トランプ新大統領誕生!

就任演説全文(英語)

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日本をヘリコプターマネーの実験場にしてはならない

2017-02-24 01:33:33 | 日記
【第114回】 2016年7月21日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

 参議院選挙で勝利した安倍政権は「アベノミクスは信任を得た」として、「道半ば」の政策を加速する、という。とはいえ金融緩和はすでに行き詰まっている。次は「政策の総動員」の掛け声と共に財政の大盤振る舞いが始まるだろう。「10兆円の景気対策」が打ち上げられた。問題は財源だ。増税は封印され、法人税は減収が予想される。浮上したのが財政投融資の活用。郵便貯金の潤沢な資金で賄われた財投も、郵貯が民営化された今、頼る原資は財投債。政府の借金、つまり国債である。マイナス金利では国債の買い手がない。結局は日銀が引き受けることになる。

 財政の尻を日銀が面倒見る「財政ファイナンス」が刻一刻と深まっている。そして「ヘリコプターマネー」が取り沙汰されるようになった。空からカネを撒くような、究極の不健全財政。亡国のリスクを孕む奇策が、日本で社会実験される可能性が膨らむ。

「通貨の乱発」と「財政の拡大」
歴史に学べば危険で手を出せない奇策

「アベノミクスの加速」を安倍首相が記者会見で語った翌日、官邸にアメリカの中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長、ベン・バーナンキ氏がやってきた。

「ヘリコプター・ベン」と呼ばれるほど、ヘリコプターマネーに関心を寄せる経済学者だ。官邸は「表敬訪問」としているが、安倍首相の経済ブレーン本田悦郎氏(内閣官房参与からスイス大使に抜擢)が間に入って会談をセットしたという。

 官房長官の定例会見で「ヘリコプターマネーは話し合われたか」と問われ菅長官は「特段の言及があったとは承知していない」としながらも「バーナンキ氏は金融緩和の手段はいろいろある、と言っていた」と答えた。

 翌日の産経新聞は「ヘリコプターマネー検討へ」と一面に打った。首相周辺で、日銀が国債を買い切って財政資金を提供する政策が検討課題に浮上している、として本田氏が首相に「今がヘリコプターマネーに踏み切るチャンスだ」と進言した、とも書かれている。

 安倍をバーナンキに会わせヘリマネを政策課題に載せようとする意図が見え見えだ。

 そもそもヘリコプターマネーとは何か。

 提唱者はバーナンキ氏の師匠筋に当たるノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏である。

 デフレは市場に出回る通貨が足りないから起こるマネー現象と見て、金融緩和によってデフレは解消するという考えに基づいている。中央銀行が資金を供給しても、経済が委縮して家計や企業にマネーが浸透しない時は、空からカネを撒いて使いたい人に拾わせればいい、という手法。中央銀行が発行する通貨が末端まで届き、デフレから抜け出すことができる、という理屈だ。

「空からばら撒く」とは話を分かりやすくするための比喩で、現実の政策としては「財政を使って資金をばら撒く」ということになる。

 ヘリコプターマネーは、中央銀行による「通貨の乱発」と、政府による「財政の拡大」を組み合わせたものと考えればいいだろう。

 お分かりと思うが、中央銀行が無制限に通貨を発行し、財政がこれを使って公共事業の大盤振る舞いをすれば、何が起こるか。

 財政出動で消費は拡大し、需要は膨らんで景気はよくなったかのように見えても、内実は「キツネが木の葉で作った小判」で需要を創造しているようなものだ。

 通貨の乱発は歴史を振り返ればしばしば起きている。江戸時代、財政難に陥った幕府は金の含有量を減らした小判を作り、インフレを招いた。第二次世界大戦で政府は戦時国債を発行し日銀に買い取らせ、戦費に充てたが戦争が終わった途端、猛烈なインフレに見舞われた。

 歴史に学べばヘリマネは危なくて手を出せない奇策だが、首相の周辺で真剣に検討されているらしい。

 真夏の怪談のような怖い話が、なぜ政治の中枢で囁かれるのか。アベノミクスが上手くいっていればこんなことにはならなかった。

自民党の2大流派を満足させる
究極のポピュリズム政策

 2012年12月、自民党総裁選挙で勝利した安倍晋三は、「日銀にお札をじゃんじゃん刷ってもらい銀行を通じておカネを流せば景気はよくなる」と言いだした。

 ポイントは二つ。第一はインフレターゲット。物価上昇率を目標として定め日銀に達成を義務付ける。もう一つが銀行が保有する国債を日銀が買い上げてベースマネーを注入すること。これがアベノミクスの原型である。

 今でこそ「一億総活躍社会」などと看板は新しくなったが、アベノミクスの中核は「常識にとらわれない大胆な金融緩和」にある。金融を潤沢にすれば物価は上がる、という学説に沿って、物価目標を達成するまで日銀はマネーを注入し続ける。物価は上がりそうだ、と多くの人が思えば、今のうちにカネを使おうと消費が盛り上がり、物価が上がり、デフレから脱出できる、という筋書きだった。

 白川前日銀総裁は「期待に働きかけて物価を上げることができるのか。物価を自在にコントロールできると考えるのは甘い」と否定的だった。

 こうした日銀を批判したのが「デフレ克服はインフレに誘導すること」とするリフレ派の学者やその同調者たちだった。このグループが安倍首相の周囲を固め、インフレ政策に理解を示す黒田東彦氏を日銀総裁に据えた。

