スパニッシュ・オデッセイ

スペイン語のトリビア
コスタリカ、メキシコ、ペルーのエピソード
パプア・ニューギニア、シンガポールのエピソード等

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

キリシタン用語(17)「サバト」と「ドミンゴ、ドメイゴ」

2017-09-26 18:00:50 | スペイン語
  隠れキリシタンの秘書『天地始之事』にはよく知られたキリシタン用語のほかにも、わけのわからない言葉がたくさん出てくる。
 『創世記』1:27には、人間の創造について次のように述べられている。
 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
 一方、『天地始之事』におけるアダムの創造についての記述は次のとおりである。

 天帝(てうす)萬もつ御つくり、つち水ひかせしを油 御じしんの御こつにくを御入 しくだ てるしや くわるた きんた せすた さばた つかふ一七日めにれんぞくして これ則(すなわち)人間のごたい、天帝より四ふんのいきを御入ありて とめいごすの あたんとなつけ(以下省略)
 
 この中で特に意味不明なのが「しくだ てるしや くわるた きんた せすた さばた」の部分である。原文には切れ目がないので、いっそうわけがわからない。
 しかし、スペイン語を知っていれば、「しくだ」以外は理解できる。「てるしや」は tercia で「3番目」、「くわるた」は cuarta で「4番目」、「きんた」は quinta で「5番目」、「せすた」は sexta で「6番目」である。「さばた」は sábado (サバド、土曜日)と推測される。ポルトガル語でも「土曜日」はスペイン語と同形で、キリシタン用語「サバト」となる、と手元の西和辞典には説明されている。
 そうすると、「しくだ」は「2番目」の意味ではないかと推測されるが、スペイン語で「2番目」を表す言葉は segundo で、女性形は segunda である。ポルトガル語でも同形で、これがなまって「しくだ」になったのではないだろうか。
 「さばた」が土曜日であるからには、「しくだ」から「せすた」までも曜日を表すと考えられよう。
 スペイン語では曜日はフランス語同様、月曜日から始まる。月曜日から日曜日までスペイン語では次のとおりである。
 月 lunes(ルネス) 火 martes(マルテス) 水 miércoles(ミエルコレス) 木 jueves(フエベス) 金 viernes(ビエルネス) 土 sábado (サバド) 日 domingo(ドミンゴ)
 
 【天動説での順序に並べた七曜の順序(円周点線)と曜日の順序(星型実線)。ウィキペディア「曜日」より】
 スペイン語は英語やフランス語、同様、曜日には天体や神様に基づく固有の名前がある。
 ところが、現代の中国語では日曜日のみ「星期天(または日)」で、それ以外は数字で表す。月曜日は「星期一」、火曜日は「星期二」で、土曜日は「星期六」という具合である。
 ポルトガル語も中国語と同様である。ただし、月曜日は週の1日目ではなく、2日目の segunda-feira である。ということは、ポルトガル語では週の最初の曜日は日曜日ということになる。ただし、日曜日は「1日目」という言い方の primeira-feira ではなく、スペイン語同様、domingo である。domingo のもともとの意味は「主(ラテン語 dominus)の日」で、中国語の「星期天」は domingo の忠実な翻訳と言える。
 ポルトガル語の曜日は次のとおりである。
 segunda-feira 月曜日
 terça-feira 火曜日
 quarta-feira 水曜日
 quinta-feira 木曜日
 sexta-feira 金曜日
 sábado 土曜日
 domingo 日曜日
 ここで、『天地始之事』に戻る。引用した一節は「神様は月、火、水,木、金、土、都合17日・・・」と読めるが、17日という数は変な数字である。漢数字の「一」と読めるところは、漢数字ではなく、横棒かもしれない。そうすると7日というきりのいい数字になるが、日曜日が出てこない。日曜日は安息日で、神様は仕事をしないのか、と思っていたが、神様は日曜日も仕事をしていたらしい。
 実は引用文の最後の部分「とめいごすの あたんとなつけ」が神様の仕事に言及しているようなのである。
 「あたん」は「アダム」のことで、ポルトガル語では Adão(アダン)という。スペイン語では Adán である。
 「とめいごす」がどうやら「日曜日」を指しているようなのである。 
 スペイン語の domingo はポルトガル語と同形である。手元の辞書の domingo の項の説明によると、同形のポルトガル語からキリシタン用語「ドミンゴ、ドメイゴ(主日)」となる、と記述されている。
 Domingo と大文字で書くと、聖ドミニクス(Santo Domingo)のことになる。サント・ドミンゴはドミニカ共和国(República Dominicana) の首都の名前にもなっている。ドミニカという語もやはり日曜日(主の日)と関係がある。何にしても、ドミニカ共和国(ドミニカという名前の別の国もある)は毎日、日曜日のような、うれしい名前の国である。
 Domingo は聖ドミニクスに限らず、男子名としてもよく使われている。
 Domingo に由来する姓は Domínguez で、Domingo Domínguez という、これまためでたい名前の男性もいるはずである。 
 

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(14) 「アンジョ」の元になった天使たち

2017-09-21 17:50:28 | スペイン語
 地獄の魔王ルシヘルはかつては光り輝く天使であった。それも、天使の中で最も位の高い天使であった。天使の階級についてはウィキペディア「天使」より引用する。

 上位三隊 「父」のヒエラルキー
熾天使(セラフィム)
智天使(ケルビム)
座天使(王座)
 中位三隊 「子」のヒエラルキー
主天使(主権)
力天使(力)
能天使(能力)
 下位三隊 「聖霊」のヒエラルキー
権天使(権勢)
大天使
天使

 つまりルシヘルは並みの天使(angel、西 ángel)ではなく、 最高位の熾天使(してんし、seraph。seraphim は複数形。スペイン語では serafín。複数形は serafines)であった。
 さらに、ウィキペディア「熾天使」より引用する。

 偽ディオニシウス・アレオパギタが定めた天使の九階級のうち最上とされている。三対六枚の翼を持ち、2つで頭を、2つで体を隠し、残り2つの翼ではばたく。ヤハウェ神への愛と情熱で体が燃えているため、熾(燃える、などの意)天使といわれる。
 
