☆ Universo & me ☆

猫の事、世の中の事、歌の事、ソプラノ歌手のつれづれ

母を連れて美容院へ

2005-08-24 22:15:39 | 音楽、芸術

 今日は母を連れて美容院へ行ってきた。
母はピック症で現在グループホームに入居しているのだけど、お昼前に発寒神社へ御参りに来たと言う、昨日深く反省した友人から電話が掛かってきて、母を車で送ってあげたいと言うので一緒に迎えに行ってもらった。
 母は運転がプロ並みに上手だったせいか、惚けても交通法規だけはしっかりと頭の中に入っていて、そして車が大好きなので友人の車に乗せてもらって大喜びだった。
 ちゃんと信号を見ていて、「今は行けない。」とか「今一台だけだから、これが行ったら出られる!」とか指示を出していて、友人も「教えてくれて有り難う!私、運転下手だから、もうちょっと前だったらお母さんからお針も運転も教えて貰えたのに、惜しい事した!」と楽しそうだった。
 彼女は昨日自分の大きな欠点と向き合って、自分を踏みつぶしてやりたい!と言っていたが、やはり、元は優しい人なのである。
 札幌駅近くの美容院なので、駅の近くまで送ってもらって、お互いに楽しかった!有り難う!!と言って分かれた。
 さて、美容院では綺麗にカットしてもらってすっきりと若返った母を、今度はタクシーで送って行った。
食事を飲み込む事の出来なく成った父は、いよいよ病院へ移さなければ成らなく成ったと施設側から言われたので、明日は主治医に電話で相談して、何処の病院が良いか、更に母と一緒に入れる病院が有るかを調べなくてはならない。
2年間グループホームで同じ部屋に入居出来たから母は父を忘れないけど、ばらばらにしてしまったら、母は父を捜すだろうし、現に今日だって美容院で、「お父さんが帰って来るから」と言って父を捜していたので私は出来る限り一緒にしてやりたいと思っている。。
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ピック症の行方不明人

2005-08-15 21:31:05 | 音楽、芸術

「テレビの力」と言う番組でピック症の51歳の男性の捜索願を放送していた。
病気が進んで会話をする力もなくなっていると言う。
そんな人が毎年フルマラソンを走っていたというのは驚きだけど、ジョギングを日課にしていて、或る日とうとう帰宅しなかったと言う事らしい。
 私の母は現在76歳でピック症、1999年にあまりにも頭が悪く成ったので変だと言う事で2週間入院して検査を受けた所、もう中期まで進んでいて、始まったのはおそらく1993~4年頃だと診断された。
 私は1985~1996年までウィーンと日本を行き来していたのだが、1994年にウィーンから電話したら、「日本語で」話しているのに意味が分からない事が度々有り、本人もこの頃頭が悪く成って来た、と嘆いていたのだ。
それが、こんな深刻な病気の始まりとは思いもよらなかった。
 とりわけ母は、学校でも全科目「優・良・可」の「優」しか取った事の無い秀才で、更に陸上競技3つ「走り幅跳び」「100m走」「4×100mリレー」で全道大会で優勝して国体の代表選手に選ばれた程の運動神経の持ち主だったので、まさか頭が悪く成るなんて、思いもよらない事だったのだ。
 今はもう、会話なんてとうの昔に成立しなくなっているが、自分が「何も出来なく成った」と言う「負い目」さえ分からなく成った様で、本人は幸せに成ったと思う。
大好きな夫の事だけはちゃんと認識していて、あまり歩けなく成った父の両手を引いて食卓へ連れて行ったりと面倒を診るつもりでいるし・・・・・
 そんなピック症の人がジョギングして帰宅しないのは、昨日までは覚えていた道を、今日には突然失ったのだと思う。
母だって、勝手に街へ出掛けて迷子に成り、警察官に2度、ダイエーの店員に1度、合計3度人に発見されて送られて来た事が有るが、ダイエーの人はカードで電話番号が分かって掛けてきてくれたし、警察官はその時は私が住所氏名と連絡先を書いたカードを持たせていたので送ってくれたが、本人は訊かれても自分の名前さえ言えない状態だったのである。
 自分の名前を知らない訳ではないのだが「お名前は?」と言われても、その言葉の意味が全然分からないのだ。
言葉は自分の頭の中にだけ存在していて、自分が「その事」に思いを馳せている時に、たまたま質問が一致すれば、正しい答えが返って来る事も、本当に稀には無い事もない。
 1999年に国際コンクールの披露演奏会出演の為に上京した時に、少しでも楽しい思いをさせたいと思って母を連れて行ったのだが、本当に体力的にも精神的にも大変だった。
例えば外食すると、紙ナプキンを食べ物と間違って齧ってしまったり、見張っていないと何が起きるか分からない状態だった。
自宅に居てもお菓子についている乾燥剤の封を切って、わざわざケーキに振りかけて食べてしまったり、毒でも何でも食べてしまうのだ。

こんな病気に罹った人が行方不明では、無事に戻れるとしたら、ひとえに遭遇した人間による。
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暑くて寝る気が・・・

2005-08-05 02:53:43 | 音楽、芸術

 只今フランスの赤ワインを飲んでいる。
Cuvee Lymousset Rouge リムセとはアイヌ語で「踊り」の意味だそうで、北海道限定販売に成っている。
500¥しない割には美味しいが、ランブルスコ410¥の敵ではない!
昨日はランブルスコを扱っているセイコーマートに行かず、イオンのスーパーだったからこれにしたのだが、やっぱりランブルスコに限るなぁ!!
ライトボディでもミーディアムボディでも、とにかく美味しい!!
私の指導霊のマリア・カラスの愛したワインだけの事はある。
何だか暑い部屋でクーラー無しだと、黙っていても体力が消耗されていく気がする。
それでワインで頭をぼ~っとさせて眠ろうと企んでいる。
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お宮から不思議な声

2005-08-01 19:52:43 | 音楽、芸術

 6時過ぎにいつもは電話をよこしてから来る友人が突然やってきた。
勿論一緒に発寒神社へ御宮参りに行く為に来たので行って来た。
それで携帯ムービーでお社の中を撮影したら、誰も居なかったのに、人の声の様に聴こえる音声が入っていた。
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橋本真也の死

2005-08-01 14:49:09 | 音楽、芸術

プロレスラーの橋本真也が40歳の若さで急逝したと報道しているのを見て驚いた。未だ小さな子供を残して逝ったのでは、さぞや無念だろうと思う。
橋本さん自身、お父さんとは子供の時に生き別れ、お母さんとは死に別れたそうで、つくづく家族縁の薄い人なのだろうと思う。そんな人だから、若い子は本当に可愛がっていたそうである。
 でも、格闘家等は良い商売とは言えない。身体を酷使しているのだから、或る日突然死んでしまうなんて事は珍しくもなく起こる。
 今日は何処かの政治家も首を吊って死んだそうだが、どうも八月には死人が多く出る様な気がする。
老衰で無く成るのも一番寒いニ月か一番暑い八月に多いし、私の祖父母も皆二月と八月に亡くなっている。
 私の兄は、11歳に成ったばかりの八月九日に火事で死んでしまった・・・・・
その兄も、今年の一月二十九日付けで目出度く天界へ召され、今は家族を守護出来る身の上に成った。
天界は、今までの苦しみが一辺に消える程、良い所なんでしょう?と訊くと、大変に明るく強い光でぴか~っと光って合図してくれた。
橋本さんも、早く天界へ行かれます様に、合掌。。
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