ドミンゴ(土民子)のわくわくランド
自分が感じた面白い、かつ、怒りの話題を提供します。
みなさんのコメントをお待ちしています。
 



去年の7月娘の結婚披露宴を日本で行った。この時婿殿の親と兄弟と親友の総勢12人のアメリカ人を迎えて我々家族は大奮闘した。泊まる所の手配や観光の案内に一致団結して取り組んだ。日本に来たことのある人は婿殿一人、他の人は初めての日本訪問英語しか話せない。2陣に分かれてやって来た。成田への迎えや宿泊場所の部屋割り、女房の家、私の家、ビジネスホテル3ヶ所に分かれて泊まって貰った。披露宴が終わって直ぐ帰る人や3週間滞在する人都合に合わせ人数に合わせてお世話をした。
一番大変なのは食事である。食事は女房の家を中心に皆で手作り料理である。これはよくしたものでお客さんは誰もいない。作る人、後片付けする人連携プレーである。若者達は元気で披露宴が終わってから夜の街に繰り出しパーティーの続き夜遅くまで日本の文化を楽しんでいた。披露宴の司会者は日本語と英語で話しを進めている。娘の友人にお願いしたようである。息子も英語は話せるので日本における電車の乗り方や観光地への行き方を英語の地図を使って説明していた。
今度は反対の立場、娘はロスで結婚する日本人のカップルの親族や友人11人をお世話することになった。新郎以外は初めてのアメリカ訪問、まったく反対の立場を経験することになった。8月10日サンタバーバラでの教会の式と観光案内である。兄に対して援助のお願い、兄は日本で経験しているので大事なポイントを押さえているが何が起こるか解らない。今日午後の便で花嫁さんと友人を連れて1陣としてお迎えの準備に出発する。全員に伝えているのがパスポートだけは忘れないようにと注意していた。お金は何とかなるがパスポートがなければ入国が出来ない。
ロスでは一人一人に結婚式のプログラムと準備するもの観光案内が記された小冊子が配られている。ちょっと見たが要所はしっかり押さえこれを読んで準備すれば問題はなし。式は短時間で終りアフターパーティーが一番の楽しみである。パーティー会場も予約して料理も手配済み宿泊も一軒家を1週間借り切り全員が同じところに泊まれる。南カリフォルニアの海が見える高台庭も広くBBQも出来る。若者向けに大リーガーの試合のチケットも用意したようだ。レッドソックス戦運がよければ松坂投手の登板も見えるかもしれない。息子はアメリカの大学にいるとき何回か試合を見たらしいが興奮していた。息子は8人乗りのワゴンの運転と結婚式の映像を撮る係り、土日は婿殿も参入するとのことである。
このように反対の立場を経験することで人間大きくなるだろう。息子も娘も小さい会社の経営者このイベントから貴重なことを学び経営の本質を体験していくと思う。20代でこんなことをやれるまで育っていたとは思わなかった。女房と支援している。家族は運命共同体であることを実感している。このイベントが成功することを陰で祈りたい。

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「貧乏暇なし」と言う言葉は私にとってぴったりである。あまりにも当てはまるとあきれてしまう。息子が言うにはお金儲けが下手であるとの宣託である。
そもそも私はお金や物欲に固執しない性格である。だからコツコツ貯めて何かしょうと考えていない。雨露が凌げて3食食べていければいいやといつも思っている。だから10万円の大金を手にしたらいつの間にやらなくなっている。
前職時代も友人が多く飲み会が沢山あった。自腹を切った分の領収書を机の中に貯めていたが交際費も認められなかったので面倒とばかりほっといた。
上司は呑みにいってもよろしく処理してくれと言って自分の財布からお金を出したことを見たことない。お金に汚い人である。部下に買わせたビール代も払わなかったというから豪の者、立派でなく河童である。民間の出向者の会社にも付回し、誰の手口を真似したか解らない。辞めた後何を言われるか解らないので5年間の領収書を整理したら自腹で200万円位使っていた。何か言われたら反論する積もりで領収書を取っていたが5年過ぎたので処分した。
千円ぐらいで目くじら立てて立腹する者もいる。自分の財布にはシビアだが会社の財布は人事で使いぱっなし、勝手な屁理屈をつけて引き出していた。
ある時会社の経営者5人が集まりコンサルの依頼があるので社長出席して欲しいとの要請があったので札幌に出かけた。夕方、立派なホテルでの会食である。こんなご馳走になって申し訳ないと思っていたら帰りに支払いは当社ですとのたまう15万円の出費である。この野郎と思ったが人前もあるのでぐっと飲み込んだ。
他の会社では許されないことを当社に来てやり放題でばれそうになったら逃亡してしまった。お調子者は雇ってはいけないとの教訓を得た。この男本を出したと自慢をし自分を売りまくっているがメッキは剥がれるだろうね。中身はブログに書いた評論記事で意味がない。北海道新聞にも売り込んでいた。中身のない人ほど大きく見せたがる。こんな男女には要注意である。

