ぐぅぐの旅日記

妄想と現実ととにかくどこかへ行って写真を撮ったりした記録。
バスとか鉄道とか飛行機とか猫。あと神社仏閣・日本庭園。

飲み物

2012年05月27日 | 徒然
本日は昼食に日本蕎麦、夕飯にカレーと
終日「飲み物」だけの食事w

明日から5月最終週でいよいよ祝祭日の無い6月に突入ですが
改築の終わった実家へ戻るので
今から楽しみです。

新・自宅には、流行りのウォーターサーバーが入ります。
毎日美味しい水が飲める予定なので、それも楽しみ。
(井戸もありますが、母屋だけの配管なので…)
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従兄弟同士

2012年05月26日 | 徒然
先日、母方の義伯父が亡くなりまして
親族一同が集まりましたが
男従兄弟同士、自分含めてみんな同じ顔。
骨格が同じだけあって声まで似ているわけです。

遺影を見ればわかるのですが
全員母方の祖父母の孫と判る顔。

家も歩いて行ける距離にありますが
大人になると顔をあわすことも少なくて
どうしても仏事が中心になってしまいます。

次は祖父母の法事に集合予定?
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鉄橋

2012年05月25日 | 徒然
鉄橋を渡る列車が轟音を立てる。
近くに住む人たちにとっては
それは騒音かもしれないけれど
旅をするものにとって
大河にかかる橋は新たな世界への入り口である。

もちろんトンネルも、新たな世界への入り口なのだが
鉄橋は外が見えている分、楽しい。

トンネルほど、開通させるために強いられる犠牲も多くはない。
だから余計に明るい気分になる。

明日、鉄橋を渡ってどこかへ行こう。
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近代の産業遺産

2012年05月24日 | 徒然
東京から名古屋を結ぶ「中央本線」。
その発祥は明治時代に甲武鐵道として開業したもので
順次延伸する際に大正8年、当時の東京側ターミナルであった
万世橋駅から東京駅までが開業し東京駅起点になりました。

秋葉原の「肉の万世」の裏を急カーブで神田駅に出る中央線の高架は
その当時に作られたレンガ造りのもので
現役の産業遺産でもあります。

関東大震災も戦争も東日本大震災も乗り越えてきた高架線は
今日も、ダイヤが乱れがちな中央線をしっかりと支えています。
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徳丸

2012年05月23日 | 徒然
板橋区の北西部、高島平と隣接する一帯を
徳丸といいます。

江戸時代には志村ヶ原に続く幕府の鷹狩場でしたが、
荒川の後背湿地であったことから
高島秋帆がこの地で砲術訓練を行いました。
これが高島平の地名の由来でもあり
徳丸ヶ原は全国的に認知されるきっかけでありました。

そんな徳丸に爽風庵 槙という蕎麦屋があります。
隣接して茅葺屋根の粕谷家住宅もあり
「徳丸ヶ原」の風情を感じさせるロケーションです。

開発で湿地も原っぱもほとんどなくなった板橋区。
わずかに残された、「郊外」の景色です。
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スカイツリー

2012年05月22日 | 徒然
本日、スカイツリーがオープンしました。

以前より「富士山が見える一番遠い地点はどこか」
などというものがありますが、スカイツリーはどうなんでしょうか。

ちなみに、私の家は台地の上にありながら
高い建物に邪魔されて見えません。
会社からも、同じ理由で見えません。


しばらくは麓の街も混雑しそうなので
墨東地区へ出かけるのは控えようと思います。

写真は新宿の高層ビルからみたS.T
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金環食

2012年05月21日 | 徒然
皆さんはみれましたか?

今回は東京が食の中心線に当たっていました。
それで今回のブームになったようですが
実際には日食は頻繁に起こる事象で
それがたとえば太平洋上だったりして
なかなか目にすることができないから
貴重なチャンスだったわけです。


個人的には天体・気象の写真だと
オーロラと流星群と、雷光を撮ってみたいですね。
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目黒川沿いのある旅館

2012年05月20日 | 徒然
さて、都内の「高級」ホテルの庭などを
いくつか紹介してきましたが
今日は趣向を変えて古い旅館を。

西五反田にある海喜館という旅館。
目黒川沿いにあって、
高層ビルなどが立ち並ぶその谷間に
鬱蒼と茂る木々に埋もれるように佇む
正真正銘営業中の旅館です。


ネットなどでは、営業しているかどうかわからないとか
「怪奇館」などといわれていますが
ちゃんと営業しています。

このあたりはかつて花街として賑わったので
こういう旅館が多かったんでしょうね。

「古びた」といえばそれまでですが
趣のある、どこか艶っぽい風情の旅館です。

東京には、新吉原のほかにも洲崎、大塚、尾久などといった
花街、三業街がいくつもありました。
そんな街の名残のような、現役のビジネス用旅館です。
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目黒雅叙園

