動画演習 研究所

動画基礎とアニメーション演習

大藤信郎賞

2010-07-06 | 動画
■大藤信郎賞 受賞作リスト
1962年度 「ある街角の物語」の手塚治虫
1963年度 「わんぱく王子の大蛇退治」の東映動画スタッフ
1964年度 「殺人 MURDER」の和田誠
1965年度 久里洋二、「ふしぎなくすり」の村治夫と岡本忠成をはじめとする電通映画制作グループ
1966年度 「展覧会の絵」の手塚治虫
1967年度 「二匹のサンマ」「部屋」の久里洋二
1968年度 「みにくいあひるのこ」の学習研究社
1969年度 「やさしいライオン」の虫プロダクション
1970年度 「花ともぐら」「ホーム・マイホーム」の岡本忠成とその制作グループ、大藤賞委員会特別賞に日本動画株式会社
1971年度 「てんまのとらやん」のビデオ東京
1972年度 「鬼」の川本喜八郎
1973年度 「南無一病息災」のエコー
1974年度 「詩人の生涯」の川本喜八郎
1975年度 「水のたね」の岡本忠成
1976年度 「道成寺」の川本喜八郎
1977年度 「虹に向かって」の電通映画社
1978年度 該当作なし
1979年度 「ルパン三世 カリオストロの城」の東京ムービー新社
1980年度 「スピード」の古川タク
1981年度 「セロ弾きのゴーシュ」のOH!プロダクション
1982年度 「おこんじょうるり」の桜映画社とエコー
1983年度 「はだしのゲン」のゲンプロダクション
1984年度 「風の谷のナウシカ」の徳間書店と博報堂
1985年度 「銀河鉄道の夜」の朝日新聞社、テレビ朝日、日本ヘラルド映画グループ
1986年度 「天空の城ラピュタ」の宮崎駿と制作スタッフ、徳間書店
1987年度 「森の伝説」の手塚プロダクション
1988年度 「となりのトトロ」におけるアニメーション作家としての宮崎駿のオリジナリティに対して
1989年度 該当作なし
1990年度 「いばら姫、またはねむり姫」の川本喜八郎
1991年度 「注文の多い料理店」の岡本忠成
1992年度 該当作なし
1993年度 「銀河の魚」のたむらしげる
1994年度 該当作なし
1995年度 「MEMORIES」における大友克洋の総指揮に対して
1996年度 「るすばん」のN&Gプロダクション
1997年度 該当作なし
1998年度 「水の精・河童百図」の白組
1999年度 「老人と海」のアレクサンドル・ペトロフと技術スタッフ

2000年度 「BLOOD THE LAST VAMPIRE」
2001年度 「くじらとり」のスタジオジブリ
2002年度 「千年女優」の今敏
2003年度 「冬の日」 - 川本喜八郎の企画及び総合演出
2004年度 「マインド・ゲーム」
2005年度 「tough guy!2005」の岸本真太郎
2006年度 「鉄コン筋クリート」
2007年度 「カフカ 田舎医者」の山村浩二
2008年度 「崖の上のポニョ」における宮崎駿の独創的表現に対して
2009年度 「電信柱エレミの恋」中田秀人監督作品、立体アニメ表現の完成度に対して

銀河の魚ED


制作進行(せいさくしんこう)

2010-06-18 | 動画
映像作品の制作において制作管理に携わる人。実写映画では、進行主任などともいう
東映・東映アニメーション(東映動画)では製作進行という表記がなされる。「製作部進行係」といった部署名の設定に由来するものと思われる。


制作部は、プロデューサー、ラインプロデューサー、制作担当、制作主任、制作進行からなる。

プロデューサーは企画からの作品全ての管理、ラインプロデューサーは現場の予算管理、制作担当・制作主任は主にロケ地を探すロケハンを担当しその交渉に当たる[1]が、制作進行は主に上司に当たる制作担当・制作主任の助手として働き、ロケ地までの地図の作成、スタッフへの連絡、弁当の発注、現場で使用する制作備品(キャストの椅子、テープ類やタオル、雑巾、雨具、車止めのパイロン、赤色灯、虫除け救急セット、お茶セットなど)の購入、管理などを行う。

