今年の予算の特徴として、
地方自治体の財布に入る「住民税」額の割合が増えた点が挙げられる。
「国の財布に入る所得税の割合が相対的に減った」ということ。
これはさいたま市を含めた地方自治体において、
住民に対する責任が相対的に重くなったことを意味する。
税金の使い道に関する
説明責任がよりいっそう求められることとなる。
★
税源移譲の意味は、以下のようなものだ。
国の財布へ税を集める従来の方式を、
国に預けず、地方が直接集める。
これにより自らの支出の決定を
自らの考えの下に行なっていける。
いわば住民自治に資することであり、
決定する権限を地方に取り戻すための力学である。
中学生の時に社会科の授業で習った
「3割自治」という言葉が象徴するように、
手足となって汗を流す地方自治体には
ほとんどのお金が直接入らず、
国がいったん税金を自らの財布に入れ、
それを国の裁量により地方に配布していた。
この構造が、
実質的に中央集権を強固なものとする役割を果たしてきた。
族議員の存在の温床であり、
地方サイドの「永田町・霞ヶ関詣で」の原因でもあった。
三位一体改革では、
ここに焦点を当て、
補助金の削減に併せて税源移譲を決定した。
将来は、この割合を
「国1:地方1」にしようという流れがある。
今回の所得税から住民税への税源移譲も
この流れの中に位置している。
税源移譲自体に異論はない。
分権を進める上で、好ましいことである。
★
とは言っても、この住民税の税源移譲には、
地方分権を進める上での象徴的な課題が見られる。
一つは、
「都道府県」に大幅な税源移譲をもたらす結果となった点である。
相対的に基礎自治体の市町村が置き去りにされているのが現状だ。。
●●税源移譲(国税:所得税→地方税:住民税)●●
対象額:3兆94億円
うち都道府県分:2兆1794億円 →47都道府県
うち市町村分:8300億円 →1804市町村(H19年3月31日見込み)
平均値を見ただけでも、
一自治体あたりの額の違いがわかる。
この数年間の三位一体改革によって、
都道府県は大きな権限や財源を手にした。
が、実際に住民と直面し重要な仕事に従事するのは市町村である。
今後、市町村と都道府県の温度差が必然的に出てくるだろう。
もう一つ、
住民税と、税源移譲前の所得税の寄付控除のあり方についても、
まったく体系的な議論なく進められた様が浮き彫りとなった。
つまり所得税の控除は従来通り、
政治資金管理団体への寄付控除など多種多様あるのに対し、
住民税における寄付控除は自治体への寄付など3種しかない。
つまり税制度や寄付控除の制度全体として
体系的に制度設計がなされていないのである。
★
これだけを見ても、
いかに準備が充分ではないままに、
数合わせ的要素を色濃く残して
分権改革が進んでいるかよくわかる。
これらを前向きに解釈すれば、
分権が途上であることから起きている
過渡期的な現象だと言えるのかもしれない。
税源移譲自体は歓迎すべきことである。
が、しかし、
地方分権の本質に迫る議論を経ていないことは確かであり、
今後においては本筋の分権議論が必要だと感じた。
当面のゴールには、
基礎自治体の市町村がきちんと
責任を負えるだけの裏づけを用意すること。
そもそも補完性の原則にのっとり、
個人を出発点にし、
市町村→都道府県→国の順番で社会問題の解決に当たること、
などが想定されていなければならない。
この点があいまいであるから、
霞ヶ関の官僚からの抵抗に配慮せざるを得ず、
分権が迷走するのではないか。
いまのところ、
分権を実質的に進めることができるのは、
「国会」もしくは議案の提案者である「総務省」などであり、
地方サイドは任意的な関与しかできない状況だ。
であるからこそ、国会で審議に当たる政党の責任は重い。
中央官庁主導、総務省主導の分権ではなく、
政党が主導する本筋の分権改革を期待したいものだ。
