ぐぅぐの旅日記 ~今日もお散歩日和~

フォトオフィス コヤノ http://www.koyanophoto.jimdo.com/

芝浦 協働会館

2017年06月23日 | 東京のお散歩
芝浦1丁目に建つ旧協働会館は、この付近が三業地だったころの見番の建物で
昭和十一年(1936)に建設されました。

戦後は港湾労働者の宿泊所として利用され、平成二十一年、東京都から港区へ譲渡されました。

現在は保存整備計画の下で、ネットにより養生されていますが
建物の様子は公道からでも見ることができます。


*三業地とは、置屋、料亭、待合からなる遊興街
*見番は、三業を取りまとめた施設


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芝浦

2017年06月22日 | 東京のお散歩
JR浜松町から田町あたりにかけて、線路はかつての海岸線を走っています。

この辺りを芝といい、海岸を芝浜、海を芝浦と古くから呼んでいました。

芝でよく獲れた江戸前の海産物に海老があって、これが芝海老です。

東海道線が開業したのち、どんどん埋め立てられ海岸線が東進して
今では無機質なビルが建ち並ぶ一角となってしまいましたが
そのビルの下を目を凝らして歩くと、漁師町や花街の名残り、
バブル景気の忘形見などがある、ちょっと人間臭い町だったりします。





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金杉橋

2017年06月21日 | 東京のお散歩
JR浜松町駅近く、古川(渋谷川下流)にかかる金杉橋。

昔、杉に似た栴檀の木があって、それが闇夜に金色に光ることから
この付近の地名が金杉と呼ばれるようになったと言われています。

落語好きにはおなじみの地名で、「芝浜」の勝五郎が最初に住んでいた裏長屋や
三遊亭圓朝(円朝)の「黄金餅」での金兵衛らが住む長屋(志ん生版では下谷山崎町)、
「疝気の虫」で、書生が往診に行った先など、色々な噺の舞台になっています。

今でも金杉橋の下流側には船宿が並び、漁師町の風情が残されています。


(金杉橋)



(金杉橋から山手線や新幹線の走る下流側を望む)



(建ち並ぶ船宿)
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札の辻

2017年06月20日 | 東京のお散歩
東海道の江戸の玄関口は、高輪大木戸でした。

高輪大木戸の手前には高札場があって、その場所を札の辻と呼んでいました。
現在では、第一京浜と国道1号線の、非常に交通量の多い交差点ですが
ここに高札場があったことからわかるように、江戸時代から人の往来の激しい場所でした。

この交差点からは、ほぼ真正面に東京タワーが望めます。

JR田町駅からも近いですが、山手線新駅予定地も遠くなく
近い将来、さらに人が増えそうな予感のする場所です。

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東京タワーの見える場所

2017年06月19日 | 東京のお散歩
我々、昭和生まれの東京人は、東京タワーに思い入れがあります。

遠くに東京タワーが見えるだけで、テンションが上がったりします。

元々は電波塔でしたから、都内の多くに場所から見えるはずでしたが
完成から59年経ち、電波塔としての役目も予備送信所となった今
高層建築物に遮られ、その尖塔の勇姿を拝むことができなくなってしまいました。

その所為か、昔以上に東京タワーへの愛が深まったような気がします。



(画像は恵比寿ガーデンプレイスからの東京タワー)


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力水

2017年06月18日 | 徒然
せんべい・あられメーカーの「もち吉」(本社:直方市)が出している天然水「力水」。

北九州市、直方市、福智町にまたがる福智山山系の湧水だそうです。

この力水、まさに力水なのです。

大相撲で土俵に上がる際に口につける清めの「力水」こそが
この「もち吉」の力水だそうで、平成四年(1992)から同社による無償提供を行っているそうです。

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黒電話

2017年06月17日 | 徒然
今では貴重なダイヤル式の黒電話。

すでに使い方を知らない子どもも多いと聞きます。

ダイヤルが戻るまでの時間のもどかしさは、
携帯電話では味わえない緊張の時間でした。

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須田町

2017年06月16日 | 東京のお散歩
神田須田町は、靖国通りと中央通りの交差点周辺の、秋葉原に近い一角です。

現在は、都内にありがちな交通量の多いオフィス街の交差点ですが、
戦前には北側に甲武鉄道(現在の中央線)の万世橋駅があって
戦後も都電全盛期には9系統が乗り入れる都電随一のジャンクションでした。