制作車を通常運転し、現場に一番初めに入り、撮影機材置き場の確保、衣裳メイク場所・キャスト控え室・お茶セットのセッティング、現場を傷つけないように緩衝材をひくといった現場のセッティングを行い、後から来るスタッフの誘導を行う。現場が終われば、その逆の動きをして撤収する。

朝食、昼食、夕食の弁当を手配・セッティングし、ゴミの分別・処理を行う。

必要であれば現場の車止めを行い、録音の為に工事現場などの音止め交渉を行う。

毎朝スタッフ・キャストの為のお茶を沸かさなければならないため早朝4時起床、制作車の運転、食事の発注とセッティング、車止め、音止め、ゴミの処理、撮影終了後の清掃を行う等の為、現場が始まると睡眠時間は3〜4時間となり、最も過酷な撮影スタッフの1人となる。

制作部はロケハン等、車の運転をしなければならないため、運転免許書は必須である。

アニメーション作品の制作進行
「制作」と略称されることもある。主にテレビアニメにおいて、中心となるスタッフを補佐して、雑用をこなす。

アニメの制作工程のおおむね全てについて実際に見聞することが出来、また演出家など制作の中心スタッフとも直に接することで勉強になるため、ここを出発点にプロデューサー、演出家になる者も多い。


概要
作画・背景美術・仕上・撮影・現像・編集といったアニメ制作の工程は、分業化され外注プロダクションの作業に支えられている例が多い。制作進行は、そのテレビアニメの担当話数の演出家(各話演出)の指示の下、制作スタジオ同士を素材を運んで回る。原画が完成したら動画へ、動画が完成したら仕上げへ、といった具合である。

ある素材について現在どの部署が受け持っているか、変化する最新の状況を常に把握する。納品日へ向けての残り日数と必要な作業量との兼ね合いを、確認して調整する。演出家だけでなく作画監督などそれぞれの部署のチーフをはじめとするスタッフと、スケジュール管理のために折衝を行ない、トラブルが起こればその解決に走り回る。絵コンテなど複数の人間が共有する必要のある資料の、コピー取り。時には、スタッフの自宅からスタジオまでの送迎も。仕事の内容は多岐にわたり、また多くの人々とも触れ合う。

地味で目立たない仕事ではあるが、制作進行がいなければアニメの制作は成り立たない。移動に公共交通機関を使うことは、ほとんどない。素材を詰めたカット袋を運ぶため、車の運転免許証は制作進行にとって必須となっている。

アニメのスタッフの生活リズムが規則正しいとは限らない。素材が出来上がるまでは待つしかなく、また出来上がったらすぐさま次の工程へと素材を運ばなければならない。しわ寄せを受けて勤務時間が不規則かつ長時間になり、制作進行は常に過重労働の状態にあると言ってよい。肉体的な疲労のみならず、常に逼迫したスケジュールは、精神的にも厳しい仕事である。拘束時間が長く厳しい仕事にもかかわらず、待遇は決して高給とは言えない(ただし、制作部を持つ企業は大手および準大手であることが多いため、正社員、或いは契約社員として採用されることが多い。このため、企業側からの滞納さえ無ければ少なくとも歩合制の新人アニメーターよりは安定した収入が得られる)。過酷な業務のため短期間で辞める者も多く、年に数回募集をかける会社もある。

こうした事情から制作進行は、アニメ業界に入るには間口の広い役職の一つとなっている。いくつかの例外を除き、アニメ制作会社がいきなり新人の演出家を募集して養成することは無く、制作進行の激務に耐え、経験を積んで生き残った人材が結果的に演出家や制作プロデューサーとなることが多い。

