☆ Universo & me ☆

猫の事、世の中の事、歌の事、ソプラノ歌手のつれづれ

Maria・Callas as Abigaille

2018-01-17 18:44:25 | 音楽、芸術

「Maria Callas Photos」の画像検索結果

「ナブッコ」アビガイッレのアリア、「お前を見つけて良かった、運命の書よ」

Maria Callas Nabucco: Ben io t'invenni Salgo già - 1949

26歳の若くて全盛期の爆発的な声のマリアカラス。


アビガイッレのアリアのレチタティーボにCの2オクターブの逆落としが有り、

それを聴いて、必死に出来る様に練習しました。


これは大好きなアリアの一つです。

技巧的なだけではなくて、心の内を切々と歌う非常に柔らかい部分と

最後は、自分が玉座に着くのだ!

と言う野心と復讐心を滾らせる部分が、表現芸術として素晴らしい出来だと思います。

ヴェルディさん天晴れ、ですね。

しかし、非常に難しいので、きちんと歌える人があまり居りません。

 

 

 

 
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カラオケ採点DX

2018-01-16 00:10:54 | 音楽、芸術
今夜は、初めて近所のビルのカラオケ店で、採点カラオケをやってみました。
 
からおけなんて、一昨年の11月に仕事で歌ってからやってません。
 
カラオケの機械もすっかり変わって、訳が分からないので、説明して貰いました。
 
最初に採点方が色々ある内の、「精密採点」を選んで「予約」して
 
それから曲も「予約」しないとスタートしないシステムに成っていたので、面食らいました。
 
「スタート」が何処にもないので、混乱しましたよ。
 
井上陽水の「少年時代」をやってみたら、93,913点で
 
「長いフレーズも音程がぶれることなく上手に歌いこなせています。」
 
「もののけ姫」を原調で歌ってみたら、92,854点で
 
 
「安定した音程で歌えています。声もとても良く伸びています。
素晴らしい表現力ですね。」
 
だそうです。
 
 
機械によれば音程はパーフェクトらしいですが、私の耳では違います。
 
音程の設定に幅があるのかもしれません。
 
どうやったら100点が取れるのかな?!
 
練習すれば取れるかも知れませんね、全くやってなくてこの点数だから。
 
お店の人に聞いたら、私の使った機械が一番点数の辛い機械だそうで
 
ほぼ94点取れたのは、本当に凄い!!と驚いていました。
 
 
何でこんな事をやっているのかと言うと、私の周りの人々が
 
上手いんだから、テレビに出なさいよ、宣伝に成るから!
 
と言うもので、言われてもその気に成らなくて、
 
ポップス歌手の直江さんにやってみたら?と話したのですが、
 
やるなら独りでやるよりも、一緒にやりましょうよ!
 
僕もやるから、レイさんもやって下さいよ!!
 
二人で受けてみて、どちらかが受かれば良いと思う方が、気持ちが楽ですよ。
 
と言われて、そう言う事ならと、やる気を起こしました。
 
何だか今は、あちこちでカラオケコンテストが開催されているようで
 
テレビでも出演者募集しているそうなので、やってみる価値は有りそうかな?!
 
と思っています。
 
でも、やるのなら、満点がいい。
 
 
 
 
 