「2年後には2%の物価上昇を達成する。そのために日銀の資金供給をこれまでの2倍、年50兆円にする」という異次元の金融政策が黒田総裁によって2013年4月に発動されたのはご存じの通り。

 ところが2年経っても物価は上がらない。上昇率ゼロ近辺をさまよったままだ。当初は一気に進んだ円安・株高も勢いを失った。

 約束の2015年4月に物価目標を達成できなかった黒田総裁は、「2016年度中に」とさらに2年間延長したが、それでも達成は危ぶまれている。

 お囃子ばかりで成果はちっとも感じられない、という庶民の声は日増しに高まり、自民党は「まだ道半ば」と言い逃れるしかなかった。選挙で加速を約束した以上、成果を見せなければならない。窮余の一策がヘリマネなのか。

 自民党の内部には経済政策を巡り、二つの流れがある。財政を膨らませて公共事業で景気を拡大しよう、というケインズ流の考えと、財政に頼らなくても金融緩和で景気は活性化できる、というフリードマン流の考えだ。後者は財政拡大にも増税にも批判的で、財政再建は物価上昇を伴う経済成長で解決することを説き、日本ではリフレ派とも呼ばれる。

 財政拡大、公共事業増額を主張する政治家は守旧派とされ、金融緩和で軽微なインフレ成長を求めるリフレ論者が改革派と見られてきた。

 空からカネを撒く「ヘリマネ」は両者を合体させる究極のポピュリズム政策である。

財政や通貨は国民生活の土台
一発逆転狙いの危ない政策は御免だ

 国際通貨基金(IMF)などで議論されているヘリマネの骨格は、政府が金利ゼロ、無期限償還の国債を発行し中央銀行に引き受けることとされる。償還に期限がない、というのは「返済の必要なし」ということ。政府の債務にもならない。空から撒くように、政府の事業などで使いまくる。狙いは出まわる通貨を増やすことだ。

 金利ゼロ・償還ナシというのはお札と同じだ。政府が勝手に紙幣を発行するようなもので、究極の「キツネの小判」である。増税も歳出削減もいらない。うまい話には毒があるものだ。

 (1)財政節度が吹っ飛ぶ、(2)日銀の資産を酷くして信用秩序が壊れる(3)ひどいインフレを招く恐れがある、などだ。

 これまでの金融常識では「論外」のアイデアで、議論の場になったIMFでも、大方は否定的だという。だが一部には「論議から外すのはもったいない」とする支援者がいる。

 世界がこぞって金融緩和に走りながら、不況から抜け出せないなら、これまでの常識に囚われない挑戦をしつつリスクを回避する方策を考えるべきだ、という主張だ。バーナンキ氏はこの側に立っている。

 13日に首相と会談した時、内閣官房参与の浜田宏一イェール大学名誉教授が同席した。首相の厚い信任を得ている浜田氏は「一度限りという条件ならヘリマネを検討してもいい」と関係者に語ったと産経は書いている。

 浜田氏が担いだ「金融の異次元緩和」も、従来の金融常識を踏み越えたものだった。

 ところが年50兆円つぎ込んでも物価は動かない。80兆円に増やした。それでも効果がない。マイナス金利にまで突入した。

「短期決戦」のつもりで始めた非常識政策が、止められなくなり、ズルズルと深みにはまる。そうこうしているうちに、日銀は政府が発行する国債の30%を抱え込む事態になった。

 日銀がお札を刷って政府財政を支える異常事態、「中央銀行がやってはいけない一丁目一番地」(白川前日銀総裁)とされる国債の日銀引き受けと同じ状況が生まれている。

 お札を刷って国債を買いまくる、国債はマイナス金利。こんな異常はいつまでも続けられない。だがここで止めれば経済は大混乱。そんな政策をさらに「加速」することに有権者は一票を投じたのだろうか。

 ヘリマネに理解を示すバーナンキ氏も、さすがアメリカでは実施しなかった。FRB議長の責任は重い。在任中には「ヘリマネ」を口にしなかった。

 外国がやるなら知恵を貸す、ということのようだ。日本は、ヘリマネを試す実験場として注目されている。大胆に金融緩和を進めながらマネーが不足している。財政は赤字だが対外純資産は世界一。冒険する体力はある。そして常識破りの政策を加速したい政治家がいる。

 しかし「やってみなければ分からない」と一発逆転を狙うような危ない政策は御免である。財政や通貨は国民生活の土台だ。

 経済政策の舵を握っているのは誰か。官邸で何が行われているのか。日本で一番不透明な場所、それは首相官邸でないか。


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TPPより怖い2国間交渉、トランプのしたたかさを侮るな (Unknown)
2017-02-24 01:43:35
第123回】 2016年11月24日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

「大統領に就任したその日にTPPから離脱する」。トランプ氏のビデオメッセージが公開された。安倍首相がアルゼンチンで「米国抜きでは意味がない」と語った1時間後だった。2人は4日前に会った。「信頼できる指導者であることを確信した」と褒め称えた首相は、見事に無視された。

 メディアは「米国の保護主義」というトーンで書いているが、「自由貿易か保護主義か」というモノサシは20世紀の遺物だ。

 注目すべきは「TPP離脱」ではない。「TPPの代わりに」という後段に毒が盛られている。「雇用や産業を米国内に取り戻すため、公平な二国間の貿易協定を交渉してゆく」というメッセージだ。