セル画で制作されていた時代は演出助手を兼ねる[2]場合もあり、演出の横で「撮影出し」(必要な素材を組み合わせて揃える、撮影準備)の作業をすることもあった。

また、外回りだけでなくデスクワークも存在する。進行表の作成や制作日誌(作品による)を担うことが多い。ここでは、全体のスケジュールから、各工程のアップ予定を立てて、各スタッフに周知・実行させるなど、先を見通した立案能力、コミュニケーション能力、管理能力が求められる。

3DCGを多く取り入れたアニメでは3DCG制作における制作進行(「3D進行」など呼称は様々)が置かれる場合もある。

制作デスク
1人の制作進行は1話ごとにテレビアニメ番組を担当する。制作進行が数名でスケジュールを組んで交代しながら1話ずつ担当することで、テレビアニメのシリーズを回していく。その番組についた何人かの制作進行をまとめる役職を制作デスクといい、シリーズ全体の予算とスケジュールを管理する。制作会社によっては制作担当ないし製作担当と呼ぶこともあり、呼称はさまざまである。

似たような役職に、脚本の制作管理を行なう「文芸担当」「文芸進行」または単に「文芸」という役職を置く制作会社もある。

制作デスクがさらに昇進するとプロデューサーとなり、企画を立てたり、外部との折衝やスタッフの編成、予算管理も行なうことになる。

設定制作
アニメ作品内に出てくるキャラクター・建物・小物などの新たな設定を描き起こして貰うため、デザイナー(キャラクターデザイナー・アニメーター・イラストレーターなど)に発注したり、出来上がった設定資料の管理を行うのが主な仕事である。あまりスタッフロールにクレジットされていなかった役職だが、2000年代頃からこの役職が多くの作品でクレジットされるようになっている。一部では設定管理とも呼ばれている。サンライズ、またその系列に当たる会社では、プロデューサーでなく演出志望の制作はデスクでなくこの役職に就く事が多い。(ただし設定制作が必ずしも演出志望というわけではない。また進行から直接演出助手になるパターンもある。)

デジタル化とオンライン化
1990年代以降に日本のアニメ業界ではデジタル化が進められ、仕上げ以降の作業はコンピュータで処理されるようになった。

脚注
1.^ 『日活スタッフインタビュー』vol.10 「プロデューサー和田倉和利さん」
2.^ 東映アニメーションでは演出助手・製作進行兼任時は「演助進行」という役職でクレジットされることがある。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アニメーションはトリックアート

2010-05-10 | 動画
映画やアニメのフィルムのコマは静止画であり、実際には動いているわけではない。
一秒間に24コマの静止画に映写されると、動いているように感じるのは、残像効果が働いて、前の画像がまだ持続しているような印象を持つからである。
人の感覚の印象は、外部の対象による刺激が止んだからといって、すぐ消え去らない。視覚も例外ではなく、網膜が持っている残像効果である。
アニメーションはこれらの残像効果を使ったトリックアートともいえる。



ソーマトロープとゾートロープ
円盤の表と裏に異なる絵を描いておき、両端に取り付けてあるひもや輪ゴムを軸にしてくるくる回転させると、視覚の残像効果で2つの絵が重なり合って1つに見えてくる。
このソーマトロープの語源は、ギリシア語の「thauma(驚き)」と「tropos(回転)」である。映画やアニメーションの出発点ともいうべき重要な発明である。

ソーマトロープは画像が2コマしかないので、2つの像が重なって見えるだけで、絵が動くような効果は得られないが、画像のコマ数を増やすことで、絵が動いているような錯覚を作り出す装置がつくりだされた。 
1834年にイギリスの数学者ウィリアム・ジョージ・ホーナーによって発明されたゾートロープである。
スリットのあいた円筒の内側に、アニメーションの元になる絵の帯を丸めてセットして、円筒を回転させて円筒の外側からスリットごしに眺めると、絵が動いて見える。ゾートロープはまわりから覗きこむ方式なので、一度に何人もの人が同時に楽しめるし、絵も帯状になっているので交換も容易になった。
1回転すれば同じ絵に戻ってしまうので、ダンス、曲芸、ピエレットなど周期的に反復可能な単純な動きを再現するにすぎなかったが、この装置は当時に広く普及した。
ゾートロープの語源はギリシア語の「zoon(動物)」と「tropos(回転)」である。