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昨日日帰りの講演会、夕方無事に終り新大阪から東京へ帰ってきた。新幹線に乗った途端朝早くから起きていたので突然睡魔に襲われ、意識を失った。30分位立つって目が覚めた。新幹線の車窓から外を見ると夕暮れが迫っている。稲穂が緑の絨毯のように見える。百姓出身の私には昔見た懐かしい風景である。子供の頃を思い出す。あの頃は悩みもなく天真爛漫に育っていたね。
社会に出ると社会の矛盾や割り切れないことなど多くの悩みを抱え込む。特に人間関係で悩むことが多くなる。自然は足しもせず引きもせず生きている。人間はたかが60年の命、生きているから感じることである。欲望渦巻く此岸に住んでいると悩み多い。三途の川を渡ると彼岸、静寂の世界で悩みも何もない世界らしい。
作家の瀬戸内寂静は生きている間に出家して彼岸の心を会得しているようだ。彼女の人生も波乱万丈、ゆえに辿りつく先は煩悩を離れ苦を滅した解脱の境地に入ったのではなかろうか。緑の絨毯を見てふっと思った。心穏やかであれば死は怖くない。死は誰でもいつかは迎える通過点であるから・・・・・今、朝の4時今日は久しぶりに息子と合える。沢山のことを語り合いたい。
彼は6日から10日間ロスの妹がプロモートした結婚式のサポートに行って来る。
ryujiさんmaiさん結婚式おめでとう。お互いの両親を大切にしてください。

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人間は社会的手抜きをする動物のようである。例えばお祭りのお神輿担ぎを例に見ると良く解る。大勢の人が集まってお神輿担ぎの風景を見ると真剣になって担いでいる人、周りでワッショイワッショイと声を出している人、中にはお神輿を担ぐ振りしてぶら下がっている人など大勢集まると手抜きが行われるという。
ある動物学者によると蟻の大群にも同じ行動が観察されるという。
さもありなん。自分が監視されていないと認知すると集団生活の人間も手抜きを行う輩が出てくる。これをいかに防ぐか経営者の悩みでであろう。
ある会社の経営者が言っていた。社員の名前、家族構成をわかるのは最大で100人位である。これが限界である。人間の仕事の手抜きを防ぐためには経営者が社員一人一人の家族を知っているとメッセージを出さないと標題の動物をコントロールし得ない。私などは十数名の社員もコントロール出来なく大失敗した。まかせぱっなしは社員の無責任の暴走を招く。経営とは本当に難しい。これをクリアして経営者もセミのように脱皮していくに違いない。今日は日帰りで大阪の会社での社内講演会である。中間層の人達の危機感の欠如に対して気合を入れて欲しいとの依頼である。