 
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MariaCallas as Maddarene

2018-01-14 23:34:11 | 音楽、芸術

Maddalena's La mamma morta

マリアカラスのマッダレーナ=「アンドレア・シェニエ」より

Andrea Chénier/Umberto Giordano作曲

アリア「亡くなった母を」


私はスタジオ録音版を持っていましたが、これは舞台の生禄です。

スタジオ版の方が、映画「フィラデルフィア」トム・ハンクス主演で使われていました。

カラスは、超高音のコロラトゥーラを軽々と歌ってしまうかと思えば、とっても重たい

ワーグナーを若い頃には歌っていました。

カラスはいっぱい悲しい思いをして育ってきた人なので、悲しみや怒りの表現力が凄いのです。

この「亡くなった母を」を、これだけ感動的に歌いきれる人を他には知りません。

かなり重たい声でないと歌えない役で、歌うにはパワーが必要です。

アリアの最後の最高音Cが、他のもっと軽い歌でCを出すより遥かに大変で、こんな風に歌い切るのは至難の業です。

つまり、テクニックが実に卓越しているのです。

それを、感じさせない程に、楽々とやってのける程のテクニシャンなのです。

それが分からない人は、「テクニックが無い」などと馬鹿な評価をします。


芸術と言うのは、どんなに難しい事をしていても、

それが難しいと感じさせない程に精巧に処理する能力が有って、初めて成り立ちます。

ああ、ここは難しそうだ、大変そうだな、と思わせるのは、芸術とは言えません。

あたかも、自然にナチュラルにやっている様に思わせる程、鍛錬する事で成り立ちます。


本当は簡単に出来る事を、わざと難しそうにして、ハラハラさせるのがサーカスです。

 

 
 
 
 
 
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ベルカント唱法呼吸法

2018-01-14 13:26:56 | 音楽、芸術

歌う為の深呼吸は、普通の深呼吸ではありません。

日本ではドイツからクラシックを取り入れた事が原因で

ベルカント唱法とは違う呼吸法を教える教師が多いので困ります。

「横隔膜」の開き方について、大きな問題があります。

ドイツ人は、息を吸って横隔膜を横に張ったままキープする方法を取ります。

これは、実はテクニック的に問題が有ります。

 

横隔膜を横に広げてキープしようとすると、肩に力が入ってしまいます。

これを体格の良いドイツ人男性なら肩に力が入らずに出来るかもしれませんが

小さいイタリア人や女性には、体力的に合いません。

ドイツ人ソプラノのEdda・Moserを見れば分かりますが、思いっきり肩が上がっており、喉にも力が入っています。

 

そもそも、息が入れば、自動的に横隔膜は開きます。

無理に開けようと意識する必要は無いのです。

 

特に女性の場合は、横に広げようとするのではなく、お腹を思いっきり膨らませれば良いだけです。

お腹いっぱいに息を入れて、歌うと息はどんどん無くなっていきます。

 

お腹がペチャンコに成る様に、きっちり吐き切れば自然と深呼吸が出来ます。

息は、歌うフレーズの長さに合わせて、かっちり吐き切る様に歌います。

短いフレーズでも、きっちりと吐き切ります。

妙に息を溜めておくと、だんだんアップアップして、息が入らなくなり、歌唱困難に成ります。

 

必ずきっちりと息は使い切って、次のフレーズに進みます。

「歌う事とは息をする事と同じ」

「呼吸する様に歌う」

とはこう言う事です。

 

息を吸う時に大事なのは、息は喉の奥へ吸い込むのではなく

軟口蓋=上の方を目指して「吸い上げ」ます。

吐くときには、息は全て息漏れの無い様に、響きに変えて吐き出します。

どうすれば漏れないかと言うと、吐くときにも、軟口蓋に沿って吐き出します。

鼻の皮の先まで息を前に出します。(まあ、直接教えないと分からないと思いますが。)

はあーっと音がする様な吐き出し方をすると、息は、一瞬で無くなります。

長いフレーズを歌う時は、極限まで息を響きに変えて、吐く息をセーブします。

 

フォルテとは、息をいっぱい使う事であり、ピアノは、息をセーブすると出来ます。

呼吸と強弱が密接に関係するので、呼吸のコントロールが表現力に繋がります。

 

フォルテの時に意識する事は、息を上へ上へ(頭の上)と勢いよく送り込む事です。

頭を思いっきり響かせるのです。

ピアニッシモとは、頭の響きを保ったまま、息を極力セーブすると出来ます。

 

