伝道者3:11
He hath made every thing beautiful in his time:
also he hath set the world in their heart,
so that no man can find out the work
that God maketh from the beginning to the end.
(KJV)
伝道者の書3:11、大変有名な聖句ですが、前回の考察で問題となったのが
‘the world’の訳出でした。
*神が成したことを誰も見出すことができないようにthe worldを置いた
この‘the world’と訳されたへブル語が、他の聖句でどのような意味で使用されているか
検討してみます。
例を挙げればきりがありませんが、この単語、詩篇で多用されています。
詩篇において「とこしえ」「永遠」と訳出されている単語の多くは、原典ではこのへブル語が
使用されています。
例、詩篇5:12、9:6、9:8、10:16、12:8など143回
日本語訳聖書では「とこしえ」という訳出が圧倒的に多く、また、英語訳では、everlasting, forever, eternityと訳されている。
つまり
伝道者3:11b
also he hath set the eternity in their heart
という訳出も誤訳・邪訳ではないということになります。
さて
この‘the world’と訳された単語について、他の英語訳も見てみましょう。
eternity in their heart
their hearts without knowledge
questions in our minds about the past and the future
the world in their heart
the world to their consideration
eternity into man's heart
a desire to know the future
a sense of eternity in people's minds
that knowledge in their heart
長々と説明しているような訳出はあまり信用できませんので
1.eternity in their heart
2.the world in their heart
この2訳が適訳の候補として上げられます。
2については、前回の記事で考察しました。
1についてですが、上の考察から、誤訳・邪訳であるとは言えないと思います。
also he hath set the eternity in their heart
直訳すると
神は人の心に永遠を与えた
となります。
むしろ、注意すべきは
>人の心に永遠への思いを与えた
こちらの訳出と思われます。
この訳出は、以前に考察した以下の聖句の訳出に似ています。
ガラテア2:20c
いま私が、この世に生きているのは、
私を愛し私のためにご自身をお捨てになった
神の御子を信じる信仰によっているのです。
(新改訳)
神の御子を信じる信仰による、と訳されていますが、原典を直訳すると
神の御子の信仰による
となります。
つまり、主格を「我(われ)」にするか「御子」にするかという対立する解釈があるのです。
主格を「我(われ)」にする立場をとると、
人の心に永遠への思いを与えた
という訳が自然な訳出ということになります。
>人の心に、「我が」永遠を思う思いを神が与えた(まさに口語訳)
一方、神が主体であるとする立場に立ち、訳出すると
「神は」人の心に永遠を与えた
となり、主格が妙な交差を起こしません。大変シンプルです。
次に続きます。
He hath made every thing beautiful in his time:
also he hath set the world in their heart,
so that no man can find out the work
that God maketh from the beginning to the end.
(KJV)
伝道者の書3:11、大変有名な聖句ですが、前回の考察で問題となったのが
‘the world’の訳出でした。
*神が成したことを誰も見出すことができないようにthe worldを置いた
この‘the world’と訳されたへブル語が、他の聖句でどのような意味で使用されているか
検討してみます。
例を挙げればきりがありませんが、この単語、詩篇で多用されています。
詩篇において「とこしえ」「永遠」と訳出されている単語の多くは、原典ではこのへブル語が
使用されています。
例、詩篇5:12、9:6、9:8、10:16、12:8など143回
日本語訳聖書では「とこしえ」という訳出が圧倒的に多く、また、英語訳では、everlasting, forever, eternityと訳されている。
つまり
伝道者3:11b
also he hath set the eternity in their heart
という訳出も誤訳・邪訳ではないということになります。
さて
この‘the world’と訳された単語について、他の英語訳も見てみましょう。
eternity in their heart
their hearts without knowledge
questions in our minds about the past and the future
the world in their heart
the world to their consideration
eternity into man's heart
a desire to know the future
a sense of eternity in people's minds
that knowledge in their heart
長々と説明しているような訳出はあまり信用できませんので
1.eternity in their heart
2.the world in their heart
この2訳が適訳の候補として上げられます。
2については、前回の記事で考察しました。
1についてですが、上の考察から、誤訳・邪訳であるとは言えないと思います。
also he hath set the eternity in their heart
直訳すると
神は人の心に永遠を与えた
となります。
むしろ、注意すべきは
>人の心に永遠への思いを与えた
こちらの訳出と思われます。
この訳出は、以前に考察した以下の聖句の訳出に似ています。
ガラテア2:20c
いま私が、この世に生きているのは、
私を愛し私のためにご自身をお捨てになった
神の御子を信じる信仰によっているのです。
(新改訳)
神の御子を信じる信仰による、と訳されていますが、原典を直訳すると
神の御子の信仰による
となります。
つまり、主格を「我(われ)」にするか「御子」にするかという対立する解釈があるのです。
主格を「我(われ)」にする立場をとると、
人の心に永遠への思いを与えた
という訳が自然な訳出ということになります。
>人の心に、「我が」永遠を思う思いを神が与えた(まさに口語訳)
一方、神が主体であるとする立場に立ち、訳出すると
「神は」人の心に永遠を与えた
となり、主格が妙な交差を起こしません。大変シンプルです。
次に続きます。