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組織の人間は2・6・2理論によって構成されるという。2割、6割、2割の割合を示している。最初の2割は言われなくても積極的に仕事に取り組み新しいビジネスの開拓や改善など組織の発展に尽くするひと。中の6割は言われれば無難に仕事をこなす人。では後の2割はいわれてもやらない人のようだ。
これが組織の健全さといわれている。この理論を知らない経営者はいわれてもやらない人を首にしたとするとどうなるでしょうか?残った人で2・6・2を構成するとい言う。組織は2割の無駄な人を抱える余裕がないと健全でないようだ。
待てよある一定の規模の会社には当てはまるが小さい会社では2・6・2理論は適用できない。私の経験からすると5・5理論でないとすぐ破綻する。一人が一人を養うという気持ちで収益を上げなければ経営は成り立たない。
後の5割は管理部門である。勘違いする人が多い自分が一人で稼いでいると思っているが管理部門の人が支えているので自分の仕事に集中できるのである。
独立して3年間は一人会社過去の手帳を見ると土、日もなく全国を歩いていた。帰ってくるとレポートの作成や請求書の発行など事務仕事振り返るとよくこんなに働いていたもんだと我ながら驚く。仕事も段々多くなり事務仕事をやる時間が足りなくなり事務員を採用した。二人でやっているときは順調であった。5・5理論である。その後人が集まり多くなり1・5・4理論に変化してきた。いわれればやる人は組織の発展に寄与しない。慣れた仕事に特化して収益を上げれない。ライバルが参入してきているのにもかかわらず危機感も何にもない。サラリーマン根性が身についている。給料さえ貰えれば会社なんてどうでもいいと無責任な態度である。当社を辞めた人には惜しい人に逃げられたとの思いは残念ながらひとかけらもない。
また、原点に戻って5・5理論で運営したい。息子は新規ビジネスを順調に伸ばし、プロモーション映像の仕事もゲットしたようだ。彼は6日から15日までロス支店の仕事のサポートにいってくる。ロスで日本の方の結婚式をプロモーションし
サンタバーバラの教会での式に両家の親族と友人が参加するのでロス支店からの応援依頼によるものだ。通訳兼車での観光案内をするようだ。このビジネスも5・5理論で実行している。どんな経験も無駄にはならなかった。

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私は困っている人を見ると何とか助けたいと思う。現に会社を経営してから多くの人がやって来た。小さい会社であるが相手の家族の生活も考え他社より多くの給料を支払った。感謝して一生懸命働いてくれるだろうとの期待があった。しかし、ほとんどの人は会社に貢献しなかった。新しい顧客の開拓も出来ないし新しい発想も乏しい。そんなことで人件費が大きくのしかかってきた。こんな給料をもらえるのは異常な世界であると警鐘していたがサラリーマン根性から抜け出せない。たぶん前職時代も不満だらけで飛び出したように思う。「私は会社に貢献しました」と自己宣言をやるものや「俺達がやめたらこの会社は潰れる」と不安を煽ったり、社長の悪口を言いふらしたり、人間としての常識のかけらもない。辞めた途端あちこちから情報が入ってきた。こういう人を面従腹背といい絶対に信用を得ることが出来ない。会社を立ち上げてから心の休まることは一度もなかった。次に何が起きるのかドキドキの毎日である。コンサル会社なのに審査ばかりの下請け楽な仕事に移行していた。5年前から賞与を打ち切った。それでも給料は据え置きである。経理の先生から給料出しすぎですよとのアドバイスがあったが我慢して頑張ってきた。そして資格やノウハウを教えてきたら突然消えてしまう。この野郎どもと言っても後の祭り、散々会社の財産を喰いまくって逃げてしまった。何処へ行くのか観察していたら私が指導して立ち上がった審査機関にちゃっかりもぐり込んでいた。
また、私の悪口を言いふらし沖縄の審査機関にもぐり込んでいた人もいた。この人は沖縄は嫌いだといいながら先方には第二の故郷であると使い分けていた。類は友を呼ぶの例えどおり、付き合っている人を見ると信義でなくお金の結びつきだけである。目の前お金によって結びついているだけである。ISO業界は狭い、誰が何処で何をしているか筒抜けである。なお、辞めた人達から時節の挨拶のハガキも来ない。何か後ろめたいことがあるからであろう。私は人を信じても人を裏切らない。今日から8月心機一転原点に戻ってやり直したい。
9月の半ば一週間ロスでセミナーの講師を依頼されている。ますます多忙になってきた。