 【「神の母」。ハリストス・生神女・セラフィムが描かれている。ヴィクトル・ヴァスネツォフ(1901年)。ウィキペディア「熾天使」より】
 
 【『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(Très Riches Heures du Duc de Berry)』に描かれた、パトモス島の福音書記者ヨハネの図。王座の周りを4人の熾天使(セラフィム)が囲み、純粋をあらわす白いローブに身を包む24人の長老が両側に座る。ウィキペディア「熾天使」より】
 さて、「天使」を表す英語の angel はギリシア語のアンゲロス(αγγελος;angelos)に由来し、その原義は「伝令」「使いの者」である、とのこと(ウィキペディア「天使」)。スペイン語では「天使」は ángel(アンヘル)というが、その複数形が ángeles(アンヘレス)である。これに男性複数定冠詞をつけると、los ángeles になる。これが Los Angeles という地名になったわけである。スペイン語話者は今でも「ロサンゼルス」(「ロサンジュリース」の方がより英語に近い)ではなく、「ロサンヘレス」と発音する。
 ところで、ロサンゼルスを本拠地とするメジャーリーグのチームは二つある。一つはドジャースで、もう一つがエンジェルス(Angels)である。エンジェルスはスペイン語では Angeles ではなく、Angelinos といっている。チーム名の前に都市名をつけると、Los Angeles Angeles になるので、重複を避けるために Angelinos にしたのだろう。angelino は ángel に縮小辞の -ino がついた形である。縮小辞は愛情(思い入れ等)を込めるときにも使われる。言ってみれば、「天使ちゃん」といったところだろうか。
 筆者がコスタリカに住んでいた1980年ごろ、このチームのスペイン語名は現地の新聞では Serafines となっていた。並みの天使ではなく、天使の中でも最高位なので、こちらの方が Angelinos よりずっと強そうで、いいと思うのだが。 

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。




 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(12) 「ルシヘル」 Lucifer

2017-09-18 11:44:18 | スペイン語
 ダンテの「神曲」の地獄の底には魔王ルチフェロ(サタン)が氷の中に永遠に閉じ込められていることはすでに述べた(「煉獄(Purgatorio)」参照)。
 
 魔王ルチフェロ(ルシファー)はかつては光(西 luz「ルス」。英“lux”、日 照度の単位「ルクス」は関連語)の天使であったが、神に反逆したために地獄に落とされ、堕天使と呼ばれるようになった。
 
 【ウィキペディア「ルシファー」より】
 堕落の原因については諸説あるようなので、ウィキペディア「ルシファー」をご覧いただきたい。
 
 【『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』に描かれた、墜落する美しいルシファー。ウィキペディア「ルシファー」より】
 また、『天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡』という高価な本にも詳述されている。一度読んだが、残念ながら現在、手元にはないので、引用できない。
 
 本来、ルシファーは「光をもたらす者」という意味で、決して悪い言葉ではない。手元のスペイン語辞典には Lucifer(ルシフェール)の項に「男子の洗礼名」とも記されている。しかしながら、筆者はこの名前を持つ男性にお目にかかったことはないが。
 Lucio も光に関係する男子名である。アクセントは u にある。女性になると Lucía となり、アクセントが i に移動する。同様の例として、男性形 Mario (アクセントは a)に対する女性形 María(アクセントは i)があげられる。
 Lucio の名を持つ男性は個人的に知らないが、Lucía さんは何人か知り合いがいる。スペイン語では「ルシーア」と読むが、イタリア語では「ルチーア」と読む。ナポリ民謡の「サンタ・ルチア」で有名である。
 
 【聖ルチア、フランチェスコ・デル・コッサ画。ワシントンD.C.国立博物館蔵。ウィキペディア「シラクサのルチア」より】 
 Lucía は、英語では Lucy に相当する。日本語なら「ひかり」、「ひかる」、「光子」、「光代」などに当たろうか。
 さて、手元の辞書の Lucifer の項には次のような説明がある。

 スペイン語と同源同形のポルトガル語より室町時代に「ルシヘル」となる。

 「キリシタン用語集」には「ジュズフェル」という項目があり、「天狗の頭(かしら)。キリスト教における悪魔の長リュシフェルに対応する」との記述がある。
 キリシタンたちが持つ「ルシヘル」のイメージは「大天狗」のようなものだったのだろうか。
 
 ところで、スペイン語には Lucifer のほかに、lucifer と小文字で始まる別の項目がある。意味は次のとおり。
 1.[L-]明けの明星、金星
 2.悪魔、サタン、悪党
 大文字で始めようと、小文字で始めようと、あまり意味に差はないが。
 訳語の「サタン」はスペイン語では Satán で、アクセントは後ろにある。手元の辞書にはこの語についてのキリシタン用語への言及はない。
 今では「悪魔」を表す言葉としては、「ルシヘル」より「サタン」の方が一般的だろう。「サタン」という言葉はテレビドラマ『月光仮面』で覚えたような気がする。シリーズ第2部『バラダイ王国の秘宝』に登場する「サタンの爪」である。
 
 スペイン語 Satán は英語では Satan だが、発音は「サタン」ではなく、カタカナ表記では「セイタン」になろう。
 ちなみに土星は英語では Saturn で、こちらの方が「サタン」に聞こえる。スペイン語では Saturno である。
  

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(11) 「ガラサ」(恩寵)

2017-09-16 10:57:00 | スペイン語
 キリシタン用語「ガラサ」は映画『沈黙 -Silence -』に出てきた記憶はないが、人名にも使われているので、日本でも有名である。
 例によって、「ガラサ」はポルトガル語 graça に由来する。スペイン語では gracia に、英語では grace に対応する。スペイン語での意味はいろいろある。手元の辞書の gracia の項の第一義は「上品さ、気品、優美」。次に「面白さ、おかしさ、妙味」と続き、「冗談、しゃれ、おどけ」が3番目に出てくる。4番目にやっと「《神》恩寵、恩恵、恵み」が出てくる。キリシタン用語の「ガラサ」は当然、これである。gracia の項はまだまだ続くが、最後の説明から引用する。
 