 自由で開かれた経済圏を環太平洋に、などと綺麗ごとをトランプは言わない。二国間交渉でお前の市場を取りに行く、という宣言である。

 標的は日本。すでに下地はできている。

大統領候補がこぞって
TPP反対の陰に製薬業界

 TPPの陰で日米は「並行協議」と呼ぶ二国間交渉を秘密裏に続けてきた。TPP協定が合意された2月4日、並行協議の成果はフロマン米通商代表と佐々江駐米大使の間で「交換公文」にまとめられた。

 そこには日米が引き続き協議する項目が列挙され「公的医療保険を含むすべての分野が交渉の対象になる」と明記された。二国間交渉こそ日米の主戦場なのだ。

 TPPは米国の主導で進んだが、米国は結果に満足していない。“米国”とは、議会の共和党、交渉を後押しした多国籍企業、戦略を陰で立案したロビイストなどTPP推進派のこと。任期中に実績となる「レガシー」を残したいオバマは最終局面で譲歩したと怒っている。

 例えば知的財産権。バイオ医薬品の特許期間は「8年」で決着した。製薬業界は「敗北」と感じている。米国の主張は「20年」だった。それがオーストラリアなど薬剤消費国の抵抗に遭い押し戻された。交渉をまとめるためにベタ降りしたのだ。

 推進派の急先鋒・ハッチ上院議員は「8年では短すぎる」とオバマの交渉を批判した。同議員は「製薬会社から2年間で500万ドルの政治献金を受けていた」とNYタイムスに報じられた族議員である。

 製薬業界は農業団体や軍事産業を上回るロビー活動をしていると有名だ。その製薬業界が交渉結果に満足せず「やり直し」を求めていることが、大統領選挙で「TPP反対」が湧き起った底流にある。

 TPPを推進した米国が、大統領選挙で有力候補がこぞって「TPP反対」を叫んだ。日本では意外に思う人が多いが、極めて当然のことだった。

 推進派は「こんな合意では話にならない」と怒り、反対派は「ダメなものはダメ」という態度。ザックリ言えば前者は共和党主流、後者は民主党の予備選で善戦したバーニ―・サンダース氏だ。ヒラリー・クリントンは態度が曖昧だった。民主党候補として雇用を重視する労組に配慮しつつも、オバマ政権を支える支配構造(エスタブリッシュメント)を無視できない。悩んだあげく「米国の利益になる協定ではない」と表明した。

 TPP自体は悪くはないが、合意した中味が米国の利益に合致しない、という理屈だ。大統領になったら再交渉する、という態度で国民に不人気なTPPを棚上げしたのがヒラリーだった。

 トランプはTPPだけでなく北米自由防衛協定(NAFTA)までやり玉に挙げた。不満を抱える下層白人の受けを狙う「雇用重視」の姿勢を鮮明にした。ヒラリーのような曖昧さを残さず、きっぱりTPPと手を切る態度を示したが、サンダースとは違った。

 サンダースは1%が99%を支配する米国の社会構造を問題にしたが、トランプは1%の利益を二国間協議でこれから推進することになるだろう。

 この流れを理解するには、米国を巡る通商交渉の潮流変化を知る必要がある。
Unknown (Unknown)
2017-02-24 01:44:50
他国市場を国がこじ開け
企業が乗り込む「米国流」の歴史

 自由貿易が米国の旗印だったのは70年代までだった。第二次大戦の一因に、各国が関税の壁を高くして他国製品を排除したことがあったという反省から、戦後、関税引き下げ交渉がガット(GATT=関税および貿易に関する一般協定)で始まった。自由貿易は世界の成長に欠かせない、という神話が生まれたのが60年代である。抜群の競争力を持つ米国が旗を振った。80年代は貿易摩擦の時代。米国はモノづくりで日本の追い上げを受け、鉄鋼・半導体・自動車など国内産業を保護する政策を迫られた。自由貿易を叫びながら裏で輸出を自主規制しろ、と二枚舌外交を始めたのが80年代だ。

 製造業で優位性を失った米国は金融・サービス・知的財産という新分野に活路を見出し「市場開放」を他国に要求するようになる。

 90年代に入るとソ連が自滅し、世界丸ごと市場経済になった。国境を越える投資が盛んになり、共通の経済ルールが求められるようになる。誰に有利なルールを作るか、21世紀は交渉力が企業や国家の盛衰を左右する。

 国際経済の主役は多国籍企業が演じるようになる。だが、たとえマイクロソフトやグーグルが強い企業でも、進出する国では当局の規制を受け、思い通りの事業はできない。頼れるのは母国の政府だ。他国の制度を変える外交・軍事力が米国にはある。

 ホワイトハウスや議会を味方に付ければ、都合のいいルールを世界に広めることができる。アメリカは政治献金が青天井。ロビー活動は自由。グローバル化する経済に乗って多国籍企業は成長が期待できるアジア市場を取りに行く。中国に先手を打って米国に有利な経済ルールを既成事実化する、という「国取物語」である。

トランプが復活させる
「日本市場への注文」

 その中で日米はどんな関係か。アメリカにとってGDP世界3位の日本が加わらないTPPは意味がない。経済圏として重みがないし、市場として魅力もない。

 米国は経済ブロックとしてTPPを構築すると同時に、日本市場に米国企業が浸透する好機と位置付けた。

 交渉参加が決まった2013年4月、麻生財務相は「かんぽ生命からがん保険の申請が出ても認可しない」と表明した。がん保険は日米保険協議の合意で米国の保険会社アフラックが日本で独占的に売っていた。この既得権をかんぽ生命が侵さないことを、日本はTPPの参加条件のひとつにされた。