基本は、お腹いっぱい膨らませて深呼吸して、お腹がペチャンコになるまで吐き切る事です。

 

呼吸のコントロールが出来る様になると、ビブラートのコントロールも出来る様に成ります。

 

ピアノ、フォルテ、ビブラートのコントロール、これら全てが呼吸で出来るのです。

ですから「歌う事とは呼吸する事」な訳です。

呼吸が、一番重要な基本です。

 

 

 

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これぞ本物のルチア

2018-01-13 23:37:57 | 音楽、芸術

マリアカラスのルチア狂乱の場

1952年カラス29歳の全盛期のライヴ録音

ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」

これを聴けば、如何にマリアカラスのテクニックが凄かったか、声が凄かったのかが分かります。

2オクターブ半を全て美しく鳴らして、自由自在に歌っているだけでなく、表現力も凄いです。

これが本物のルチアです。

今では、高音しか出ない細い声のソプラノばかりが歌っていますが、本来この役は、ドラマチックソプラノで、高音が出せ、且つ、コロラトゥーラが出来る人の為に作曲された役です。

私は17歳で声楽を始めた当初から、カラスのレコードばかりを聴いて育ってきたので、カラスの歌っている役を、現在のソプラノが歌っているのを聴くと、みんな下手にしか聴こえませんでした。

今でもそうです。

デルモナコのオテロや道化師を聴いて育ったので、他の誰を聴いても、みんなへたくそに聴こえました。

 

今も勿論、一人も聴きたい歌手は居ません。

本気でオペラ歌手を目指すのなら、本当の本物を聴いて勉強するべきです。

本物の世界一をお手本に必死で勉強すれば、相当に上手く成れる可能性はあります。

目標の程度が低いと、決して本物には成れません。

 

カラスやデルモナコには成れなくとも、少しは近い所まで登れるかも知れません。

 

 

 

 

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ベルカントのテクニック

2018-01-13 12:47:30 | 音楽、芸術

日本の声楽の先生は、理論は何も分かってないせいか、やたらと

「何とかみたいに、かんとかみたいに・・・・・」

と言うのが多くてうんざりした。

 

デルモナコのマスタークラスの後、ブルガリア国立ソフィア音楽院で

オーディションの結果、一番の先生につく事に成った。

ブルガリア出身には、ボリス・フリストフ(世界一のバス歌手と言われ、カラスのノルマで、父親役オロヴェーゾ役をやっていた。)

その後輩で、ニコライ・ギャウロフの様な偉大なオペラ歌手を輩出している。

 

ロシアやブルガリアのオペラ歌手にはベルカント唱法は出来ない。

東欧風のベルカントで、本物のイタリア式ベルカントとは違っている。

何が違うかと言うと、イタリア式では声帯を酷使しないが、東欧式ではかなり、声帯に負担をかけている。

 

でも、国際歌手に成ったブルガリアの歌手は、ミラノスカラ座で勉強してプロに成っているので、本物のベルカント唱法を身に着けているし、教える力も有る。

私が習ったのは、ミラノスカラ座で勉強して、国際的に活躍しているプリマドンナだったので、ベルカント唱法の理論を、人間の顔を描いて説明してくれた。

 

1、先ずは、声の通る道が目の下約1cmの所に有って、声は、その位置より下には落としてはいけない事。

歌う時には常に口角を上げて、ほほ笑んだままで歌う事=大口を開けて、百面相をしてはいけない。

 

2、a e i o u どの母音でも、同じ質の響きで歌う事。

これを実行するには、舌は柔軟にして力が入っていては出来ない。

これは上記の「ほほ笑んだまま」と繋がる。舌は柔軟に、口の中で平にしたり、すぼめたりする事で、正確な発音が出来る。腹話術に通じるものが有る。

 

3、喉声に成らない事=喉を傷めるからやってはいけない。

 