 細川ガラシャは洗礼名 Gracia から。同源のポルトガル語 graça からキリシタン用語「ガラサ(恩寵)」となる。
 
 【細川ガラシャ。たぶん想像図】
 スペイン語 gracia には普通名詞として、「ご芳名、ご尊名」の意味もある。手元の辞書には次のような例文がある。
 ¿Cuál es su gracia?
 ただ、筆者は一度もこのように名前を聞かれたことはない。一般的には次のように言う。
 ¿Cómo se llama?(学生同士などでは ¿Cómo te llamas?)
 女房殿に聞いてみると、昔、といっても、母親が子供のころはコスタリカでも使っていたらしい。女房殿は意味はわかるが、自分で使ったことはないとのこと。
 gracia は洗礼名にも使われるが、英語の grace も人名として使われる。有名なのはハリウッド女優で、モナコ王妃になった Grace Kelly である。名前どおり、上品であった。
 
 「ガラシャ・ケリー」は響きが悪いが、「細川グレース」なら悪くない。ただ、ハーフ・タレントのようではある。
 スペイン語の gracia を複数形にすると、「ありがとう」の gracias になる。イタリア語では「ありがとう」は、最近日本でもよく知られるようになった“grazie”である。「グラッチェ」と発音しているようだが、本当は「グラツィエ」である。grazie は grazia(西 gracia)の複数形で、発想はスペイン語と全く同じである。
 gracia は「ラ・バンバ」の歌詞にも登場する。
 “una poca de gracia”という一節があるが、本当は“un poco de gracia”が正しい。これについては「La Bamba (2) una poca de gracia」ですでに述べているので、ご覧いただきたい。
 細川ガラシャについては「La Bamba (3) gracia と細川ガラシャ」を参照されたい。
 最後に、ポルトガル語 graça の発音は「グラサ」で、同じ発音のスペイン語は grasa である。これは英語の grease の関連語である。grasa の意味には、もちろん「グリス」もあるが、第一義は「脂肪、脂身、脂、油」である。「油汚れ、脂あか」という意味もある。
 ポルトガル語の「グラサ」はありがたいが、スペイン語の「グラサ」はありがたくない。もし、細川「ガラシャ」が「グラサ」となっていたら、スペイン語圏の人間は細川ガラシャを肥満体形の女性と想像することだろう。

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。


 
 
 




 
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「神曲」地獄の入り口

2017-08-28 18:24:48 | スペイン語
  ユリウス暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、ダンテは暗い森に迷い込んだ。
 
 【ギュスターブ・ドレによる挿絵】
「古代ローマの詩人ウェルギリウスと出会い、彼に導かれて地獄、煉獄、天国と彼岸の国を遍歴して回る」(ウィキペディア「神曲」)わけだが、地獄の門に書かれている言葉は有名である。
 「神曲」はこの時代には珍しく、ラテン語ではなく、イタリア語(トスカーナ方言)で書かれている。
 Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.
 現代のイタリア語と少し違う。現代のイタリア語に直すと、
Lasciate ogni speranza, voi ch'entrate
 となる。
 
 英語では次のようになる。
 
 実は、筆者は高校2年生の夏休みの読書感想文の課題に「神曲」を選んだのである。当然、日本語の翻訳である。地獄の門の言葉は「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」というような訳だったと思う。この言葉は印象的で、記憶に残ってしまった。
 その後、大学の第2外国語でフランス語を、第3外国語でスペイン語を学んだ。さらに趣味でイタリア語もかじった。
 イタリア語はカンツォーネでなじみがある。中学3年生のとき(1964年)、ジリオラ・チンクェッティの「夢見る想い」(Non ho l'età)やボビー・ソロの「ほほにかかる涙」(Una lacrima sul viso)などが流行っていて、意味はわからなかったが、歌詞が耳にこびりついてしまった。イタリア語はスペイン語に似ている印象があったので、スペイン語を学んだついでにイタリア語もかじってみたわけである。かじってみて確かに似ていることがよくわかった。
 「夢見る想い」の一節、“Lascia ch'io viva un amore romantico”はスペイン語の知識だけでも大体理解できるが、イタリア語を少しかじっただけで、完璧に理解できた。英逐語訳では“Let me live a romantic love”。スペイン語では“Déjame vivir un amor romántico”。
 lascia は動詞 lasciare の活用形で、スペイン語の動詞 dejar とは全然、形が違うが、基本動詞である。
 「夢見る想い」はスペイン語版もあり、コスタリカでもヒットしたようである。
 1957年には「コメ・プリマ」(Come Prima)という歌もヒットしていた。タイトルの意味は「最初のように」ということだが、スペイン語に逐語訳すると“Como Primero”となる。この歌の印象的なフレーズも忘れられない。
 Ogni giorno, ogni stante dolcemente ti dirò
(英逐語訳 Every day, every instant sweetly I'll tell you. 西逐語訳 Cada día, cada instante dulcemente te diré.)
 こちらの方はリアルタイムではなく、「カンツォーネ大全集」とか何とかいうLPに入っていて、よく聞いていた。
 この歌で ogni(発音は「オニ」でよい) という言葉を覚えた。
 そして、時が経ち、英文学を勉強することになるのだが、ある授業で E. M. Forster (「インドへの道」は代表作の一つ。映画化もされている)の短編を読んでいた。そのときに出てきたのが、地獄の門のことばである。
  Lasciate ogni speranza, voi ch'entrate
 もちろん英語の原文で読むのだが、突然、イタリア語が出てくるのである。当時の英語の先生は40代。その先生の大学の第2外国語はドイツ語とフランス語だけだっただろう。それ以外の外国語学習はなかなか大変だったことと思う。今ならインターネットですぐに調べがつくが、当時はそうも行かない。調べものをするにも労力も時間もかかる。その先生はお手上げだった。
 ところが、こちらはカンツォーネでイタリア語を少々仕込んでいる。
 lasaciate も ogni も知っている。speranza はスペイン語の esperanza (英 hope)に相当するはずである。entrate は英語 enter (西 entrar)と関連がありそうである。voi はスペイン語の2人称複数代名詞 vosotros に対応するものであることはイタリア語の初歩で習う。ch' は che(発音は「ケ」)の縮約形で、スペイン語の que (この場合は英語の関係代名詞の that)に相当する。
 というわけで、ぴんと来た。これはダンテの神曲に登場する地獄の入り口の文句ではないか。先生が困り果てているところに筆者が和訳させていただいた次第である。


ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。




 



 
 
 




 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(6) 地獄:インヘルノ(イヌヒルナ)

2017-08-24 18:27:16 | スペイン語
 死後、天国(ハライソ)に行ける人はいいが、悪人には地獄が待っている。
 「地獄」はキリシタン用語では「インヘルノ、イヌヒルナ」である。ポルトガル語 inferno(インフェルノ)に由来する。
  
 【川上澄生の版画より】
 英語も同形であるが、発音はカタカナ表記では「インファーノウ」となろう。英語の inferno には「地獄」のほかに「大火」という意味もある。
 
 そこで思い出すのが、1974年のアメリカ映画「タワーリング・インフェルノ」である。高層ビル火災を描いたパニック映画で、パニック映画の最高傑作と評されている。燃え上がる高層ビルが火炎地獄にたとえられているわけであろう。
 英語の「地獄」は普通、hell というが、inferno には「大火」の意味があるので、映画のタイトルが「タワーリング・ヘル」ではなく、「タワーリング・インフェルノ」になったのだろう。
 英語の inferno の発音は「インファーノウ」の方が「インフェルノ」より原音に近いが、キリシタン用語の「インヘルノ」に影響されたのか、それとも、単にローマ字風に読んだのかは定かではない(一例として、英語の男子名 Graham が「グレアム」ではなく「グラハム」とよく表記されていることを想起されたい)。
 スペイン語では「地獄」は infierno で、ポルトガル語とは少しだけ違うが、キリシタン用語の知識がなくても、「インヘルノ」が「地獄」を意味するであろうことは容易に想像できる。
 ところで、すでに述べたように、英語の「地獄」は hell というのが普通だが、罵り言葉に“Go to hell”はあっても、“Go to inferno”は聞いたことがない。罵り言葉は簡潔でなければならないと思う。inferno というラテン語由来の言葉は日本語の漢語に相当し、日常語彙ではなく、学術用語のニュアンスがあるのではないか。また、hell の1音節に対し、inferno と3音節になると、間延びして、言われたほうも罵られているような気がしなくなるのではなかろうか。


ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓

スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(5) 禁断の木の実「マサン」

2017-08-23 21:32:39 | スペイン語
  パライソ(ハライソ、パライゾ)であるエデンの園に禁断の木の実がある。ヘビにそそのかされてエバが食べてしまう話はキリスト教徒でなくても知っている。
 
 【フーゴー・ファン・デル・グース 『人間の堕落』。15世紀】
 その木の実は一般的にリンゴだと考えられているようだが、実は旧約聖書に木の名前は書かれていない(『創世記』第3章)。
 そもそも、リンゴは暑さに弱い果物である。ウィキペディア「リンゴ」の項目で、「当時旧約聖書の舞台となったメソポタミア地方にはリンゴは分布せず、またその時代のリンゴは食用に適していなかった」と述べられている。 
 それでは、どうして禁断の木の実がリンゴと考えられるようになったのか。ウィキペディア「禁断の果実」には次のように書かれている。

 西欧では、禁断の果実はしばしばリンゴの実とされるが、これはラテン語で「善悪の知識の木」の「悪の」の部分にあたる「malus」を、同じつづりの「リンゴ」の意味と取り違えてしまったか、二重の意味が故意に含まれていると読み取ってしまったものとされる。「malus」は「邪悪な」を意味する形容詞だが、「リンゴ」の意味の名詞も「malus」になる。

 ちなみに、スペイン語では「リンゴ」は manzana(マンサーナ)というが、手元のスペイン語辞典による語源の解説は次のとおりである。

 mala Matiana「マティウスのリンゴ(複数)」(リンゴの一種で、紀元前1世紀の農学者 C.Matius にちなんでつけられた名称)に由来するという説が有力
 
 それでは、西欧以外では禁断の木の実は何をさしているのだろうか。ウィキペディア「禁断の果実」によると、ブドウ、ザクロ、ナシ、イチジクなどがあげられている。スラブ世界では何と、トマトこそ禁断の果実だとする地域もあるそうである。
 しかし、トマトはペルー原産でヨーロッパにもたらされたのは16世紀以降であろう。さらに言えば、トマトは木ではない。「違いがわかる辞典」では「植物学では、木と草に本質的な違いはないとしている」そうだが。
 禁断の木の実が何かという言及が『創世記』にはないが、謎の木の実だからこそ、知恵の木の実なのだろう。

 さて、ここで日本のキリシタン世界に戻る。「キリシタン用語集」には禁断の木の実は「マサンの実」と呼ばれている。
 「マサン」とは「リンゴ」ではないかと想像されるが、実際、ポルトガル語では「リンゴ」は maçã(マサン)である。どうして、ポルトガル語そのままで、日本語に訳さなかったのだろうか。
 「リンゴ」という日常用語に訳してしまったら、宗教的荘厳さというかありがたみがなくなってしまうからだろうか。お経同様、わからないからこそありがたいということだろう、と思っていたが、実は、現在、日本で栽培されているリンゴ(西洋リンゴ)が日本に持ち込まれたのは、明治4年(1871年)で、それまでのリンゴは「和リンゴ」という粒の小さな野生種…いわゆる「観賞用」のりんごだったとのことである(「リンゴミュージアム」)。
 というわけで、1600年前後に「マサン」(maçã)を「リンゴ」と訳せるはずもなかったのである。
 


 ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(4)ハライソ(パライソ、パライゾ)

2017-08-22 18:29:08 | スペイン語
 前回、少し「ハライソ(パライソ、パライゾ)」について触れた。これはポルトガル語 paraiso に由来するキリシタン用語である。スペイン語では paraíso とつづられるが、発音はほぼ同じである。英語の paradise も同語源である。手元の辞書によると、これらの語は「庭」を意味するギリシャ語に由来するらしい。
 英語には Paradise の類義語に heaven がある。こちらの方は古期英語「空」に由来するとのこと。スペイン語にも英語同様、「空」を意味する、cielo という語がある(ポルトガル語では céu。フランス語では ciel)。日本では白髪染めの製品の名前としてご存知の方もいるかもしれない。ただし。アクセントがスペイン語とは違っているが。
 cielo という語も「空」の意味の他に「天国」という意味も持っている。しかしながら、手元の辞書には cielo が何らかのキリシタン用語と関連があるというような記述はない。
 さて、天国(cielo)はどこにあるかというと、天がある上の方ということになるが、楽園(paraíso)はどこにあるのだろうか。
 
