウナ・ベス、「ただ一度」の意)で、ラテン好きな人でこの曲を知らない人はいない。
 ところで、ベラクルス州の州都はベラクルスではなく、内陸の Xalapa(ハラパ)である。メキシコのスペイン語のつづりは結構難しい。普通ならjでつづるところを xで書いたりする。「ハラパ」という地名はメキシコのほかのところにもあるが、Jalapaとつづっている。この Jalapa の形容詞形(「Jalapaの」の意)が、いまや日本でもおなじみのあの Jalapeño(ハラペーニョ)である。ベラクルス州の州都のハラパが原産地である。ここは観光地ではないので、ベラクルスに行く途中、ちょっと立ち寄ったことがあるぐらいである。
 さて、ロックンロール版「ラ・バンバ」のオリジナルはリッチー・バレンス(Ritchie Valens)だが、写真を見ると、いかにもずんぐりむっくり(pancho)のメキシコ人タイプである。大リーグのドジャースのメキシコ人左腕投手で、筆者がコスタリカに行った年に、ルーキーとして大活躍していた、Valenzuela(バレンスエラ)に似ている。ひょっとして、本名は Ricardo Valenzuela ではないかと思って調べてみたら、やっぱりそうだった。フルネームはリカルド・エステバン・バレンスエラ・レジェス(Ricardo Esteban Valenzuela Reyes) だった。




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スペイン語との出会い(10)-グアダルーペとロペス

2013-10-19 10:30:24 | スペイン語
 ライチャス・ブラザーズは「リトル・ラテン・ルーペ・ルー(Little Latin Lupe Lu)」という曲もスマッシュヒットさせている。[l]の音で頭韻を踏んでいるが、意味はよくわからなかった。歌詞をよく聞いてみると、女の子の名前ではないかと思った程度だ。

 コスタリカの首都サンホセでは最初、東部のサンペドロ(San Pedro)地区に住んでいたが、半年後に、北部のグアダルーペ(Guadalupe)地区に引っ越した。アパートではなく、下宿である。今風にいうと、ホームステイだが、そこでは帰国までの1年半を過ごした。その家に近所の女の子がよく遊びに来ていた。その子は Lupe とか Lupita と呼ばれていた。本名は Isela だったが、これでは Lupe (Lupita)という愛称にはならない。たぶん Guadalupe という別の名前も持っていたのではないかと思われる。これだと、Lupe (Lupita)という愛称が簡単にできる。ちなみに、グアダルーペという名前は男女共用である。
 グアダルーペとはもともと町の名前であるが、聖母マリアが現れたという伝説がスペインにもメキシコにもある。メキシコ・シティのグアダルーペ寺院(Basílica de Nuestra Señora de Guadalupe)が特に有名で、メキシコのカトリックの聖地と言ってもよい。
     
 グアダルーペの語源だが、guada はアラビア語で「川」、lupe は諸説あるらしいが、その一つに「オオカミ」の意味というのもある。スペイン語ではオオカミはloboである。これは姓としても使われている。そういえば、子供のころ「狼王ロボ」という漫画があった。また、López という姓もありふれている。Lópe zは lobo にも関係があるらしい。ez は「~の息子」を表しているので、López は「オオカミの息子」という意味になる。
 Guada- がつく地名はメキシコ第2の都市、グアダラハラ(Guadalajara)や第2次世界大戦の激戦地、ガダルカナル(Guadalcanal)が有名である。前者は「石の川(石川)」で、後者は「運河の川」の意味である。
 ところで、ロペスといえば、高校生の頃、トリニ・ロペス(Trini López)という歌手が「天使のハンマー」という曲をヒットさせていたのを思い出す。

 トリニは Trinidad(トリニダッ、三位一体、英語では Trinity)の略である。中南米出身の野球の選手にもロペスさんは大勢いる。ポルトガル語では Lopes と表記する。日本に帰化した、あの呂比須ワグナーも「オオカミの息子」である。

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スペイン語との出会い(9)- tamales

2013-10-18 15:00:56 | スペイン語
 高校1年生のころ、ベンチャーズが大ブレークした。「キャラバン」、「パイプライン」、「ブルドッグ」や「木の葉の子守歌」などとともに「パーフィディア(Perfidia、スペイン語としての発音は「ペルフィディア」)」という曲も人気があった。これは英語にすると perfidy(裏切り)になる。