 かんぽ生命の動きを封じたうえで、アフラックは全国の郵便局でがん保険を売る特権を獲得した。TPP交渉と並行する二国間協議は、米企業が日本で有利に事業を展開できる取り決めをする場になった。

 源流は89年に始まった日米構造協議だ。貿易不均衡の是正を目的とした二国間協議で、93年に日米包括経済協議へと名を変え、94年からは「年次改革要望書」として毎年、日本に注文を付けるようになった。

 民主党政権で中断されたが「日米経済調和対話」と名を変え継続している。トランプがぶち上げた「二国間交渉」とは、まさにこの方式である。

 連綿と続く米国の市場開放要求は、この3年はTPP交渉の裏でやってきたが、米国がTPPから離脱すれば、もとの「日米対話」に座敷を変えるだけのこと。それが米国の立場だ。

 農産5品目など日本が守れなかった「聖域」や、30年後に引き延ばされた自動車関税など日本にとって痛恨の交渉結果は、日米二国間で決まった。TPPがなくても米国は約束の履行を求めてくるだろう。そして再交渉が始まる。

 ヒラリーが「米国の利益に合致しない。再交渉が必要だ」と語っていたのは、このことだ。一見、民主党支持の労組をおもんぱかっての発言に聞こえたが、製薬業界など交渉結果に不満を抱く強者に配慮した姿勢でもあった。トランプも同じだった。

 雇用に不満を抱える下層白人に配慮するそぶりを見せながら、共和党主流と同じ「強者」を代弁する交渉がTPP離脱後に始まるだろう。

米韓FTAは再交渉で韓国不利に
日米の再交渉は二の舞にならないか

 改めて注目したいのが2012年に発効した米韓FTAだ。TPPのお手本とされたこの協定は再交渉で誕生した。

 ブッシュ政権時代に最初の協定が決まったが、08年の大統領選に出馬したオバマは「米国の利益を損なう」と反対した。当選後、再交渉となり韓国に厳しい内容になった。

 北朝鮮と対峙する韓国は米軍の支援を抜きに安全保障を維持できず、隣接する中国との関係からも米国の後ろ盾を必要とする。李明博大統領は米国の要求を呑まざるを得なかった。再協議は秘密交渉で行われ、膨大な協定の中身は国会で十分な周知がないまま決まってしまった。

 日本で再交渉が始まれば同様の事態になりはしないか。

 焦点のひとつに薬価がある。日本は米国に次ぐ巨大市場だ。薬価を高値に維持する特許期間の延長が協議されるだろう。

 日本の製薬会社も「8年では短すぎる」としている。TPPでは途上国が短縮を求め押し切ったが、日米協議に途上国はいない。

 薬価の決め方も米国は突いてくるだろう。TPP協定付属文書に「医療品及び医療機器に関する透明性及び手続きの公正な実施」という規定が盛られた。当たり前のことが書かれているように見えるが、キーワードは「透明性」と「公正」。2011年の日米経済調和対話で「利害関係者に対する審議会の開放性に関わる要件を厳格化し、審議会の透明性と包括性を向上させる」という項目が入った。審議会とは厚労省の中央社会保険医療協議会。実務を担う薬価専門部会に米国製薬企業の代表を加えろ、と米国は要求している。

 遺伝子技術の進歩で画期的なバイオ新薬がぞくぞくと登場したが価格がバカ高い。小野薬品工業のがん治療薬オプジーボは、患者一人に年間3500万円がかかる。健康保険が適用されるが財政負担が問題となり、来年から薬価が半額になることが決まった。

 米国の製剤会社は日本の国民皆保険でバイオ製剤を売りたい。新薬認可や保険適応を円滑に進めるため、決定過程に入れろ、と圧力をかけている。高額薬品をどんどん入れれば財政がパンクし国民皆保険が危うくなる。

 米国は国民皆保険がないため、病院に行けない医療難民がたくさんいる。オバマケアで最低限の保険制度を作る試みが始まったが財政負担が嵩み、金持ちや共和党が目の敵にしている。トランプは「撤回」を視野に再検討する構えだ。米国の製薬企業は、日本の皆保険は新薬の巨大市場と見ている。世界一薬価が高く政治力のある米国資本が薬価決定に参入すれば、日本の薬価はどうなるのか。

 こうした問題は日米交渉の一端でしかない。しかしTPPで何が話し合われたか、国会で真剣な協議が行われていない。二国間協議に移ればなおさらだ。

 振り返れば、BSE(狂牛病)の取り扱いや、遺伝子組み換え作物の「微量混入」も、日本の自主的判断で、米国の要求に沿った解決になった。自動車摩擦の頃、日本が「自主規制」で米国の意に沿った決着に至ったのと同じことが今も行われている。

「TPP離脱」に、呆れている場合ではない。トランプはしたたかである。
落日の財務省で「財政破綻願望」が静かに広がる (Unknown)
2017-02-24 02:00:07
第111回】 2016年6月9日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

大蔵省だった頃は「権力の守護神」と呼ばれていた。今の財務省に、その威光はない。

 悲願の消費税10%は2年半先送りされ、その先は茫々だ。次は、中期目標に掲げる「2020年度財政基礎収支(プライマリーバランス)の黒字化」の看板を下ろすことになるだろう。アベノミクスのエンジンを噴かす、と豪語する政権に、「財政健全化」は障害物でしかない。

