狐・狸・祭

フラメンコの故郷よりマイペースに発信、カンタオーラ小里彩のブログです

読書の秋!

2016年11月07日 05時54分37秒 | 日記
 時間は逆戻れませんが、若い頃もっと本を読むべきだったなあと今にしてみれば思います。新聞記者だった父は私が生まれたとき「あや」という名前に「文」の字をつけたいと思っていたくらいの本の虫だったのですが、「文章書きの娘が文じゃあ芸がない」という母の意見で結局は「彩」になりました。若い頃は「本を読む」という行動は受動的だと感じていたのですが、むしろ能動的なのだということに気づくまでだいぶん時間がかかってしまいました。良い本を読むというアクションは単に学ぶためならず自分の内面を探るために、自分という人間を知るために有効な手段だったのだなあと今更しみじみ感じています。

 吉田兼行の徒然草で「昔の本を読んでると過去の人でも仲のいい友人と親しく話をしているような気持ちになる」みたいな記述があったと思うんですが、人間として芸術全般「自分との共通点を感じること」が根底にあるから楽しく味わえるのですよね…。それにしても兼行法師は「今書いたようなことは枕草子にも書いてあったけど自分もそう思うから書くだけ、決して清少納言の真似してるんじゃないから!」とか「人にはどう思われても自分の記録だからいいんだ、書きたいことを書くぞ」とか。昔の偉い人ながら要所要所人間くさくてとても愛着がわきます!また、例えば「子供のいない人生は面白さに欠けてる」みたいなことを力説したかと思えば後の方の章では「子供なんていない方が人生は絶対良い」みたいに意見が180度変わってたりするのも適当でイイ!自分などこんな地味なブログでさえチマチマまとまったそつない文章を目指してしまうていたらくですが兼行法師のファジイさ、是非見習いたいものです。尚9月に帰国した機会に枕草子もゲットしてきましたが、ちょっと読んだ感じではまた違う雰囲気で面白そう。

もう一冊今回ゲットしたのは夏目漱石の初期の名作「草枕」(名前似てる)!カナダの天才ピアニスト、グレングールド様が晩年とりつかれたように読みまくっていたというエピソードを聞き、是非読まねば!と思い立ったミーハー野郎な私です。グレングールドは4冊も異なるバージョンの訳本を所蔵しており、ラジオで第一章を自ら朗読したこともあったそう。また、臨終の際には枕元に聖書とともに書き込みだらけの「草枕」がおいてあったとか。そんな本を原書で読めるなんて、いやあ~オレ、ホントに日本人でよかったです!早速一度読み、今二回目なんですが、原書で読んでるからにはグールド様の100分の一でもいいから理解したいです。この本は詩や絵画を中心に芸術論一般、西洋文化の影響を受け敗退する近代日本芸術に対する危惧などが美しく豊富な語彙で綴られているのですが芸術を志すものの端くれとして大変興味深い内容です。

音楽も気に入った同じものを何回も耳にたこができるくらい聞くタイプなんですが(子供の頃姉と二人部屋で、「彩ちゃん、お願いノイローゼになりそうだから曲変えて」と多大な迷惑をかけました)本も何回も読んで理解を深めたい。となると何冊も読めずに時間だけがかかってしまいます。そこで冒頭ののつぶやきに戻ってしまうのですが、嗚呼、学生時代から父の助言を無視せずに読書をしていれば…!!それに読書なら騒音問題で姉にも迷惑をかけなかったのになあ。



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