神の手は力ある働きをする。

 主の右の手は高く上げられ、
 主の右の手は力ある働きをする。

(詩篇118編16節より)

仏のことば。

2017年08月09日 | キリスト教


 ええと、わたし自身はクリスチャンですし、仏教聖典を読んだからといって、仏教に帰依しようとか、キリスト教と仏教の思想を混ぜて信仰しよう……といった意図は一切ありません(^^;)

 キリスト教は一神教ですから、父なる神、子なる神であるイエス・キリスト、聖霊なる神からなる三位一体の神の他に神さまはいないと教えています。ゆえに、わたし自身もこの方以外の神さまを信仰しようといったようにはまったく思ってないというか。。。

 ただ、何年か前にある時、物凄く腹の立っていることがあって、「わたしはわたしなりにこんなに頑張っているのに」とか「何故またこんなことが許されたのだろう」といったことがありまして、マーリン・キャロザース先生の「感謝と賛美の教え(良いことも悪いことも神さまに感謝する)」を実践しつつも、たまーに心の間隙を縫う形でそうしたことっていうのは起こると思うんですよね。

 んで、まあそれなりにある程度年を重ねると「これもまた過ぎ去る」というか、そうしたことも年の功のようなものによってわかってるわけですが、自分的になんというか「ああ、またこのパターンか」と思って落ち込んでいたというか。

 そして、そうしたわたしのつぶやきを聖霊さまが聞かれたかどうかわからないのですが、その日は自分の家に帰るんじゃなくて、とある市内のホテルに泊まることが導かれました。正直、本当に何故たくさんある街中のホテルでそこに泊まるよう導かれたのか、わたしにもよくわかりませんでした。

 聖霊さまによる語りかけってそういうことが(わたしの場合)結構あるもので、なんにしてもその日は家に帰りたくないというのもありましたし、一泊1万円という部屋を取ってそこに泊まることにしました(ちょうど混んでいた時期らしく、その部屋しか空いてないといったようにフロントの人から言われた記憶があります)。

 でも、自分の心の中ではその時も半身半疑でした。こんなホテルにわざわざ一万円だして泊まって、それがなんになるんだ……とも思いましたし、自分の聞き違いの可能性のほうが99%くらいではないかと思ってたんですよね。

 けれど、その日、あることがあってピタリ☆とそれまで抱えていた怒りが止まりました(^^;)

 わたしが腹を立てていた人物が突然電話をかけてきて泣きながらあやまった……とか、そんなことは一切ありません(笑)

 ホテルへ行くと、よく机の引き出しあたりにギデオン協会の聖書が置いてあったりしますが、わたしがまず手に取って読んだのがその聖書でした。神さまから何か語りかけがあるかもしれない……と思ったからです。でも特に強い何かを感じることもなく、福音書を何ページが読んで閉じました。

 んで、この時このホテルには、聖書と並んで仏教聖典が並んで置いてあったんですよ(なんとも日本らしいところですよね^^;)

 わたしも、「仏教聖典なんて読んでもな……」というくらいな気持ちでパラパラ読んだのですが、この時、たまたま読んだページに、こうした言葉がありました。。。


 >>わたしをののしった、わたしを笑った、わたしを打ったと思う者には、怨みは鎮まることがない。

 怨みは怨みによって鎮まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる。

(和英対照仏教聖典よりm(_ _)m)


 もちろん、読みようによっては「えっ?これっぽっちの言葉で?」と思われるかもしれません。

 でもわたし、次の日にホテルを出る時にはピタリと怒りが何故か鎮まっていたのです(^^;)

 なんでなのかというのは自分でもわかりませんし、腹を立てていたといっても、それは怨みというほど強いものでもありませんでした(笑)どちらかというと、「またしてもこの運命のパターンが与えられるのか」という意味では、神さまに文句を言っていたという、そういうところもあったと思います。

 で、この時読んだ和英対照仏教聖典がとても読みやすかったもので、その後密林さんに注文して自分でも読むようにしてみたというか

 日本は信仰の自由がある葬式仏教国だと思いますので、ある程度仏教の教えについても知っておいたほうが、伝道する時にのちのち役立つことがあるのではないか……との思いもあって、こちらの本を読むことにしたのですが、人間の智慧、一種の哲学として仏教の教えというのは優れていて役に立つところがある、というのが、わたし個人の感想です(^^;)