 財務官僚に無力感が広がり、「破局願望」さえ漂うようになった。

 大蔵官僚が政治家を操ったのは、遠い日の記憶。政権の僕(しもべ)となったこの落日ぶりは、なぜ起きたのか。

官邸に首根っこを押さえられた財務省
抵抗も増税見送りの既定路線は微動だにせず

「お約束とは違う、新しい判断」が示されたのはG7の伊勢志摩サミット終了直後。安倍首相は、2017年4月に設定した「消費税10%への引き上げ」を撤回、2010年10月へと再延期した。財務省は、この瞬間を覚悟し、待ち構えていた。

 増税回避の工作は水面下で着々と進められていたが、首相は「リーマンショック級の危機が起きない限り予定通り行う」と繰り返していた。首相が「増税をやる」言っているからには、表だった阻止行動は控える、というのが田中一穂事務次官の方針だった。

 首相の表明で「抵抗」は解禁となる。28日夜、麻生財務相は官邸で首相に会い「国民との約束を違えるなら衆議院を解散すべきだ」と迫った。同席した谷垣禎一自民党幹事長も増税延期に慎重だった。財務省は、二人が揃って首相を説得することで、奇跡が起こることに淡い期待を寄せていた。

 抵抗はここまで。首相表明は、論議の開始ではなく、最終決定である。延期の理由が屁理屈だろうと、財務大臣が何を説こうと、既定路線はピクリとも動かなかった。

「裏で動けば人事で報復される。自民党への根回しはとてもできなかった」と財務官僚は自嘲的に言う。

 安倍政権が財務省の首根っこを押さえたのは2014年5月、内閣人事局の発足による。各省の審議官から上の人事は内閣人事局が行う。各省大臣に委ねられていた人事権を首相官邸が握ったのである。

 初代局長は官僚OBで事務の官房副長官である杉田和博に決まっていたが、直前に差し替えになり、安倍の側近で政務の官房副長官である加藤勝信が就任した。

「政治主導」を鮮明にする菅官房長官が差し替えたといわれている。加藤が一億総活躍担当相に就任すると、荻生田光一官房副長官が後任に就いた。菅と荻生田の強面コンビが役人の動向に眼を光らせている。

「権力の守護神」が今や麻生財務相頼み
次官人事を守るのが精一杯

 苦い経験が財務省にはある。前回、消費増税が延期された2014年10月のことだ。増税の可否についてエコノミストなど専門家に意見を聞いた。周到な根回しによって増税賛成が多数を占めた。延期に舵を切った安倍官邸は、財務省のやり方が気に入らなかった。そもそも2013年に消費税を増税したことがアベノミクスを躓かせた原因と考える官邸は、財務省は癇に障る存在だった。

 翌年の人事で田中一穂が事務次官に就任したのは官邸の意向によるものだった。入省同期(昭和54年)の木下康司と香川俊介が既に事務次官になっている。田中は理財局長で退任、と見られていたが、第一次安倍内閣で首相秘書官を務めた縁で、山中湖の別荘に出入りできる唯一の財務官僚だった。田中は安倍政権の復活で主計局長になり、首相と財務省を取り持つ役回りを担った。

 無難な関係を保つには首相に逆らわない、というのが田中の方針とされ「首相とのパイプはポチ」などと陰で言われていた。

 厳しい状況下で消費増税に奔走したのが佐藤慎一主税局長だった。それが菅官房長官の逆鱗に触れる結果となった。

 官邸は公明党に配慮し軽減税率の導入を求めたが佐藤は自民税調の野田毅会長(当時)と組んで軽減措置を小規模に留めようと動いたからだ。議員会館の菅の部屋に呼びつけられ「出入り禁止」を言い渡された、という。

 官僚のトップ人事は菅と荻生田による閣議人事検討会議に諮られる。省内では既定路線とされていた佐藤の次官昇格は、危うくなった。

 菅の抑え役となったのが麻生財務相である。官邸で実権を握る菅も、副総理の麻生には一目置いている。

 消費増税延期を発表した2日後、安倍と麻生は赤坂の料理屋で3時間に及ぶ会合を持った。手打ちである。財務省の期待に応え、言うべきことはすでに言った麻生は矛を収めた。翌日、佐藤主税局長が次官に昇格する情報が財務省から流れた。

「人事だけは官邸に壟断されない。麻生さんが守ってくれている」と財務官僚は言う。

 財務省になって15年。正門に掲げた看板がこのほど掛け変わった。依頼され筆を執ったのは麻生大臣。「これからも財務省をよろしくお願いします」と麻生に託す思いが凝縮された看板である。
Unknown (Unknown)
2017-02-24 02:02:27
存在感を失った谷垣幹事長
後継は稲田政調会長と目されるが

 財務省が期待するもう一人の政治家が自民党幹事長の谷垣禎一だった。民主党政権の時、野党自民党をまとめて三党合意へと動き、消費税増税への突破口を切り開いた功労者である。

 その谷垣への失望感が広がっている。「大事な局面で頼りにならない政治家」という評価だ。安倍首相に直言ができない。軽減税率の導入では、公明党との与党協議で抵抗していたが、菅官房長官の介入を許し、幹事長としての存在感を失った。

 谷垣は若い頃から財務省が目をかけ育ててきた政治家。誠実で財政への理解も深く、使える政治家と見て応援してきたが、難局で体を張れない「優等生の弱さ」を財務官僚は感じている。