 【エデンの園(ルーカス・クラナッハ画)】
創世記」2.8には「主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた」とある。旧約聖書のことだから、聖地エルサレムの東の方だろう。現在のイラク、チグリス・ユーフラテス川の河口あたりだろうというのが通説のようである。
 
 【エデンの園(エラストゥス・ソールズベリー・フィールド画)】
 そうすると、日本人キリシタンにとってはパライソは西の方にあるということになる。「キリシタン用語集」の「パライソ」の項目を調べていたら、次のような記述があった。

 英語のparadiseに相当、天国のこと。しかしカクレキリシタンの中でもそれがどこにあるのかという問いにはっきりと答えられる人は少なく、オラショや伝承の限りでは海の彼方にあるようにも取れる。このことは生月に伝わるオラショの中でローマの寺(教会)やジュルジャリン(イェルサレム)とパライゾのイメージが混同されていることからも見て取れる。

 エデンの園もエルサレム(西 Jerusalén「ヘルサレン」)も日本から見れば、西の方である。
 ところで、キリスト教が日本に伝わる前、仏教では西方浄土という名の極楽があると考えられていた。四字熟語辞典オンライン西方浄土」には次のように書かれている。

 阿弥陀仏がいるとされ、人間界から西方に十万億土離れている極楽浄土のこと。

 パライソは言ってみれば、西方浄土のキリスト教バージョンなのかもしれない。
 「パライソ」という言葉は映画『沈黙 -Silence-』にも出てきた。
 ちなみに、筆者も何度か Paraíso に行ったことがある。もちろん、一度死んでから行ったわけではない。コスタリカのカルタゴ州の州都カルタゴの近くに Paraíso という町があり、たまたま通りかかっただけのことであるが。とても「極楽」という感じはなく、何の変哲もない町だった。その昔、そのあたりに入植した人たちが、理想郷を作ろうという気持で、そんな名前をつけたのだろう。
 Paraíso という名前の町はラテンアメリカを中心として結構あるようである(ウィキペディア「パライソ」)。

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。




 
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(3) フライ、フライレ、イルマン、サセルドーテ

2017-08-21 18:29:56 | スペイン語
 パドレとバテレンの使い分けについての補足。
 映画『沈黙 -Silence- 』では日本人キリシタンがポルトガル人宣教師(神父)に「バテレン」ではなく、「パドレ」と呼びかけていた。
 ポルトガル語 padre がなまったものが「バテレン」で、「バテレン」も本来は「神父」の意味であるが、「キリスト教」、「キリスト教徒」の意味にもなった。筆者のイメージでは「バテレン」は神父ではなく、キリスト教(徒)を指すような感覚である。それゆえ、もし、日本人キリシタンが神父を「バテレン」と呼ぶと違和感がある。実際のところは、神父はキリシタンたちから映画の場面のように、「バテレン」ではなく「パドレ」と呼ばれていたものと推測する。
 
 本題に入る。サンディエゴ・パドレス(San Diego Padres)のマスコット・キャラクターは Swinging Friar である。friar とは「(カトリックの)托鉢修道士」という意味で、「神父」ではない。神父も修道士もカトリック以外の者にとっては、似たようなものかもしれないが、やっぱり違うのである。
 friar はラテン語 frater「兄弟」に由来する(fraternity は関連語)。friar はスペイン語では fraile という。
 「~師」というような場合は、英語では Fra、スペイン語では Fray となる。ポルトガル語はスペイン語と若干違うようだが、キリシタン用語「フライレ」、「フライ」として日本語に入ってきた。
 修道士に呼びかけるとき、英語では brother というが、これは役職につかない平の修道士に限られる。brother に相当するのが hermano(エルマーノ)で、英語同様、役職についていない修道士である。手元の辞書の hermano の項の説明では「司祭の資格を持たない修道士」と書かれている(コスタリカでは hermano は「幽霊」という意味にも用いられると書いてあるが、女房殿の話では聞いたことがないそうである)。
 スペイン語の hermano はポルトガル語では irmão というが、これがキリシタン用語「イルマン」になった。このことばは映画『沈黙 - Silence -』でも出てきたと思う。
 英語の friar もスペイン語の fraile も男に限られるようだが、女でも神に仕えたい人がいる。friar や fraile に相当する女性托鉢修道士がいるのかどうかよくわからないが、シスター(sister)という言葉が修道女の意味で使われている。
 sister はスペイン語では hermana (エルマーナ)で、hermano の女性形である。ポルトガル語では irmão の女性形 irmã で、男性形と発音はほとんど同じはずである。
 日本にやってきた宣教師はみんな男性だったと思う。女性宣教師というものは聞いたことがない。キリシタン用語の「イルマン」はポルトガル語 irmão(兄弟の意)からという説明しか見当たらないのも当然だろう。
 スペイン語の「神父」padre というのは sacerdote「司祭」に対する敬称だそうである。sacerdote はポルトガル語でも同形で、これがキリシタン用語「サセルドーテ」になった(手元の辞書の説明)。
 カトリック教会では聖職者は男に限られており、女性は「神父」padre にはなれない。それでは、マザー・テレサのマザー(mother、西 madre)は何なんだということになるが、スペイン語の madre は修道女に対する敬称なんだとか。英語の mother は「女子修道院長」のことらしい(手元の辞書)。
 何にしても、マザー・テレサも若いころはシスター(sister、西 hermana)と呼ばれていたのである。
 前回、紹介したが、スペイン語の madre には《北米》「セクシーな女」という意味もある。Teresa という女性名もありふれているので、セクシーな Teresa さんはさぞかし、Madre Teresa と呼ばれていることだろう。

