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ソフィスト(9) ソフィストという分類

2015-07-24 05:33:07 | 歴史
 ソフィスト(7)で紹介した、日本語で読めるソフィスト解説本の3冊1-3)では、ソフィストという言葉について以下の点で一致しています。

1. ソフィストという言葉は本来は賢人や知者という意味で使われていた。
2. プラトンが、哲学者ソクラテスとその対抗者ソフィストという対比を打ち出すことで、西洋哲学においてソフィストの悪名が確定した。
3. ソクラテスやプラトンの時代には一般には、ソフィストという言葉には良い意味も悪い意味もあった。
4. 西洋哲学史でソフィストと呼ばれてきた人物達の思想は多様であり、ひとつのグループにまとられるものではない。つまり思想内容はソフィストという概念の定義にはなりえない。
5. ソクラテスやプラトンの時代にソフィストと呼ばれていたのは、徳を教える職業教師達であり、プロタゴラスが「自分は最初のソフィスト」と宣言した言葉での意味に当たる[3)p29-31][4)p82][5)p8]。

 結論としてソフィストという言葉を一定の概念に当てはめるとしたら、5のような「古代ギリシャで徳を教えると称した職業教師達」に当てはめるのが最適ということになります。つまりソフィストというのは、プロタゴラスの時代に新しく誕生した職業の名前だったのです。それが知者を意味するほめ言葉にも詭弁家を意味する蔑称にも使われていたという状況は、現代における「先生」「坊さん」「学者」「法律家」などと似ているかも知れません。

 なお「弁論家」と言う言葉もありますが、職業として該当する一例は「言論代作人」(ロゴグラフォス, Logographer)と呼ばれる職業でした[4)p100]*1)。これは一般市民が法廷に臨む時の弁論を代作する者ですが、このような法廷弁論術だけを教えて、政治や国家やいわゆる徳は教えないのならば、弁論家ではあってもソフィストではない、ということになるでしょう。また弁論に優れているという意味での弁論家なら政治家の中にも多いでしょうが、それを職業として教えていなかったならば、やはりソフィスト(職業教師)ではないということになります。

 さてそうなると4で言う「西洋哲学史でソフィストと呼ばれてきた人物達」の中には5の定義から外れる人物も出てきます。文献3-4ではその意味で5の意味のソフィストに分類できる人物の特定を試みていますが、文献5では特にそういう試みはしていません。ソフィストと呼ばれてきた人物達の思想そのものはプラトン/ソクラテス派の思想以外の古代ギリシャ思想として重要な思想史的対象であり、文献5はそちらに重点をおいています。では具体的に、これらの人物達について紹介しましょう。

 まず以下の4人です。

プロタゴラス(Protagoras)、[3)p67-68]、[4)p98]、[5)第1章]
ゴルギアス(Gorgias)、[3)p67-68]、[4)p98-100]、[5)第2章]
プロディコス(Prodicus)、[3)p67-68]、[4)p98]、[5)第4章]
ヒッピアス(Hippias)、[3)p67-68]、[4)p98]、[5)第6章]

 上記の4人は文献3-4ともソフィスト(職業教師)と分類していて、プラトン以外の史料も比較的豊富で、事績も割に多く知られています。中でもプロタゴラス(Protagoras)は「人間が万物の尺度」という言葉と共に日本の高校でも教えられています[7)p40,8)p70]。ゴルギアスだけは「弁論術教師」とは自称しても「ソフィスト」とは自称していませんが、実際には徳も教えていたので文献3-4ともソフィスト(職業教師)と分類しています。

エウエノス(Euenus)、[3)p67-68,46,48]、[4)p103]
 この人物は『ソクラテスの弁明』『パイドン』だけで紹介されていて詳しい史料はありませんが、授業料を取ったとの記載があるのでソフィスト(職業教師)には間違いないとされています。詳しい事績が不明なゆえでしょうが納富信留は「小物のソフィスト」と呼んでいます。

リュコフロン(Lycophron)、[3)p66-67]、[5)第3章]
 その思想についてはアリストテレスによる6回の引用によってのみ知られている人物です。ただプラトン『第二書簡』には前364または360年にディオニュシオス2世の宮廷に出入りしていたとの記載があります[5)p64]。アリストテレスは彼を明白にソピステースと呼んでおり、田中美知太郎は彼が「専門家的な弁論家」であったことは確かだと見ています、が、むろん教師であったか否かは不明なようです。