 次の持ち駒として育成しているのが稲田朋美自民党政調会長だ。安倍首相のお気に入りで、後継候補の一人に名が上がる政治家だが行政経験は浅く、政策に疎い。

 政調会長は勉強の場。財務省はここぞとばかり財政の論理を注入している。有望な政治家には「家庭教師」と呼ばれる御進講係を差し向けるのが大蔵省時代からの習わし。稲田には行革担当相のころ秘書官を務めていた担当者が良好な関係を築いている。

 稲田は最近、財政健全化に理解を示す発言が多く、財務省の工作は成果が上がっているように見えるが、首相にモノが言える立場ではない。

 首相の周辺は本田悦朗、高橋洋一という反財務省の財務省OBがブレーンとして固めている。安倍政権が続く間は、財務省は何を言っても聞いてもらえない、というほど溝は深い。

プライマリーバランスの
2020年度黒字化はもはや空念仏

 消費税増税の再延期は反財務省のブレーンが早くから主張し環境作りをしてきた。次の焦点は「2020年財政基礎収支黒字化」。

 財務省内部でも「2014年に増税を見送った時点で達成は難しくなった」という声がある。歳出削減がどれだけできるかが関係するので「不可能」とは言えないが、膨張する社会保障費に大ナタを入れるのはたやすいことではない。一方で景気対策に予算を食われるので「相当の覚悟がなければできない」というのが大方の見方だ。

 もともと2020年という目標に特段の意味があったわけではない。中期目標としてきりのいい年度にしただけで、国債費を除く政策経費と税収をバランスさせるには、大胆な増税と歳出カットが必要、ということを数字で納得させる目安として打ち出された、役人的手法である。

 政治的には「財政再建の手は緩めていません」ということを示す表現だ。

「プライマリーバランスの黒字化を達成する」と言えば健全財政に向けて努力しているような雰囲気になる。

 だが、現実の予算はそうなっていない。

「正直なところもう無理。2020年度に達成するには消費税10%でも足らない。2015年10月から10%にする、という当初の設定はその後更に上げる、という含みがあった。増税が2019年ではとても間に合わない」

 内部事情を知る官僚はいう。歳出削減どころか、「アベノミクスのエンジン全開」が叫ばれ、財政出動が求められている。

 首相も財務省も「2020年度に黒字化」を判で押したように語るが、もはや空念仏である。

「看板を下ろせば財政健全化を諦めたことになる」と財務官僚は抵抗するが、首相の周辺からは「できもしない目標を掲げても意味はない。財政出動にブレーキをかけるだけ」という声も出ている。

 歯止めを設けながら、実質的に空文化し、現実性を失わせてから、歯止めを取り消す。憲法の空洞化と似た政治的手法が財政政策にも応用されている。

取りやすいところから取る
「弱いものいじめ」が始まった

 財務省はもはやマクロ政策の担い手ではなくなっている。財政の不均衡を是正することを自己目的にした組織になった。税収を増やすこと、歳出を削ることが何より優先する。その結果、取りやすいところから取る、削っても返り血が少ない予算を削る、という「弱いものいじめ」が始まった。

 消費税増税ができないしわ寄せは、社会保障費に及ぶ。真っ先に削られたのが貧困層に近い低所得層への負担軽減だった。消費増税分の4000億円を財源に、所得の低い納税者を対象に、医療や介護、保育などの自己負担の総額に上限を設け、超えた分を国が補助する仕組みだ。総合合算制度と呼ばれるこの措置が増税延期ですっ飛んだ。

「税と社会保障の一体解決」という財務省のスローガンは、社会保障を人質にとった増税策ともいえる。増税がイヤなら社会保障を切りますよ、という脅しめいた政策だ。

 上から目線で納税者を脅す、というのでは財務省がいくら健全財政を叫んでも、増税路線は支持されない。

 財務官僚が「官邸の横暴」を嘆いても、庶民の同情が集まらないのは、独善的は財政至上主義の匂いがするからだ。

 税収が足らなければ、社会保障だけでなく、一機200億円もするオスプレイなどの防衛費や、被災地の地元でも異論がある巨大防波堤といった公共事業など見直すべき対象はいくらでもある。

 現実は様々な既得権が絡み合い、簡単ではないが、増税ができないなら、削減に挑戦する課題は事欠かない。

 日本の財政に今必要なのは、財政支出をゼロから見直す、納税者目線に立つ予算の組み替えではないのか。

 人口増と企業の躍進をバネにした高度成長期に税収が増えた日本経済が、財政を差配する大蔵省に権力を与えた。財政破綻すればその権威が陰るのは当然のことである。

 権力を失いながら、いまもその幻想の中から人々を見下ろしている財務官僚の限界が今の迷走に現れている。

 誰のための財政か、どうすれば公正な世の中が実現できるのか。納税者に寄り添う視点を取り返さない限り、財務官僚への憧憬のまなざしは戻ってこないだろう。

 天下の秀才たちが組織の歯車に組み込まれ全体が見えない。若手は意味を見いだし難い資料作りに明け暮れ、動機づけは評価と昇進。ベテランになるとポストと再就職先に意識が向かう。自負心と輝きを失った組織に突破力は期待できない。