地方自治体の財布に入る「住民税」額の割合が増えた点が挙げられる。
「国の財布に入る所得税の割合が相対的に減った」ということ。
これはさいたま市を含めた地方自治体において、
住民に対する責任が相対的に重くなったことを意味する。
税金の使い道に関する
説明責任がよりいっそう求められることとなる。
★
税源移譲の意味は、以下のようなものだ。
国の財布へ税を集める従来の方式を、
国に預けず、地方が直接集める。
これにより自らの支出の決定を
自らの考えの下に行なっていける。
いわば住民自治に資することであり、
決定する権限を地方に取り戻すための力学である。
中学生の時に社会科の授業で習った
「3割自治」という言葉が象徴するように、
手足となって汗を流す地方自治体には
ほとんどのお金が直接入らず、
国がいったん税金を自らの財布に入れ、
それを国の裁量により地方に配布していた。
この構造が、
実質的に中央集権を強固なものとする役割を果たしてきた。
族議員の存在の温床であり、
地方サイドの「永田町・霞ヶ関詣で」の原因でもあった。
三位一体改革では、
ここに焦点を当て、
補助金の削減に併せて税源移譲を決定した。
将来は、この割合を
「国1:地方1」にしようという流れがある。
今回の所得税から住民税への税源移譲も
この流れの中に位置している。
税源移譲自体に異論はない。
分権を進める上で、好ましいことである。
★
とは言っても、この住民税の税源移譲には、
地方分権を進める上での象徴的な課題が見られる。
一つは、
「都道府県」に大幅な税源移譲をもたらす結果となった点である。
相対的に基礎自治体の市町村が置き去りにされているのが現状だ。。
●●税源移譲(国税:所得税→地方税:住民税)●●
対象額:3兆94億円
うち都道府県分:2兆1794億円 →47都道府県
うち市町村分:8300億円 →1804市町村(H19年3月31日見込み)
平均値を見ただけでも、
一自治体あたりの額の違いがわかる。
この数年間の三位一体改革によって、
都道府県は大きな権限や財源を手にした。
が、実際に住民と直面し重要な仕事に従事するのは市町村である。
今後、市町村と都道府県の温度差が必然的に出てくるだろう。
もう一つ、
住民税と、税源移譲前の所得税の寄付控除のあり方についても、
まったく体系的な議論なく進められた様が浮き彫りとなった。
つまり所得税の控除は従来通り、
政治資金管理団体への寄付控除など多種多様あるのに対し、
住民税における寄付控除は自治体への寄付など3種しかない。
つまり税制度や寄付控除の制度全体として
体系的に制度設計がなされていないのである。
★
これだけを見ても、
いかに準備が充分ではないままに、
数合わせ的要素を色濃く残して
分権改革が進んでいるかよくわかる。
これらを前向きに解釈すれば、
分権が途上であることから起きている
過渡期的な現象だと言えるのかもしれない。
税源移譲自体は歓迎すべきことである。
が、しかし、
地方分権の本質に迫る議論を経ていないことは確かであり、
今後においては本筋の分権議論が必要だと感じた。
当面のゴールには、
基礎自治体の市町村がきちんと
責任を負えるだけの裏づけを用意すること。
そもそも補完性の原則にのっとり、
個人を出発点にし、
市町村→都道府県→国の順番で社会問題の解決に当たること、
などが想定されていなければならない。
この点があいまいであるから、
霞ヶ関の官僚からの抵抗に配慮せざるを得ず、
分権が迷走するのではないか。
いまのところ、
分権を実質的に進めることができるのは、
「国会」もしくは議案の提案者である「総務省」などであり、
地方サイドは任意的な関与しかできない状況だ。
であるからこそ、国会で審議に当たる政党の責任は重い。
中央官庁主導、総務省主導の分権ではなく、
政党が主導する本筋の分権改革を期待したいものだ。