動画演習 研究所
動画基礎とアニメーション演習
http://blog.goo.ne.jp/doga24

連続写真とアニメーション

2010-04-20 | 映像
Eadweard Muybridge


産業革命の当時には、疾走中の馬の脚は4本ともが同時に地面を離れている瞬間があるのか、
それとも1本だけは地面にあるのかという奇妙な論争が続いていたという。
イギリス出身の写真家マイブリッジによって、1877年に1スチルカメラを12台使用して疾走馬の脚の動きを連続撮影した男がいた。
そして馬は疾走中4本の足を同時に地面から離しているということを証明した。
この連続写真を見たエジソンは大いに触発されて、映写機キネトスコープを発明する。
さらにキネトスコープはシネマトグラフへつながり、今日へ映画が誕生することになった。
ハイビジョン映像もジャパニメーションも、すべて原理はここから始っていた。

疾走中の馬の連続写真

エドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge 1830年4月9日 - 1904年5月8日)
イングランドのキングストン・アポン・テムズで生まれ、
1855年にアメリカ合衆国へ移住して、サンフランシスコの出版業界に勤めた。
[] 関連項目
映画史 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A0%E7%94%BB%E5%8F%B2
写真史 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E7%9C%9F%E5%8F%B2

Eadweard Muybridge 分解写真への関与
Eadweard Muybridge Tribute

この映像の後半部には、動画へのヒントとなるテキストの作り方がある。

アニメーション>アニメ定義

2010-04-12 | アニメーション
アニメ とは

アニメーション>アニメ定義
本項ではアニメーションを用いて構成された映像作品を指す。

定義
日本国外で「アニメ(anime)」と言う場合は、日本で制作されたセルアニメーション作品、あるいはそれと同種の作風を持った作品のことを指すことが多い。「マンガ(Manga)」も、紙媒体のものではなく、しばしば日本のセルアニメ全般の同義語である。本項では特に日本で製作された商業用セルアニメについて解説する。なお、ジャンルに応じて独立した項もあるので、各自の項も参照されたい。
日本語の「アニメ」という語は単にアニメーションの略で製作国等は関係無い。例えば、アメリカ合衆国のディズニー製作映画は単にディズニーアニメと呼ばれ、ディズニー公認の絵本、ノベライズ版にもそう銘打ったものがある。

つまり、日本ではアニメはすべてのアニメーションを指し、日本以外ではanimeと言えば日本のアニメーションのことを指すということである。


アニメのジャンル 媒体別

テレビアニメ
地上波テレビ局、BS局、CS局等での放映用に制作される作品。全日枠放送作品、深夜アニメ、UHFアニメ、BSアニメ、CSアニメなどに分類される。

アニメーション映画
映画館等での上映用に制作される作品。劇場用アニメーション映画、アニメ映画、劇場版アニメ等と呼ばれる。

OVA(オリジナルビデオアニメーション)
店舗販売とレンタルビデオ用に制作される作品。VHS、LD、DVD等で提供される。

Webアニメ
インターネット配信用に制作される作品。国外では「Original Net Animation」(ONA)と呼ばれる。
近年になって多種多様な媒体が次々と登場している。