4、肩に力を入れてはいけない。=肩に力が入ると、喉にも力が入る。

高音を出そうとして、力んでしまい、肩が上がる人が多い。

肩に力が入るほどに、喉は締まるので、高音は出なくなる。

これを回避させるには、「膝を屈伸して!」と言えば、肩の力はストンと落ち、高音が嘘の様に簡単に、スポーンと出る。

5、声帯を意識してはいけない=声を出そうと意識するのではなく、息が声帯を通る時に、声帯はたまたま振動するだけで、その時に音声が出るだけの事である。

6、顎に力を入れてはいけない、にっこりしたまま、口角を上げ、顎には一切力は入れずに、自然体にする事。(顎はぶらーっとしたイメージ)

7、喉の奥を高く開けること=大口を開ければ、喉の奥は締まる。喉を開ける事と口を開ける事は全く別の事である。

意識としては、口の中に、まるごとの茹でたてじゃが芋が入っていると想像する。

するとどうなるか?! 熱いから、喉の奥が天井に向かって大きく開く。

 

8、練習はピアノで練習する、フォルテで、大声でしてはいけない。

ピアノで出せない音は、フォルテにも出来ない。

どんな高音であっても、怒鳴って出してはいけない。ピアノからフォルテにもっていけないとダメ。

9.息は鼻から一瞬で吸い上げて、口からゆっくりと吐く。この時、息漏れが無い様に、息=響きに変える。

これの訓練には、ローソクを使うと分かりやすい。息の全てが響きに変わっていれば、ローソクの炎は揺れない。たとえフォルテッシモに成っていても炎は消えない。

 

10、声は目の高さで1m位先にフォーカスする。(声は視える)

正しくフォーカスされた声は、ピアニッシモでも、ホールの天井を鳴らして、お客様の耳に届く。

その他、まだまだ沢山重要なテクニックが有って、それが全部出来る様になれば、感情を込めて、自由自在に3オクターブ近い声域を歌える様になる。

(これを読んでも理解できる人は、殆ど居ないと思いますが、オペラをやっている人には分かるかも?)

 

カラスは「トリル、トリル、トリル、よ!」とインタビューで言っているのだけど、トリルが出来る様に成れば、ビブラートのコントロールも出来る様に成り、表現力が倍増するから、トリルが出来るか出来ないかで、歌手の力量は変わってくる事を言っている。

 

私はトリルが出来る様になるまで、毎日練習して三か月が掛かった。

でも、生徒にやらせてみたら、早い人は、一週間で出来る様に成ったし、普通でも一か月くらいで出来る様になる事が分かった。

私の生徒は全員、トリルが出来る様に成りましたよ。

出来ない人は、「出来るまでやらない人」に他なりません。

 

実は、巻き舌も全然出来なくて、これが出来るのにも三か月かかりました。

高い e の音を伸ばせる様に成るには、三年掛かりました。

声域を1オクターブ伸ばすには、1年半くらい掛かってます。

 

出来ない事を出来る様にするには、只管、練習、練習に明け暮れるのみ、です。

 

トリルが多用されているドニゼッティのアンナ・ボレーナ狂乱の場です。

49歳の時の録音で、2オクターブを歌っています。↓ 

アンナ・ボレーナ ソプラノ山田レイ

 

 

 

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ベルカント唱法とは

2018-01-12 18:45:56 | 音楽、芸術

「Mario delmonaco & maria callas photos」の画像検索結果

 

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マリア・カラスとマリオ・デルモナコのデュエットばかり集めたのを

YouTubeで見つけました。↓

 
 