 これはなんていうか、キリスト教の聖書ではこんなことを言ってますよ、仏教にも似た教えがあってこんなふうに仏陀は言ってる、あるいはイスラム教にも共通した事柄というのはあると思いますから、そうした教えに通じている人が誰かいるというのも、いつか(キリスト教の)伝道ということ大切になってくるかな……とわたし個人に関して思ってることだったりします。。。

 ところで、先の


 >>わたしをののしった、わたしを笑った、わたしを打ったと思う者には、怨みは鎮まることがない。

 怨みは怨みによって鎮まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる。

(和英対照仏教聖典より)


 についてですが、わたし個人の悩みや怒りについての聖書の答えは次のようなものでしたm(_ _)m


 >>主よ。私と争う者と争い、
 私と戦う者と戦ってください。

 盾と大盾とを手に取って、
 私を助けに、立ち上がってください。

 槍を抜き、私に追い迫る者を封じてください。
 私のたましいに言ってください。
「わたしがあなたの救いだ」と。

 私のいのちを求める者どもが恥を見、
 卑しめられますように。

 私のわざわいを図る者が退き、
 はずかしめを受けますように。

 彼らを風の前のもみがらのようにし、
 主の使いに押しのけさせてください。

 彼らの道をやみとし、また、すべるようにし、
 主の使いに彼らを追わせてください。

 まことに、彼らは
 ゆえもなく、私にひそかに網を張り、
 ゆえもなく、私のたましいを陥れようと、
 穴を掘りました。
 
 思わぬときに、滅びが彼らを襲いますように。
 ひそかに張ったおのれの網が彼らを捕え、
 滅びの中に彼らが落ち込みますように。

 こうして私のたましいは、主にあって喜び、
 御救いの中にあって楽しむことでしょう。

 私のすべての骨は言いましょう。
「主よ。だれか、あなたのような方があるでしょうか。
 悩む者を、彼よりも強い者から
 救い出す方。
 そうです。悩む者、貧しい者を、奪い取る者から」

 暴虐な証人どもが立ち、
 私の知らないことを私に問う。

 彼らは善にかえて悪を報い、
 私のたましいは見捨てられる。

 しかし、私は――、
 彼らの病いのとき、私の着物は荒布だった。

 私は断食してたましいを悩ませ、
 私の祈りは私の胸を行き来していた。

 私の友、私の兄弟にするように、私は歩き回り、
 母の喪に服するように、
 私はうなだれて泣き悲しんだ。

 だが、彼らは私がつまずくと喜び、相つどい、
 私の知らない攻撃者どもが、
 共に私を目ざして集まり、
 休みなく私を中傷した。

 私の回りの、あざけり、ののしる者どもは
 私に向かって歯ぎしりした。

 わが主よ。いつまでながめておられるのですか。
 どうか私のたましいを彼らの略奪から、
 私のただひとつのものを若い獅子から、
 奪い返してください。

 私は大きな会衆の中で、あなたに感謝し、
 強い人々の間で、あなたを賛美します。

 偽り者の、私の敵を、
 私のことで喜ばせないでください。

 ゆえもなく私を憎む人々が、
 目くばせしないようにしてください。

 彼らは平和を語らず、
 地の平穏な人々に、欺きごとをたくらむからです。

 彼らは私に向かって、大きく口を開き、
「あはは。あはは。この目で見たぞ」と言います。

 主よ。あなたはそれをご覧になったのです。
 黙っていないでください。
 わが主よ。私から遠く離れないでください。

 奮い立ってください。目をさましてください。
 私のさばきのために。
 わが神、わが主よ。私の訴えのために。

 あなたの義にしたがって、私を弁護してください。
 わが神、主よ。
 彼らを私のことで喜ばせないでください。

 彼らに心のうちで言わせないでください。
「あはは。われわれの望みどおりだ」と。

 また、言わせないでください。
「われわれは彼を、のみこんだ」と。

 私のわざわいを楽しんでいる者らは、
 みな恥を見、はずかしめを受けますように。

 私に向かって高ぶる者は、
 恥と侮辱をこうむりますように。

 私の義を喜びとする者は、
 喜びの声をあげ、楽しむようにしてください。

 彼らにいつも言わせてください。
「ご自分の繁栄を喜ばれる主は、大いなるかな」と。

 私の舌はあなたの義とあなたの誉れを
 日夜、口ずさむことでしょう。

(詩篇35編)


 それではまた~!!




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