鉄腕アトム 第1作 OP


日本のアニメと海外アニメーション作品の違い
『鉄腕アトム』の時代から、アニメはキャラクターグッズ化によって制作資金回収を行うという独自のシステムが形成されていた。鉄腕アトムの制作者手塚治虫は、ディズニーアニメの販売戦略を真似たともいわれるが、日本のアニメはディズニーのそれとは別の道を歩むことになった。
現代、ディズニーアニメは製作費が高騰し、全世界で配給して多くの年齢層の観客をとりこみ、できるだけ多くの興行収入を確保するというシステムになっており、それに伴ってストーリーや題材も当たり障りがなく、どこからも苦情が来ないようにあえて工夫されて作られているものが多くなりつつある。

これに対して日本では、ディズニーのようなアニメの巨人が存在しなかった。多くのアニメスタジオが競って作品を作ったため、作家性の薄いもの、強いもの、個性的なもの、平凡なもの、当たり障りのないものなど、おびただしい数と種類のアニメ作品が生まれた。現在も少人数、低予算で制作されるという点は変わっておらず、これが欠点であり武器でもあるという点も変わっていない。

「アニメ」という語の成立
当初の日本では「アニメーション」「アニメ」という語はあまり用いられず、「漫画映画」または単に「動画」と呼ばれていた。アニメーションという語は映像業界の専門用語で、その略である「アニメ」という語も一般には普及しなかった。

テレビでアニメーション番組が放送されるようになると、「テレビまんが」などという語が使われた。最初のテレビアニメ番組とされる「鉄腕アトム」では、本放送当時「テレビマンガ」という表記を使っていた。このためか中高年を中心に現在でも「アニメ」を「まんが」と呼ぶ者もいる。

「アニメ」という用語の最初期の使用例は、雑誌『小型映画』1965年7月号で現れる。ただしこの雑誌も映像制作者向けの専門雑誌であった。『小型映画』は、1965年6月号までは主に「アニメーション」という語を使用しており、この頃から映像業界内で「アニメ」という語が一般的になりはじめたとみられる。

一般向けに「アニメ」という語をタイトルに用いた最初期の例は、1968年、偕成社の絵本のシリーズ名に「名作アニメート絵話」という語が現れる。ただしこれは、animationの動詞形のanimateを日本語読みにしたもので、「アニメーション」を略したものではない。

千夜一夜物語 A thousand and one nights (Senya ichiya monogatari)

1969年公開のアニメーション映画『千夜一夜』は、「アニメラマ」という語を用いた。これは、アニメーションとドラマの合成語である。アニメラマはシリーズとなり、1973年公開の第3作まで続いた。

単に「アニメ」という語を用いた最初の書籍タイトルは、1975年、ポプラ社の絵本シリーズ名「テレビ名作アニメ劇場」とみられる。

同年には日本アニメーションが創設されており、同社制作番組だけとはいえ、毎週、テレビのアニメ番組内で、社名の一部として「アニメーション」という語が表示されるようになった。

1978年に雑誌『アニメージュ』の刊行が始まり、その後数年で誌名に「アニメ」を含むアニメ雑誌が相次いで発刊されると、アニメという語は急速に普及し、1980年頃を境に「テレビまんが」「動画」という語はほとんど使用されなくなった。しかし前述の通りアニメに関心のない中高年の世代の人は、現在でもアニメを「まんが」と呼ぶことがある。

外国語における「アニメ」
戦後日本においてアニメ作品の主流は他の地域と異なる方向に発達し、かつ大きな発展を遂げた結果、明らかに固有の様式をもつに至っている。これら日本製ないし日本風である“日本のアニメ”は、日本以外では特にanime(アニメ)と呼ばれ他のanimation(アニメーション)と区別される場合がある。米国では、ANIMEはMANGAと同じで日本語という感覚で用いており、animation→アニメ→animeと数少ない逆輸入語であり、かつ文化用語でもあるために、大学の講義題材として取り上げられている。
英単語での animation という語は略しても anime にはならない(eという文字がもともと存在しない)。このため、英語で anime は、animation の略ではなく、日本由来の外来語だと考えられている。また、anime という綴りでは「エイニム」または「アニーム」という読みとするほうが英語としては自然で、animeとつづって「アニメ」と読むことも、外来語とみなされる理由である。animationの動詞形の英語animateを意味するフランス語animer(動く)を活用させるとその過去分詞アニメanime(動いた、動かれた)という綴り方があり得ること(例えばドビュッシーのピアノ曲「映像」第3曲「ムーヴマンmouvement(動き)」の冒頭のテンポ指示に「トレザニメtres anime(とても動いて)」と表記されている)、また、英語でもしばしばアニメはanimeと綴られることから、フランス語由来だと考えられたこともあるが、現代ではこの説はあまり信じられていない。英語以外の言語圏には、英語からさらに輸出される形で移入された。フランスではアニメーション動画はデサンナニメ dessin animeと呼ばれるが、特に日本由来のアニメは単にアニメanimeと呼ばれる。

