秋茜

女心と秋の空。
好きなものについて書いていこうかと思ってます、とりあえず。

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回顧録1

2016-10-01 | 日記…というか、メモみたいな
エンターテイメントが好きになったのはいつからだろう。


昔は、意味のないものには興味がなかった。
勉強に関係ないものは、人生から削ぎ落としていたから。

ドラマ?見て何になる?
映画?見て何か意味がある?
恋愛?なんだそれは。

娯楽なんて必要ないものだと思っていた。
全ての物事に対して意味を追求していくと、全てがどうでもいいような虚無感に行き着いた。
自分の人生にも、自分にさえも興味が無くなった時期がある。

地獄だ。

当時は地獄だという実感も無かったかもしれない。
ただ苦しかった。
生きることが苦しかった。

興味も無い自分の人生を生きなければならないことが苦しかった。
息をすることさえ辛かった。
「…なぜ、生きなければならないのか」
虚ろな気持ちでずっと思っていた。

気持ちはいつも救われることなく焦燥感に苛まれていた。
どうにかしなければならないという意識はあるけど、気持ちが動かない。
力が湧いてこない。
どうにか自分を突き動かすために激しい音楽を聴いてみたりもした。
恐怖と焦燥感しかない状態から逃げれば逃げるほど恐怖と焦燥感は大きくなる。

地獄だった。


弱った精神状態の私に優しく触れてきたのは「雨に唄えば」の音楽と映像美だった。
底抜けに明るい世界。
そんなものは虚構であるのは分かっている。
けれど、虚構であるからこそ、その明るさには嘘が無かった。
そこにあるのは完璧な明るさだけだ。

嫌なこと全てから私を一瞬でも解放してくれるエンターテイメントに単純に感謝した。
まだ、この世に素晴らしいと思えるようなものが存在してくれていることに感謝した。



笑いに救われたこともある。

家族が寝静まる夜になると、一層孤独の闇が深くなる。恐怖が大きくなる。
恐い。
何が恐いのかも分からないけれど、恐怖で苦しくなる。
苦しくて毎晩泣いていた。
恐い。

どうにかこの恐怖から逃れたくて、すがるような気持ちでラジオを聴いた。
木曜日のオールナイトニッポン。
二人の会話を聴いていると不思議とゆっくり不安や恐怖が薄れてくる。
ナイナイの優しい話し声を子守唄に、泣きやんで眠る赤ん坊のような気分だった。


今では、「この人に笑い殺されたいなぁ」と思うような落語家にも出会えた。
今際の際には、この人の落語を聴きたい。笑い死にしたい。


人に感謝の気持ちを伝えたいとき、ときどき私は相手を笑わせるような事を言う。
「ありがとう」という言葉以外で相手の心に良質な力を吹き込みたいとき、私は思わず、笑わせてしまうんだ。


是非、笑って。
楽しんで。
限りある、この地上に居る時間を。


これは、私なりの地獄を見てきて、そこから浮上してきた私が見出した人生観だ。
この先、辛いことは腐るほどあるかもしれない。死にたくなるかも。
でも
たとえ自害することがあったとしても、
不敵に笑みを浮かべて喉を掻っ切るくらいの勢いで、私は人生を面白がってやる。
そう決めた。


この世には

楽しい音楽があって、
素晴らしいダンサーがいて、
美しい映画があって、
泣けるほどに面白い事がある。






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