 現状を憂う官僚に「危機待望」が静かに広がっている。

 日本の財政はもう自己修正できない。やがて破局が訪れる。5年先か10年かかるか、分からない。でもいつか必ずやって来る。

 歴史の節目には常に大混乱がある。その時が勝負だ、と。ゼロからのやり直しを待つしかない、という。

 無力感は破局願望を伴いがちだ。自分たちは混乱の外にいるのだろうか。エリートにはチャンスかもしれない。激動に翻弄されるのは庶民である。

 危機回避を使命とする人たちが、危機を待望することに、組織の深い病理が見える。

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ドイツ銀危機は金融緩和による銀行モラル破壊が招いた (山田厚史の「世界かわら版」)
2017-02-24 02:14:46
【第120回】 2016年10月13日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

ドイツ銀行の経営危機が話題になっている。米司法当局から最大140億ドルの課徴金を突き付けられ、ドイツ政府も気をもんでいる。リーマンショック以前に売りまくった住宅ローン債権(MBS)を巡る不正の後始末だ。これだけなら「古傷」で済むが、問題は現在進行形のビジネスだ。

 金融危機に懲りず、ヘッジファンドへの融資やデリバティブなどハイリスク・ハイリターンを狙った商売に足をすくわれた。そこに欧州中央銀行(ECB)によるマイナス金利が重くのしかかる。今や赤字・無配。世界を巻き込む金融危機の引き金になりかねない、と市場は警戒している。

「世界最強」といわれたドイツ銀行の内部で何が起きたのか。そんな折、住友銀行の取締役OBが実名で書いた「住友銀行秘史」(講談社)が出版された。沸騰するバブルに乗って収益第一主義に走った住銀が落ちた「イトマン事件」。その顛末が行内の権力抗争と併せて描かれている。闇の勢力が住銀の経営トップを絡め取ろうとした事件は、住銀が「最強の銀行」と囃されていた時に起きた。

 どちらも背景に、長期にわたる金融緩和がある。収益競争が銀行経営者を暴走させた。「ドイツ銀行よ、お前もか」である。金融業に内在する反社会性は、世界的なマネー過剰によって暴き出される。

「世界最強」だった手堅い銀行で
一体何が起こったのか

 ドイツはEU統一の勝ち組。欧州の富はドイツに集まり、銀行も「独り勝ち」ではなかったのか。そんな銀行が「不健全なビジネス」で傾くというのだから市場は驚いている。手堅い銀行経営を表す「サウンド・バンキング」という言葉が似合う銀行とされていた。

 だが1998年にドイツ銀行と投資運用会社を立ち上げた国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)の幹部は、「ドイツ銀行はそんな綺麗な組織ではありません」。当時を振り返ってこう言う。

「アメリカの投資銀行から乗り込んで来たグループと本流のドイツ出身者がいがみ合い、お互い情報を囲い込み、危ない橋を渡って業績を競い合っていた」

 合弁で設立したアポロン・アセットマネジメントは事業免許が下りず、2年で解散となった。「欧州最強といわれた銀行の内部抗争の凄まじさを実感した」という。

 ドイツ銀行の変貌を示すエピソードである。かつては日本のメガバンクのように、企業への貸付や社債発行などメーンバンクとして、ドイツ産業の守護神として君臨していた。謹厳実直とされるドイツ気質を映すサウンド・バンキングが信用を高め、ドイツの発展と共に生きる銀行だった。

 ところが、20世紀末に二つの波がドイツ銀行を襲う。一つはEU統合。英国・シティの金融業者と欧州市場で激突する。第二波は米国のウォール街から。製造業で競争力を失った米国が金融業で巻き返しに乗り出した。

「カネ貸し」と「博打うち」の亀裂
リーマンショックにも反省はなく

 90年代に金融のルールが劇的に変わった。アングロサクソン主導の「グローバルスタンダード」が登場、銀行は証券会社の仕事ができるようになった。カネは「貸す」よりも「動かす」時代になる。

「ドイツのカネ貸し」は世界のマネープレーヤーに変貌すること迫られた。目指すは、英国でマーチャントバンク(商業銀行)、米国ではインベストメントバンク(投資銀行)と呼ばれる証券機能を持つ銀行だ。

「手堅い貸付」を商売にしていたドイツ銀行には経験が乏しい。活路を企業買収に求めた。英国の商業銀行モルガン・グレンフィル、米国では投資銀行のバンカーズトラストを買った。異質なビジネスを抱え込み、伝統的な組織は崩れ出す。

 元本を死守する「カネ貸し」とリスクが旨味の「博打うち」では企業文化が違いすぎる。内部に亀裂が走った。

 課徴金を迫られている米国市場が分かりやすい例だ。フォルクスワーゲンがアメリカで売れなかったように、ドイツ銀行も苦戦した。そこで主導的な役割を演じたのはウォール街からの「転職組」だ。バンカーズトラストだけでなく、他の投資銀行からも人材を集めた。だがドイツのカネ貸したちは、証券業務を管理しきれない。バブルに乗って暴走した結果が住宅ローン担保証券の乱売だった。

 ドイツ銀行にとって、立ち止まって反省する好機だった。だがスルーしてしまった。

 リーマンショックの衝撃は大きく、当局は銀行に厳罰を与えず、救済に全力を挙げた。危機の回避が優先され、反社会的行為への処分は後まわしになった。

 ノド元過ぎれば熱さを忘れる、である。ドイツ銀行は懲りることなくハイリスクビジネスをつづけた。そうしないと利益を稼せげない。グローバルな競争ではハイリターンに挑戦しないと生き残れない、と銀行経営者は考えている。