2012年05月19日 | 徒然
目黒雅叙園は、目黒駅の山手線の外側、
目黒川沿いの崖線に立地する
昭和初期に開業した国内最初の総合結婚式場。

現在はホテルやレストランも併設されているので
誰でも自由に出入できる上、
崖を利用した庭園や、建物内の意匠など
贅を尽くしたつくりで楽しませてくれます。

中華料理でおなじみの回転テーブルも
実はこの目黒雅叙園が発祥といわれています。

歴史の舞台や、文豪の作品にも登場する雅叙園。
これからの季節、涼をとるには最高です。
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東急バス 反01

2012年05月18日 | 徒然
五反田駅から川崎駅へ至るルートを高頻度の本数で走る
東急バス 反01。

バスが県境を越えて走るという路線バスは意外と少なくて
この路線も東京都と神奈川県を結ぶ数少ない路線のひとつです。

越境路線が少ない理由は
営業所の管轄の問題や営業範囲の問題も去ることながら
多くの境が、大きな川や峠になっていることかと思われます。

多摩川か流域にはいくつかの橋が架かっていますが
この反01以外には六郷橋の京急バス2系統と
二子橋の東急バス2系統くらいしかありません。

料金区分が3段に分かれていますが
前乗り前払い式の高頻度運行路線。

ちょっとした「旅気分」を味わうには
楽しい路線かもしれません。

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舶来品

2012年05月17日 | 徒然
舶来品なんて言葉はすっかり聞かなくなってしまいました。

子供の頃から、祖父が新しいもの好きだったり
伯父が米軍に勤めていたりした関係で
身の回りに舶来品が結構あって
その所為なのか、今でも舶来品の食材が好きです。

あ、もちろん国産品はもっと好きですけどね。

お菓子はもちろん好きなんですが
やはり一番は、国産では絶対に手に入らないもの。
ワニの肉やカンガルーの肉なんかが好きです。

以前はサンシャインシティに舶来横丁なんてところがあって
そこで色々手に入れられたんですがね…

一番のお気に入りは
有栖川公園の向かいのインターナショナルマーケットです。
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大隈庭園

2012年05月16日 | 徒然
早稲田大学の創始者。侯爵・大隈重信の屋敷地が
大隈庭園として早稲田大学本部キャンパスの向かい
大隈講堂に隣接する場所で公開されています。

もちろん早稲田大学の所有・管理ですが
リーガロイヤルホテルの庭園と勘違いしている
リーガの宿泊客もいるようです。
ただし、リーガ側に入り口はありません。

明治期の大学の創始者や初期の関係者(早大においては會津八一など)
の遺品・遺物がこうして大切に保管され公開されている例は
都内でも数は少なく(もっとも私立に限られますが)
たとえば慶応義塾や立教、学習院や国士舘など
政治家や哲学者、宗教家、思想家として著名だった人物が創始者または
発展に関わっているいくつかの例があるに過ぎません。


そんな中でも、早稲田大学の大隈公に対する扱いは
突出していて、いかに大隈公が大切にされているかがわかります。
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毛利庭園

2012年05月15日 | 徒然
六本木ヒルズ。ギョーカイ言葉で言うところの
「ズーヒルギロッポン」。

ここに「ひょうたん池」という池があって
これは毛利甲斐守(長州藩の分家、長門長府藩)の屋敷地の名残。
そのためにここは毛利庭園と呼ばれている。

元禄時代には、赤穂浪士10名が、毛利邸にお預けとなり
元禄16年2月4日(旧暦)にこの地で切腹している。

テレビ朝日やヒルズといった超高層建築に囲まれながらも
開発前の六本木界隈の面影は
この庭園を中心にしてわずかに遺されている。
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八芳園

2012年05月14日 | 徒然
白金台の崖地に作られた八芳園は
その敷地の一部がかつて大久保彦左衛門の屋敷地であった
由緒正しき場所で、後に島津氏の下屋敷となり
維新後は実業家の手に渡り、日本庭園を生かした
レストラン、結婚式場となりました。

実は山手線の内側は崖線が多く、つまりは湧水も豊富で
日本庭園向きの土地なので、このような素敵な庭園が
結構多く残されているのです。
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興雲閣

2012年05月13日 | 
興雲閣は1903(明治36)年に松江市が明治天皇の行幸を願って
松江市が松江城郭内に建てた白亜の木造洋館です。

結局明治天皇の御行幸は実現じなかったようですが…。


後年、大正天皇のご宿泊所として利用されたようです。
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