 「サム・ザ・シャムとファラオズ」というグループが「ウリー・ブリー(Wooly Bully)」という曲を大ヒットさせたのも高校1年か2年のころだった。“One, two, three, cuatro(クアトロ)”という歌いだしがちょっとしたショックだった。当時は「クワトロ」とは何だろうと思ったものだ。1,2,3までが英語で4がスペイン語だということは大学に入ってから分かった。

 「アンチェインド・メロディー」で有名なライチャス・ブラザーズ(当初は「ライタウス・ブラザーズ」と表記されていた)の曲に「ホット・タマレス(hot tamales)」というのがある。これはアルバムの中の1曲で、曲自体は大したことはなく、CD化されているのかどうか不明だったが、最近、CD化されたようだ。「ドライブインでタマレスを買って食べた」というような、たわいない曲であるが、タマレスとは一体どんなものか見当もつかなかった。また、hot は「熱い」という意味か、それとも「辛い」という意味かもわからなかった。実のところ、これは「熱い」の意味で、アツアツを食べるのがいい。「辛い」タマレスは食べたことがない。

 この曲は「ホット・パストラミ(hot pastrami)」にヒントを得て作られたのだろうか。こちらは結構ヒットした。パストラミは今では日本でもよく目にするようになったが、タマル(「タマレス」は複数形)は日本ではあまり見られない。
 タマルはコスタリカやメキシコではクリスマスの時によく作られる。野菜や豚肉などを粗挽きのトウモロコシの粉をこねたもので包み、バナナの葉っぱを巻いてゆでたものである。義母の作るタマレス(1個では我慢できない。2個以上食べるので複数形を使う)は絶品で、クリスマスのころはよく食べたものだ。メキシコではタマレス売りが家の前をよく通っていたので、買ってみたが、具はフリホーレス(frijoles)のあんこのようなものだけで、味は義母のものには遠く及ばなかった。
 日本でも作れないことはないが、バナナの皮が結構高くつく。沖縄や奄美大島あたりにたくさんあるが、強風の時期は、葉っぱが裂けるので、使い物にならない。
 ところで、ライチャス・ブラザーズのLPを買った、高校生のころには、タマレスを食べる機会があろうとは夢にも思わなかった。今では大好物になってしまったのだが。
 最近は、日本でも冷凍物のタマルが売られているが、やはり手作りのものとは一味違う。
 さて、ひょんなことから、ネットで Hot tamales を検索してみたら、メキシコ風コスチュームやスパイス風味キャンディーの名前にもなっていることがわかった。しかし、ライチャス・ブラザーズの曲の Hot Tamales はやっぱり食べ物だろう。

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スペイン語との出会い(8)

2013-10-17 11:15:10 | スペイン語
 中学生か高校生のころだか、「カサブランカ(Casablanca)」という映画のことも知った。生まれる前の映画だから、見たことはなかったが、耳にするようになった。のちに、テレビで見ることができた。モロッコにある町の名前で、「白い家」の意味であることも後に知った。英語ではWhite Houseだが、大統領府のホワイト・ハウスはスペイン語では直訳して、Casa Blancaという(CasaとBlancaに分ける)。
 ところで、胃のレントゲン間接撮影のためにバリウムを飲むが、直後の便は白くなっている。これをふざけてcaca blanca(白い便)と言ったものである。
 中学3年生のとき、日本でもビートルズ旋風が巻き起こり、筆者も本格的に洋楽を聞くようになった。東京オリンピックの年、1964年はビートルズ(スペイン語では Los Beatlesという)をはじめとするイギリス勢のほかにも、シルビー・ヴァルタンなどのフランスものやイタリアのカンツォーネも人気があった。やや遅れて、スペインからマリソル(Marisol、mar y sol「海と太陽」の意)という名のアイドル歌手が現れ、「マリソルの初恋」という曲がスマッシュヒットした。

 これが久しぶりのスペイン語に触れた機会だったが、当時はイタリア語もスペイン語も同じように聞こえた。ラジオの解説者がスペインの歌手と紹介しなかったら、てっきりカンツォーネだと思っただろう。
 1964年の暮れから1965年の初めにかけて、映画「プリティー・ウーマン」のテーマソングとしても使われた同名の曲がロイ・オービソンによって大ヒットした。このシングル・レコードのB面が「ヨ・テ・アモ・マリア(Yo te amo, María)」という曲だった。

 中学生にはマリア以外は全く意味不明だった。大学に入り、フランス語を勉強して、なんとなく“I love you, Maria”の意味だろうと思ったが、スペイン語を勉強して、やっとその意味を確信した。

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