さらに神田寄りの地下には、銀座線神田駅に直結する日本初の地下商店街がある
東京の交通の中心的な場所でもありました。

須田町の名は江戸時代にはすでに見られ、古地図に「すた町」の記載が見られ
川(旧石神井川または神田川と思われる)の洲に農地があったことに由来すると言われています。


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三崎稲荷神社

2017年06月15日 | 東京のお散歩
JR水道橋駅前にある三崎稲荷神社は、寿永元年(1182)創祀と伝えられる古社です。

元々は現在地より北東側の神田山麓にあったとされ、遠浅の入江の岬だったことから
「みさき」という村名がつけられたようです。
家康公入府の際に、日比谷入江埋め立てに伴う神田山掘削で西側に遷座されました。

家光の時代には、将軍自ら参詣したことで諸大名家もそれに追随し
参覲交代などで江戸に入る際には、ここで身体を清めてから江戸屋敷に入ったそうです。

神田上水開削工事が始まった万治二年(1659)に、現在地周辺に再遷座したものの
万延元年(1860)に幕府の練兵所である講武所開設にあたって水道橋西詰に遷座しました。

明治に入って甲武鉄道が飯田町から万世橋まで延長した際に現在地に鎮座しました。

神田の地にありながら、神田祭以外の祭りを行うのは、三崎が武家屋敷の町で
そこに住む武士たちから厚く信仰を受けていた証でもあります。

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都内某所の謎ポイント

2017年06月14日 | 東京のお散歩
都内某所で撮影した謎看板。




誰がなんのために?
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山手線中里第二踏切

2017年06月13日 | 東京のお散歩
山手線といえば、JR東日本屈指の黒字路線で、運行頻度も高い
東京どころか日本を代表する鉄道路線。

この山手線に唯一残された踏切が中里第二踏切。

その開通は大正十四年(1925)で、電車線と貨物線が分離した際に
旧山手線である貨物線と、築堤上の電車線を横断するために
貨物線を中里橋で越え、それと同じ高さの電車線を渡るために作られた踏切です。

「第二」というからには第一があったわけで、第二踏切の駒込寄りにかつて存在し
その他の踏切も廃止になった現在は、中里第二踏切が山手線唯一の踏切として
運用されているのです。




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飛鳥の小径

2017年06月12日 | 東京のお散歩
飛鳥山公園の崖下、JRの線路際を通る飛鳥の小径は
今年もアジサイが綺麗に咲いています。



350mほどの距離に、1300株ほどのアジサイが植えられ
春の桜と並んで、花の名所として愛されています。

電車の車窓からも眺められますが、ここはゆっくりと
歩きながら眺めたいものです。
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長者丸踏切

2017年06月11日 | 東京のお散歩
山手線の目黒・恵比寿間で、貨物線と交差する場所に、貨物線だけの踏切があります。

山手貨物線第1番長者丸踏切という踏切で、埼京線や湘南新宿ラインに乗ると
この踏切を通過します。

長者丸というのは、この付近(品川区上大崎)の古い地名で、
白金長者と呼ばれた豪族か、14世紀末頃に柳下上総介が築いた屋敷を
長者丸と呼んだことに由来するという説が一般的のようです。

この屋敷は、山手線の東側の、現在の自然教育園の場所にあったとされています。







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王将が動く時

2017年06月10日 | 東京のお散歩
「3月のライオン」や、藤井四段の公式戦連勝記録更新で湧く将棋界。

その将棋連盟の最寄り駅である千駄ヶ谷駅ホームには、大山康晴十五世名人揮毫の
王将の駒のモニュメントが、水飲み場に設置されています。

その、不動の王将が動く時がやってきました。

2020年の東京オリンピックに向けて、駅改良工事の進む千駄ヶ谷駅。
この工事のために、6月21日初電から一時撤去するそうです。

しばらく見れなくなる駒。ご覧になりたい方はお早めに。




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梅雨

2017年06月09日 | 写真
梅雨入りした途端に、晴れが続く東京。

でも、アジサイの花は、晴れよりも曇りや雨の方が映えるような気がします。

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