クセニアデス(Xeniades)、[3)p66]
 文献3しか取り上げていません。「すべてが虚偽であり、すべての想像も思想も偽りで、すべて生じ来るものは非有から生じ、亡びゆくものは非有へと亡びゆくことを主張した(Sextus, Adv. Math. VII.53*2))」と伝えられるのみとのことで、ソフィスト(職業教師)か否かも不明とされています。

クリティアス(Critias)、[3)p61-63]、[4)p103-104]、[5)第8章]
カリクレス(Callicles/Kalliklēs)、[3)p66]、[4)p104]
 両者とも政治家であっても教師ではなかったことは確かですが、常識的な正義には反するようなその思想が典型的なソフィスト思想とみなされてきたようです。ただ、文献3では「法律や宗教を否定する危険な思想[3)p63]」や「優勝劣敗の自然の正義の主張[3)p66]」ゆえにソフィストと見なされたとされています。文献4では「優れた文体作者という意味で[4)p103]」ソフィストと呼ばれるようになったとされています。
 後者はソフィスト(1)の記事でも述べたように実在の人物かどうかは不明で、文献5で取り上げられていないのはそれゆえでしょう。

アンティフォン(Antiphon)、[3)p57-61]、[4)p101-102]、[5)第7章]
 同名の複数人物がいて、その異同に関しては文献3-5でいくらかの違いもありそうです。後に述べましょう。

トラシュマコス(Thrasymachus)、[3)p53-57]?、[4)p100]、[5)第5章]
 文献3によれば、トラシュマコスはアリストテレスにより弁論術史上で重要な地位を与えられた人物で、弁論術を教えたことも確かですが、政治教育や一般教養教育という教育目的まで考えていた証拠はないとのことです。文献4では「金銭を取って教育に携わるソフィストでもあった」と断定しています。文献5では「ソフィストという称号を公然と要求した」とされています。

エウテュデモス(Euthydemus)、[3)p64-65]、[4)p104]
 プラトン『エウテュデモス』の主人公でデュオニソドロス(Dionysodorus)との兄弟ソフィストとして登場します。このプラトンの著作がほとんど唯一の史料ですが[3)]、田中美知太郎はその記載からソフィスト(職業教師)と判断しています。エリスティケー(eristike-)を得意としていましたが、これは納富信留は争論術、田中美知太郎は問答競技(現代のディベートか)と訳しています。

アルキダマス(Alcidamas)、[3)p67-68]、[4)p288-340,第8章]
 田中美知太郎は「トラシュマコスと同じように、むしろ弁論術の歴史に属する名前のようである」と述べていて、ソフィスト(職業教師)とする根拠はないと判断しているようです。納富信留は一章を割いて、その思想を詳しく紹介しています。


ソフィスト(10)へ続く


---- 注釈 ---------
*1) 当時のアテナイでは法廷で当事者が自ら告発や弁明の弁論を行なう義務があり、検事や弁護士にあたる人々はいなかった。一般市民のなかには、突然の必要に直面して、弁論作成の専門家に依頼し金銭を支払って予め弁論を代作してもらい、それを暗記して法廷に臨む者もいた。
*2) セクストス・エンペイリコス(Sextus Empiricus)著の"Adversus Mathematicos"は全11巻ある。

---- 参考文献 ---------
1) プラトン(著);加来彰俊(訳)『ゴルギアス (岩波文庫)』岩波書店(1967/06/16)
2) プラトン(著);藤沢令夫(訳)『プロタゴラス―ソフィストたち(岩波文庫)』岩波書店 (1988/08/25)
3) 田中美知太郎『ソフィスト (講談社学術文庫 73)』講談社(1976/10)
4) 納富信留『ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫)』筑摩書房 (2015/02/09)
5) ジルベール ロメイエ=デルベ(Gilbert Romeyer‐Dherbey); 神崎繁(訳);小野木芳伸(訳)『ソフィスト列伝 (文庫クセジュ)』白水社(2003/05)
6) 斎藤憲『ユークリッド『原論』とは何か―二千年読みつがれた数学の古典(岩波科学ライブラリー)』岩波書店 (2008/09)
7) 佐藤次高; 木村靖二; 岸本美緒『詳説世界史B [81-世B-005]』山川出版(2004/03/05発行)
8) 鈴木敏彦(編)『ナビゲーター世界史B (1)』山川出版(2005/04発行)

---- 参考ウェブサイト ---------
w1) 日本西洋古典学会の公式ホームページ
w1a) http://clsoc.jp/agora/column/minidictionary/slave.html 奴隷について
w2) ギリシャ哲学セミナー論集: 古代ギリシャ哲学研究者による論文多数あり
w3) 古代ギリシャ文献の翻訳 by 野次馬集団: 古代ギリシャ原典の翻訳多数

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