 ところで、スペイン語の親族名称は簡単に覚えられる(ポルトガル語も似たようなもののようである)。
 英語では father-mother、grandfather-grandmother, son-daughter, uncle-aunt, nephew-niece のように男女のペアで覚えるが、スペイン語では次のようになる
 padre-madre(父母)、abuelo-abuela(祖父母)、hijo-hija(息子、娘)、tío- tía(おじ、おば)、sobrino-sobrina(おい、めい)
 父母以外は男性形さえ覚えておけばよい。親族名称が複雑なのは中国語だが、煩雑になるので、ここでは述べない(「中国親族、親戚は意外と複雑?関係性一覧図。親族」参照)。韓国語も中国語と同様、難しい。これらに比べれば、スペイン語は天国 (paraíso、キリシタン用語では「パライソ」、「パライゾ」、「ハライソ」)である。
 

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語(2)バテレン(パードレ、パーデロ)、パッパ(パーパ)

2017-08-20 17:13:28 | スペイン語
 前回、米大リーグのチーム、パドレス(Padres)に触れたが、大リーグの30チーム中、スペイン語のチーム名を名乗っているのは、パドレスだけである。
 
 【パドレスのマスコット「スウィンギング・フライアー」(Swinging Friar)。ウィキペディア「サンディエゴ・パドレス」の写真より】

 ところで、このブログでは、その他の大リーグのチーム名についても取り上げている。「メジャー・アメリカンリーグのチーム名」、「メジャー・ナショナルリーグのチーム名」、「ヤンキース考」で述べているので、興味にある方はそちらをご覧いただきたい。
 英語そのままのものもあるが、できるだけスペイン語に訳している。日本ではそのままカタカナ表記しているが、「パドレス」が「バテレンズ」にならないものだろうか。
 
 さて、スペイン語 padre の第一義は「父」で英語の father に相当する。英語に papa というくだけた言葉があるが、スペイン語でこれに相当するのが、papá である。papa とやると、ラテンアメリカでは「ジャガイモ」の意味にもなるので要注意である(スペインでは「ジャガイモ」は patata という。英語の potato と同語源。patata についての考察は「パパはどこへ行ったの?(1)」、「パパはどこへ行ったの(2)」、「パパはどこへ行ったの(3)」、「パパはどこへ行ったの(4)」参照)。
 スペイン語の papa には「ローマ法王」の意味もある。英語の Pope に相当する。手元の英和辞典によると、Pope はギリシャ語の「父」の意からと書かれている。 
 このブログのどこかですでに述べているが、「ローマ法王のお父さんはジャガイモを食べる」をラテンアメリカのスペイン語で言うとこうなる。
 El papá del Papa come papa.
 それはともかく、カトリック教会では Papa の方が padre より上位にあるということである。
 ちなみに Papa はポルトガル語でも同形である。ここから日本に伝わり、「パッパ」または「パーパ」になったとのことである。 
 
 余談になるが、米大リーグのチーム、パドレス(Padres)の本拠地はサン・ディエゴ(San Diego)について一言。
 San は「聖」を表す。Diego は男子の洗礼名であるが、手元の西和辞典には次のような記述がある。

 〈古スペイン語 Diago, Santiago(← Sant Iago;Iago は[後ラテン語]Jacobus‘Jacob’より)が誤って San Diego と解釈された。

 何にしても、San Diego と Santiago(チリの首都の名前でもある)は経緯はどうあれ、関係がある。詳しくは「
Santigago Matamoros」の項をご覧いただきたい。

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリシタン用語 「キリシタン」、「バテレン」 

2017-08-19 18:26:29 | スペイン語

 映画『沈黙 - Silence -』にはいわゆるキリシタン用語が出てくる。
 「キリシタン」ということばがその筆頭である。「切支丹」という漢字表記もよく目にするが、「吉利支丹」という表記もある。さらには侮蔑を込めて“切死丹”、“鬼理死丹”という当て字も使われるようになったとのこと(ウィキペディア「キリシタン」参照)。
 「キリシタン」の語源はポルトガル語の Cristão で、スペイン語では cristiano という。英語の Christian と同語源であることはいうまでもない。
 スペイン語の cristiano には「キリスト教徒」という意味のほかに《口》「人、人間」という意味がある。さらにラテンアメリカでは「お人よし、単純な人」という意味もある(筆者の手元の辞書、小学館『西和中辞典』による)。
 研究社の「新英和中辞典」(第5版)には英語の Christian の名詞用法として「キリスト教徒」の他に《口》「立派な人、文明人、人間」という意味も記載されている。
 裏を返せば、キリスト教徒でなければ、立派な人、文明人ではなく、さらには人間でさえないということである。
 まったく、「キリスト教徒にあらざれば、人にあらず」である。

 映画の中で神父たちは「パドレ」(padre)と呼ばれていたが、スペイン語も同じである。スペイン語の方は英語の father と同様、もともと「父」の意味であるが、英語と同様、「神父」の意味にもなる。
 ポルトガル語の padre はもっぱら「神父」の意味のようで、「父」は pai というそうである。
 padre ということばから、「バテレン」(「伴天連、破天連」とも表記される)ができた。本来は「カトリックの宣教師(神父)」の意味であったが、「キリスト教(徒)」の意味にもなった。
 
 カトリックのことを「天主教」と言っていたが、大正時代までこの呼称が用いられていたとのこと。
 神父は「天主」と伴(とも)にあるので、「伴天連」はなかなかいい漢字を当てはめたものである。
 この padre は米大リーグのチーム名としても使われている。サン・ディエゴ(San Diego)を本拠地とする「パドレス」(Padres)である。野球チームに「神父」とはちょっと辛気臭い感じもするが、実は、padre には形容詞用法として「すごい、かっこいい、いかす」という意味もあるのである。
 手元の辞書の例文を一つ紹介する。
 ¡Qué padre madre!
 英語に逐語訳すると“What father mother!”で、何のことかわけがわからないが、「いかす女だなあ」と訳されている。  


ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓

スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『沈黙 Silence』を見て考えた(2)

2017-08-18 18:07:00 | スペイン語
  17世紀初頭のカトリックの東洋への布教の拠点はマカオである。マカオには最近行ってきたばかりで、聖ポール教会跡も訪れている。教会前の階段らしきところが映画『沈黙 - Silence -』にも出てきたが、現在の姿は下の写真のようになっている。
 