ベッリーニ作曲 「ノルマ」はベルカント物の中でも「ドラマティック・コロラトゥーラ」
 
に属する超絶に難しい役です。
 
タイトルロールのノルマだけでなく、相手役のテノールにも、同じことを要求されています。
 
重たいSopranoなのに、軽々と難しいコロラトゥーラの技巧を歌えないとなりません。
 
そして、同じく重たいテノールなのに、コロラトゥーラが歌えないと成らないので、
 
中々歌える役者(歌手)が揃わないので、上演される事が少ないオペラです。
 
誰も歌えなかったので、ずっと上演されなかったこうしたオペラを復活させたのがカラスです。
 
 
ベルカント唱法とは、大体3オクターブに渡る声域を、むらなく鳴らす事の出来る歌唱法で
 
トリルやクロマティックな音型を軽々と正確に出来る為にある技術です。
 
オーケストラを抜いて響き渡らせるテクニックが先ず、基本です。
 
更に、声に感情と言う色を乗せて、自在に表現出来る様に成れば、完成です。
 
歌うと言う事は、呼吸する事と一緒です。
 
ですから、長いブレスが出来ないと、オペラは歌えません。
 
 
上記のYouTubeを聴いて頂ければ分かりますが、
 
ドラマティックテノールのマリオ・デルモナコが、コロラトゥーラを歌っています。
 
例えコロラトゥーラを綺麗に歌えても、声が細かったらポリオーネ役には不足です。
 
軽い声の方が転がり易いので、コロラトゥーラは上手に出来るでしょうが、表現者として、足りないのです。
 
そして、重たいテノールは、そもそも動かない人が多いので、この役を歌える人は少ないのです。
 
二十世紀には、ドラマティック・コロラトゥーラの名手のカラスと、
 
ドラマティック・テノールでコロラトゥーラの出来るデルモナコが居たから、
 
「ノルマ」が再演出来たのです。
 
奇跡ですよ、「役者がそろった」なんて。
 
 
 
 
 
 
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Mario delMonaco & Maria Callas

2018-01-11 14:10:11 | 音楽、芸術

Mario Del monaco & Maria Callas

 

"Norma"  Bellini

Norma(Callas)& Pollione(Del monaco)

オペラ「ノルマ」ベッリーニ作曲 タイトルロールのノルマ役=マリア・カラス

ローマ人兵士(ドルイド教徒を弾圧する神聖ローマ帝国)役のマリオ・デルモナコ

 

多分「アンドレア・シェニエ」かな?

笑っているカラスの写真は珍しい、可愛い♡

 

今朝、NHK教育チャンネルで「マリオ・デルモナコ」を特集していた。

司会は俳優の高橋克典さんで彼のお母様は声楽家だそうです。

 

デルモナコが来日した時の映像をみて、本当にびっくりしていましたね。

どうやったら、あんな声が出るんだ!!?って。

 

声が出る出ないは、発声法だけではなくて、生まれつきの物の割合の方が多いと思う。

いくら、ベルカント唱法をマスターしても、声の無い人が偉大な声に成る事は決してないから。

理論上は体が大きければ、声も大きく成る筈だけど、小さな体で、生まれつき大きな声を持っている人も居る。

「天性の声」

と言われる所以でもある。

デルモナコって、1,915年生まれだから、父よりも3歳年上だったんだ。

私は1980年十月から、ブルガリアに留学する事が決まっていたけど、その前の7月に

北イタリアのウディネで、デルモナコのマスタークラスがあったので、受けに入った。

 

デルモナコは、60過ぎでも、凄い美男で驚いた。

でもその時、私には彼が3年以内で死ぬと分かってしまった。

持って生まれた能力で、時々、人の寿命が見得てしまう事が有り、

彼は灰色の顔色をしていたので、絶対にこの人は病気なのに、どうして周りの人間が気付かないのか不思議だった。

結果、二年後に腎臓病で逝ってしまった。

 

もう既に病気だったけど、声は前にスパーンと通る声だった。

日本人がよくやる様な、そば鳴りで、近くに居ると耳が痛くなる声ではなくて、遠くに届く声だった。

これは実は当たり前の事で、

マイク無しで、オーケストラの大音量に消されずに、お客さんの耳に真っすぐ届かないといけないのがオペラなんだから。

聴講していた日本人ソプラノには、それが全く理解できずに「大した事ない、がっかりした」

とか言っているのが居るのには、こちらの方が「がっかり」したわ。

 