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今から40年前、私の親父はアイガモ農法に挑戦していた。私は農家の三男。春、夏、秋、冬の年4回は帰京して両親の顔を見て農業を手伝った。
40年前の夏に帰省したら田んぼにアイガモを放していた。話を聞くと無農薬で米が作れるか試していると言った。アイガモは雑草や虫を食べ化学肥料や農薬を必要としない究極の米作りと熱く語っていた。秋になったら大きくなったアイガモは肉となり一石三鳥の効果があるといっていた。私はこのアイディアは親父らしい発想で感心したことを思い出している。
こんなアイディア持つ親父は常に新しいことにチャレンジしていた。アスパラガスの栽培、葡萄の栽培、乳牛の飼育、アンゴラウサギの飼育、兄と二人でマスクメロンの栽培、鮭の放流など農家の収入アップに繋がることに先頭を切って取り組んでいた。高度成長時代も自分の百姓仕事に懸命である。いつもニコニコしている顔しか思い出はない。13人家族の長として家族を幸せにするため身を粉にしたに違いない。そして34年前突然遠い旅に旅経った。私は親父の死に対して悲しみよりもゆっくり休んで欲しいと思った。享年56才であった。私は兄弟の中でも一番長く親父と付き合った。親父の後ろ姿と言葉を多く聴いた。そして今、親父より長生きした。親父が考えたアイガモ農法は食の安全と安心、注目されて来ている。あまりにも将来を見すぎた男は当時異端児として扱われていたように思う。私の同級生の春夫君は私が田舎を離れたのち息子のように接してくれたと言う。私と親父の空白
は春夫君から聞いている。そして今、春夫君と私は兄弟みたい。お互いの息子も交流が始まった。とっても不思議な出会いでである。なお、春夫君の親父と私の親父は友人であったらしい。
3代に亘ってのお付き合いこんな出会いがあるでしょうか?
神様、仏様は出会うべき人と縁を結んでくれているようだ。本当に胸襟を開いて付き合えるのは身内でなく他人もいることを忘れない。天国も人材不足、いい人ほど早く召させられること理不尽を感じる。私の友人早く召される。
長く生きることが目的でなくいかに自然と共に共生することの重要さを親父から学んだように思う。
地方の農家はこれから夢がある。私の人生は世界を流浪する旅であろう。


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昔の武士は責任のとり方は切腹である。自らの命と引き換えにお詫びと許しを請うという苛烈な行動である。
最近の小魚リーダー言い訳をして責任をとろうとしない。ましてや小魚の元のメダカは責任もとらず消えてしまう。これをトンズラすると言う。
昨日の参議院選与党の惨敗、選挙前は与党を選ぶか野党の小沢さんを選ぶのかと安倍ちゃんはのたまった。
大敗したら言い方をコロッと変えてしまった。こんな節操のないリーダーで日本丸は暗礁に乗り上げる。
小国民の私は冷静に政治を見ているがこんな稚拙な内閣は見たことがない。リーダーの器でないものがリーダーになるからおかしい社会になる。戦犯の孫でぼんぼんがお友達内閣を組閣してあたかも力を持ったように勘違いした結果であろう。
参院選の顔として与党は安倍ちゃんを擁立したことを忘れてはいけない。
お粗末与党の姿を暴露したに等しい。国民を舐めきった政治は早晩潰れるだろう。
ましてや宗教が支持している政党が政治に顔を出すなど政教分離に反する行為である。すぐ衆議院を解散し民意を問うべきが責任のとり方でないだろうか?
かつて10年前、自民党は公明党を強く非難していたが今では公明党に食い込まれ公明的自民党の政党になっていた。悪は滅びることは明白である。
安倍ちゃんと太田ちゃんの顔から笑顔が消えてしまった。国民を愚弄するでない。
責任をとれないなら消えてしまえ!!!


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今日は参議院選の投票日、私は期日前投票権を行使したので私の意志は表明している。
標記の言葉は今の日本の経営にぴったりである。今度の新潟地震で原発の地震被害のような例がこの典型的なものであろう。
原発は地震対策も十分で安全でありクリーンエネルギーであると国と電力会社が莫大な費用を掛けて国民に宣伝した。しかし、実態はお寒い状況、事実を公表していない。この原発を開発した技術者達は危険さを十分承知していたと思う。
何も知らない国民は為政者の言葉を信じて頼りにしていたが為政者はマイナス部分は国民に知らせない。薬害エイズ、アスベスト問題、国民年金の100年安心、減税と称して増税、役人の天下り禁止対策など数上げればきりがない。参議院選の各党マニュフェスト(選挙公約)も同じように見えてならない。さて国民はどんな審判を下すのであろうか。


