パート2/パート0

娘。⇔世界

クラーナハ展とその後

2016-11-07 10:04:40 | 日記

クラーナハ展

クラーナハ(クラナッハ)展には大変感動した。絵に淫し過ぎている。肌、髪の毛、毛皮、衣服とりわけ“もこもこ”と節のついた袖といったもの、あるいはいかにも「クラナッハっぽい」アクセサリーや刺繍された襟など--すなわちモデルに見出される面の広がりとそこに付いた引っ掻き傷を、技法を尽くして嬉々として画面にしている。
描くべき題材に“広がっているもの”を見出すと、それ来た!とばかりに、それを絵画という広がりに、画面の豊かさに還元してしまうという、西洋絵画にしばしば見られる太々しい都合のよさに改めて圧倒される。世界も、絵画を描く空間(壁、画布等)も、たまたま同じように“広がっている”のだから、絵画は世界からその広がりを汲み取って、その悦びを増幅し、そこに盛りつければいいのだ。

クラーナハは、たとえばただ単に塗りつぶされた背景の色からして素晴らしいし、なぜか外はいつも夜明けで空はグラデーションをつくっているし、そこには例によってミニチュア化された萌え萌えな建物が建ってもいる。モデルが黒衣を着ていれば、では黒の微妙なニュアンスだけで見せ場を作ってやろうと嬉々としてこれに取り組んだりもする。そのすべてが絵画の快楽に還元されており、こちらの目を否が応でも悦ばさずにおかない。

クラーナハの女性たちはまずはその形態で惑わす。イブのあの実に“けしからん”姿態。あるいはヴィーナスの立ち姿。ヴィーナスの輝く肌と黒塗りされた背景を反転して見たときの、腕・胴体・脚がつくる黒の隙間の形。このようなふくらみを持つ女性を、では寝転がらせてみたらどうなるか。あるいは第三の乳首としての臍。
またしばしばその表情でも魅惑する。サロメのあの媚態。「く」の字型に折り曲げられた口。今回は来ていなかったが『パリスの審判』にもまったく同じ媚態の表情をした女性がいたはずだ。しかしサロメ同様に男の生首を手にしていても、ユディットは表情を持たない。ユディットは、魔性はもちろん純真さや無邪気さをすら顔に表わしてはいない。何かを読み取ろうとしても、そこには何もない。無、表情。むしろその頬の輝きや、髪の毛の細かい乱れ、しかし決して穏やかではない乱れだけが、決して読み取ることのできない何かを語っている。ゆえに『ホロフェルネスの首を持つユディット』は、絵画がその実物に対峙し、それを見ること以外に術のないものであることを改めてこちらに突きつけてくる。数多くのクラーナハの絵を、ユディットの無表情のもとに見ることができた今回のクラーナハ展は僥倖であった。

 

* * * *

 

その後

やっさんとそれぞれのペースでクラーナハ展を見た後、雨に降られながら日本橋へ移動し、西村画廊の「ホックニー展」も見る。
新宿へ移動して、時間は早いがやっさんと飲み始める。久しぶりなので話題は多岐にわたったが、いちばん多かったのは知人ヲタたちの話か。途中から日本酒になり、さして飲んだつもりではなかったが結構酔う。折りたたみ傘を店に忘れる。眠ってしまい電車を降り過ごし、気がつくと多摩川を渡っている。幸い時間が早かったので登り線は普通にあり、折り返して最寄駅に戻る。雨は降り続いている。折りたたみ傘を買いに入ったスーパーマーケットのトイレで吐く。ようやく家に着いたが、着替えることなくそのまま布団に入って寝てしまった。

翌朝になり、水を飲もうと台所へ行くと、シンクに被せたゴミ取り網の中に得体の知れない蠕虫のようなものがいて、背筋が凍る。ありえないことだが、結構太いしっかりとした乳白色の蠕虫が、動くことなく、小さな渦を巻いている。
一体この密閉した部屋のどこから室内に入り、ましてやこのシンクまで辿り着いたのだろうか。ミミズのようにも見えるが、だとしたら悪意ある隣人が留守中に嫌がらせのためにこれを放り込んだのだろうか(過去に鍵を掛け忘れて?出掛け、帰宅したら部屋のものが不自然に動いていたことがあり、合理的に考えてたぶん思い過ごしであろうという結論に達したのだが、一時期は若干クレーマー気味の隣人が留守中に部屋に侵入し、ひょっとしたら合鍵まで作られてしまったのではないかと疑ったことがあった)。
あるいは自分の知らない寄生虫か何かだろうか。その幼虫がたとえば菜っ葉か鶏卵の殻に潜んでいて、この一日の間に水を吸ってここまで大きく膨れたのだろうか。
しかしこのおぞましいものを前にして深く考えている猶予はなく、ただちに網ごとそれを取り除き、コンビニ袋に入れて口を結び、ゴミ箱に投棄した。

そして鏡を見ると、自分の顔の唇の下、顎の上のあたりに、昨日までなかった深い亀裂のような横線が一本、弧を描いて禍々しく刻まれていた。邪悪なものの気配が部屋を満たす。自分は一晩の間に魔に憑かれてしまったのだろうか。

しかし、冷静に思い返してみれば、この唇の下の横線は、最近すでに自分の顔にあったような気がする。いや、たしかにあった。ただ昨日まではこれほど深くハッキリとは刻まれていなかったのだ。だとするとこれはいったい何なのか。 頭を冷やしてよく考えてみろ、自分よ。

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