
若かりし19歳の頃、僕はただ漠然とした「プロサーファー」という夢に向かって生きていた。その夢は果てしなく遠く先にあり、僕達にとってはこの地球上でもっともエキサイティングでスタイリッシュな夢だと信じて疑わなかった。
波が大してよくないホームグランドでは上手くはなれない。
海外の波で練習すれば上手くなれるのでは!
自分なりに考えた「甘い」選択だった。
僕は世界中のサーフポイントを調べ、インドネシア・バリを選んだ。旅費が安くて波が良いからだ。
... 1998年4月。バイトで貯めた軍資金とサーフボードを片手に一人で成田から旅立った。
空港から母に電話した。
「知法!生きて帰って来いよ!」
母は涙声で気持ちを伝え電話を切った。
(僕も泣いてしまったが別に戦争に行くわけではないし、とにかく大げさな親子である)
全てが初めてだった。
カルチャー全て。
楽しさより不安。恐怖の塊と言ったほうが正しいだろう。
自分の弱さ、無力さを痛感した。家族や仲間が恋しかった。
正直、サーフィンどころじゃなかった。
(事実・バリのチンピラにカツアゲされている)
宿泊先の近くで波乗りしていると一人の日本人が話しかけてくれた。
「こんにちは。一人で来てるの?俺も一人。僕は森本GOMA弘起。宜しく!君の名前は?」
まさに「神の声」だった。
その後、食事に誘われ、バリのあれこれや人生の生い立ちを語り合った。
森本君はオーストラリアの先住民アボリジニのディジュリドゥと言う伝統楽器のプロ演奏者だった。
生演奏をしてくれた。音楽の事はよく分からないが、
ただ凄い人と出会えた。そう思った。素晴らしい出会いだった。
僕はその後、夢は叶わないが10回以上も海外トリップを重ね、沢山の友達が出来た。森本君からも何度か手紙が届いた。
今、僕はサーフィンとはかけ離れた職業に就き、波乗りは夏に気分が向けば何度か行く程度。でも波乗りで出会った仲間や思い出は今でも色あせないし、あの時の夢に向かう純粋な気持ちは大切にしている。そしてサーフィンを自分なりに愛している。
フェイスブックをきっかけに世界中の仲間と再会できている。
本当に嬉しく思う。
そして森本君を検索した。
残念ながらヒットしなかった。
それでも気になりあれこれ手を尽くし何とか今の彼にたどり着く事が出来た。
森本GOMA弘起君へ
君が世界中で出会った仲間にしたら僕はひとかけらだろう。
もう僕の事は忘れているかもしれない。
でも僕にとっては、海外で初めて出会った忘れる事の出来ない大切な友達。
おかげでサーフィンを心から愛せて友達も沢山出来た。
何よりも、出会いって素晴らしいと教えてくれたのが君。
今、思い出すと涙が出るよ。
いつか君と再会したいしお礼がいいたい。
「あの時、話しかけてくれてありがとう」と。
◇アボリジニ楽器
オーストラリア先住民アボリジニの伝統的な木管楽器・ディジュリドゥのプロ奏者、GOMAさん(39)=本名・森本弘起、大阪府泉南市出身=が2年余り前の交通事故による記憶障害と闘いながら音楽活動を本格的に再開している。昨秋にCDアルバムを出し、ライブ活動も始めた。2月19日には新潟県・十日町市で開かれる野外フェスへの出演も決まっている。【入江直樹】
GOMAさんは大学在学中にディジュリドゥを始め、現地の大会では外国人として初めて準優勝したこともある。09年11月、東京都内で追突事故に遭った。むち打ち症と診断されたが、翌日、妻(39)が異変に気付いた。自分がプロの奏者であることを忘れていたのだ。2カ月後に軽度外傷性脳損傷(MTBI)と診断された。
ここ十数年の記憶が失われ、日々の記憶も次々消える。外出すれば自宅が分からなくなり、過去の自分の写真を見て「なぜそこで笑っているのか分からない」と恐怖を感じた。
ただ、特殊な呼吸法による奏法は体が覚えていた。過去に録音した自分の演奏の音源を繰り返し聴き、体にしみこませる作業を1日何時間も重ねた。約1年後、ステージに立てるところまで回復した。一方で、事故数日後から突然、絵筆を持ち、点描画を描くようになった。独特の色彩感覚が評判となり、個展も開いた。
昨年9月に発売したアルバム名は「I Believed the Future.」。「いつかまた音楽をやれると信じてきた。自分を、家族や仲間を信じたという意味を込めた」という。7月、新潟県・苗場であった国内最大のロックの祭典「フジロックフェスティバル」でステージに復帰。ファンの前で以前にも増す白熱したプレーを披露した。
GOMAさんにはもうその日の記憶はないが、当日の日記にはこう記してある(抜粋)。
俺は生きてる/最高の仲間に囲まれて「今」生きてる/ここまで自分がどうやって過ごしてきたのか今イチよくわかんないけど/諦めないで生きてきてよかった/この体に残っている筋肉痛が、最高の証だと思う/これからは人生二回目の挑戦者として/生きてさえいれば、そして希望を捨てなければ/必ず、みんなと一緒に笑える日が来ることを/人生を懸けて証明していきたいと思う
日々を綴るこのブログ。