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先日私のブログを読んだと言う出版社からメールが入った。エッセー集として面白い是非出版しませんか?とのお誘いである。
お断りした。世の中そんな甘くない。たいした記事を書いているわけでない。反対の立場ならお金を出しても読みたいと思わない。
自費出版の費用はB5版で200ページ初版1000部で200万円の費用がかかる。これは個人負担である。印刷したのち書店に置いてもらうのにまた費用がかかる。個人の自費出版で1万部売れるのはごくごくまれなようだ。
大体この手に引っかかるのは目たちがり屋が多いようだ。出版業界の仕組みも解らずおだてによってお金を巻き上げられる構図である。中には信用させるため大手の新聞社に大きく広告をしあたかも自分の本が売れていると勘違いさせ、第2冊目への出版を誘うようだ。
印税は10%獲らぬ狸の皮算用をはじき将来印税で食べようと欲をこくと痛い目に会う。自費出版のトラブルが増加しているようだ。賢い人はトラブルに巻き込まれない。己の力を知っているからである。
出版社は本当に良いものなら原稿を買い取って出版するようだ。しかし、毎日250を超える新規出版、店頭に並べてもらえるものはごくごくわずかであるらしい。
世の中に旨い話はないと思っても間違いはない。
ISO業界でも色々な出版物があるが著者の方に「印税で左団扇でしょうね」と訪ねると嫌な顔をされる。「いや〜あれは人寄せパンダですよ」最近は本が人寄パンダにもならないと言う。3周遅れのビジネスに参入しても勝てるわけがない。
昨日は突如寝違えて右腕が痺れて記事を書けなかった。

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世の中の現象は全て簡単に置き換えられる。良いことか悪いことかそれぞれの立場で考えれば答えがはっきりしている。これに対して色々な屁理屈をつけるから複雑で解りにくくなっている。皆さん「貴方は何のために生きてますか?」と生きている目的を問われたらどう応えますか?単純な質問です。多くの方は私の問いに戸惑います。何故でしょう。生きている目的もない人は何をすべきか目標がないと言っても過言でありません。ちなみに私の回答は「社会に貢献するため」と応えます。この回答にに対してこの野郎ふざけるなと非難を浴びるでしょうか。
ものごとの本質は簡単ですね。単純な言葉には本質が含まれています。本質を悟るまで長い道のりを辿りました。

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ドイツのある会社が世界の国々をある調査項目で評価したようだ。行政のデスクロージャや手続きのわかり易さなど項目に絞って調査しランキングを発表していた。
このランキングでは先進国の中で日本は24位、不透明さが指摘されていた。
社保庁の年金の不透明さや国会議員の政治資金の使用の不透明さなどを見るとさもありなんとの感を深くする。こんなことで国際社会の一員となれるであろうか?
国鉄の民営化が行政改革の成功例として喧伝されているが実際は地方の赤字路線の切捨てによる収益の確保である。地方はこれによって足の確保が出来なくなり、ますます不便になり地方が衰退している。格差社会を国が作っている事実をしっかり把握し国民の一票を行使するしかない。
おかしげな国になっている。これに気づいて欲しいものだ。
窓の外からニイ二イゼミ、日暮ゼミ、ミンミンゼミの鳴き声が聞えてくる。セミは出てくる順番が決まっていたが自然も狂ってきているようだ!都会の自然は壊れてきている。もう人間が住む場所でない。大地震発生の予兆を感じる。

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アメリカのイラク進攻以来、今ではイラク国内はシーア派とスンニ派の勢力争いで内戦状態になっている。
この争いに巻き込まれた国民は周辺国に220万人も難民として流出している。
特に隣のシリアには120万人も流出し、シリア国内にリトル・バグダットと呼ばれる難民が住んでいる町が形成されているようだ。仕事もなく食べるのが精一杯、犠牲になっているのは女性と子供と宗派対立による迫害を受けている家族である。
日本もアメリカの要請でイラク復興の名目で自衛隊がインフラ整備に出かけたがその効果はあまりない。アメリカと同盟国はベトナム戦争のような泥沼にはまったようだ。出口の見えない戦争である。誰が敵なのか解らなくなっているようだ。
バグダットの町を破壊尽くし、テロを一掃しようとしたがこの戦争は間違いであろう。フセィンの独裁国家テロ集団を生み出しているとして戦争を開始したがブッシュの見立てが違っていた。本当は石油エネルギーの確保であった。
昔のイラクは千夜一夜の物語に出てくるような豊かな国であった。
いまや見る影もない。内戦で国民の殺し合い。何処でどうボタンの掛け違いが始まったのだろうか?シーア派は国民の6割、スンニ派は4割、フセィン時代はスンニ派が優遇されていてシーア派は虐げられていたことも内戦に拍車を掛けているようだ。中東は宗教のモザイク、周辺国はドミノ現象を憂慮している。
アメリカは世界の警察官のごとき振舞って世界に問題を惹起している。
日本もそうだがアメリカ国民はイラク国民の悲惨さを知っているだろうか。遠く離れた中東の紛争は日本国民にとってよそ事に感じているのではなかろうか。
平和ボケの国民に知る由もない。中東にエネルギーを依存して今の繁栄があることさえ忘れている。
イラク国民の悲劇的な生活を見て私の心は痛みで涙がこぼれる。
イラク国民の実態を日本のマスメディアはもっと伝えるべきと思う。これが戦争への抑止力に繋がると思う。民間テレビは朝から夜中まで馬鹿番組の垂れ流しで若者の脳みそを白痴化している。


