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レヴィ=ストロースに教えてもらったことの巻き

2012年02月01日 | Weblog
「ある社会学的解決法が、特定の客観的条件に結びつかぬにもかかわらず、それを説明するのには内容を問題にせず形式を取り上げるべきである。矛盾の材料が何であるかは、矛盾が存在するという事実ほどの重要性を持たない」(レヴィ=ストロース『野生の思考』より)

『野生の思考』(大橋保夫訳)は読みにくすぎて、見事に眠りを誘ってくれる本だ。

内田樹さんの世界一短く素敵な説明によると「レヴィ=ストロースはみんな仲良くしようね」と言ってるらしいが、私はそのあたりをもちょっと詳しく知りたかった。
だけど、とにかく難しい。
そんなことを数年前から頭にひっかけてると、アンテナが上手く反応してくれて、興味深いイベントを見つけることができた。

江弘穀×山納洋「レヴィ=ストロース『野生の思考』を読む会」

江さんは元ミーツの編集長。学問へのときめきを秘めた大阪のおっちゃんだ(構造主義の話になると大きい声で1分に1回「オモロイ」と言う)。
山納さんは昔からの知り合いで、もののけ姫の最後に出てくる鹿(?)みたいなひとだ(つまり何でも静かに知ってる)。
そんな二人が『野生の思考』を解説してくれるというのだから、行くしかないでしょう。

会は「『俺は好き嫌いでモノをわける奴が嫌い』ということ自体が二項対立そのものだ!」という江さんの勢いのある切り出しから始まった。

そして山納さんの丁寧な、いい意味で熱がこもっていない全章の解説。時々江さんの突っ込み&余談。バランスが楽しかった。

わかったことは、『野生の思考』は学問に取り組む時の倫理を書いているということ。
ただのサルトル批判ではなく、サルトルの狭さを指摘している。

中沢新一さんや、内田樹さんは、論文を書く前にレヴィ=ストロースを読み直すという。
レヴィ=ストロースは「知のあり方」を考えさせてくれるからだ。

特に最後に目が覚めるような素敵なことが書いてあったので引用したい。

「今世紀なかばに至ってようやく、コミュニケーションの迂回路をとって自然界(物理的世界)に接近する道と、最近発見された、物理学の迂回路を通ってコミュニケーションの世界に近づく道という、長らく別々だった二つの道が交わったのである。人知の全過程は、こうした閉鎖体系の性質をもつに至る。科学精神は、そのもっとも近代的な形において、科学精神のみに予見しえた出会いにより、野生の思考の原理の正当化とその権利の回復に貢献しうるものである。それを認めることはすなわち、野生の思考の教えへの忠誠をまもることにほかならない。」

一読しても「何のことやら??」だったけど、山納さんの見事な解説後に読むと、ぐんぐんわかってびっくりした。
つまり、レヴィ=ストロースは未開人と決めつけられていた民族の「野生の思考」を肯定・実証するために科学を否定しているわけではなく、それとこれとは別物で、別々の道を極めながら歩んだら、遠い場所で出逢うことができたと言ってる。
これぞ、「みんな仲良くしようね」だったのだ(内田先生合ってますか?)。

最後はわかったことを、ラブレター風にまとめてみたい。


【今日のラブレター】

私とあなたは別々の人間で、到底理解しあえないと思っていました。
だから理解するために簡単に交わったり、理解できないから否定したりしてきました。
近づいて、互いの問題を取り上げてあれこれ言っても、私たちは違うということ以上の答えは見つかりませんでした。
よかったら、一緒に考えるのをやめてみませんか。
それよりも互いの道を極めましょう。
そこにきっとあなたと私がつながる道があるはず。

金益見拝



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キーワード
野生の思考 物理的世界 もののけ姫
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