折角、二十世紀最高のテノールを聴いてもこれじゃあね、本物が分からない人が本物の悪口を言う・・・・・・

あの当時、カラスとデルモナコの悪口を言う「声楽教師・音楽学者」で溢れかえっていた。

 

カラスとデルモナコは、所属するレコード会社が違っていたので、レコード上には共演が無いのだけど

舞台では散々共演していて、生禄は残っている、録音状態は残念なものだけど。

 

デルモナコは大変な上がり症だった、カラスも舞台袖ではおろおろしていた。

それが、一歩舞台に足を踏み入れたら、別人の様になって歌い始める姿が目撃されている。

 

これは、舞台上で起きる奇跡で、芸術の神様が降りてきていると思う。

何故なら、私も舞台上で憑依され、その御蔭で完璧に歌い切った経験が有るから。

 

カラスもデルモナコも、泣きながら歌う事が出来た。

すすり泣く声を入れて、涙を流しても、鼻水は出さずに歌う事が出来る方法が有る。

これは、悲しい気持ちになると、自然と涙はこぼれてしまうのだけど、鼻が詰まっては歌えないので

感情移入している自分と、後ろに立って冷静に観察している自分とに分離する。

すると、本当に泣いているのに、鼻水は出ない、と言う現象が起こる。

 

これを「一つの自分でやる人」には、決して出来る様にはならない。

何を言いたいのかと言うと、

感情に流されない様に、少し冷めながらコントロールをするのではなくて

思いっきり感情移入している自分と、冷静に観察する自分の二人格を作り出す事。

だから、どちらも中途半端では出来る様には成らない。

私はカラスと似た声を持ち、カラスのレコードで勉強している内に、自然と出来る様に成った。

 

オペラの世界なんて、全く関係のない環境で育ったから、声楽をやるはめに陥った時に、世界一から学ばなくては、と思い、カラスのレコードを初めて聴いた時に、最初の第一声で虜に成った。

声楽家には悪い印象しか無かったから、こんな風に歌ってよいのなら、歌をやっても良いと思った。

 

カラスの歌は、テクニックもすごいのだけど、感情が籠っていて、イタリア語が分からなくても

怒っているのか、泣いているのか、晴れ晴れとした気持ちなのか、喜んでいるのかが分かった。

歌は心で歌うもの。

それを、非常に難しいテクニックを必要とする「ベルカントオペラ」でやることは、簡単な事ではない。

デルモナコもそれをやってのけている。

道化師カニオの、慟哭に咽びながら歌う「衣装を着けろ」を聴く度に、涙がボロボロとこぼれてしまう。

 

咽ぶ時に、みぞおちの当たりで、コンと音が成っている。

あれは、本当に本気で泣いていないと鳴らない。

ウソ泣きでは出来ない芸当だから、本気で泣いているし、本気で冷めてコントロールしている。

二重人格に成る=人格を分離して、二つ同時に出現させる。

やっぱり簡単ではないかも?

 

私はカラスに習いたかったのだけど、彼女は1977年に逝ってしまったので途方に暮れた。

それで、共演者でもあり、世界一のテノールでもあるデルモナコのレッスンを受けてみたのだけど

ヴェルディの「海賊」のメドーラのロマンツァを歌ったら、会場がシーンと静まりかえり、

デルモナコがしんみりした表情で

「音楽的に素晴らしいから伸びる可能性が有る。」

「でも、発声が違う! どうして違う発声を勉強しているんだ!」

と言われたが、当時は日本の大学ではベルカントなんて誰も教えていなかった。

その後、先ずはソフィアでベルカントの勉強を始める事に成ったのだった。

 

ベルカントって、マスターするには20年も掛かる、これ、普通でも、の話。

舞台に立ちながら、進化させて行くものだから、若いうちには「未熟」で当然。

そして全盛期に持っていき、最後は声も亡くなって引退する。

全盛期は十年くらいと言われていて、カラスとデルモナコの全盛期に出会えた人は

果報者である。

こんなに凄い人がそろっていたなんて、もう、この先も無さそうだ。

 

歌と芝居がうまいだけではなくて、舞台姿が素晴らしい!!