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皆さん自分って何だろうと考えたことはありませんか?私は中学生の時から自分は何処から来たのか不思議な世界を考えて今も答えを得ることが出来ないでいる。爺さん、両親までは認識出来るがそれ以前の先祖は解らない。しかし、今存在していることは先祖が営々と子孫を残してきた結果の自分である。生物の進化によって人類が発生したものであることは一般的知識としては理解している。若し、いつかの時代私に繋がる先祖に異変があってDNAが途切れていたら今の私は存在しなかったと思う。両親から生を受けたからこそ、こんなことも考えられる。そして60年位生きて死を迎える。死後の世界は生きている人に誰も伝えることが出来ない。
だから人間は生を受けて意識の世界で色々な悟りを感じ、宗教に昇華したのではないだろうか?
生前は無限、死後も無限その無限の間に瞬間の意識の世界である。楽しい、悲しい、怒りや人工の想像物はその人が感じているだけである。
こういう視点から思慮すると10代の人も80代の人もあまり変わらないと思う。
と言うのは以前モンゴルの奥地で10代の女の子が父親が死に母親と弟が残された。その女の子は家畜の世話や水運びに厳冬の中必死で家族を守るため手袋もなく働いていた。一年後取材班が訪問したら母親は家畜集めに行って帰ってこない。たぶん死んだであろう。遺体も見つからない。弟の面倒を見ながら家畜の世話をしていた。親族も貧しく二人の子供をお世話する余裕がないという。
弟と二人寒い中抱き合って眠っていた。豊な日本人から見ると信じられないこと。
つい60年前の戦後、両親を失った子供達も同じ生活をしたに違いない。
私はこんな過酷な生活を経験していないが同じ立場にあったら自分がどうしていただろうかと想像した。モンゴルの女の子は私を超えた悟りの道を歩いているようだ。我々人間は何処から来て何処へ行くのか不思議な世界に生きているようだ。



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子供の頃、学校の帰り道に甘柿の木があった。他所のうちの木である。皆んなお腹がすいているので5〜6人猿のように木に登り甘柿の泥棒である。「こら〜!」その家の人が飛び出してくる。全員柿木から転げ落ちるように地面に降り一目散に逃げ出す。足の速い人は逃げ切るが遅い人は捕まってしまう。そして「何処の家のガキだ!」聞かれるが親に知れたら怒られる。黙っていると大説教である。しかし、説教も長く続かない。「落ちて怪我でもしたら心配である」と言って「食べたい時は言ってくれ!」と諭されて開放された。小さい頃のやんちゃ坊主の思いでである。我が家も農家、夏なるとトウモロコシやジャガイモなど町から遊びに来た子供達に盗まれた。しかし、親父は腹が減ったのであろうと怒らなかった。むしろ泥棒の経験のある我々は許さないなどと怒ったものである。いたずら心でやったことは大目に見ていたようだ。
ところが最近サクランボや果物を大量に泥棒する大人があちこちで横行している。
話を聞くとプロではないか、つまり収穫時を知っている人が夜陰に紛れて盗んでいるという。農家の人が一年手塩に掛けて育てた果物を盗むなど許せるものでない。
こんなして得た金はその人の生活を豊かにするであろうか?
このような事例は会社にも発生している。難しい仕事が起きるといち早く逃げる人、逃げ遅れてつかまりその仕事をやらなければならなくなる人人間模様が見えてくる。私はどっちかと言うと前職時代は逃げるまもなく、他部署の仕事もやらされた。誰かがやらなければならない仕事であれば逃げても何も得られない。困難な仕事取り組んでこそノウハウや人脈が得られる。今では吹けば飛ぶような小さい会社の経営者、逃げれないし逃げる場所もない。
勤め人で困難を避けて通る人は経営者になり得ない。独立したというもののフリーターの一人会社である。言葉の使い方さえ解っていない。


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