先日、明治大学付属明治高等学校マンドリン部の
定期演奏会に行ってきたことは記事にしましたが
中退して10数年経っていながらも
高校1年のときの担任S先生と
中学のときに国語を担当してくれたY先生が
しっかりと自分のことを憶えていてくれました。
教師全員が「敵」だと思っていた中で
この両先生だけは味方のような存在で
特に担任でもないY先生は
自分が文学部に進む直接的きっかけをくれた先生でもあります。
で…
何で憶えていてくれたかというと
それだけ自分が「出来の悪い生徒」だったからじゃないかなと…
後年、自分が教壇に立つ様になって判ったことだけれども
何年前の生徒でも、やっぱり出来の悪い子ほど憶えている。
そういう子ほどかわいがったりしてたのかもしれない。
「あいつ、いまどうしてるかな…」なんて
時々思い出すのも、どちらかといえば出来の悪い子。
自分が先生に憶えていてもらえたことは
喜ぶべきなのか…
定期演奏会に行ってきたことは記事にしましたが
中退して10数年経っていながらも
高校1年のときの担任S先生と
中学のときに国語を担当してくれたY先生が
しっかりと自分のことを憶えていてくれました。
教師全員が「敵」だと思っていた中で
この両先生だけは味方のような存在で
特に担任でもないY先生は
自分が文学部に進む直接的きっかけをくれた先生でもあります。
で…
何で憶えていてくれたかというと
それだけ自分が「出来の悪い生徒」だったからじゃないかなと…
後年、自分が教壇に立つ様になって判ったことだけれども
何年前の生徒でも、やっぱり出来の悪い子ほど憶えている。
そういう子ほどかわいがったりしてたのかもしれない。
「あいつ、いまどうしてるかな…」なんて
時々思い出すのも、どちらかといえば出来の悪い子。
自分が先生に憶えていてもらえたことは
喜ぶべきなのか…