一度生で見てみたかった。

 

タイムマシンがあったら、こっそりと行って見れるのに。

誰か、発明してくれないかしら!?

 

 

 

 

 

 

 
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雪が融ける中の訪問コンサート

2017-12-22 16:58:23 | 音楽、芸術

今日は少し気温が上がって、雪が解けてぐちゃぐちゃに

こんなだから、レインシューズで出掛けた

ナナカマドの実

 

今日のお天気は曇ったり雪が降ったりの合間に、太陽が顔を出す、複雑な天気です。

もう早一月も経ってしまい、月に一度の訪問コンサートに行って来ました。

 

声の調子は悪くなかったので、大体、いつも通りに歌えました。

それでも、一度、咳が出そうに成ったのを我慢しましたが。

 

私が到着すると、楽しみ待っていてくれたお婆ちゃんに両手を握られて、

「来てくれたねぇ!!」と喜んでくれて、「綺麗な人だねぇ!」

と歓迎してくれました。

毎回楽しみに待っていて下さるのは、私に勇気を与えてくれます。

 

もう痴呆症に罹っている人達だから、本音しか言いませんので、喜んで貰えると

本当に嬉しいです。

 

痴呆症は嫌な病気ですが、正気だった時には素直に言えない事を言う様に成ったり

本当の性格が出て来て、実は可愛い人だったりする事があります。

 

正気の時には、色々遠慮して、綺麗な模様の服は着られなかった人が、実は

綺麗な柄物の服が好きで、なんの躊躇も無く、ファッションが楽しめる様に成る事さえ有ります。

綺麗な服を着て、嬉しそうな楽しそうな顔に成るなんて、素敵です。

 

逆に、性格の悪さ満開に成る人も居るので、

自分が惚けたら一体どんな性格が出て来るのだろうか?

 

と恐ろしくもあるのです。

惚けて、可愛いお婆ちゃんに成れたら、良いですね。

 

 

 

 

 

 

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雪の日の訪問コンサート

2017-11-24 17:11:26 | 音楽、芸術

今日は又、雪が降っています。

雪の中、訪問コンサートに行って来ました。

日曜日にホールでコンサートをしたばかりなので、声は良く出ました。

 

認知症に罹っているいるお年寄りなのに、ちゃんと覚えている曲が有って、一緒に歌ったりして下さる事が有ります。

今日は、シューベルトのアベマリアを歌いだしたら、まるで通奏低音の様に、ずっとb♭の音を出し続けているお年寄りが居ました。

 

ちょっと、鳥肌が立ちました。

覚えているメロディを聴くと、脳が活性化されるのが、肌で分かります。

涙を流して聴いていらしたり、嬉しそうな顔をなさったり、そう言う反応が有ると、歌って良かったと思います。

 

今日は、入居者のご家族が、もうコンサートの最後の時に廊下で立ち止まって、最後に歌ったAmazing Grace を聴いて、

「聴いて良かった♡ この曲、大好き!!ありがとうございました。」

と挨拶されて嬉しかったです。

 

それにしても、コンサートの疲れが残っているのに、又々、いっぱい歌いました。

反応が良いと、ついつい頑張ってしまいます。喜んで貰えると、よ~~し!頑張るぞ!と単純にやる気になってしまうのですよ。

 

これだよね~、子供達が勉強する気が起きないのは、いくら頑張っても、親がなんの興味を示さないのでは、めげちゃいますよ。

 

子供は、褒めて育てましょう!!

 

 

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