 1835年の台風時の火災によって天主堂は消失し、現在はファサードが残るのみだが、16世紀初頭はアジア最大のカトリック教会で、宣教師たちの拠点になっていた。
 教会跡についての詳しい説明はウィキペディア「聖ポール天主堂跡」をご覧いただきたい。
 ということで、実際に日本に来た神父たちはポルトガル語を話していたのだが、映画『沈黙 -Silence- 』の方はハリウッド製なので、俳優たちは英語を話している。仕方がないとはいえ、ポルトガル語で話してくれないのが残念至極である。

 聖書関連のハリウッド映画の言語はほとんど英語であるが、唯一(かどうかはわからないが)の例外は2004年、メル・ギブソン監督主演の『パッション』(The Passion of the Christ)である。全編、アラム語、ヘブライ語、ラテン語が使用されていて、英語圏では英語の字幕がついていたはずで、日本では日本語の字幕がつけられていた。
 アラム語、ヘブライ語はともかく、ローマ兵が話すラテン語は字幕がなくてもわかるところがあった。数の数え方はラテン語の末裔であるスペイン語に当然ながら似ている。
 映画『沈黙』でも神父の祈りの部分の有名なところはラテン語であろう。祈りの最後の言葉はスペイン語では“Espíritu Santo, Amén”(Holy Spirit, Amen)というが、映画でも全く同じように聞こえた。
 念のために調べてみた。
 ラテン語:In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen
 ポルトガル語:Em nome do Pai,e do Filho,e do Espírito Santo.Amém
スペイン語:En el nombre del padre, y del Hijo,y del Espíritu Santo. Amén.
 日本語訳:父と子と聖霊の御名において。アーメン。
 どうも、映画の中の祈りの言葉はラテン語ではなく、ポルトガル語のように聞こえた。DVD はもう返却してしまったので、確かめるにもまたレンタルの費用がかかるので、やめる。
 この映画は DVD の字幕スーパー版で見たのだが、日本語吹き替え版はあるのだろうか。あるとすれば、いろいろと疑問が湧く。
 英語のせりふを日本語に吹き替えるのは当然として、もとからの日本語のせりふはそのままにするのだろうか。日本語のせりふしかない俳優はそれでもいいだろうが、英語と日本語のせりふがある俳優の場合は、オリジナルで英語を話しているのか、日本語を話しているのかわからなくなるではないか。
 ペルーでドラマ『将軍』を見たときのことを思い出した。オリジナルでは島田陽子が英語と日本語を話していたが、スペイン語吹き替え版がとんでもないことになっていた。
 英語のせりふをスペイン語に吹き替えるのは当然として、日本語の部分も同じ声優が日本語で話しているのである。スペイン語の時と日本語の時とで、島田陽子の声が変わってしまうのを避けるために、そうしたのだろうが、声優の日本語のアクセントとイントネーションが不自然極まりないものだったのである(「テレビドラマの吹き替え、コスタリカのテレビCM等」参照)。
 

ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓
スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スペイン語の「ブタ」いろいろ

2017-08-08 22:04:28 | スペイン語

 前回、「ブタ」の意味の puerco が「ブタ野郎」の意味で使われることについて述べたが、スペイン語で「ブタ」を表す言葉はほかにもある。
 「豚肉」というときは、コスタリカでは“carne de cerdo”というが、ペルーからの留学生は“carne de chancho”と言っていた。
 puerco も含めてそれぞれの違いについて深く考えてもみなかったが、『ビバリーヒルズ・コップ2』をきっかけに、調べてみることにした。
 まず、筆者には一番なじみのある cerdo から。
 手元の辞書によると、意味は「1.ブタ 2.豚肉 3.汚い野郎、薄汚いやつ」となっている。
 興味深いのは一通り訳語を並べたあとの解説である。
 
 ganado de cerda 「剛毛の家畜」の省略形:卑俗化した同義語 puerco, marrano, cochino に代わる造語

 と書かれている。
 なるほど。cerdo が一番、上品な言葉ということか。

 次に、puerco。
 まず、形容詞として出てくる。「1.汚い、汚れた、不潔な 2.胸の悪くなる、へどの出る 3.みだらな、猥褻な 4.粗野な、がさつな、卑しい」とある。
 続いて名詞。「1.ブタ 2.下等な人、汚らしい人、卑劣な人、恥知らず」
 最後に関連語の項目があり、ポルトガル語、イタリア語 porco、フランス語 porc、英語 pork が紹介されている。
 porco というと、宮崎アニメの“Porco Rosso”『紅の豚』(早い話が「赤ブタ」なんだけど)を連想する。スペイン語に直訳すると、“Puerco Rojo”になるが、puerco のイメージが悪いから、cerdo で置き換えているのだろうか。宮崎アニメはコスタリカでも人気で、テレビでも放映されている。『となりのトトロ』は実際に見たが、『紅の豚』を含む、その他のアニメはスペイン語版では見たことがないので、興味津々である。

 次は marrano。この言葉は聞き覚えがない。辞書を当たると次のように書いてある。
 まず、形容詞「1.汚らしい、不潔な 2.浅ましい、さもしい」。続いて名詞「男性名詞 ブタ 男性名詞、女性名詞 1.卑しい人、さもしい人、汚らしい人」とある。ここまでは珍しくもないが、さらに続く。
 「2.(ユダヤ教から)カトリックへの偽装改宗者、隠れユダヤ:レコンキスタ時代のjudaizante の蔑称」。 
 なるほど、marrano は古くからある由緒正しい言葉である。
 最後の解説がさらに興味深い。
 marrano はアラビア語 mahram 「禁じられたもの」(イスラム教徒には豚を食べることが禁じられていることから)に由来するそうである。

