崔吉城との対話

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 「私の人脈」

2017年07月17日 05時28分25秒 | エッセイ

 「私の人脈」
 東洋経済日報へ投稿コラム(2017.7.14)
 今ネット上に私の人脈」という題で写真を公開している。ネット上に公開し共有したい。多くの方々が登場するので華麗な人脈のようになっている。整理もせず、ランダムに大雑把に古い順に少しづつ、懐かしい写真、人の顔写真も公開している。公開するのにはわけがある。それは捨てる癖のある私の保存の仕方の一つともいえる。取捨選択する。ある写真にある友人から学会史的資料だと言われた。公開は友情など好意をもってしているので了承してほしい。関連ある人は自由に使ってもよい。不都合な人は連絡いただいたら消去する。しかし今のところそれは全くない。むしろ多くの方から良い反響ばかりで、嬉しい。大切な友人、知人が多い。中にはご自分が写っていないという意見もある。これからも 続けて投稿していくので待っていてほしい。また私と一緒に写っている写真を送ってくださるよう願う。
 
アルバム写真は他人には大した資料とは思われなくとも私には知人、交際、友情などの生の歴史として重要である。一般的にアルバムは日記と違って選別されたもの、華麗なものが多い。人は華麗な洒落た写真を残したい。特に記念写真には微笑みやVサインをする人が多い。私の子供時代の写真はない。貧困な農村生まれだからであり、また保存していないからでもある。否、暗黒な時代のものは残していないからかも知れない。
 
残っている写真もかなり変色し、ホームページなどに保存しようとしたがそれも更新するたびに替えなければならないなど面倒なことである。分厚い写真アルバム冊を捨てて、使いこなし安い方法があった。初めて外デスケットで保存したが本体を落とし間違えて消失してしまった。過去を証明する自分史を無くしてしまったようで失望した。しかし、それで私の過去や歴史がなくなってしまったのだろうか。私の過去の写真が無くなっても証明することができなくとも私の歴史や過去が無いわけではない。少なくとも私の記憶や無意識の中に生きているはずである。近刊書では朝鮮戦争の記憶に基づいて書いた。記憶には特に記憶したくないものもある。だが、それは消そうとしても消すことができな い。その嫌な記憶もその人の人生にはダイナミックに影響しているはずである。したがって個人の嫌な記憶、国家の負の遺産も貴重なものである。
 
まだ古い写真が若干残っていて嬉しい。「私の人脈」の写真は私が撮ったものではない。必ず私と一緒に撮られたものである。シャッターを執った人は私をどう撮ったのか。私に良く映りたいという心はあったのか、写真を見ながらどうだったのか。被写体になるのは生きていることを証明することになろう。今は被写体になれたくなくても撮られる時代になっている。
 
ネットに公開していることに「終活」といってくれた読者がいる。しかし、今私にはそんな懸念はない。残したい写真を公開するだけである。

 
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