 時代は低金利。中央銀行は大量に資金を供給する。カネに希少価値があった時代に「カネ貸し」は大儲けできた。今はカネ余り。企業も内部留保を抱えている。

 相場を当てるヘッジファンドと組んだり、コンピューターを使う複雑な金融取引など、およそドイツ銀行らしからぬ商売に頼るようになる。銀行の中に専門分野が沢山でき、情報の壁があちこちに立つ。全体像は見えにくい。世界に冠たる銀行として、グローバル展開したことが逆風を招いたのである。
Unknown (Unknown)
2017-02-24 02:16:05
住友銀行のイトマン事件も
カネ余りとモラル崩壊が背景

 住友銀行のイトマン事件も、日本の金融ルールが変わる中で起きた。大蔵支配の象徴だった護送船団行政が外圧で崩され、金融自由化が叫ばれた頃である。

 銀行は「自己責任でリスクを取る」ことが許された。大蔵省銀行局にお伺いをたてて判断してきた経営は時代遅れ。住友銀行の磯田会長は「向こう傷は問わない」とリスクへの挑戦を旗印に掲げた。

「危ないことはするな」と教えられていた銀行員は「リスクを取る」が分からない。危ない融資でも儲かるならカネを貸すことが「リスクへの挑戦」と解釈した。

 地上げ屋、ゴルフ場開発、絵画取引など怪しげな融資がまかり通るようになった。腐臭を嗅ぎ付け寄ってきたのが反社会的勢力だ。イトマンは伊藤寿永光という反社会的勢力の末端にいる人物を常務に据え、不動産取引を任せた。住友銀行は社長を送り込みながら、イトマンの経営実態が分からない。

 社長の河村良彦は磯田会長と親しく、銀行の担当役員も手を出せない。儲けを出していれば文句は言わせない、という暗黙の仕切りができていた。

「儲け」は数字で表される。一瞬の博打で得た100万円は、汗の結晶である1万円より100倍の価値がある。

 住友家の家訓には「浮利を追わず」とある。あぶく銭を追うな、と誡めていた。ところが今の経済は、泡の1円も汗の1円も同じ。金融業はあぶく銭の奪い合いが仕事になっている。やがて泡から生まれた利益は経営者のモラルを溶かしていった。

低金利が長く続けば
必ずどこかが腐り出す

「長期に渡って金融緩和が続くと、どこかで必ず、おかしなことが起こるものだ」

 日銀総裁だった故・三重野康はそう語っていた。澄田智総裁の下で、公定歩合を年2.5%まで下げた。史上最低(当時)の低金利を2年余も続けたことが銀行経営を歪めてしまった、というのである。

 史上最低まで下げたことより、2年も低金利を放置したことが失敗だった、という。

 安いカネがいくらでも手に入り、供給が限られた商品に流れ込む。不動産、株、資源などだ。値が上がるから投資を呼び、更に値は上がる。儲かるビジネスに貸す銀行は、資産バブルの罠から逃れられない。

 長期にわたる低金利が、あぶく銭経済を誘発する。その中に、常軌を外した反社会的ビジネスが必ず起こる。三重野は金融引き締めが遅れたことを悔やんでいた。

 イトマン事件は、土地、株、ゴルフ場、絵画の取引に反社会的勢力が絡んで起きた。銀行では株で稼ぐ仕手筋と個人的に繋がった支店長や役員が、業績を上げ羽振りがいい。

「秘史」に描かれた住友銀行の上層部は、人事と昇進が関心事のヒラメ役員ばかり。派閥抗争と実力者・磯田会長へのゴマすりが横行していた。銀行とは一体何か、が朦朧とするなかで、反社勢力とつながりのある西副頭取が頭取候補にまでなってしまった。

 イトマン事件は刑事事件として終了したが銀行の収益第一主義は微動だにしなかった。住友銀行だけではない。銀行の経営者は、口ではバブル時代の反省を語っても、因縁のある不良融資は処理しきれず、97年の金融危機へと突入する。

 日本で起きたことが、世界で繰り返されるのではないか。リーマンショックで露見した金融界の体質は、改まってはいない。

損失が「塩漬け」のまま
どこかに温存されてはいないか

 ドイツ銀行は今なお、当時の不始末である課徴金問題で米司法当局と争っている。ビジネスを世界に広げたことで、もはや「ドイツの銀行」には戻れない。グローバルな戦いは、ハイリスクへの挑戦だ。

 国際通貨基金(IMF)は報告書で「金融緩和の長期化で不良債権が底溜まるリスク」を再三指摘している。緩和の副作用として危ない融資が増え、返済が滞ってもゼロ金利のまま「塩漬け」にされ、表には出ない。この問題は、当局者にとって最大の「副作用」として意識されている、と指摘する関係者もいる。

 日本ではバブル崩壊後、再び低金利政策が取られ、銀行は不良債権を放置し、利息分まで追い貸しして問題を先送りした。

 それが爆発したのが1998年の金融危機だ。イトマン事件が弾けたのは91年。この時、処理しておけば98年の危機は防げたはずである。スルーした咎めが、より巨大なマグニチュードとなって日本の金融システムを揺さぶったのである。

 日本で金融危機が起きたのはバブルが崩壊した8年後だった。

 今の世界はどうだろうか。ドイツ銀行に象徴される欧州の銀行は、リーマンショックというバブル崩壊の後処理が十分ではないと言われている。

 世界的は低金利で、損失が「塩漬け」にされている可能性がないとは言えないだろう。

 マネーは今や危険物である。取扱責任者のモラルはどうなっているのか。

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