 次は cochino。この言葉はおなじみである。ただし、「ブタ、豚肉」の意味としてではない。 
 辞書の解説は名詞から始まる。
 「男性名詞、女性名詞 1.ブタ 2.(豚のように)不潔な人、嫌なやつ。 男性名詞 《魚》モンガラカワハギ(紋殻皮剝)(の一種)」
 次に形容詞へと続く。「汚い、不潔な、いまいましい、不快な、ひどい」
 cochino という言葉はコスタリカでは中国系住民をからかうときによく使われていたし、今も使われていることだろう。 
 中国は China(チナ)で、中国人男性は chino、女性は china である。cochino に chino が含まれているので、語呂あわせとしては最適だろう。
 また、香港・マカオの旅「飲茶にてハトを食す」で触れたことだが、レストランでは客自らがテーブルに出された箸や食器を洗う習慣があることを想起されたい。食器をろくに洗わないで、使いまわしていたころの名残だろう。

chancho も調べてみた。
 この語はラテンアメリカで使われている語のようである。
 辞書の解説は「形容詞 不潔な、汚い、汚れた:男性名詞 (1)ブタ、雄ブタ (2)《チェス》ブロックされた駒 (3)砕鉱機」である。

 ブタにもいろいろあるものである。


ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓

スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『ビバリーヒルズ・コップ』3作を見て考えた (3)

2017-08-07 19:33:28 | スペイン語

  スペイン語では「警察官」は男女を問わず、policía である。組織としての「警察」も policía で、これだけではどちらの意味か区別がつかないが、心配は要らない。
 まず、「警察(署)」と言うときには普通、定冠詞 la がついて、la policía となる。
 「警察官」のときにはこうなる。
 男性 un policía (a policeman), el policía (the policeman)
 女性 una policía (a policewoman), la policía(the policewoman)
 「警察(署)」と「特定の女性警察官」が同形になるが、どちらの意味になるかは文脈・場面で判断すればよい。
 例えば、“¿Dónde está la policía?”だと、普通は「警察(署)はどこ?」と解釈するのが普通で、「あの女性警察官はどこ?」にはならないだろう。
 一方、美人警察官についての話の中だと、「彼女は今どこにいる?」になりうる。
 さて、『ビバリーヒルズ・コップ2』ではスペイン語も少々使われている。
 「豚」を表す、puerco というスペイン語が軽蔑的に「警察官」の意味で使われていた。手元の辞書には puerco の意味として、「警察官」とは書かれていないが、「ブタ野郎」はどんな意味にもなるものである。犯罪者にとって、「警察官」は「ブタ野郎」であろう。
 puerco は英語の pork と語源を同じくするが、用法が違う。puerco は「豚肉」になる前の生前の「豚」にも使えるのである。さらに、「豚」はだいたいどこでも軽蔑的に使われるものである。ただし、パプア・ニューギニアでは豚は貴重な蛋白源で、客人のために供されるごちそうなので、pig には悪い意味はないと聞かされた。
 1985年ごろ、パプア・ニューギニアの最高額紙幣(20キナ)には豚が描かれていた(パプア・ニューギニアの紙幣についてはリンク参照)。
 
 筆者は「ブタ札」と呼んでいた。
 映画『ビバリーヒルズ・コップ2』に戻る。悪党どもが武器をコスタリカに密輸するという設定だったが、コスタリカはラテンアメリカでは比較的治安がよかったし、今でもまだ周辺国と比べるとましのようである。コスタリカにも裏社会はあっただろうし、今ではコロンビアやペルーなどからマフィアが入り込んでいるらしい。1980年ごろのコスタリカでは一般市民は銃を所持していなかったはずである。
 ただ、コスタリカにはアメリカ人観光客も多いし、『ジュラシック・パーク』のロケ地としても知られているようだ。そんなことから、アメリカではコスタリカの知名度は高いのかもしれない。
 
ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓

スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『星空の用心棒』中のポルフィリオ将軍の容貌

2017-08-01 20:22:30 | スペイン語
 マカロニ・ウェスタン『星空の用心棒』に出てくるポルフィリオ将軍はフランシスコ・ビアンキ・デステという俳優が演じている。
 
 【ポルフィリオ将軍】
 いかにもメキシコ人然としている。これはどう見ても、かの有名な「パンチョ・ビリャ」(Pancho Villa)がモデルであろう。
  
 【Pancho Villa (Francisco Villa)】
 Pancho というのは Francisco の愛称であるが、メキシコでは敬意を表して、一般的に、Francisco Villa と呼んでいる。
 軍団を率いるビリャの写真も有名である。
 
【Pancho Villa の写真はいずれもウィキペディアより】
 率いる軍団は“División del Norte”(北部軍団)と呼ばれている。ビリャが活躍したのはチワワ(Chihuahua)を拠点とした、メキシコ北部である。現在でメキシコ・シティに“División del Norte”という名の通りもあり、“Francisco Villa”という名の通りもどこかにあったような気がする。
 実は、Francisco Villa というのは通名で、本名は「ホセ・ドロテオ・アランゴ・アランブラ」(José Doroteo Arango Arámbula)ということはウィキペディアで調べて、たった今知ったところである。
 さて、映画の中のポルフィリオ将軍は「パキート」とも呼ばれていた。「パキート」は Paquito とつづられる。これは Paco (Pancho と並ぶ、Francisco の愛称の一つ)に縮小辞(-ito)が付いたものである(縮小辞については「スペイン語の縮小辞(1)」等をご覧いただきたい)。
 ということで、モデルはますますパンチョ・ビリャに近くなってくるのである。
 さて、この映画はイタリア映画なので、せりふはイタリア語である。この将軍もイタリア語を話しているが、時々スペイン語になる。
 急に“Vamos, muchachos”と言ったりする。
 英語では、“Let's go, boys”といったところだろうか。日本語訳は「行くぞ、野郎ども」としなければならない。
 イタリア語を聞いているつもりで、急にスペイン語になっても、違和感はない。あれっと思う程度である。
 アメリカ製ドラマがコスタリカで放映されるときは、当然スペイン語に吹き替えられるが、 アメリカ人家庭で働く、メキシコ人のメイドが話すスペイン語はイタリア語に吹きかえられていたのを思い出す(「コスタリカの生活ーテレビ(3)アメリカ製ドラマの吹き替え」参照)。


ポチッとクリック、お願いします。
↓↓↓

スペイン語 ブログランキングへ

スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界 (開拓社言語・文化選書)
好評発売中!!こちらは、このブログとは別物です。もちろん、トリビア満載です。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加