歴代ロボッ トアニメ OP集 1of13

1975年末、アメリカ合衆国で家庭用ビデオデッキが発売されると、1976年2月に、各地で放映されていたテレビ番組を録画して見せ合う活動が始まった。1977年にはこの種の活動を行う専門のサークルが活動を開始した。フレッド・パッテン(Fred Patten)によれば、この時点(1977年当時)で既に日本製ロボットアニメを指す語としてanimeという語が用いられていた。ただし、この語は愛好家たちの隠語か専門用語に近く、一般には広まらなかった。

1991年にアメリカ合衆国でThe Society for the Promotion of Japanese Animation (略称SPJA)が発足し、翌1992年から毎年「Anime Expo」という催しを開催するようになると、animeという語は急速に普及した。

Making of AKIRA English Dub 大友克洋


ジャパニメーション
animeという用語の他に「ジャパニメーション(Japanimation)」という呼び方もある。この用語は1970-1980年代ごろ北米で良く使われた。この言葉が生まれた当時は、日本と北米の文化・習慣の違いや表現規制の問題から、日本的・性的・暴力的なシーンをカットしたり、子供向けとしては難解な長期に渡る物語を一話完結にしてしまうことが、アメリカ人編集者の手によって行われていた背景がある。転じて、この頃の独自編集が施された作品のみを、ジャパニメーションと分類する人もいる。
また、一部の放送枠では同一作品で最低65話が必要だったため、それに合わせるべく日本の複数の作品を組み合わせてそれを満たすことも行われた。例えば米ハーモニーゴールド社は、それぞれ独立した3作品を編集して、『ロボテック』という長編シリーズに仕立てあげている。この作品は、元の物語と同一ではないにしろ、比較的暴力的な描写を多く残し、物語も複雑で、その結果多くの視聴者を獲得した。その状態で、他国に再輸出もされており、好評を博したとされる。このヒットは、元になった日本製アニメを評価するきっかけともなった。

しかし、ジャパニメーションは単に日本製のアニメーション作品という意味だけではなく、主に親の世代が、日本発の文化や日本人に対する「差別」「偏見」や、アニメーション自体への「偏見」から、日本製の子供向けアニメーションを指して「くだらないもの」、あるいは「子供の教育上良くないもの」というニュアンスを込めて、この言葉を使っていたとする説がある。音節的に japan-animation から(an 音節が繰り返されているため、ひとつが脱落し) Japanimation に略されただけではあるが、Jap(日本人の蔑称) の Animation とも読める。

現代では、anime が定着しつつあり、日本及びアニメーションに偏見を持たない世代や真摯なファン(OTAKU)も増えたためか、 Japanimation が使われる事はほとんどなくなってきた。ただし、アニメーション関連のオンラインショップの名称など、蔑称や偏見という意識を持っていないと思われる使用例もある。

日本では、マスコミや一部のファンが(広義の)アニメーションと区別するために使ったり、日本の文化として誇る意味を込めて使う場合もある。講談社は、『AKIRA』『攻殻機動隊』が海外で人気を博しているとして、「ジャパニメーション」という用語を戦略的に使った。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 特典映像 BIOS FILE 07 「タチコマ」