ノンビリートな職場のこと(おもに愚痴です;あしからず)、自転車や二足歩行での職場近傍探索を書きます。
ゆうゆう職場



 ボブ・ディラン氏がノーベル賞文学賞受賞と聞いた。よろしいこと。ただ、なぜ今頃になるのだろう。昨今の理系受賞と比べると受賞までが長すぎる。物理化学生化学のあの成果この成果には、(すぐにでも)検証できるテクノロジーがまちうけて、たくさんの?ノーベル賞が与えられる。知らされる方も、ははぁん、なぁるほど と不感症になるほど。
 比べてBC,AC何千年たっても、人の世の営みは変わったといえるのだろうか。いまは民主主義と言われても、どこかに逆境にあえぐ人々が住んでいる。平和であろうとしても諍いは身の回りにあり、地球上を覆っている。”大きな仕組み”は変わっていないでないか。右の頬を打たれたら左の頬を、次には右の と繰り返し、東方では輪廻になりして人は続いてゆくのでないかな。そんな時間の中の、あるスパンの中でちょいとした新生の潮流が生まれることもある。ただ、そのスパンが(理系に比べ)とてつもなく長いので、流れの終わる頃にしか潮流の始まりを感じることができないのでないか。ことほど、われら人間;特に私 は鈍いのでないかな。ま、ガタガタ行ったところで所詮、ダイナマイトのノーベルさんのこと。生業の理系のみならず文学賞も作ってくれたことは佳し としておこう。
 ところで、朝刊を見るとご本人とノーベル財団との連絡がつかないらしく、受賞辞退もありそうとのこと。ナチュラルでよろしいこと。
 さらにところで、恥ずかしいけど、風に吹かれての歌詞もよく知らなかった。検索したら、次に当たったので揚げておく。訳の真偽、作者の本当の意図は何処にあったかは当然私は知らん。
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歌詞は、1962年に雑誌「シング・アウト!」に、ディランのコメントとともに掲載された。

「この歌についちゃ、あまり言えることはないけど、ただ答えは風の中で吹かれているということだ。答えは本にも載ってないし、映画やテレビや討論会を見ても分からない。風の中にあるんだ、しかも風に吹かれちまっている。ヒップな奴らは「ここに答えがある」だの何だの言ってるが、俺は信用しねえ。俺にとっちゃ風にのっていて、しかも紙切れみたいに、いつかは地上に降りてこなきゃならない。でも、折角降りてきても、誰も拾って読もうとしないから、誰にも見られず理解されず、また飛んでいっちまう。世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ。俺はまだ21歳だが、そういう大人が大勢いすぎることがわかっちまった。あんたら21歳以上の大人は、だいたい年長者だし、もっと頭がいいはずだろう。」
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