いつも心に太陽を~★

心に太陽はありますか?輝いていますか?晴れるといいねo(^-^)o

バルト三国とフィンランド ③ リトアニア/ラトビア

2017-01-03 16:55:15 | 旅行

バルト三国は、中世来、周辺国から侵略され続け、苦難の道を歩んできました。
リトアニアはロシア、ソ連と侵略され何度も独立を試みたが、その度に、襲撃され大量虐殺が行われてきました。
転機が訪れたのは、1985年、ゴルバチョフがソ連共産党書記長になり、ペレストロイカを推し進めてからです。
バルト三国で独立運動が活発になり、1990年に独立宣言後、リトアニアのビリニュスとラトビアのリガの主要施設が急激され、多数の死傷者が出ました。
その後、ソ連が崩壊しやっと悲願の独立となります。
十字架の丘はリトアニアの北部シャウレイにあります。
1831年、ロシアに対する蜂起の後、処刑流刑された人々のために立てられました。ソ連時代は立ち入り禁止となり、何度なぎ倒されても、民族と宗教の象徴として立て続けられ守られてきました。小さなものを含めると100万本以上といいます。
結婚式を挙げた一団が十字架を立てにやってきます。人生の節目に十字架を立てます。
2001年に世界文化遺産に登録されました。

2016.4/20
カウナスからシャウレイ(145km)へ
十字架の丘
緑の平原に突如十字架の林が現れてきます 
手前の駐車場から通路を歩いていきます
この日は、晴れたりにわか雨が降ったりという不安定な天気でした

十字架とキリスト像、マリア像などが迎えてくれます







売店で、様々な十字架が売っており、私も願いを込めて立ててきました(€10)


リトアニアの十字架には、ちょっと変わった装飾があるものがあります。キリスト教が入ってくる前は自然崇拝をしていたということで、十字架の周りに太陽や植物をあしらったものが多く見られます。




ラトビアに入りました
ルンダーレ宮殿(バウスカ)
「バルトのベルサイユ宮殿」といわれ、当時ロシアの支配下にあり、サンクトペテルブルクのエルミタージュ宮殿の設計者が建てたという事です



宮殿内のレストランでの昼食は魚のソテーです




豪華絢爛です
壁も天井もすべての装飾が美しい




各部屋の隅に陶器の美しい箱があり気になっていました
暖房設備という事です






ここで火を焚いていたんですね


ルンダーレ宮殿を後にして、首都リガへ(85km)
リガで宿泊です

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